第二章 決戦! ゴブリン軍団

第16話 失踪

「オオカミさん! 大変っす! 大変っすよ!」


 耳元で響く大声に、俺は眠い目をこすり体を起こす。

 眼を開けるとウサギの慌てた表情が眼前にあった。


 洞窟の入り口に目を向けるとすでに日が差し込んでいる。

 あれ、もう朝か。見張りを交代した後、ぐっすりと眠り込んでしまったようだ。


「んん? なんだ、ウサギ。腹でも減ったか?」


 食事なら確か昨日の残りの山菜があったはずだが。

 そう思い俺は体を起こすが、見上げるウサギの表情は暗い。

 ……本当に、何かあったのか?


「オオカミさん、違うっすよ! マキナさんが! マキナさんが!」


「うん? マキナさんがどうかしたのか? そういえば姿が見えないな」


「どうしたも何も、マキナさんがいなくなっちゃったんすよ!」


 マキナさんが……居なくなった?

 一体どういうことだ?


「ウサギ、落ち着け。慌てすぎだろ。まあ、女性なんだし、その、トイレとかじゃないのか」


「僕も最初はそう思ったんすけど、でも違うんす! これを見てくださいっす!」


 ウサギは俺の顔に一枚の紙を押し付けてきた。

 なんだんだよ、そんなに慌てて。

 俺はウサギからひったくるように紙を受け取る。




~~~~~


オオカミさん

ウサギさん  へ



この度は私をお二人のチームに誘っていただき、ありがとうございました。

異世界で一人でいた私に声を掛けていただけた事は、非常に嬉しく思います。


そんなお二人に、謝らねばならないことがあります。

私は諸事情によりお二人と行動を共にすることができません。


誠に勝手ながら挨拶もなく去ることをお許しください。

せっかくお誘いいただいたチームについても脱退させていただきます。


お二人の異世界でのご活躍をお祈り申しております。


マキナ


~~~~~



 ……は?

 脱退させていただきます?


「って。な、なんなんだよ、これ!」


 俺は文面を読み、叫びを上げる。

 マキナさんがここを去った? それも一人で?


「ウサギ、この紙、どこにあったんだ」


「昨日交換したテーブルの上っすよ。朝起きたときに見つけたっす」


 俺は洞窟を見渡す。

 マキナさんが寝ていた空間からは寝袋など、私物は無くなっていた。

 マキナさんは俺たちが寝ている間に、一人で出て行ったのか?


「一人で行動するとか危なすぎるだろ。出ていくって、どんな事情があるって言うんだよ。急いで連れ戻すぞ」


「無理っすよ。僕も洞窟の周りを一回りして来たんすけどマキナさんの姿はなかったっす」


「はあ? なんで出ていくんだよ。なんか嫌な思いをさせちまったのか?」


 俺の頭に浮かぶのは元の世界で級友から怖がられてきた過去。

 俺の目付の悪さは俺が一番知っている。

 俺の存在が、マキナさんを怖がらせてしまったのか?


「オオカミさん、どうしましょう」


「探すしか無いだろ。せっかく合流できたんだ。一人よりチームで動いた方がいいに決まってる。何としても連れ戻すんだ」


「で、でも、どうするっすか。マキナさん、本当にチームを脱退しちゃったみたいでメンバー画面からも名前が消えてるっすよ」


 ウサギの言葉に俺はチーム画面を開く。

 メンバー欄に載っているのは俺とウサギの名前だけ。

 これでは通信機能で呼びかける事もできない。


「とりあえずこの辺りを探してみよう。向かうとしたら……川の方向じゃないか? 生活するのに水は必要だ」


「分かったっす。なら僕が走って見てくるっすよ」


「分かった。頼んだぞ。俺もこの辺りをもう一度探してみる。見つけたらお互いに連絡だ」


「はいっす!」


 ウサギが洞窟を飛び出していく。

 どうして居なくなってしまったんだ?

 俺はマキナさんの身を案じ、頭をかきむしる。


 この世界にはゴブリンが、危険なモンスターがわんさかいるんだ。

 せっかく合流できたというのに、一人で行動するとかありえないだろう。


 とにかく今は行動だ。

 俺も慌てて洞窟の外へと出る。




 巨大な岩の裏側に、居ない! 


 洞窟の裏手側に、居ない! 


 木々をかき分けたその先に、居ない!


「くそっ。どこにいるんだ」


 マキナさんの通った痕跡を探しながら早朝の森の中を走る。

 地面や、木々を注意深く見ていくが、捜索なんてやったことないのだ。

 俺にめぼしい痕跡を見つけられるわけもない。


 苛立ちばかりが募り、俺の鼓動は自然と早くなる。

 索敵に反応するのはモンスターばかり。

 そもそも人間の反応は引っかからないため、捜索は目視に頼るしかない。


 頼みの綱は遠見だが、常時発動させているものの遮蔽物が多く遠くまでは見通せない。

 木々の隙間から目を必死に凝らす。

 結局は地道に探すしかなかった。


 どうしてマキナさんは黙っていなくなってしまったんだろうか。

 俺たち、男二人と行動することに不満があった?

 だとしたら言ってくれれば配慮できるのに。


 いつもそうだ。

 時には俺を恐れ、時には興味をなくし。 

 俺のもとからは皆が無言で離れていく。


 この世界はモンスターという危険で溢れている。

 洞窟で出会った時のように、マキナさんがモンスターに襲われていたら。


 集団で行動することこそ、この世界で生きるためには必要だ。

 俺のせいで誰かが傷つくことになったら、俺は耐えられない。

 マキナさん、一体どこに行ったんだ。

 俺は最悪の予感を胸に行動を続ける。



『オオカミさん。結構川上の方まで探したんすけどマキナさん、見つからないっすよ』


 探索を続けているとウサギから通信が入る。


「俺の方もマキナさんは見つからない」


『うう。そうっすか。マキナさん、どこ行っちゃったんすかね……僕、今度は川下の方を探して見るっす』


「川下か。ゴブリンの集団と出くわした方向だな。危険を感じたらすぐに逃げろよ」


『はいっす。マキナさんを絶対に見つけてくるっすよ』


 ウサギからの返事を最後に通信が切れる。

 絶対に見つけてくる、か。

 そうだ。まだあきらめちゃいけない。

 後で後悔しないように、今は探索に全力を尽くすべきだ。


 俺は慎重に音を殺しつつ、できる限りの速度で森を移動する。




 その後も俺たちは探索を続けた。

 しかしどれだけ探してもマキナさんは見つからなかった。


 三時間後。

 俺はウサギと連絡を取り拠点で落ち合うことにした。





「……マキナさん、どうしちゃったんすかね」


 洞窟内に漂うのは沈んだ空気。

 俺とウサギは二人で顔を伏せる。


「……俺のせいだ」 


 ぼそりと、独り言のような音量で俺は内心を吐露する。


 いつもそうだ。

 俺が善意で取った行動は相手に恐怖しか与えない。

 きっとマキナさんも俺の行動や言動を迷惑に感じていたんだ。

 

「俺のせいだ。俺が怖がらせたから」


「何言ってるんすか。オオカミさんのせいなんかじゃ無いっすよ」


 ウサギが同情から声をかけてくる。


「だが、現にマキナさんは居なくなっているじゃないか。結局、皆が俺の下から黙っていなくなるんだ」


「それは違うっすよ!」


 声を上げるウサギ。

 珍しいその行動に俺は目をむく。


「マキナさんはオオカミさんに感謝していたっすよ! 僕とマキナさんの二人で枯れ葉を集めていたときのことっす。『一人で不安だったところをお二人が声をかけてくださいました。私はそれがとても嬉しかった』と、そう言っていたんす」


「それはウサギがいたてまえお世辞で言っただけじゃ。本心では俺たちのことなんてどうでも良かったんじゃ」


 トラウマを刺激され、言いたくもないネガティブな思考が俺の口から溢れ出してくる。


「それも違うっす!」


 しかし、強い口調でウサギは俺の思考を否定する。


「どうでもいいと思っていたのならどうしてマキナさんは僕たちに手紙を残していったんすか。僕たちのことをどうでもいいと考えていたのなら一刻も速くここを去ろうとするはずっす。夜は周囲も暗かったっすし手紙を用意するのは大変だったはずっすよ」


「それは……」


 ウサギの強い言葉に凝り固まった俺の思考が解れていく。

 マキナさんは、俺たちに感謝していた。

 それならば……


「どうしてマキナさんはここを出ていってしまったんだ?」


「それは、分からないっすよ……」


 マキナさんがここを去った“事情”。

 結局俺たちがその事情を思いつく事は無かった。

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