第36話 いざ、森の外へ!

「皆さん。この度は〜、命を助けていただきありがとうございました~」


 深々と頭を下げる女性は、俺たちがゴブリンの元から助け出したキツネさんの友人。

 名を麗文レイブン黒恵クロエ


 レイブンさんは間延びした口調とは裏腹に目元はキリッと吊り上がっており、理知的な鋭い印象を受ける長身の女性だ。


「うう。レイブンちゃん。無事でよかったよお」


「ふふふ。キツネちゃんも、私のことを心配してくれてたんですね~。ありがとうございます~」


「そんなの、当たり前だよお!」


 キツネさんは緊張の糸が切れたのだろう。

 助け出したレイブンさんに縋りつくように抱き付いており、眼には涙を溜めている。

 レイブンさんはそんなキツネさんの頭を優しくなでて、落ち着かせようとしている。

 その姿は友人というよりも親と子のようだ。

 これではどちらがゴブリンに捕らえられていた人物か分からない。


「ははは。レイブンさんに怪我がないようで良かったです」


「はい、おかげさまで~。でも~、皆さんが助けに来てくださらなかったら、私は確実に死んでいました~。皆さんは命の恩人です~。本当ならこの場でお礼をすべきなのですが~」


 そういってレイブンさんは申し訳なさそうに顔を伏せる。


 彼女のユニークスキルは『金纏』。

 金銭的価値のある物を消費し、それに見合っただけの耐久力を持つバリアを張ることができるスキルだ。


 ゴブリンに囚われている間、彼女は常時バリアを展開していた。

 バリアの維持にもコストがかかる。

 その上、ゴブリンメイジの火球を正面から一発、最後の暴発を一発、バリアで防いだのだ。

 

 彼女はもともといくつものアクセサリーを身に着けていたそうだが、今ではアクセサリーや、財布の中身、さらにはポイントまで全て消費しているという。

 もう一発でも攻撃を食らっていたかと思うと、本当に危ないところだったわけだ。

 当然俺たちに何か渡せるような物は持っていないだろう。


「いえ。お礼なんて結構ですよ。困ったときはお互い様ですから」


「そういっていただけると助かります~」


 レイブンさんは深々と頭を下げる。

 それにつられてキツネさんも慌ててぺこぺこと頭を何度も下げている。




 二人の様子に、俺はこのやり取りに既視感を覚える。

 

『こんな物の無い異世界で助け合うのは当然です。ですから私の好意、ぜひ受け取ってください』


 思い起こされるのはマキナさんのセリフ。

 拠点を発見し、調理器具を揃えるのに足りないポイントが足りないとき、マキナさんは不足分のポイントを出してくれて無事調理器具を揃えることができた。


 未だマキナさんの消息は不明だが、彼女も今の俺たちのように仲間と協力し困難に立ち向かっているのだろうか。


「オオカミさん、どうしたんすか?」


「いや、何でもない。これからどうすべきかを考えていただけだ」


「どうすべきかっすか?」


 ウサギからの声かけに俺は思考を中断する。

 そうだ。レイブンさんを救出した今、聞かなければならないことがあったのだ。


「お二人は、この世界の『町』に居たのですよね」


 俺は事前にキツネさんから聞いていた情報を下に二人へ質問する。


「ええ。町の名前はゲンテーン。私とキツネちゃんはゲンテーンの近くに転生したので~、こっちに来てからはほとんどそこで生活していました~」


「優しい人ばかりの町でしたけどお、ま、魔族があ、攻撃してきてえ。ゲンテーンはボロボロになってえ。みんな逃げてバラバラに……」


「私たちは命からがら森に逃げ込んだのですよ~」


 レイブンさんは悔しそうに、キツネさんは怯えるように質問に答える。

 俺はゴブリンとの闘いの前から考えていたことを口にする。


「俺たちをその町まで案内してもらえませんか?」


「町に、ですか~? それは構いませんが、今ゲンテーンは壊滅状態ですよ~。施設なども利用できる状態にあるとは思えませんし~。それでもいいのですか~?」 


「はい。その町にはレイブンさんたち意外にも転生者が居たのですよね。俺たちは他の転生者と合流したいと考えています。人数が増えれば今回のようなゴブリンの軍団に当たっても対抗できますからね」


「なるほど~。それでしたらご案内いたします~。私もゲンテーンで仲良くなった転生者や住民の方々の安否が気になりますからね~」


 レイブンさんはにっこりと笑うと、俺の案を承認してくれた。




「やったね、ロンリ。これでやっと森の中での生活ともおさらばだよ」


「ああ。長かったな。本当に」


 ウグイの言葉に俺は素直に頷く。

 いきなり森の中に放り込まれ、サバイバルじみた生活を続けてきた俺たち。

 モンスターの危険に神経をすり減らしながら生きてきたが、ようやくこの過酷な生活から解放されるのだ!


「それでは善は急げです~。今からさっそくゲンテーンに向けて出発しますよ~」


「えっ、ちょっとそれは流石に性急すぎませんか?」


 レイブンのいきなりの発言に面食らう。

 キツネさんの話ではこの場所から森の出口まで歩いて半日以上は掛かるはずだ。


 ゴブリンとの戦闘で動きやすいよう、俺たちは荷物のほとんどを拠点においてきている。

 どのみち調理器具などは持ち運びできないだろうから拠点に置いていくしかないが、安全を考慮すれば食料などは持っていく必要があるだろう。


「いえいえ~。ゲンテーンまでは一瞬で着きますよ~」


「へっ? どういうことですか?」


「まさか! もしかしてレイブンさん、一度行った町なら転移できる『転移魔法』とか、習得してるんじゃないっすか」


「ふふふ。そんな便利な魔法は持ってませんよ~」


「じゃあ、どうやって」


「ふふふ、ふふふふふふふ」


 レイブンさんの含み笑いに俺の背筋はなぜか凍り付く。。

 レイブンさんは一瞬で町まで移動できるというが……何か雲行きが怪しくなってきてないか?


 怪しげに微笑むレイブンさんに、俺は悪い予感を抱くのだった。





 俺たちが乗るボートは空を飛ぶようにスイスイと……いや、この言い方は正確ではないな。

 俺たちが乗るボートは空をスイスイと飛んでいた!


「「「「「「ぎゃああああああああああああああああああ!」」」」」」


 ものすごい速度で景色が通り過ぎていく。

 もはや俺たちにできることは絶叫だけだ。


「ふふふ。快適な空の旅をお楽しみください、ですね~」


 一人だけ余裕の声でレイブンさんの笑い声が聞こえる。

 ボートはキツツキの拳で人が乗れるように大きな木に穴を開けただけの簡易的な造りだ。

 俺は恐怖をできる限り無視し、ボートのコントロールを必死で取り続ける。




 レイブンさんが提案した移動手段。

 それは集中を使って物体を移動させ、それに自分たちが乗ってしまおうというものだった。


 今まで集中を使い続け、使い方の応用に慣れ始めてきた俺も一度は考えたことのある集中の活用法だ。

 しかし、今まではいろいろな問題点があり使うことはできなかった。


 一つ目の問題点。

 『集中』は、集中先に物体を指定する必要がある。

 今のように空を飛ぶには空中にある物体を集中先に指定する必要があるのだ。


 最初に空に浮くだけなら飛んでいる鳥を対象にすればいい。

 しかし移動するとなると、移動先で再び集中を発動する必要がある。

 そう都合良く鳥がいてくれるはずもない。


 しかしこの問題はレイブンさんの協力で解決された。

 レイブンさんのスキル『金纏』は、指定した地点にバリアを展開するスキルだ。


 バリアは同時に3つまで、捧げた物の価値に応じた強度で展開できる。

 体から離れた地点にも展開可能で、その場合は展開先の距離と方角を指定して発動する。


 バリアは金色に光る半透明の壁であり、目視が可能だ。

 移動の度に次の集中先となるバリアを展開すれば、無制限に移動を続けることができるのだ!


 ……移動先でバリアを発見し、集中先に指定し続けなければならない俺の集中力を無視すればだが。




 そして二つ目の問題点。

 それはやはりSPの問題だ。


 人七人を乗せた物体を移動させるのだ。

 消費するSP量は莫大だ。


 しかしそれも解決済。

 取得した『SP増加』のスキル。

 そしてウグイとウグイに変身したキツネさんによる体力を回復させる歌。

 これにより集中を発動し続けることができている。


 ……最大出力でスキルを発動し続ける俺たちの疲労を無視すればだが。

 移動するだけで体力が、精神がゴリゴリ削られていく。




 そして忘れてはならない三つ目の問題点。

 それは『集中』が、加速はできても減速はできないと言う点だ。


 集中は対象とした物体を指定した地点に引きつけるスキルだが、物体が運動をしている場合、速度はそのままに運動の向きだけを変え引きつける性質を持つ。

 攻撃に使う場合は大変便利なのだが、移動先で安全に止まりたい俺たちとしては、減速することができない厄介な性質となる。


 しかし、今はレイブンさんの『金纏』がある。

 『金纏』で生成されるバリアは外から内への衝撃を遮断するため、このまま着地してもバリアのコストさえ足りていれば俺たちは怪我は無い。

 バリア生成のコストはポイントでも代替可能だということで二人には俺たちのチームに入ってもらっている。


 つまり、バリアの中にいる俺たちに危険は無い、そのはずなのだ!

 




「ぎゃあああああああああああああああああああああああ」


 いや、無理無理無理無理無理っ!

 超高速で過ぎていく視界。

 バリアで軽減できないボート自体の揺れ。

 頭が、胃の中が全力でシェイクされ、口からは出てはいけない物があふれ出しそうになる。


 これで意識を手放せたらどれだけ楽か。

 だが、そんな度胸も無い俺は少しでもボートをコントロールすべく集中を発動し続ける。


「ふふふふふ。さあ、ゲンテーンの町はもうすぐです~!」


 一人元気なレイブンさんが展開するバリアに先導され、俺たちの乗るボートはグングンと進む。


 こうして、これ以上ない最悪な環境下で、俺たちの新たな旅が始まるのだった。







「「「「「「ぎゃあああああああああああああああああああ!」」」」」」 






===============


作者の滝杉こげおです。



強敵ゴブリン戦が無事終結。

チームにキツネ、レイブンという新たな心強い仲間が加わりました。



これにて第二章は完結となります。

本日は例のごとくこのまま続けて人物紹介の方も更新いたしますので、是非確認ください。

第三章も休載を挟むことなく5月8日(土)から、連載開始予定です。



森を抜けたオオカミたちは、とうとう現地の住民と出会います。

動き出す魔族、新たに登場する転生者たち。

さらに激しくなるスキルバトルを、乞うご期待ください!




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