第13話 聖女としてでもなく、魔族としてでもなく。


「いや〜、ひやひやしたけど、なんとかできたね……」


 テトラが照れたように、俺の腕を抱きしめながらそう言った。


「こっちはひやひやどころじゃなかった……。頭がおかしくなるかと思った……」


 俺は泣きそうになりながらも、なんとか我慢して、テトラの姿を見る。


 でも、とりあえず……。


「テトラ、お腹が減ってるだろうし、ご飯を食べよう。おかわりもあるからたくさん食べよう」


「て、テオ……。私、あんまりお腹減ってないよ…?」


 俺はバックから食料を取り出すと、数日分のご飯を食べさせることにした。

 死んでいようと、生きていようと、食べられるのなら食べてほしい。


 とにかく今はそれでよかった。


 テトラがそばにいてくれるなら、いなかったこの数日分のことまで、色々してあげたかった。



 * * * * *



「それで……なんとかできたんだよな」


「うんっ。そのおかげで、今も私はこうして生きてる」


 食後、俺たちは穏やかな風が吹く草原に腰を下ろしながら、落ち着いた雰囲気の中でそんな話をする。


 テトラはあの夜、死んだ。だけど、それはあらかじめ覚悟をしていたことだった。


「私たちの目的は村を出ることでした。私は聖女になれないから、教会の人達から逃げないといけなかった」


「うん」


「でも逃げ切るのは、最初から無理だと分かっていた。そして逃げ切れたとしても、私が生きている限り、追っ手はずっとやってくるはずだった。だから私は本当に死ぬことにした」


 それがあの夜のことだった。


「私が死ねば、それは多分教会に伝わるはず。その後で生き返れば、私が死んだということだけが伝わるはず」


「うん」


「聖女や、教会に所属している人たちは治癒や回復はできるけど、蘇生の魔法は使えない。それができるのは神様でも無理だし、魔族でも無理。その中で、それを行使できるのが、テオのスキルだけ。魔石を代償に、召喚のスキルを発動できる力。私の聖魔石を代償にすれば、死んだ私のことを召喚できる可能性があった」


 使い魔……というよりも、眷属として。


 だからテトラはこうして無事に、俺の前に姿を表すことができた、ということだった。


 テトラに対してのスキルが発動したのは、つい数分前のことで、今のテトラは生き返ったばかりのテトラということだった。


 ……それでも俺はあの夜、それだけはやりたくはなかった。

 本当に上手くいく保証はなかったし、それを抜きにしても、テトラが死ぬということは、痛い思いをさせるということなのだから。


「でも、テトラ、その髪の色……」


「あ、そうだね。私の髪の色、変わってるよね」


 テトラの髪を見てみる。

 そこにあるのは白銀色の髪の毛だ。


 俺の知っているテトラの髪の色は、茶色っぽい琥珀色。それが今は銀色。毛先にだけ、少し琥珀色が残っている。


 それは生き返った影響なのだろうか……。

 もしそうだったら、他にも変わったところがあるのかもしれない……。


「あ、ううん、違うの。これはね……私が魔族みたいだから、そっちの影響が出たみたいなの」


「魔族……」


「うん……。私、人間じゃないみたいなの。魔族なの」


「そっか……」


「……驚かないの?」


「驚かないよ」


 不安そうなテトラに俺はそう返す。

 テトラが言うのなら、きっとそうなのだろう。


「それに、テトラが普通の人間じゃないのは知ってたから」


「知ってたの……?」


「うん」


 知っていた。


 テトラに関しては、分からないことは一つや二つじゃない。

 テトラは謎に包まれていることの方が多い女の子だ。


 そもそも昔、倒れているテトラを見つけた時には、すでに分からないこと尽くめだった。


 あのままだったら、死ぬはずだったテトラ。

 ……違う、あの時のテトラは多分本当に死んでいた可能性もある。


 記憶もない。どこで生まれたのかも分からない。今までどこで生活していたのかも分からない。そんな女の子が、テトラだ。


 そして、小さい頃、おばあちゃんが死んで、俺たちは二人で生きていかないといけなくなった時。

 お金もないし、食べ物もないから、俺は食料を探すために一人で森に入っていた。


 その時、魔物と出くわして、俺は殺されそうになった事があった。


 襲いかかってくる獣のような魔物の牙。

 幼い頃の俺にはどうすることもできなかった。


 その時だった。

 テトラが来てくれたと思った時には、全てが終わっていた。


 その後、気付いたら俺は森の外に出ていて、そのそばには気を失ったテトラが倒れていた。


「……そんなことあったの……?」


「うん」


 テトラは覚えていないかもしれないけど、俺はずっと覚えている。


 それがあったのは、一度や二度じゃない。

 そういうことは、何度もあった。

 それをやってくれたのが、多分テトラなのだ。


 そしておばあちゃんが、教会と関わるのはやめておけ、と言っていたのもそれなら納得できる。

 きっとおばあちゃんは気づいていたんだ。テトラが魔族だということも。

 俺も心のどこかでは気づいていた。それを気づかないふりをして、今日まで過ごしてきた。


「そっか……。テオはすごいね。私は自分でもまだ受け入れきれてないのに……。はっきりと自分のことを思い出したのは、あの夜に殺されて死んだ時なの。それよりも前にぼんやりと思い出したのは、広場でスキルの啓示がされた時。あの時の私、体調が悪くなったでしょ……?」


「うん」


 ……そっか。

 あれは、そういう事でもあったんだ。


「とにかくこれで上手くいったね。……あ、それもちょっと違うかな……。私は多分、生きていない方がいい存在なの」


 テトラが寂しそうに微笑みながら、そんなことを呟く。

 そして自分の胸に手を当てながら、悔いるように言った。


「私は、魔族で、聖女でもある。私がこの力を使えば、反発してしまう。聖女としての力を使おうとしたら、きっと大変なことになる。だから人間にとっても、魔族にとっても、私は害にしかならない存在なの」


 だから、生まれてこない方が良かったのかもしれない、とテトラが呟いた。


「……もしかしたら、このまま死んだ方がよかったのかも」


 ……もしかしたら、そっちの方が人々のためになるのかもしれない、と。



 でも。



「……そんなことはない」


「テオ……」


「テトラがこうして生きていてくれているから、俺はそれだけで救われている」


 俺はテトラの手を握る。

 そうしていると、いつもそう思う。


 この数日間、それを嫌という程思い知らされた。

 テトラがそばにいてくれるから、俺は今もこうして生きていられる。


「それにテトラは一度死んだんだから、そういうことはもう気にしなくていい」


「テオ……」


 聖女のテトラは死に、魔族のテトラもすでに死んでいる。

 だったらもう何も気にしなくてもいいはずだ。


「それでも不安なことがあるのなら、俺が全部どうにかする。それでも、生きていたくないと思うのなら、これからは俺だけのために生きてほしい」


「……っ」


 テトラの瞳が大きく揺れる。


「その力も、誰かのためになんて使わなくてもいいから、俺だけのために使ってほしい。死ぬまでずっと、テトラは俺のテトラだ」


 俺はそう言って、テトラの手を握り直した。


 俺はテトラを守れなかった。だからもう絶対にあんな思いはさせたくない。


「本当にいいのでしょうか……?」


「いいよ」


「テオ、迷惑じゃない……?」


「迷惑じゃないよ。いなくなられる方が、迷惑だ」


「……っ。そうですか……。かしこまりました。テオ様っ。ふふっ」


 はにかんだように、微笑んだテトラ。

 その頬は赤くなっていて、隣に座っている俺に寄りかかってくる。


「……では、これからはテオ様の眷属のテトラとして、テオ様に精一杯お仕えすることにしますね」


 かしこまったように、それでいてどこか嬉しそうに、テトラが頬ずりをしてきた。


 それだけでよかった。テトラが嬉しそうにしてくれるのなら、なんだっていい。

 悲しい顔はさせたくない。これからもずっと、そばで笑っていてほしい。


「……あ、それとね、実はもう一個言わないといけないことがあるんだけど……聞いてくれますか?」


「聞くよ」


 俺は頷き、テトラが喋り出す。


 その口から紡がれるテトラの言葉に耳を傾けながら、俺はそっと自分の目元を拭い。


 改めて思った。


 テトラをもう失いたくはない、と。



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