第9話 聖女殺しの禁断の夜 ⑴

 

 村を出るか、死ぬか。

 もし村を出られなかった場合は、死ぬしか選択肢がない。


 テトラは本気でそう心に決めていて、その決意に迷いは見られなかった。


「もし、無理だった時は死んでもいいよ。だからテオ……その時はーー」


 テトラが俺に手を握って、あるお願いもしてきた。




「テトラ、行こう」


「うん」


 そして、夜も更けた時間帯。

 必要な荷物を持った俺たちは、行動を開始した。


 村を出る。俺たち二人だけで。


 外の様子を伺い、見張りがいないのを確認すると、物音を立てずに外に出て、村近くの森へと向かう。

 気をつけないといけないのは、未だに村に留まり続けている教会の人達の動きだ。


 見つかれば、きっと捕まってしまう。

 そうなったら、テトラは教会に連れて行かれてしまうだろう。


 アイリスさんが教えてくれた情報によると、この時間帯は教会の人達も寝静まる時間だ。

 だから今は村を出るのに一番適した時間。

 夜に紛れて動けば、いくらか目立たずに動けるだろう。


「テトラ、足元に気をつけて」


「うん」


 雲が月を隠してくれている。辺りは真っ暗だ。

 それでも見知った場所だから、視界が悪くてもどこをどう行けばいいか分かる。


「ねえ、テオ、私ね、いつか行きたいところがあるの」


 暗闇の中を進みながら、テトラがそんなことを言い始めた。


「昔、テオが私を見つけてくれた場所に行ってみたくて」


 そう言ったテトラの声は、優しげな声が混じっていた。


 それから少しして、森へとたどり着いた。

 木々が生い茂っているその森は、夜の暗さと、虫の鳴き声に包まれている。

 遠くの方からは魔物の鳴き声も聞こえるけど、大丈夫だ。近くにある山に入ると危険度がぐっと上がるけど、それに比べたら幾分か森の方は安全だ。


 今回、俺たちが目指すのは森の中央付近にある草原への出口。


 あそこは俺たち以外、誰も知らない。

 村に住んでいる人たちは、森に入ることも少ないため、知らないはずだ。


 たとえ、草原に出れた後にも、問題は残っている。

 だけど、とにかく今は村を離れるのが先決だ。


 あと、テトラがさっき言ってくれた場所というのも、その先にあるから行ってあげることもできるはずだ。


「テトラ、疲れたらすぐに言ってくれれば、俺が背負うからさ」


「ありがと、テオ。その時はお願いね」


 頷き、テトラが元気に返してくれた。


 それから土と草の香りが蔓延する森の中を移動し続ける。


 ……すると、その時だった。


『聖女様、そして村人のメテオノールくんですね。夜分遅くに申し訳ございません。少しお時間よろしいですか』


「「……ッ」」


 俺たちの行く先、森の中に佇んでいた一つの人影。

 白い修道服に身を包んだその体が、夜の森に溶け込むように、待ち構えていた。


 ……神父様だ。

 初老の男、その手に持たれているのは杖だ。


『こんな夜更けに、お邪魔なのは十分承知しております。ですが、是非ともお話をお聞かせいただけないでしょうか』


「テトラ」


 俺はテトラの手を引いて、別の方向へと進路を変える。


「「……っ!?」」


 しかし、その先にはさっきいた神父様が待ち構えていた。


 振り返ってみる。

 すると、そこにも神父様がいる。


 今度は、右を見てみる。

 そこに、神父様がいた。


「「く……」」


 俺たちが行こうとした方向に、気づいたら待ち受けている神父様。

 俺たちは立ち止まることしかできず、神父様は落ち着いた様子でただ佇んでいた。


 彼は俺たちがここに来ることに、驚きすらしていないみたいだった。


『ええ、こういうことはよくありますから』


『だから珍しいことでもない』と神父様が言う。


『ではまずメテオノールくんとお話をさせていただきましょうか。聞きましたよ。あなたは幼き日に、命が潰えようとしている聖女様を救ったのですね。それは大変素晴らしいことです。我々教会に身を置いている全ての者たち、いえ、世界中の者たちがあなたのその良き行いに感謝を捧げるでしょう』


 そう言って、手に十字架を持ち、頭を下げてくる神父様。


 お礼を言ってくれるのは嫌な気はしない。

 ……だけど、その言い方は嫌だった。


 すでに聖女として、テトラが教会のモノであるみたいに聞こえた。


『ですので、あなたには感謝の気持ちとして、白金貨100枚を進呈しましょう。これだけあれば、一生困ることなく生活することができます。良き行いをした者には、神がご慈悲をくださるのです』


 神父様が袋を取り出し、掲げるように見せてくる。


 白金貨100枚。白金貨1枚もあれば、生涯遊んで暮らせるという額だ。

 それが100枚だ。俺が一生働いて、休む暇もなく汗水を垂らしてもどうやっても稼ぐことのできない金額。

 それがテトラの値段だった。


『あなたは運が良かった。たった一人の少女をそこまで育てるだけで、これから先の人生が保証されたのです。あとは、我々が責任をもって、聖女様を引き取らせていただきますので、あなたはなんの気兼ねのない優雅な日々を送っていただきたいと思います』


 だから、あとは、大人しくしていてください。


 そう言う神父様は、この前広場で村の人たちに見せていた顔をしていた。


 ……あの時は気づけなかった。

 ひどく、冷え切っているような顔。


 そしてテトラの方を見ると、近づいてきて、


『さあ、聖女様。神の啓示に従い、私とともに教会へと同行をお願いします。世界中の迷える者たちがあなたの聖なる力を求めています』


「……お断りします……」


 告げるテトラ。


『…………』


 神父の表情は変わらない。


「私の力は人の救いにはならないと思います……。なぜなら、この力はテオに対してしか使えないと思うのです……」


『それは誤った考えです。おそらくあなたはまだ少し心の整理がついてないだけでしょう。大丈夫です。ゆっくりと落ち着いて考えればよろしいのです』


「いいえ……。もう考えました。だけど、考えは変わらないでしょう」


 その時だった。

 バァンと音がして、俺の目の前で光が弾けた。


『……嘆かわしい限りです。聖女様はその少年がいるから、神の意に反するようですね。それならば仕方がありません、彼を始末するしかないでしょう』


 また俺の前で、バァンと何かが弾ける。


『手荒な真似はしたくはありませんが、これは神の意志です。必要なことなのでしょう』


「テオ、私の後ろに!」


 次の瞬間、神父から光が放射され、一直線に飛んでくる。

 しかしテトラが手を前に出し障壁を張った。それに光がぶつかり、光の残滓が降り注ぐ。


『すでに聖女の力を使いこなしているとは、やはりあなたは聖女としてかつてない力を持っている。だからこそ、ここで正しく導いて差し上げましょう』


「……テオにだけは手出しをさせません。私はこれからもテオと絶対に一緒にいる……。もしそれがダメなら……私は死ぬことになるでしょう」


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