第8話 動き出す神父とやってくる夜
村の中央部に、上等な家が建てられている。
使われている木材も他の家と比べると、質が良く、一番仕立てのいい家だった。
ここは村長の家。
その村長の家には現在、教会からの神父が滞在していた。
修道服に身を包んだ初老の神父。
人の良さそうな表情を常に浮かべているものの、しかし、今はどこか苛立ちを募らせていた。
「聖女様のご意向とはいえ、こんなに悠長にしていて、本当に構わないのでしょうか。お聞かせいただきたいのですが。この村の長よ」
窓際に立っている神父が、感情を押し殺したような平坦な声で村長に問う。
「え、ええ、そ、それはもう。きっと問題ありませんよ」
そのそばで身を低くして愛想笑いをしているのは、この村の村長だ。
中年のその男は冷や汗を垂らしており、どうにか神父の機嫌を取ろうと必死だった。
「しかしそうは言っても、あれからすでにかなりの日数が経っている。聖女様に何かあったら、取り返しのつかない。どのみち、彼女には我々と共に教会に来てもらうことになるのだから、あの少年に任せるよりも我々で介抱するべきだと思うのですがね」
「そ、それは、まことにその通りでございます」
村長も内心では、舌打ちをしたい気分だった。
この村で、聖女が発見された。
聖女というのは、教会で神のために身を捧げるべき存在である。
故にこの村で発見された少女は、教会に行くのが当然というものだ。
今までこの村の少年と共に暮らしていたのだが、それももう許されざること。
教会に連れて行かず、国や他の者たちがそれを手に入れてしまえば、教会にとって多大な損害となる。
だから、聖女は必ず確保する。これ以上、あの少年と共にあることは叶わない。
それでも、神父も村長もどうにもできずにいた。
広場で、聖女であると判明した日以来、彼女は体調を崩して家から出ることはない。
少年がつきっきりでそばにいるらしい。
少女本人が、周りを拒絶していることもある。
聖女である彼女は、すでに神父よりも地位のある存在だ。
蔑ろにしてしまえば、神父の身が危うい。故に、その言葉を無下にはできなかった。
(くそ……。こんなことになるなんて誰が予想できるか……!)
村長の顔が歪む。そして数年前のことを思い出す。
村の近くで、ボロ切れのような子供が倒れていたらしい。
ほとんど息をしていないそれは、死んでいるも同然だった。
それを村の少年が拾ってきても、放置することにした。
あそこには死にかけのババアしか住んでない。少年には親もいない。頼れる者もいない。どのみち、少年共々死ぬはずだ。だったら、まとまってくたばるのも時間の問題だろう。
……そう思ったのだが、予想は外れた。
少年とその時の子供は、今も生きている。
しかもあの時の子供は大変美しい少女に成長しており、遠目に見る者でさえ、振り返らざるをおえないほどだった。
少年と暮らし始めてから数年の間は、そのかけらもなかったのにも関わらず……だ。
無表情で、みすぼらしく、お世辞にも顔がいいとはいえなかった。
それが今ではとんでもない。しかも彼女は、聖女だというのだから、誰が予想できようか。
それだけではなく、彼女からは無意識のうちに何か別の雰囲気を感じとっていた。
近寄りがたく、周りとは違う、何も寄せ付けないほどの……なにかだ。
「それで、気になったのはあの少年のこともです。彼の名はなんというのですか……?」
「あやつはテオです。本名はメテオノール、薄汚いやつでして……」
(くそ……、あやつは調子に乗りよって……)
それは完全なる村長の八つ当たりだった。
命が尽きそうだった少女の命を救い、それから祖母を亡くした後も少女のために生きた少年。
さらにテオは村長に対し、毎月莫大な対価を納めていた。
身元も何も不明だった少女。それを住まわせる代わりに、働かせていたのだ。
テオは、祖母から魔石の加工技術を教わっている。
その加工した魔石は、価値を持つ。
行商に売れば、莫大な利益となる。
それをテオに納めさせていたのだ。
今村長が着ている上等な服も、この家にある上等な家具も、その金で購入した物だ。
その代わりとして、テトラがこの村に住むことが許されていた。
そうした事情から出来上がったテオの働きのおかげで、この村は豊かになっていた。
しかし村人たちがそのことを重要に思うことはない。テオがやっていたことは、人知れず村を支えていたことなのだから。
そして、村長はテオのことが気に入らなかった。理由は特にない。気に入らないから、日頃から嫌がらせをすることも多かった。
「……ふむ。となると、その少年にとってはきっと酷でしょうね」
神父が情のかけらもない口調でそう呟いた。
(しかし邪魔になるのなら、始末してしまえばいい)
それは神の意志など無視した蛮行だった。
そうして神父は動きだす。その口元が歪に歪む。
それを包み隠すように、夜が訪れようとしていた。
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