第13話 拠点発見!


「オオカミさーん。こっちすよー」


 川に沿って進んでいるとこちらに向け大きく手を振るウサギの姿を見つける。

 ぴょんぴょんと楽し気に飛び跳ねる姿は動物の方の兎を連想させる。


「ウサギ、お疲れ様。洞窟を見つけたというのは間違いないんだな」


「はいっす。向こうのところが窪地になっていて、そこに洞窟を見つけたっすよ」


「まさかこんなに早く拠点候補が見つかるとは。頑張ったな」


「はいっす! これでちょっとは安らかに眠れるっすね。おいしいご飯も作れるっすよ」


「ああ。それは俺も楽しみだ。それじゃあ、案内してくれ」


「了解っす! こっちすよ」


 飛び跳ねるように歩くウサギの後に続き森を進む。




 道中モンスターに会うこともなく、川から五分ほど歩いた所にその洞窟はあった。


「ここっすよ!」


 ウサギに案内されたのは森の中にある窪地であった。

 そこは生えている木がまばらであり、岩肌が見えている。


 洞窟の入り口の大きさは人がすれ違える程度には広い。

 光の関係で奥までは中を見通すことができないが結構な広さがありそうだ。


 俺は索敵を発動させる。

 周囲にモンスターの反応はない。

 どうやら洞窟の中に先客が居た、なんて展開にはならなさそうだ。



「おお、イイじゃねえか。よくこんなところ見つけたな」


「ふへへ。早く入ってみるっすよ」


 洞窟の前まで移動し中を覗く。

 中は暗いため、外からでは内部の全貌を見通すことはできない。

 俺はショップで懐中電灯を交換すると、その灯りで内部を照らした。


 洞窟は2メートル幅の通路がまっすぐに奥へと続いていた。

 途中で曲がっている様子はないのに、懐中電灯の灯りを向けても果てが見えない。

 洞窟はかなりの深さがあるようだ。


「思った以上に広い洞窟みたいっすね」


「うーん。あまり奥まで続いているようだと困るな。この先が索敵の圏外まで続いているのならモンスターの巣になっていても気づけないし、それを知らずにここで休んでいたら最悪の場合寝込みを襲われるかもしれない」


「ひええ。それは勘弁っす」


「そうならないためにも、この先がどうなっているか調べておく必要があるな」


「うう。暗いところの探索っすか。少し怖いっすね」


「安全を確認できれば、ここを拠点として使えるんだ。もう少しだけ頑張るぞ」


 おびえるウサギに檄を飛ばす。

 正直俺も、真っ暗闇が続く洞窟の奥を見て少しビビっているのだが、俺まで怖がっていては事態が進展しない。


「よし! 進むぞ」


「は、はいっす」


 俺は気合の声を上げると、懐中電灯を先へと向ける。

 索敵は常時発動させておいたほうがいいだろう。


 灯りがあるとはいえ、足元は暗い。

 こんなところで転んで怪我をしてもつまらないからな。

 俺たちはゆっくりと進んでいく。




「オオカミさん。そういえばスキルの遠見は使えないんっすか?」


 暗闇を進む道中、おびえる声でウサギが疑問を口にする。


「無理だな。遠見は視野を延長するが暗いところを見通せるわけじゃない。確か『暗視』ってスキルがあったはずだから併用すればいけるだろうが、今はスキルポイントが足りないな」


「うーん。残念っすね」


「まあ、地道に行くしかないな」

 

 洞窟は声が響く。

 俺たちは念のため声をひそめながら言葉を交わす。


 5分程進むがまだ果ては見えない。

 いったいこの洞窟はどこまで続いているんだよ。


「……っ!?」


 なんだ、今の反応は。

 俺は叫び声を上げそうになるのを堪える。


「オオカミさん、どうしたんすか?」


「ああ。モンスターだ」


 声を潜め話しかけてきたウサギに俺も小声で返事をする。


「なんか普通じゃない反応っすけど、そんなにそのモンスター、強そうなんすか?」


「いや、反応はただのゴブリンだ。ただし、索敵の範囲内に突如姿が現れた」


「えっ、なんすかそれ! 索敵の誤作動っすかね」


「それならいいんだけどな。今までこんな事は無かった」


「そうなると、そのゴブリンが何かしたのかもしれないっすね」


「ああ。例えば高レベルの気配遮断があれば同じことができるかもしれないし、他のスキルの効果かもしれない」


 俺の脳裏に浮かぶのはあの魔法を扱うローブ姿のゴブリンだ。

 あいつならテレポートなどの超常的な魔法で俺たちの前に現れても不思議じゃない。


「ゴブリンは気配遮断をもって無かったすよね」


「うーん。どうだろうな。スキルを持っていても発動していなかっただけかもしれないが、少なくとも今まで索敵に反応が無かったゴブリンはいなかった」


「ひええ。なんか嫌な予感がするっすよ」


 強敵の予感。

 俺たちの間に緊張が走る。


 ゴブリンと俺たちとの距離は100メートル程。

 光が漏れて相手に感づかれてはまずい。

 前を照らしていた懐中電灯の光を足元に向ける。


「オオカミさん。どうするっすか。引き返すなら今っすよ」


「ここまで来てゴブリン一匹にビビッていられないだろ」


「じゃあ、このまま突っ込むっすか?」


「……ああ。相手は一体だ。奇襲で片を付けよう」


「うう。ちょっと怖いっすけど、オオカミさんと一緒ならやれるっすよ!」


 拳を天に突き上げるウサギに、俺は頷く。

 この洞窟はウサギがせっかく見つけてくれたんだ。

 ゴブリンの集団に襲われてからは戦いを避けていたが、ここはリスクを承知で戦うべき場面だろう。


 今までさんざんゴブリンは相手にしてきたんだ。

 大丈夫。やれるはずだ。


 奇襲のためには近づくまで相手に気づかれないようにしないといけない。

 試しに懐中電灯の灯りに集中を使い、光を外に漏れないようにできないか試してみるがあまり効果は無かった。

 SPが減っているのでスキルは発動しているようだが光の速度が早すぎて集めきれないのだろう。


 仕方なく俺は懐中電灯の電源を切る。

 光源がなくなり辺りは真っ暗闇になる。

 索敵により進むべき方向だけは分かるのだ。

 俺たちは壁に手をつけゆっくりと進んでいく。


 標的に近づくうちに洞窟の奥から光が漏れてくる。

 まだ微かに辺りが見える程度だが奥へ行くほどに光は強くなっていく。


 なんだこの灯りは? ゴブリンが火でも焚いているのか?

 こんな換気の悪い洞窟の中で火など焚いたら中毒死まっしぐらだぞ。


 とりあえず異臭はしない。

 確か火事の時、煙は熱せられて軽くなるから上に溜まるんだよな?

 念のため姿勢をできるだけ低くして進む。


 曲がり角の前までくる。

 索敵の反応からゴブリンはこの角を曲がったすぐ先にいるはずだ。


「オオカミさん。この先っすね」


「ああ。行くぞ」


 すでに通路の先から漏れ出てくる灯りは強くなっており、辺りは問題なく周囲を把握できる程度の光量がある。

 俺は意を決して首だけを通路から出す。

 そこにはゴブリンと、それに襲われる女性の姿があった!

 

 俺たちの所からゴブリンと女性が向き合う場所までは10メートル程。

 そこは通路が行き止まりになっており、ここが洞窟の最奥のようだ。


 女性の服装はいかにも現代的なスーツ姿であり、左袖の所が大きく破れている。

 そこには中央が赤く染まった白い布が巻かれている。

 見たところ武器らしきものは持っていない。

 

 一方ゴブリンはこちらに背を向ける形で立っており、俺たちに気づいた様子はない。

 先ほどから漏れている灯りは女性の足元に置かれたランプの灯りだった。


 混乱から俺は硬直したままゴブリンの動きを注視するが、なぜかゴブリンは女性に襲い掛かろうとしない。

 女性とゴブリンの距離は3メートル程。ゴブリンなら一息でとびかかれる距離だ。


 どうする? ゴブリン一体なら俺たち二人で仕掛ければどうとでもなる。

 だが駆け付けるには距離がありすぎる。

 なぜゴブリンが女性に襲い掛からずにいるのかは知らないが、俺たちが接近すればそれに気づいたゴブリンが女性に襲い掛かるかもしれない。


 迷っている暇はない。

 俺は音を立てないように背中に担いだ弓を引き抜く。


 カツンッ

 弓の上端が洞窟の天井に当たる。

 くそっ! しまった。

 音でゴブリンがこちらに気づいた。


 俺は弓を構え、放つ。

 狙いはつけられていない。

 だが、集中により引き寄せられた矢はゴブリンの頭へ命中する。


 索敵からゴブリンの反応が消える。

 一発で仕留められたようだ。運が良かった。

 俺はウサギと頷きあうと女性の下へと駆け寄る。


「大丈夫か!」


「へっ? ……えっと、あなた方は」


 女性はゴブリンの亡骸を茫然と見つめていたが、俺が声を掛けるとこちらへと視線を向ける。

 女性はこちらを警戒している様子だ。

 もしかして俺、また怖い目付してる?

 俺はできるだけ優しい声で話しかける。


「俺たちは転生者だ。あんたがゴブリンに襲われているところを見て助けに来た」


「転生者? 私を、助けに来てくれたのですか?」


「ああ。そうだ。その服装、あんたも転生者だよな」


「ええ。私も転生者……のはずです」


「? 怪我をしているようだが、大丈夫か」


「ええ。痛みはありますが、すでに血は止まっています」


「それは良かった」


 俺はとりあえず胸をなでおろす。

 話を続ける内に女性の口調からはとげが抜けてくる。

 女性のしっかりとした話口調を見るに意識もしっかりしているようだ。

 この様子なら怪我の方も心配ないだろう。


 俺たちは女性が落ち着いたところで、ゴブリンに襲われた経緯を聞くことにした。

 女性は名前を出薄デウス真紀菜マキナ

 マキナさんは元の世界では出版会社のOLとして働いていたらしい。


 マキナさんの職業は魔法使い。

 最初に与えられたポイントでスキル『火の魔法の才能』『爆発の魔法の才能』を交換。

 いままでは魔法の力でモンスターを倒し生き残ってきたそうだ。


「魔法っすか! すごいっすね! 見たいっす!」


「俺たちは魔法のステータスが0で魔法を使えないからな」


「そうなのですね。私は最初から魔法のステータスは100でしたよ。良ければ、お見せしましょうか?」


「本当っすか! ぜひお願いするっす!」


 魔法という言葉にウサギはすごい食い付きだ。

 かくいう俺だってせっかく異世界に来たのだ。

 魔法は見たいし、自分でも使ってみたい。

 

「では、いきますよ。ファイアボール!」


 俺たちの前に差し出されたマキナさんの手。

 そこに赤い光が灯ると、ボウッと音を立てて火が噴き出す。

 火は渦を巻くとスイカサイズの赤く燃え盛る火の玉へと姿を変える。


「って、ちょっと待ってください! ここ洞窟の中ですよ。魔法を使うなら洞窟の外でやりましょう」


「ああ。確かにそうですね。配慮が足りずすみません」


 俺が魔法の発動するマキナさんを止めると、火の玉はその場ですぐに霧散する。


「そろそろ夕食時ですし、洞窟の外で一緒に食事しませんか?」


「山菜ならいっぱいあるっすよ」


 俺は腰に提げる袋を一つ取り出すと、中身をマキナさんに見せる。


「うわあ、なんですかこの山菜の量!」


「俺は鑑定のスキルを持っていますからね。案外簡単に集められましたよ。まあ、味は保証できませんが、とりあえず一通り食べて味のいい物を探したいんです」


「みんなで食べた方が早く終わるっすからマキナさんにも手伝って欲しいっす」


「あら。そういう事でしたら、ご一緒させてもらいます」


「歓迎っす! みんなで食べた方がおいしいっすよね」


「ああ。じゃあ、準備をしよう」


 俺たちは一緒に食事を取ることに決め、行動を開始する。

 今日は新たな拠点の発見を祝して山菜パーティだ!


 うん。山菜、おいしいといいんだけどな。

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