第17話 マーキング *

「オオカミさん、居たっすよ!」


「おう。水集中!」


「クエッ!?」


 俺は索敵で見つけたモンスターの頭に向け、水を集中させる。


 今相手にしているのはカエル型のモンスター、B級ビーキュートードだ。

 体長は50㎝程の巨大な青いカエルの姿をしたモンスターで、高い跳躍力と長い舌での攻撃が特徴だ。


 元の世界ではカエルは肺呼吸だけでなく、皮膚呼吸も併用していたはずだ。

 ずっとは水の中で呼吸することはできないはずだから水攻めは通用すると考えたが、どうやらその考えは正しかったようだ。

 カエルは俺の集めた水により苦しそうにもがいている。

 どうやらこちらの世界のカエルは肺呼吸オンリーのようだ。

 水攻めを続けていると2分程でカエルは動かなくなる。 

 

「よし。この辺のモンスターなら難なく倒せるようになってきたな」


「はいっす! 順調っすね」


 俺たちは努めて明るい声を出して、ハイタッチを交わす。




 マキナさんが居なくなってから三日が経った。

 あれからも俺たちは拠点を中心に周囲を探したが、結局マキナさんは見つからなかった。


 マキナさんはどこに、どうして消えてしまったのか。

 俺たちはその答えをいまだ見つけられていない。


 この異世界で生き残るためには意気消沈してばかりもいられない。

 俺たちは沈んだ気持ちを振り払うように、拠点を中心に“狩り”を始めていた。


 それぞれのスキルを活かし、俺たちは拠点周辺での戦闘を積み重ねていた。

 ウサギの足を使い単独で行動しているモンスターを索敵。

 俺の弓矢と集中により、接近することなくモンスターを倒す。


 火力が高くなく、近接戦闘手段に乏しい俺たちは複数体が相手になると一体を倒す間に距離を詰められ苦戦を強いられる。

 一方、相手が一体であればウサギの足と、俺の遠距離攻撃手段があるためまず負けることはない。


 相手を選びながら順調にモンスターを倒し、ポイントを貯めていく。

 

「オオカミさん。今、何ポイント溜まったっすか?」


「21ポイントになった。目標達成だ」


 俺のスキルでモンスターを倒してもウサギにはポイントが入らない。

 では、どうして俺が集中してモンスターを倒しているのかといえば、それには理由があった。


 それはあるスキルを取得するためだ。



~~~~~


スキル『マーキング』 20ポイント


指定した対象に印を付ける。

印は一定時間対象から外れることが無く、スキル使用者は印の位置を常に把握できる。


~~~~~



 俺はショップが面を開くと『マーキング』を取得する。

 このスキルがあれば、印をつけた場所がどこに居ても分かるようになる。

 これで拠点をマーキングしておけば道に迷うことが無くなるのだ。


 俺は試しに手近にある岩をマーキングする。

 マーキングされた岩がピンクに変色する。


「おお! 岩がピンク色になった」


「? 僕の眼には変化は無いっすよ」


「そうなのか? 俺の眼には確かにピンク色に見えているんだが」


 どうやら印は俺にだけ見えるようだ。

 これが他者の視覚にも影響を与えるのであれば、目隠しなどにも使えそうだが、残念だ。




「これでもっと行動範囲を広げることができるっすね」


「ああ。これからは本格的に転生者との合流を目指して活動するぞ」


 俺とウサギは頷きあう。


 マーキングのスキル取得を優先した理由。

 それは活動範囲を広げるためだ。


 拠点の位置が常に把握できるのなら、森の中を効率よく探索することができる。

 マッピングしていけば周辺の地形や、モンスターの分布の調査もできるし、準備を整えれば何日か掛けた遠征も可能となる。


 そうなれば継続的にモンスターを討伐し、ポイントの入手の目途が立つし、広範囲を探索できれば他の転生者と接触する可能性も高まるはずだ。


「みんなと合流できれば、もっとモンスターとの戦闘が楽になるはずっす!」


「まだ他の奴を心配できる立場にないが、皆無事でいるといいな」


 俺たちはクラスメイトや他の転生者の動向を思い、無事を祈った。





???視点

 


 響く打撃の音。

 とある森の中、そこでは人間とゴブリンの戦闘が繰り広げられていた


 戦うのは人間が三人に対しゴブリンは五体。

 数で言えばゴブリンが有利な状況だ。


「『敵対』!」


 眼鏡を掛けた男が盾を構え力強く言葉を発すると、ゴブリン達の憎悪の眼が一斉に男へと向かう。

 猛然と駆け出したゴブリンたちは目の前の男に向け一心不乱に武器を叩きつける。

 男は盾を巧みに操り、時折被弾しながらも攻撃を捌いていく。


「しゃあっ! やっちまうよっ!」


 男へと敵意を集中させるゴブリンの背後。

 疾風のごとく現れる空手着姿の人影。

 両手に鉄製のグローブを装備した女はゴブリンを背後から殴りつける。


「ゴブッ!?」


 殴られたゴブリンは我に返ったように慌てて女の方を振り返る。

 しかし、ゴブリンが構えるよりも前に女の嵐のように連続して繰り出される拳がゴブリンの顔面に叩きこまれる。

 ゴブリンはその連撃に耐えきれずに膝から崩れ落ち倒れる。


「あなたに癒しを~♪ あなたに活力を~♪」


 盾を構える男の背後に控える杖を持った女は歌うように声を発する。

 その優し気な音色は仲間の傷を癒し、減った体力を回復させる。


 三人の連携によりゴブリンは一体、また一体と数を減らしていく。




「ははっ! 大勝利っ!」


 グローブの女が最後に残ったゴブリンを殴り倒すと勝どきを上げる。


「ふー。何とか勝てましたね。でも、流石に一度に五体を相手にするのは骨が折れます」


 眼鏡の男は構えた盾を降ろすと、ホッと息をつく。


「うん。委員長ありがとね。あなたに活力を~♪ これで少しは元気が出るかな?」


 杖を持った女が歌うように言葉を発すると、疲れ切った男の顔に生気が戻る。




 ゴブリンとの死闘を繰り広げたこの三人は転生者だ。

 元『公立千文高校 2年3組』のクラスメイトで、異世界に来てから偶然出会った三人。


「ああ。ありがとうウグイスさん。疲れがだいぶ取れたよ」


 さわやかな笑みを浮かべる男の名は或真アルマ次郎ジロウ

 元のクラスでは学級委員をしており、学業の成績も良く優等生として名が通っていた。

 実直な性格で、面倒見がよく、この三人の中ではまとめ役を担っている。


「あっ、ウグイスちゃんっ! 私にも『活力の歌』、ちょーだいっ!」


 ゴブリンを殴り倒したグローブを布で拭いながら、明るい声を発するのは、名を吉衝キツツキ烈華レッカという。

 空手の有段者で、高校の大会ではインターハイにも出場した実力者だ。

 スポーツ全般が得意で、溌溂とした雰囲気を纏ったスポーツ少女である。


「ふふ。キツツキちゃんもお疲れ様。あなたに活力を~♪ これで元気出たでしょ!」


 のびのびとした美声で歌を披露する彼女の名は宇喰ウグイ純恋スミレ

 歌うことが好きで高校では合唱部に所属。

 将来の夢は歌手でボイストレーニングなどの訓練も受けている。

 天真爛漫な性格でムードメーカーとして場の空気を華やげている。




 異世界に転生直後に出会い、今日まで行動を共にしてきた三人。

 盾男アルマが攻撃を受け、その隙に拳女キツツキが敵を仕留める。

 杖女ウグイは回復効果のある歌を歌い、戦線を維持する。


 役割を分担し、ここまで生き残ってきた一同。

 事実、ここまで大きな危機に陥ることなくモンスターを退けている。

 しかし。


「ふう。ちょっと休憩しましょうか」


 アルマジロの言葉に他の二人も頷く。

 三人は思い思いの場所に腰を降ろした。


 異世界に来てから5日。

 モンスターに襲われる恐怖からろくに睡眠も取れず闘いの日々。

 肉体の疲れはウグイの歌で癒すことができるが、精神的な疲労は着実に三人の中に蓄積していた。

 

 いつ終わるともしれない生活に、三人の間には徐々に暗い空気が流れ始めている。




「みんな、元気ないよ!」


 皆の表情を見たウグイスが声を上げる。


「こういう時こそ、笑わなきゃ。みんなで歌おうよ!」


「いや、ウグイスさん。こんなところで歌ったらモンスターに気づかれてしまうよ」


「ウグイスは、元気だね。よし、歌うのはダメならみんなで走ろう!」


「いや、キツツキさんも。こんなところで貴重な体力を使うのはやめてくれ」


 ウグイの発言に、場に和やかな空気が戻る。

 

 しかし、三人ともが感じ始めていた不安。

 劣悪な生活環境に、自身の命を狙うモンスターの存在。

 精神的な限界は着実に近づいてきている。

 このまま生活を続けていたらいつか重大な場面で、何か致命的なミスが起こるのではないかと。


「ワオオオオオオオーーーーン」


「今度はウルフです」


「ちっ。なかなか休ませてくれないなっ」


「うう。みんな、がんばろ! あなたに活力を~♪」


 けれども襲い来るモンスターたちは待ってはくれない。

 近づいてくるモンスターの気配に臨戦態勢となった三人は、戦いへと身を投じていく。


 前方で巻き起こる激しい戦い。

 後方で戦闘を支えながら戦況を見守るウグイは思う。

 今クラスメイトのみんなは、ロンリは無事でいるのかな?

 

 三人は内心で不安を抱えながらも、目の前の敵との戦闘を続ける。

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