第8話 これからの目標
「ぜえ。はあ。はあ」
「も、もう走れないっすよ」
肩で息をする。
いったいどれぐらい走ったのだろうか。
辺りにゴブリンの気配はない。
まだ安心できるわけでは無いが、とりあえず直近の危機は回避した。
何とか俺たちは生き残ったようだ。
俺たちは手近な岩を見つけると、そこに腰を下ろした。
それだけで体中が悲鳴を上げるほど痛むが、命があるだけましだと思うしかない。
「何なんですかあの野蛮な生き物。ゴブリン、まじ怖えっす。善良な僕を、いきなり襲ってくるとかいったいどういう了見なんすかね!?」
ウサギは恐怖を爆発させている様子だ。
俺も死の恐怖を感じ、いまだ体が震えている。
「はあ。死ぬかと思った。いや、ウサギが居なかったら死んでいたな」
「それをいうなら僕だって同じっすよ。オオカミさんが居なかったら絶対に死んでいたっす。三途の川に頭からダイブしてたっすよ」
二人で恐怖を語り合う。
目の前に叩きつけられた巨大な火の玉。
死の具現とも思えるその攻撃を避け切れたのはウサギのおかげだ。
「僕はただ速く走れるだけっすよ。それよりもすごいのはオオカミさんっすよ。まじぱねえっす! なんすかあのスキル。まじチートっすよ」
「うん? なんのことだ?」
ウサギの言葉に俺は疑問符を浮かべる。
「今更とぼけないでくださいっす! さっきの木をなぎ倒したスキル! あの出力、まじチートすぎるっすよ! どうやったらあんなことができるんすか」
ああ。そのことか。
俺は一人納得する。
確かにさっきの戦闘をウサギの視点から見れば俺が小細工なしに大木を倒したように見えただろう。
だが、実際は木には切り込みが入っていて、軽い力で引っ張っただけだ。
木を引き倒せるようなチートじみた出力は集中に無い。
「それよりもウサギのスキルの方が強力だろう。あれだけ早く動ければ一方的に攻撃できる」
「僕のはそんなすごいスキルじゃないんすよ。僕のスキルは恐怖心をスピードに変えるんす。相手に攻撃しようと恐怖を打ち払ったらスピードは強化されないんす。逃げることしかできない臆病者のスキルなんす」
「いや、ノーリスクで敵から逃げられるだけでもすごいだろう」
「違うっす。僕のスキルなんて全然なんす!」
俺から見たらウサギのスキルの方が俺のスキルなんかより数段チートじみているように思えるが、本人はそれを否定する。
なにせスピードがあればノーリスクで敵から逃げることができるのだ。
まさしく無敗のスキル。弱いわけがないと思うのだが。
まあ、ここで言い争うのも得策ではないか。
「いやあ。やっぱりオオカミさんは異世界に来ても違うんすね。強いスキルに、頼れる感じ、かっこいいっす! オオカミさんは僕の命を救ってくれた恩人っすよ。ありがとうございましたっす!」
「そ、そうか? ははは。まあ、今回は上手く策がハマっただけだがな」
ウサギの誉められ、俺は思わず笑顔を浮かべる。
いやいやいや、何言ってるんだ俺。
この世界ではスキルの使い方が生死を分ける。
ウサギは俺のスキルの強さを誤解しているようだが、それでいざというときに判断を誤っては危険だ。
ここはウサギの認識をきちんと正しておくべきだろう。
「ウサギ、」
「オオカミさんってば、力だけじゃなく、頭もいいんすね! 尊敬しちゃいます!」
「いや、さすがに褒めすぎだろ。まあ、困ったときはお互い様だ。お互い、最善を尽くして生き残ろうぜ」
「はい! 頑張りましょうっす!」
……だめだ。
ウサギは手放しに俺のことを褒めてくれる。
元の世界では皆から怖がられていたから、こんな風に頼られることは無かった。
そんな俺が人からの好意を否定できるわけがないじゃないか!
向けられた好意に俺は自然と自身の顔に笑みが浮かぶのを感じる。
「ひいいいいいい!? なんでオオカミさん、怒ってるんですか!?」
「いや、怒ってねえよ! 笑ってんだよ!!」
「ややや、やっぱり怒ってるじゃないっすかー!」
おびえ倒すウサギに俺は苦笑い。
その表情にウサギがさらにおびえるというループ。
異世界に来てから気が張りっぱなしだった。
笑って肩の力が抜けたことで、その事実に気づく。
ああ。くそが。
恐怖、悲壮、不安、いらだち。今まで蓋をしてきた感情が心の内から噴き出してくる。
同時に感じるのはこうして人と話し、笑っていられるという生の実感。
「かはは。かははははは!」
俺はすべての感情を吐き出すように高笑う。
「ちょっ!? オオカミさん。そんな大声出したらモンスターに気づかれちゃいますよ」
「かはははは。かははははははーーー!」
ウサギの忠告を無視し、俺は笑い続ける。
別に何がおかしいというわけじゃない。何せこの状況自体が何もかもがおかしいのだから。
異世界に連れてこられてからこれまで、俺は生きるために、生き残ることだけを目的に行動してきた。
恐怖を殺し、疲労を無視し、ただ生きるために人としての倫理観すら捨ててきた。
だが、それも限界に来ていた。
おそらく、遠くない将来俺の精神は破綻を迎えていたことだろう。
「ウサギ。絶対に生き残ろうな!」
「えっ、なに言ってるんですか? 当たり前っすよ。僕はまだ死にたくないっすよ!」
だが、今は隣に仲間がいる。
一人で抱え込んできた不安を共有できる相手が。
負担を共有し軽くなった心で考える。
俺の心が何を望んでいるのか。
答えはすぐに出た。
「みんなと合流しよう」
「へっ? みんなというと、『公立千文高校 2年3組』のクラスメイトとですか?」
「ああ。そうだ」
俺が一人であったのなら間違いなくさっきのゴブリンの集団に殺されていた。
クラスメイトにもそれぞれ特別なスキルが与えられているはずだが、それでも一人でできることは少ない。
ならば他の転生者と、特にクラスメイト達とは早期の合流を目指すべきだ。
「いやあ。確かにみんなもここに来ているんでしょうけど。どうやって合流するんですか」
「それは、今から考える」
「何すか、それ! めちゃくちゃじゃないっすか!」
ウサギが素っ頓狂な声を上げる。
もちろん現在クラスメイトがどこに居るのか所在は分かっていない。
けれども勝算は存在する。
この広い森の中、何千人といる転生者の中でどうして初めてあった人物が俺のクラスメイトであるウサギであったのか。
同じ集団に属している人物は近くに転移されているのではないか。
あくまで仮説だが、これは偶然と片付けるにはできすぎているだろう。
真っ先に頭に浮かぶのはウグイの顔だ。
この世界に連れてこられる直前、喧嘩別れのような形になった幼馴染。
他にも、クラスメイトの面々の顔が俺の頭をよぎる。
元の世界に帰る。それも、皆で生きて。
俺はウサギと出会い、自身の進むべき道を再確認したのだった。
*
「ウサギー。頑張れー」
「ひぃいいいいい。むっ、無理っすよお」
というわけで、俺はウサギを連れレベル上げに来ていた。
元の世界に生きて帰るには魔王を倒さなければならない。
つまり強くなる必要があるのだ!
ウサギと対峙するのは巨大な芋虫型のモンスターだ。
あれからウサギとはこの異世界に来てからこれまで起きた出来事を互いに共有した。
ウサギは『索敵』と『気配遮断』のスキルでモンスターを避けながら、脱兎のスキルを使い逃げ回って生き延びてきたらしい。
しかし、ゴブリンに囲まれ絶体絶命のピンチを迎えていたそうだ。
逃げてばかりではレベルが上がらずこの異世界では生き残ってはいけないだろう。
ウサギにはゴブリンからドロップした短剣を貸し出してある。
芋虫は鈍重なモンスターだ。ウサギのスピードがあれば攻撃を受けることなく倒せるはず……だったのだが。
「いやあああああああああ! オオカミさーん! 助けて下さーい!」
目の前には芋虫が吐き出した糸で地面に縫い付けられたウサギの姿が。
この戦闘で初めて分かったことだが、芋虫は口から粘性のある糸を吐き出し拘束してくるらしい。
今まで俺は遠距離から水でしとめていたから分からなかったが、糸は弾性に富み、強靭だ。
一度捕まってしまえば、糸を破って逃げ出すことは難しいだろう。
「オオカミさーん! 何冷静に戦闘を見守ってるんすかー! 助けてくださーい!」
「ああ。悪い。忘れていた」
ウサギの声に我に返る。
あまりのウサギのふがいなさに一瞬茫然となってしまった。
いや。だって、あれだけ速く動けるのに、どうして芋虫に攻撃を食らっているんだよ。
絶対に避けられただろ。いい加減にしろ!
「水集中!」
俺は集中を発動。
水を芋虫の顔へと集め溺死させる。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ。いやー、ひどい目にあったっす」
その後、何とか芋虫の糸を引きはがしウサギを救出する。
「オオカミさん、ひどいじゃないっすか! オオカミさんが雑魚だというから信じて突っ込んだのに。あんな硬いモンスター、倒せるわけないっすよ!」
ウサギは不満爆発といった様子だ。
まあ、それは仕方ないか。
ウサギがふがいなかったことは間違いないが、今回の戦闘結果は俺にも非がある。
俺は芋虫を簡単に倒せていたからウサギでも楽勝だろうと考えていたのだが見通しが甘かった。
まず芋虫の表皮は俺の予想以上に硬かったようで、ウサギのふるった短剣では薄皮が向ける程度にしかダメージが通らなかった。
いくら錆びついているとはいえ鉄製の武器でダメージを与えられないというのは、流石に想定外だ。
そして、糸での拘束。
事前に知っていれば芋虫の正面に立たたないように立ち回ることできるため、攻撃を食らうことは無いだろうが、初見での回避は難しい。
一度捕まれば糸は体に絡みつき、自力での脱出は難しいだろう。
実際、俺が短剣で糸を切り、5分近く掛けて救出しなければウサギは今も地面で転がっていただろう。
固い表皮による防御力。
愚鈍さを補う糸による行動阻害。
あれ? 俺は芋虫を雑魚認定していたが、普通に考えれば芋虫、相当な強敵なんじゃないか?
通常の物理攻撃ではまず倒せないだろう。
糸による拘束は初見であればまず避けるのは難しい。
倒そうと思えば俺のような絡め手が無ければどうしようもない。
そして、この二つを知らぬまま戦いを挑んだウサギはあっさりと敗北した。
うん。これは自業自得だな。
「なんでっすか! 僕は悪くないですよ! ちょびっとだけしか!」
「いや、ウサギはスピードがあるんだから避けられただろう」
「速く動けても反射神経は元のままなんす! 無茶なこと言わないでくださいっす! もっと安全に倒せるモンスターはいないんすか? あの芋虫、僕じゃあ倒せないっすよ」
「うーん、そうは言ってもなあ。他に簡単に倒せるモンスターなんて知らないぞ」
俺はウサギからの要望に頭をひねる。
ウサギがモンスターと戦いたがってくれるのはいい兆候だ。
もう少し戦うのは嫌だとかごねるかと思ったのだが、こいつも覚悟を決めたのだろう。
だから俺としても速くウサギには強くなってもらいたいのだが、ウサギの現在の力で倒せるモンスターが思い浮かばない。
まず、前提としてゴブリンはダメだ。
敵が単独ならウサギ一人でも倒せる強さであることは間違いないのだが、先ほどゴブリンに集団で襲われた経緯がある。
ゴブリンがどうやってこちらの動きを補足していたのかは分からないが、奴らを標的にしていればまた先ほどのように襲われる可能性がある。
狙うならなるべく他のモンスターだろう。
そう思い標的としたのが芋虫だったのだが、結果は先の通りだ。
ゴブリンもダメ、芋虫もダメとなると他にどのモンスターを狙えばいいのか。
この森には他にもまだ俺の出会っていないモンスターがいるみたいだが、そのどれもが複数体で行動していた。
上手くやれば複数体を同時に相手取ることもできるかもしれないが、不測の自体に陥らないとは限らない。
「オオカミさん、どうしましょう」
「仕方ない。俺がモンスターを間引く。複数体で群れるモンスターを狙うぞ」
とはいえ、このまま手をこまねいてもいられない。
ウサギには戦える力を身に着けてもらわなければ、この先の未来は無いのだ。
背に腹は変えられない。
俺たちはレベル上げのための行動を開始する。
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