第6話 蝋燭の火が揺れていた。

 

 テトラとずっと一緒にいられると思っていた。

 だから今のテトラを見ていると、離したくない気持ちを抑えきれなかった。


「てお……」


 布が擦れる音がする。シーツが乱れる。蝋燭が揺れる暗い部屋の中に、その音が溶けていく。

 俺はベッドにいるテトラに口づけをしていて、離すことはしなかった。


 そしてどれほどの時間が過ぎただろうか。


「……あつくなっちゃったっ」


 唇に熱を帯びたテトラが、頬を赤く色付けながら照れくさそうに身じろぎをした。

 琥珀色の瞳が揺れている。そのひたいには汗が浮かんでいる。そこにかかる前髪を指で整え、テトラがもじもじと太ももを擦り合わせた。


「テオ、こっちに来て……?」


 ぺたりと座っているテトラがベッドの上を叩き、俺の袖をくいくいと小さく引いた。

 俺は言われるままに、テトラの前に座り、テトラと向かい合う。


「テオもあつくなってる……」


 テトラが手を伸ばし、俺の首筋に触れながらそう紡ぐ。

 確かめるように触れたテトラの手は汗ばんでいて、きっと俺の首筋も汗ばんでいた。


「テオ……」


 テトラが瞳を揺らし、見つめてくる。

 そして少しだけ唇を開け、自分の唇をぺろりと舐めた。

 桃色の唇が湿り気を帯び、テトラの瞳が揺れている。


 俺はそんなテトラの目元を指でなぞると、その瞳を見つめた。

 蝋燭の火が反射しているその瞳には、俺のことだけを映してくれていた。


「テオ……」


 俺はそんなテトラにもう一度、口づけをした。


 今度のは、深い口づけだった。

 触れている部分が、熱かった。テトラの息も熱くて、テトラは目を閉じた。そして俺の背中をかきむしるように抱きしめていた。


「てお……」


 一旦顔を離す。

 熱くて荒い息を吐いているテトラが、俺の名前を呼んだ。


 俺もテトラの名前を呼び、テトラの脇の下に自分の手を差し込んで、きつく抱きしめた。


「てお……」


 華奢で、細くて、俺よりも小さな体。だけど温かくて、その柔らかさを感じた。

 唇からテトラの切なげな声が漏れている。だからそれが漏れないように、俺はテトラをもっときつく抱きしめた。


「……テオ、ごめんね……。私、ずるいね……」


 テトラが謝った。


「こうすればテオと離れずにいられると思って……。テオはきっとそうしてくれるって思って……。ずるくて、卑怯だね……」


「……ほんとうにその通りだ」


「あ……っ」


 俺はテトラをベッドにゆっくりと倒した。


「絶対に迷惑をかけるのに、テオに甘えてるね……」


 ベッドの上にいるテトラは、まだ不安そうな目をしていた。

 俺に身を委ねるように体から力を抜き、自分の上にいる俺の頭を撫でている。


 ……だけど、それは俺も同じだ。


「……俺もテトラとは離れたくないと思った」


「テオ……」


「テトラが聖女だと分かったときも嫌だった。今もこうして家の中でテトラのそばにい続けているのも、嫌だったからだ。離れていきそうなのが」


 だから。


「ずっとそばにいれば、テトラが俺の前からいなくならないでくれると思った。そうすればテトラなら、どこにもいかないでくれると思った」


「テオ……」


 ずるいのは俺の方だ。

 テトラが俺のそばから離れないと言ってくれて、安心している。そう言って欲しいと思っていた。


 ……嫌だ。

 テトラと離れたくない。

 どこにも行かせたくない。テトラは俺のテトラなんだ。


「テオ……」


 ベッドの上に仰向けになっているテトラの茶色い髪が、シーツの上に広がっている。


「テオ……私、大きくなったよ……? テオのおかげで、テトラはこんなに大きくなったよ……?」


 テトラの首筋からは鎖骨が覗いていた。

 テトラは俺の首の後ろに手を回すと、甘えるように抱きしめてくる。


「てお……一緒にいたい……。離さないでくれますか……?」


 テトラとの距離が近くなる。そしてテトラは俺の頬にキスをした。


「てお……好きっ」



 蝋燭の火が揺れ、蝋燭が半分ぐらい溶けている。それが全て溶けるまでの間、ずっと俺たちの距離は近かった。


 溶け終わっても近かった。離れることはなかった。



 これはきっと、ダメなことだ。


 聖女のテトラを自分だけのものにするのは、許されないことだ。


 それでも、だ。

 テトラがそばにいてくれることだけが、俺の望みだった。



 その日の夜。俺たちはずっと近かった。それから数日の間も、ずっと近かった。


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