第18話 VS オーク

「オオカミさん。次はどっちに行くっすか」


「今度は、こっちだな」


 俺たちは紙と鉛筆を手に森の中を探索していた。

 拠点を中心に、調査した場所を紙に起こしていく。

 いわゆるマッピング作業である。


 『マーキング』を手に入れたことで俺たちの行動範囲は広がった。

 洞窟付近の岩に印をつけているためどこに居ても洞窟の方角が分かる。

 これにより今まであいまいだった方角が正確になり、こうして地図を書きながらの探索が可能になったのだ。

 

 マーキングは、索敵のように標的の方向が感覚的にわかるのではなく、どこに居ても印の位置が見える仕様となっている。

 印は遮蔽物や距離を無視して視認可能であり、例え自分の背後にあっても見えるというのだから、なんだか変な感覚である。


 手書きの地図を完成させながらゆっくりと森を移動する。

 俺たちが主に確認しているのは川などの周囲の大まかな地形と、モンスターの分布だ。


 特に拠点付近は俺たちの安全に直結する。

 近辺にどんなモンスターが生息しているか把握できれば、それに合わせた防衛の準備ができるはずだ。


 すでに洞窟から川へ向かっての道はおおむね探索が終わっている。

 生息するのはゴブリン、芋虫、ウルフ、カエル、そして猿型のモンスターであるグリーンエイプだけだ。


 グリーンエイプは警戒心の強いモンスターだ。

 普段は木の上で生活しており、こちらを見つけても襲っては来ず、こちらから向かっていくと木々を伝って一目散に逃げ出してしまう。

 強さは索敵の感覚からしてゴブリンより強く、ウルフと互角レベルだ。

 戦えば苦戦するだろうが、今のところ一度も戦闘には至っていない。

 モンスターは人間を見れば襲い掛かってくるものだと考えていたが、種族差があるのだろうか。

 



 今俺たちが探索しているのは洞窟の北側、川とは反対方面の地域だ。

 索敵スキルには川付近よりも強い生物の反応が引っかかっていた。


 洞窟から近い位置にいるモンスター。

 俺たちの安全を守るためにも確認は必須だ。




「あれは、オークか?」


 索敵の反応を下に未確認のモンスターへの近づく。

 遠見を発動させ捉えた姿は、巨大な人型のモンスターだった。


 体長は周りの木々と比較して二メートル程だろう。

 大きな胴回りは厚い脂肪に覆われており、その動く姿は山が動いているかのような錯覚を受ける。

 手には巨大な木のこん棒を掲げており強い膂力を持っていることが窺える。


 緑色の体表に、豚のように大きな鼻と口から覗く牙。

 その姿はファンタジーでいうオークに酷似した姿であった。


「オオカミさん、モンスターはどんな奴なんすか?」


「ああ。オークって分かるか?」


「ファンタジーに出てくる大柄な豚みたいなやつっすよね。強そうなんすか?」


「体長は俺たちよりも一回り大きい。体格もがっしりしていて力が強そうだな。武器は一メートル近い大きさのこん棒だ」


「ひええ。もはや化け物っすね。でも遠距離攻撃が無いのならオオカミさんの攻撃で倒せそうっすね」


「はあ!? いや、無茶言え」


 ウサギからの無茶ぶりに俺は引き笑いで答える。

 あの厚い脂肪がある以上、弓矢でのダメージはあまり通らないだろう。

 窒息は効きそうだが、水がない。

 あれを倒すとしたら一体何発の弓を射ればいいのか。


「下手に攻撃して刺激するのは良くないだろ。偵察は済んだんだ。拠点に戻るぞ」


「は~いっす。確かに無理に強敵に挑む必要も無いっすもんね。了解っす」


 ウサギから返ってくるのは呑気な返事。

 確かに俺たちはモンスターを倒して強くならなければならないが、相手は選ばなければならない。

 拠点に戻ると決まれば長居は無用だ。


 最後に、と。

 もう一度オークを遠見で視認する。


 オークは体を屈め地面へと手を伸ばしていた。

 ゴブリンのように茸でも探しているのか?


 そう思って見ているとオークが体勢を起こす。

 手にしたのは地面に埋まっていたのであろう拳サイズの石だった。

 オークは石を持った手をおもむろに頭上に掲げると――っ!?


「伏せろ!」


 俺はとびかかるようにウサギを掴むと地面へと引き倒す。

 直後俺たちの頭があったところを石が通過する。

 オークが石を投げてきたのだ!


「なっ、何すか今の!」


「ちっ。気づかれている」


 遠見を発動させる。

 くそ。索敵スキルでも持っているのか。

 オークはこちらに向けまっすぐ走ってきている。


 幸い移動速度は人間並みだ。

 これらなウサギの足なら逃げ切れるだろう。


「ウサギ、逃げるぞ」


 俺はウサギを振り返る。だが。


「痛っ」


 そこには足を抑えてうずくまるウサギの姿があった。


「どうした、ウサギ!」


「オオカミさん。ごめんなさいっす。どうやら倒れた拍子に足をくじいちゃったみたいっす」


 ウサギは顔に脂汗を浮かべている。

 これでは走って逃げることができない。


 ある程度の怪我ならこの世界では時間経過で回復する。

 ウサギの捻挫も5分もあれば問題なく動けるようになるだろう。

 だが、その5分を待つことはできない。


 オークはグングンこちらに迫ってきている。

 その距離はすでに十メートル程だ。


 ウサギを抱えて逃げる?

 そんなの逃げ切れるわけがない。


 ……戦うしかないのか?

 


「ちっ。集中!」


 俺は内心のいらだちを抑えつつ、オークへ攻撃を仕掛ける。

 遠見と集中を同時発動。

 限界まで引き絞った弓を放つ。


 オークの体に矢が突き立つ、が。


「ブモッ」


 オークは一瞬顔をゆがめただけ。

 駆ける速度は落ちない。


 予想通りオークの纏う脂肪が弓の威力を殺しているのだろう。

 これでは何発矢を射ろうが倒し切ることは不可能だ。


 オークの持つ巨大なこん棒へ目が行く。

 あんなものに殴られれば人間なんて一溜りもないだろう。

 接近されれば勝ち目はない。


 くそっ。一体どうすれば。


「ブモーーーーーーー!」


 木々の間からオークが顔を出す。

 俺の姿を視認したのだろう、オークの上げる叫びが大気を震わせる。


 万事休すか。

 ここまで接近されればもう矢を射ている余裕もない。

 オークは俺の姿を見て舌なめずりをすると、ゆっりとした歩みとなりこちらに近づいてくる。


 俺は知らず足が後ずさる。

 一歩、二歩。

 そして足が何かに当たる。


「オオカミさん。僕のことはイイっすから、逃げてくださいっす」


「っ!?」


 足元から聞こえてくるウサギの声。

 ウサギを置いて逃げるだと? 確かにそれなら俺だけは逃げ切れるかもしれない。

 だが。


「そんなことできるわけがないじゃないか!」


 俺の咆哮にオークが眉を寄せる。

 一定のテンポで近づいてきていた歩みが止まる。

 今のでこちらを警戒したのか?


 どうすればいい? 

 二人で生き残るために、この状況を切り抜ける手段を考えろ!


 石を飛ばしてきたあの膂力。

 まともに打ち合って勝てる可能性はゼロだ。


 力だけじゃない。

 オークの纏う脂肪は耐久力の高さを表している。

 現に弓を射てもダメージにならなかった。


 くそ。オークを倒すにはあの脂肪の鎧を突き崩す攻撃力が必要だ。

 しかし、そんな手段、俺には……いや!


 俺の頭にキーワードが駆け巡る。


 オークの投げた“石”、防御を破る“攻撃力”、そして“あのスキル”!

 そうだ!


「“岩”集中!」


 俺はスキルに全力を込める。

 外せば終わりの一発勝負。

 俺の中から気力がごっそりと抜けていく嫌な感覚。

 だが、ここで倒れるわけには行かない!


「うわああああああああああああああああ!」


 俺はありったけの力で叫ぶ。

 眼前でオークがこん棒を振り上げる。

 くそ、早く来てくれ!


 の経過が永遠にも感じられる。

 眼前まで迫っているオークの顔。

 俺にこん棒が振り下ろされる直前、その眼が驚愕に見開かれた!


―― ドズーーーーーーーン


 衝撃音。

 直後、オークの巨体が吹き飛んだ。


 間に合った。

 俺は安堵感から、地面に崩れ落ちる。


「なっ。なんすか、今の!」


 痛みを忘れウサギが叫ぶ。


「ああ。俺のスキルで飛ばした“岩”だ」


 俺はそんなウサギを落ち着かせるように笑顔で答えを口にした。



 『マーキング』は印を付けた対象をどこに居ても見えるようにするスキルだ。

 そして集中の対象に取れる条件は、“対象が視認できること”。

 つまり事前にマーキングしていた物であれば集中の対象にとれるのだ。


 集中は対象が静止した物体である場合、設定した地点に5秒かけて移動させるスキルだ。

 オークを発見したここから拠点までは直線距離で500メートル程。

 それだけ距離が離れた物体を対象に集中を発動すればどうなるか。


 秒速100メートル。

 時速に換算するなら時速360キロ。


 新幹線の最高速度を超える速さで飛来した岩がぶち当たったのだ。

 一体どうなるのか、その答えは目の前にあった。


 オークは肉塊すら残さず四散していた。

 周りの木々は血で赤く染まり、衝撃のすさまじさを表している。


 俺とウサギは改めてオークだった惨状を目の当たりにし、攻撃のあまりの威力に危機を脱したことも忘れ、ただ茫然とあきれるのだった。

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