第2話 私もテオくん欲しい……!
聖女という存在がいる。その聖女様がいるから、人々は安心して暮らすことができている。
聖女というのは、この世界に生きとし生けるものを守る存在である。もっといえば、聖女というのはそのためだけに存在しているとまで、以前は言われていた。
故に、聖女は誰かのために犠牲になることをためらってはならない。
聖女である限り、人の救いとなれ。
人々のためなら、その命すら捨てよ。いなくなってもまた別の聖女がいるから、何も問題ない。
そして昔、一人の少女が聖女に選ばれたそうだ。
しかし彼女には、やりたかったことがあったらしい。
それがなんだったのかは今はもう分からない。だけど、彼女はそのために教会から逃げることにしたとのことだ。
……その結果、彼女は命を落としてしまうことになってしまったそうだ。
彼女が犯したその愚かな出来事は、誰の記憶からすらも抹消されてしまったそうだ。
ーーと。
昔……そんな話を、おばあちゃんがしてくれたのを思い出した。
あれは……そう……ちょうどテトラと出会った日の夜にしてくれたような気がする。
どうしてその話を思い出したのかは分からないし、どうしておばあちゃんがその話をしてくれたのかも分からない。
だけど、それは悲しい話だと思った。
* * * * * * *
「テオ、せっかくの日なんだから、身だしなみを整えてあげるね。ここに座って?」
「う、うん……」
俺が頷くと、テトラが「よろしい」と頷いた。
この世界に住んでいる人々には、スキルという力が備わっている。
それは誰の中にも秘められているもので、人はそれによって発揮できる能力が変わってくる。
そしてその能力を調べるために、教会からの使者が村を訪ねてきてくれることになっている。
対象は、15歳を超えた者たち。
子供の時代を終え、自分で物事を考えることができる年齢になって、ようやくスキルを知ることができるのだ。
そして今日が、その日だったりする。
朝。俺たちは、スキルを教えてもらいに行くために、家の中で身だしなみを整えていた。
もうしばらくすると教会からの神父様がこの村にやってくるとのことで、今日の街はいつもよりも賑わっている。
街の中に飾り付けなどがされているのが、街の外側にあるこの家からでもチラッと見えた。
そうはいっても、今日やるのはスキルを教えてもらうだけだ。
だから特に準備も必要ないし、身だしなみを整える必要もそんなにない。
どちらかというと、俺にも別にそれは必要ないし、その分もっとテトラの身だしなみを整えてあげたかった。
「だから、テオは今日の日のために、アクセサリーを買ってくれて、服を縫ってくれたんだよね」
「うん」
テトラが自分の身に纏っている服に触れながら、聞いてくる。
やっぱりテトラも女の子だから着飾ってほしかった。
だからそのために、いろいろ準備をしていた。
最近、村の中の女性の間でも、そういう話が頻繁に行われているという噂をよく聞いていた。
今日の日のために新しい服を縫ってもらったとか、行商からアクセサリーや化粧品を買ってもらったとか。
だからテトラにも同じようにしてあげたかった。
「確かに、みんなはそういう話ばっかりだもんね。ミーナちゃんやマリアちゃんも今日の話をするときに、「着て行く服どうする!?」っていつも聞いてくれるもん」
ミーナちゃんとマリアちゃんというのは、テトラの友達だ。
テトラは俺とは違って、友達が多い。
気さくな感じに、村の中にいる同世代の女の子たちと喋っている姿をよく見かける。
「……でもテオがくれたこの口紅は、パン屋のアイリスさんが使ってるやつと同じだよね……? ねえ、テオ、またアイリスさんなの? テオはやっぱりアイリスさんと何かあるの?」
「…………」
鏡越しに、じとっとした目を向けてくるテトラ。
俺はそっとテトラから顔を逸らした。
「「…………」」
……まただ。
テトラは、ことあるごとにパン屋のアイリスさんの話をする……。
パン屋のアイリスさんとは、本当に何もない。
「た、確かに口紅は、アイリスさんが教えてくれたものだけど……」
「あ、やっぱりそうだったんだね。だとすると、テオくんはどういうつもりでアイリスさんとお揃いの口紅を私にくれたのでしょうかねぇ……」
俺の唇を指でなぞりながら、テトラが「気になるな〜」と言ってくる。
それでも口紅を見ると、両手で大事に握り、嬉しそうにしてくれている。
テトラが喜んでくれる。嬉しそうに笑ってくれる。
それだけで、俺はいつも救われた気持ちになれる。
「ねえ、テオ……。今日の私、どうかな……。この服も、この髪も、おかしくないかな……」
「おかしくないよ。とても似合ってる」
「……ありがとう」
胸の前で手を握り、何かをかみしめるように顔を綻ばせるテトラ。
「さて、それじゃあ本格的にテオをカッコよくしてあげるね。今日は特別な日だもん。私のテオをみんなに見せつけなくっちゃ」
* * * *
準備を終えて、戸締りをする。
その後、俺たちは街の広場へと向かうことにした。
辿り着くと、すでに数人の同世代の村人が集まっていた。
我が子のスキルが判明するところを見守るために、その親もいる。子供がいいスキルを持っていれば、これからの暮らしにも関わるのだ。だから、真剣で、祈るように見守っているようだった。
「「あ、テトラちゃん!」」
「あ、ミーナちゃんとマリアちゃん! テオ、ちょっと行ってくるね」
「うん」
広場にいた二人の姿を見たテトラが、一言そう言うと彼女たちの元に行った。
「テトラちゃん、こんにちは! 今日のテトラちゃん、とっても可愛い!」
「その服、おしゃれ!」
「ありがとう! なんとこの服、テオが私のためだけに作ってくれた服なのです!」
「「ええー!? 手作り!?」」
今日のテトラの格好は、いつもよりもお洒落になっている。
髪も綺麗に編み込んでいて、テトラは二人に自慢するように見せびらかしていた。
「うちのテオくんは、手先が器用なのです」
「「じゃあその髪も……!?」」
「もちろんです。うちのテオくんがやってくれました」
「「テトラちゃんばっかりずるい……! いいなぁ〜、私もテオくん欲しい……!」」
「ふっふっふ、いいでしょぉ〜、テオは私のテオなのです」
「「ぶぅ〜!」」
「「「えへへっ!」」」
楽しそうに笑い合うテトラたち。
その様子を俺は離れたところから見守った。
……するとその時だった。
「はっ、なんだよその格好。これだから貧乏人はみすぼらしくて困る」
背後から聞こえてきた声。
……この声は……。
俺は振り返る。
そこにいたのは、一人の男。
「よう、お前も来てたんだな」
彼は村長の息子の、ボンド。
「しかし、どうして来たんだ? どうせお前のスキルは使えないものだろうに」
自信に満ち溢れながらのボンドが、鼻で笑っていた。
「救いを求めて来たのか? お前は可哀想なやつだもんな。心底同情するぜ。まあ、せいぜい今のうちに浮かれた気分でも楽しんでおけばいいさ」
そう言うボンドの後ろには、一人の男もいて……。
「やめろ、ボンド。下品な真似はするな。うちの品位に関わるからな。そんなやつと関わったら、同類だと思われるぞ」
「これはこれは、申し訳ございません、お父様。愚かなる行いをお許しください」
彼はボンドの父親だ。この村の村長でもあり、ボンドが彼に頭をさげる。
「じゃあな、可哀想な哀れ者」
俺の靴を踏み、父親に連れられたボンドが広場の中心へと向かった。
その際に、村長は見下すような視線をこちらに向けていて、その口元には笑みが浮かんでいた。
それから少しして、広場に修道服を着た初老の男がやってくると、場に緊張感が走った。
『ではこれよりスキルの判明の儀式を始める。未来ある若者たちよ。その身に宿るスキルを啓示させよ』
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