第34話 連撃必殺
空を濃い雲が覆っている。
ほの暗い森でこの集落の中だけが飛び交う炎の灯りで照らされている。
戦況は俺たちにとってあまり良くない。
対峙するゴブリンたち、その頂点であるゴブリンメイジは俺たちを一瞬で葬れるだけの威力を秘めた魔法を持っている。
初対面で俺たちが受けた巨大な火の玉を生み出す火の魔法。
発動には時間が掛かる様子であるが、完成してしまえば俺たちにその火球を破る術はない。
今できることはゴブリンメイジに火の魔法を使わせないことだけだ。
「はあ、はあ。燃えちゃえ~♪」
「炎集中!」
俺とウグイの協力技。
ゴブリンメイジへと殺到する炎。
しかしゴブリンメイジは素早く水の魔法を杖から放ち、炎を迎撃してしまう。
どうやらゴブリンメイジも同時にいくつもの魔法は使うことができない様子だ。
火の魔法の詠唱を始めても、こちらが炎を向かわせれば水魔法に切り替え迎撃してくる。
しかし、逆に言えばこちらの最大火力である炎集中は全て水魔法で相殺されてしまうということだ。
少しでもダメージをと矢を射かけても、風魔法で軌道を上方へ逸らされ当たらない。
遠距離攻撃の撃ち合いは拮抗状態が続いていた。
「ふう、ふう。もう、しんどいよお」
「ウグイさん、大丈夫ですかあ? あなたに活力を~♪」
「うん。キツネちゃん、ありがとう。みんな、燃えちゃえ~♪」
「くそ。きりが無いな。炎集中!」
キツネさんには『虚飾』でウグイの姿に変身してもらい、『活力の歌』で俺とウグイの回復を頼んでいる。
しかし、どうしても疲労は蓄積していく。
何度目の発動かすら分からなくなってきた炎集中を制御しつつ俺は悪態をつく。
俺はまだしもウグイの消耗が激しい。
顔色は青く、声もかすれてきている。
一方でゴブリンメイジはその表情を変えない。
相手にもMPの限界があるはずなのだが。
終わりは一向に見えてこない。
そして、敵はゴブリンメイジ一体だけではない。
「敵対!」
アルマへと敵対心をむき出しにして群がるゴブリンたち。
「インファイトっ! オーバードライブっ!」
「火遁の術っす!」
キツツキとウサギはそんなゴブリンたちの背後から攻撃を仕掛ける。
頭を粉砕し、炎の柱で燃やし尽くし。
三人は連携してゴブリンたちを次々と葬り去っていく。
しかし、アルマ達がゴブリンを倒す速度以上にゴブリンたちが次々と三人の下へ集まってくる。
とどめを刺し損ねたゴブリンはゴブリンメイジが使う広域の治癒魔法で傷をいやし、戦線へと復帰。
そして、後方からはゴブリンの上位種たちも迫ってきていた。
「うう。ゴブリンやホブゴブリンならまだしもあの上位種にまで合流されたら、アルマさんの防御が持たないっすよ」
「ウサギっ! 口を動かしている暇があるんなら手を動かしなっ! 少しでもアルマの負担を減らすのよっ!」
「大丈夫。僕はまだ倒れない。だから、ウサギ君、キツツキさん。安心して戦ってくれ」
そう言って笑うアルマの表情には、けれども余裕はない。
アルマのユニークスキル『硬殻』は、盾で受けたダメージを軽減するスキルだ。
正面からであれば90%、側面でも50%のダメージを軽減する。
しかし、囲まれてしまえば盾で攻撃を受けきることは不可能だ。
今はまだ徐々に下がりつつ、ゴブリンたちの攻撃を一定方向から受けるように調節できているが、背後を取られ現在の体制が崩れるのは時間の問題である。
俺の方でも炎集中を発動する傍ら、隙を見て弓矢で後続のゴブリンたちをけん制しているのだが、先頭になっているゴブリンの上位種が持つ大盾に攻撃を阻まれほとんどダメージを与えられていない。
「このままじゃ前衛を突破されてしまうっすよ」
「そうはいってもっ! 目の前の敵をっ! 倒すしかないわっ!」
「くっ。ウサギさん、ちょっといいですか!」
「へっ? なんすか」
MPが切れ短剣でゴブリンに攻撃を始めていたウサギをアルマが呼び寄せる。
ウサギが近づくと、アルマは盾でゴブリンの攻撃を
「ええっ!? 本気で言ってるんすか、それ!?」
「ええ! どのみちこのままではジリ貧です。ならば、少しでも生き残れる道を探すのが常道でしょう」
ウサギの表情が一気に青ざめる。
一方のアルマは何かを企むような、含みのある笑顔を浮かべる。
何か策があるようだ。
危ない橋なら渡ってほしくないが、状況が状況だ。
止めることはできない。
駆け付けられない自分の身に歯噛みしながら、俺はゴブリンメイジへと攻撃を続ける。
「ううっ。どうなっても知らないっすからね!」
「もし失敗しても恨みませんから安心してください」
「いや、失敗したら僕も死ぬっすから恨むも何もないんすよ!」
「ははは。それもそうですね。ならば二人で、死ぬ気で切り抜けましょう。では、行きます! 『敵対』!」
ひときわ大きなアルマの声。
最大出力で発動した『敵対』に反応したゴブリンたちの眼の色が変わる。
アルマへと一身に注がれる敵意の眼。
「ウサギ君。お願いします!」
「うう。こうなったら、やってやるっすよ!」
ウサギはアルマに駆け寄ると、そのまま彼の体を抱え走り出した。
ゴブリンたちは戸惑いを見せるが、それも一瞬。
ウサギたちの後を追い全力で駆け出した。
「なっ!? 人一人抱えて走るとか無茶だろ!?」
俺はウサギの行動に眼を瞠る。
レベルアップで身体能力が上がっているとはいえ、それはたったの10%程度の事だ。
確かに『脱兎』の効果で脚力は上がっているはずだが、腕力に変化はないはずだ。
しかし、ウサギはスピードを落とすことなくアルマを抱えゴブリンたちの間を駆け抜けていく。
脱兎のスキル効果だけではこの状況を説明できない。
「うぎゃあああああああああっす!」
「ウサギ君。少しスピードを出しすぎです。後方のゴブリンが敵対の対象範囲から外れてしまいます」
「そんな、無茶、言わないで、欲しいっ、すよ! まだ『剛力』の、スキルも、取得したばかりで、慣れてないんすから!」
「そう。そんな感じに緩急を付けながら。なるべく多くのゴブリンを僕たちで引き付けましょう!」
俺が思考する間にもウサギはアルマを抱えゴブリンたちの間を駆け抜けていく。
横を通り過ぎる際にゴブリンからの攻撃が飛ぶが、一方向からの攻撃であれば盾を操るアルマには大したダメージにはならない。
盾で攻撃をいなしながら、二人は広範囲のゴブリンを『敵対』で引き付けて行く。
ウサギはどうやら『剛力』のスキルを取得し、筋力を上げているようだ。
『剛力』はゴブリンファイターも取得していたスキルで、SPを消費し筋力を上げる効果を持つ。
確かにこれならうまくやれば多くのゴブリンを攻撃を受けることなく引き付けておける。
アルマ達の活躍でゴブリンのほとんどが二人の後を追いかける状況が生み出される。
「はははははっ! あんたたち、最高だねっ! これは私も負けていられないわっ!うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
キツツキは高笑いをすると、傍らにあった木の幹を連続で殴り始めた。
何発も、何発も。
しばらくすれば木の幹に穴が開き、音を立てて倒れるがキツツキは止まらない。
倒れた木にまたがって、キツツキは一心不乱に幹を叩き続ける。
『連穿』のスキルにより木へと与えるダメージは一撃ごとに高まっていき、遂には軽く殴るだけで木を貫通するほどの威力となる。
「ウサギ、アルマ! 私の攻撃、死ぬ気で避けなよ?」
木から飛び降りたキツツキ。
足を広げ、腰を落とし、右手を引く。
それは中段突きの構え。
「ちょっ、キツツキさん!? 何か嫌な予感がするんですが」
「僕もっすよ! ちょっ、ちょっと待つっすよ! ぎゃあああああああああああああ!」
不穏な空気を感じたとったウサギとアルマはすぐに回避行動を取った。
その直後。
「はっ!」
放たれる渾身の拳!
キツツキの中段突きを受けた木はその威力に耐え切れず爆散!
「うわああああああああああああ!?」
「ぎゃああああああああああああ!?」
「「「「「「ゴブブッ!?」」」」」」
砕け散った木の破片が、まるで散弾のようにウサギとアルマもろとも、ゴブリンたちへと大量に降り注いだ!
「ははっ! キツツキちゃん、大勝利っ!」
「大勝利、じゃないでしょお!」
「僕、死ぬかと思ったっすよ!」
足で何とか木の散弾の直撃範囲から走り逃れ、余波を盾でしのぎ切ったウサギとアルマ。
勝どきを上げるキツツキに二人がぶつけるのは非難の声だ。
「ははっ。まあ、死ななければ傷はすぐに治るんだし、大丈夫でしょっ!」
「いや、下手したら死んでたっすからね! 仲間の攻撃の巻き添えを食らって死ぬとか、勘弁っす!」
悪びれずに笑うキツツキに、二人はため息をつく。
「……どうやらあっちは何とかなりそうだな」
俺はアルマ達の前に広がる惨状を確認する。
ゴブリンたちは先ほどのキツツキの一撃で、そのほとんどが木片の散弾に巻き込まれひき肉と化した。
ゴブリンの上位種も一体が巻き込まれ、半死半生の状態だ。
大盾を持ったゴブリンはまだ立っていたが、体中に盾で防ぎきれなかった攻撃の痕が残っている。
もうここから残る戦力でアルマ達を害することは難しいだろう。
すでにアルマ達はキツツキの一撃からかろうじて生き残ったゴブリンたちと対峙している。
「あとはゴブリンメイジとその取り巻きだけだね」
「ああ。このまま押し切るぞ!」
アルマ達の活躍で芽生えた希望。
俺たちは暗雲を振り払うべく、気合を入れた声を上げた!
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