第35話 死闘

 ぶつかり合う炎と水。

 俺とウグイのスキルを合わせ放つ炎は、ゴブリンメイジが魔法で生み出す水の渦と相殺となり辺りには熱せられた水が蒸気として霧散していく。


「はあ、はあ。みんな、燃えちゃえ~♪」


「うおおおおおああああああああ! 炎集中!」


 水の魔法に炎が迎撃されるたびに、追加の攻撃を繰り返す。

 攻撃を止めれば、ゴブリンメイジに反撃の隙を与えてしまう。

 それを押しとどめるには、ひたすら攻撃を続けるしかない。


 俺も、ウグイも肩で息をし、すでに疲労は限界に達している。

 それでも何とか力をふり絞りゴブリンメイジへと炎を放ち続ける。


 アルマ達はキツツキの攻撃で数を減らしたゴブリンたちを引き付けてくれている。

 せっかく仲間が作ってくれたチャンスだ。

 この勝機、絶対に逃してやるものか。


 巻き起こる衝突。

 永遠と続くかと思われる戦闘。

 しかし、いつ終わるともしれないその均衡状態は突然破られる。




 ポツン、と頬に落ちた水滴。

 手をやり、空を見れば上空からは雨粒が落ちてきていた。


「燃えろ~♪ ……えっ?」


 ウグイから漏れる戸惑いの声。

 周囲を見ればウグイの『熱唱』で起きたはずの炎は、本降りになった雨で立ち消えてしまっていた。


「ゴブブッ!」


 ゴブリンメイジが杖を高々と上空へ掲げると、その杖先に炎が生み出されていく。

 雨の影響を受けてなお、その炎は大きく成長していく。


 この状況は、まずい!

 ゴブリンメイジの表情を見ればその顔は、笑っていた。


 炎と水の衝突でできた水蒸気、ゴブリンメイジを覆う風魔法で生み出された上昇気流。

 立ち昇る蒸気に刺激された雲から降り出した雨は、炎集中の基盤であるウグイの熱唱が生み出す炎を消してしまう。


 まさか。ゴブリンメイジは俺たちの攻撃を封じるために、狙って雨を降らせたのか!?

 焦燥が俺の頭を支配する。


「ロンリ、まずいよ。これじゃあ『熱唱』が使えないよ」


「くそ。もうこっちには攻撃手段がないぞ」


 ゴブリンメイジの火球。

 完成すればこの辺り一帯を吹き飛ばす威力がある魔法だ。


 完成まではもう10秒の猶予もない。

 防ぐには魔法の発動前に詠唱を妨害するしかない、が。


 すでにマーキング済みの石は放ち尽くしている。

 石集中を使おうにも今からウサギに石を運んでもらったとして妨害は間に合わない。


「はっ!」


 俺は苦し紛れに矢を放つが、それはゴブリンメイジ届く前に、大剣を持ったゴブリンの上位種に切り落とされてしまう。

 それなら!


「水集中!」


 今度はこちらが水をぶつける番だ。

 本降りとなり視界を覆いつくす雨を対象に俺は全力の集中を発動させる。

 濁流となった雨が火球へとぶつかる。


 激しく衝突する炎と水。

 しかし、火球と雨の水量では規模が違いすぎる。

 火球は水の妨害を受けながらも徐々にその直径を拡大していく。

 これでは時間稼ぎにしかならないじゃないか!


「くそっ。集中!」

 

 俺は思考を切り替える。

 一つの策に思考を囚われるな!

 使える物は全部使え!

 やれることはすべてやってやる!


 水で相殺できないなら『集中』で直接火球を引き付け、コントロールを奪えばいい。

 俺はゴブリンメイジが生み出す火球を対象に集中を発動する。

 火球のコントロールを奪い、ゴブリンメイジにぶつけることができれば、こちらの勝利だ。


 火球がゴブリンメイジへと引き寄せられる感覚。


「ぐっ、うう」


「ゴブッ!」


 ゴブリンメイジが杖を動かす。

 たったそれだけの動きで俺の集中で生み出す引力は相殺され、火球は動きを止めてしまう。

 スキル越しに感じる、ゴブリンメイジの圧倒的な『魔力制御』の力。

 俺の集中ではゴブリンメイジから火球の制御を奪うには力不足だ。


「『虚飾』! ロンリさん、手伝いますう! 『集中』!」


「あなたに活力を~♪ ロンリ、キツネさん。頑張って!」


 俺の姿に変身したキツネさんも、火球へと『集中』を発動させる。

 ウグイは歌で、俺とキツネさんの体力の回復を図る。


「おらあああああああああ!」


 一人でダメなら三人で力を合わせるんだ!

 二人の支援を受けた俺は再度、全力で集中を発動させる。


「くそおおおおおお!」


「ゴブブ!!!」


 しかし、火球は微動だにしない。

 俺たちの全力をもってしても火球を制御するには至らないのだ。

 勝利を確信したのだろう、ゴブリンメイジは最後の仕上げとばかりに火球へと供給する魔力量を増加させる。 


 火球の完成まで残り数秒。

 くそが。考えろ、考えろ、考えろ。

 せめて一瞬でもゴブリンメイジの制御を火球から離すんだ。

 そうすれば、集中で火球のコントロールを奪える!


 俺は必死になり思考を巡らせる。

 頭の中が火に炙られているかのように熱い。

 全身を覆う抗いがたい疲労感に、けれどもスキルの発動も、思考も止めるわけにはいかない!


 何か、使える物はないか。

 辺りに視線をやるが、あるのは今もゴブリンと死闘を続ける仲間の姿のみ。

 周囲を取り囲む木々は熱唱でほとんどが燃えつきており、残っているのは炭化して黒ずんだ木の燃え残りだけだ。

 大木集中のように引き倒そうにもゴブリンメイジにぶつけられる距離に手ごろな木々は存在しない。


 上空に張った雲はさらに厚みを増し、雨脚は激しくなっている。

 どんどん視界が悪くなっていく。

 雨に体温は奪われるのに、頭ばかりが熱い。

 

「うう、あああああああ!」


「う、うううううううう!」


「ロンリ、キツネさん、お願い~♪」


 隣ではキツネさんとウグイが勝利を信じ、力の限りスキルを発動し続けている。


 くそ。ここまで来て、俺たちは敗北するのか?

 圧倒的な戦力差を皆の力で覆し、残るゴブリンは数体だ。

 ゴブリンメイジさえ倒すことができれば、俺たちは勝利できるんだ。


 皆で作り上げたこの戦況。

 後一手、この状況さえ切り抜けることさえできれば!

 しかし、その一手があまりにも遠い。


「ゴブゴブッ!」


 とうとう火球が完成してしまう。

 あと、ゴブリンメイジが杖を振り下ろせば俺たちは一瞬の内に消し炭となるだろう。


 幻視する絶望のイメージ。

 仲間が炎に焼かれるその姿を前に、俺は頭を振る。 


 何か、何かあるはずだ。

 この状況から逆転できる一手が。

 みんなで生き残るんだ。




「おおおおおおおおおおお! あきらめてたまるか!」


 死を目前にして極限まで研ぎ澄まされた精神。

 それが一瞬、視界に映りこんだ兆候を捉える。


 ゴブリンメイジが成長させたぶ厚い雲は雨をまき散らし、時折発光を繰り返している。

 そうだ……これしかない。

 これなら、イケるかもしれない!


 一縷の望みにかけ、俺は全力でスキルを発動させた!




「 “雷” 集中!」


 ほとばしる雷光。

 俺が集中の対象にしたのは成長した雲の中に覗く電荷の奔流、『雷』だ。

 俺の集中により大気の抵抗を無視し天から落ちたその雷撃は、ゴブリンメイジの風の防御を突き抜け、その体を直撃する!


 よし! 火球からゴブリンメイジの『魔力操作』が解ける。

 ゴブリンメイジの意識が飛んだのだ。

 制御を離れた火球は、エネルギーを発散させるべく膨張を始める。


「今だ! 集中!」


「は、はい! 集中ですう!」


「ロンリ、頑張れ~~~♪」


 地面にたたきつけるべく、火球へ全力で集中を発動する。

 集中の引力に従い落下を始める火球。

 ここで勝負を決める!


 火球が地面と接触した瞬間、大爆発を引き起こす!




「きゃあああああああああ」


「うわあああああああああ」


 俺たちへと襲い掛かる爆風。

 爆心地から距離があるはずの俺たちは、しかし強烈な熱風で背後へと吹き飛ばされる。


「がはっ」


 体を襲う衝撃。

 俺の体は何度も横転を繰り返し、うつぶせの状態でようやく止まる。


「痛てえっ。みんな、大丈夫か?」


 回る視界を無視しすぐに体を起こした俺は、皆へ呼びかける。


「う、うん。私は大丈夫、かな?」


「ひええ。死ぬかと思ったっす」


「ええ。僕もなんとか大丈夫です」


「ウチもアルマが盾になってくれたから怪我はないよっ!」


「あっ、私も怪我はないですう」


 良かった。

 仲間から返ってくる声を聞き、俺は胸をなでおろす。

 どうやらは皆、無事なようだ。


「そうだ。ゴブリンメイジは!」


 俺は慌てて視線を巡らせる。

 俺の右側。そこにはいつの間にかゴブリンの姿が!


「みんな、まだゴブリンが生きてる! 気を付けろ!」


「ええっ!? わ、私ですよお! キツネですう。ゴブリンじゃないですう!」


 構えた弓の先。

 そこには俺の突き出した矢の先に怯え、両手を上げるゴブリン、いや。


「な、なんでキツネさん、ゴブリンに変身してるんだよ!」


「いえ、ゴブリンメイジの風魔法なら爆風から身を守れるかと」


 申し訳なさそうに頭を下げたキツネさんは変身を解いた。

 落ち着いた俺は改めて索敵を発動――索敵にモンスターの反応は見られなかった。


「もしかして、僕たち、ゴブリンに勝ったんっすか?」


「……ああ。もうここにゴブリンの反応はない。俺たちの勝利だ! うおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は勝どきを上げる!




「うううううう。やったああああああああ! みんなやったね。お疲れ様だよ! あなたに癒しを~♪ あなたに活力を~♪」


「ははっ! これは大金星だねっ! 最高の気分だよっ!」


「うう。怖かったすよお。でも、みんな無事で良かったっす」


「ええ。ゴブリンたちは確実に僕たちよりも格上でした。これはみんなで掴んだ勝利です!」


 口々に喜びを表す仲間たち。


「皆さん。ありがとうございますう。確認したらレイブンちゃんもバリアで攻撃を防げた見たいで無事ですう。さっきの爆風でバリアはもう全部はがれちゃったみたいですけどお、生きてますううううううううう!」


 キツネさんも喜びを爆発させている。


「キツネさん。早く友人の所へ行ってあげてください」


「は、はい。行ってきますう!」


 キツネさんはまるでウサギに変身したかのような猛スピードで駆け出していく。

 俺たちはその様子に笑みを浮かべる。


「ははは、はははははは」


 俺は疲労からその場に倒れた。

 仲間も雨に打たれながら地面へと横たわる。




 こうして死闘を超えた俺たち。

 異世界に来てから俺たちを苦しめてきた因縁深いモンスターであるゴブリンの集団に、俺たちは完全勝利したのだった。

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