第5話 水集中

 ゴブリンとの戦闘から30分程。

 警戒しながら森を進む俺の前に現れたもの。

 それは……


「やった。川だ!」


 俺が見つけたのは森の中を流れる川だった。

 流量は少なく、川幅は1メートル程だがよどみなく水が流れている。


 よし、これで飲み水の心配はしなくてもよくなるし、体を拭いたり、服を洗ったりできる。

 この世界には気軽に行ける病院は無いのだ。

 健康の管理は大切であり、水があれば衛生面の問題をクリアできる。


 俺は喜び勇んで川へと近寄っていく、が。


「ちっ。またゴブリン、か」


 そこには川辺で水を飲むゴブリンの姿があった。

 数は一体。俺は茂みに潜み慎重にゴブリンへと近づいていく。


 どうするか……まあ、考えるまでもないか。

 先の戦闘で俺のスキルのレベルは上がっている。

 この世界で生きるためには強くならなければならない。


 ならば一体でゴブリンがいるこの機会、逃すわけにはいかない。


 俺は弓を構える。

 ゴブリンの奥には川があるから矢を外せば回収は無理だろうな。

 集中を発動させようとし、川を見ていた俺の頭にあるアイデアが浮かんだ。


 俺は一度弓の弦を引くのをやめる。

 何もゴブリンを殺すのに躊躇するわけではない。

 人間、現金なもので自分の命が危ないと実感すると普段の倫理観などは薄れるようだ。

 ゴブリンに弓を向けることに対し、先の戦闘で感じたほどの躊躇は無くなっていた。


 では、なぜ攻撃を止めたのか。

 それは別の攻撃手段が浮かんだからだ。

 俺は集中させる地点をゴブリンの頭そのままに、集中させる対象に『水』を指定する。


「“水”集中!」


「ゴブッ!? ゴッ……!?」


 狙い通りゴブリンの顔を目掛け川の水が集まる。

 対象が多くなるとSPの消費が増える。

 俺はゴブリンの顔を水が覆ったあたりで対象となる水の量を制限する。


 突如気道を水でふさがれたゴブリンは、顔に手を伸ばし水を払おうとする。

 しかし集中の効果により払ったそばから水が顔に集まり振り払うことはできない。

 ゴブリンはやがて膝を付き、倒れながらもそれでも激しく抵抗する。

 俺はゴブリンの動きに合わせ集中先を調整し、ゴブリンの抵抗を阻む。


 1分程が経過し、ゴブリンの動きが鈍くなる。

 最後にゴブリンの手が天に向かい伸ばされ、そして力なく地面へ落ちる。

 ゴブリンが動かなくなったのを確認してからたっぷり10秒待ち俺は集中を解除する。


 索敵を発動させる。

 倒れたゴブリンからは生命の反応が消えている。

 俺は慎重にゴブリンへと近づく。


「うっ……」


 思わず吐き気を催す。

 ゴブリンの死に顔はそれほど苦悶に満ちた表情だった。

 俺はすぐにゴブリンから目をそらす。

 

 ゴブリンから離れ、深呼吸を一つ。


 いいいいいいいいいいい、よっしゃー!

 俺は心の中で快哉を叫ぶと小さくガッツポーズをする。


 なんだよ。こんなにあっけなく勝てちまってもいいのかよ!?

 さっきは死にそうになるほどの辛勝だったんだぞ? 

 それを無傷で勝利とか、俺、強すぎるだろ。

 

 集中のスキルが液体を対象にとれることはすでに検証していた。

 気体は無理だったが、『目で見える物』であれば指定した地点に集中させることができる。

 そこで川を見たときにこの水を攻撃に使えないかとひらめいたのだ。

 結果は大成功。ゴブリンを無傷で倒すことができた。


 くそう。こんなに簡単に倒せるんだったら、初戦の苦戦は何だったんだよ。

 あの時だって飲料水は交換できたんだから同じ戦法も使おうと思えば使えたはずだ。

 まあ、今回で結果が出たのだからそれは良しとするか。


 俺は気持ちの整理がつくとゴブリンは視界に入れないようにして川に駆け寄った。

 水は澄んでいて底まで見通せる。

 これなら飲んでも大丈夫……だよな。

 念のため加熱してから飲もう。


 水筒と、空になったペットボトルに水を汲む。

 これで水を手に入れるのにポイントを消費しなくて済むな。

 俺は上機嫌で、いそいそとカバンに水筒とペットボトルを突っ込んだ。




 俺はそれからしばらく川の水を使いスキルの検証を行う。

 すると“水集中”にはいくつか弱点があることが判明した。


 まずゴブリンを倒したときみたいに水を集中させていられる時間は連続で3分程。

 水の量が増えればそれだけ消費SPが増大し、持続時間は短くなる。

 モンスターが巨体だと、窒息するまで水を維持していることは難しいだろう。


 また集中により水が移動する速度は遅い。

 今回はたまたまゴブリンがその場にとどまってくれたから倒すことができたが、ゴブリンが走って逃げていればそのまま振り切られてしまっただろう。


 また、集中先に指定できるのは一箇所だけだ。

 敵が複数であったのなら、狙えるのは一体だけ。

 俺は集中を発動させている間、対象から視線を切れないから、一体目を窒息させる間に他の敵にボコボコにされること請け合いだ。


 そして最大のネックはやはり水が無いと発動できない点だ。

 俺が集中を発動させるにはモンスターと川を同時に視界に収める必要がある。

 相手がかなり川に接近した状態で、自分はその背後をとらなければならない。


 考えれば考えるほど、なかなかに厳しい条件だ。

 必勝だと思っていた戦法は必勝では無かった。

 ゴブリンを簡単に倒せたものだから浮かれていたが、そう簡単にはいかないらしい。


 まあ、悲観ばかりしていても仕方がない。

 水源を確保できたのは一歩前進だ。

 それに確実性は無いとはいえ水での奇襲戦法であれば、弓矢とは違いこちらの存在を相手に気取らせないままモンスターを倒すこともできる可能性があるのだ。

 過信は禁物だが、しばらくは水での奇襲をメインの戦法にして戦ってみようか。




 スキルの検証を終えた俺は川沿いを下流に向け歩くことにした。

 理由は簡単。川沿いであれば飲料水に事欠かないし、水での奇襲戦法もとれるからだ。

 下流に向かうのは特に理由は無い。なんとなく上流よりも下流に行った方が弱い敵がいそうだからだ。

 攻撃手段の乏しい現状、強い敵と戦う気はさらさらない。


 おお。言っているそばから索敵でゴブリンの反応を確認。

 しかも一体で行動している。これはチャンスだろう!

 川の発見に続き、このタイミングでのゴブリンの発見とは俺にも運が向いて来たか?

 俺は茂みに入ると、急く気持ちを抑えて音を出さないように移動していく。


 ゴブリンの姿はすぐに見つけられた。

 俺は弓矢を構える。

 えっ、水は使わないのかって? もちろん使うが、今回は水での奇襲にもう一工程を加えてみるつもりだ。


 俺はまず弓矢で足を狙う。

 これで機動力を削ぐ作戦だ。

 今の俺の実力では狙った足に矢が当たるかは五分五分、集中の補助込みで八割といったところだ。


 矢は俺の狙い通りに飛んでいき、見事ゴブリンの足を捉える。


「ゴブッ!?」


 間抜けな声をあげ地面に倒れるゴブリン。

 こうなれば走って逃げられる心配は無い。

「水集中!」


 俺はゴブリンの顔へと水を集中させる。


 それからたっぷり1分。

 ゴブリンの動きがゆっくりと止まるとともに、それは起こった。


 俺の体が光に包まれ、体内を熱いものが走る。

 一瞬、転移の予兆かと思うが光は一瞬で収まった。

 代わりに体の内から力が湧いてくるのを感じる。

 これは、まさか。


「ステータス!」


~~~~~


人族 LV2 名前 オオカミ ロンリ

職業 狩人

ステータス

HP:110/110

MP:110/110

SP:26/110


身体:101

頭脳:100

魔法:0


スキル:

「集中LV10」「弓の才能LV2」「索敵LV2」


保有ポイント:20


~~~~~


 おお! レベルが上がっている。

 この世界に来てから倒したゴブリンは三体。

 レベルが高くなると上げるのに苦労するようになるだろうが、今のところはすぐに上がったなという印象だ。


 HP、MP、SPもそれぞれ10ずつ上がっていた。

 これはレベルアップの影響だよな?

 俺は思ったよりも高い上昇量に笑みを浮かべる。


 一方、身体の方の上昇量は1。

 頭脳は初期値の100から変わらず、魔法は0のままだ。

 これはいったいどういうことだろうか。


 身体の方はいい。少ないとは言え1上がっているのだ。

 つまり身体機能が1%向上しているということだろう。

 握力で言えば40㎏が40.4㎏になったということだ……うん。微妙だが、まあ上がったのだから良しとしよう。


 問題は頭脳と魔法だ。まったく上がっていない。

 これはあれか? システムの内部的には微量に上がっているが表示に反映されていないとかそういうことか?

 それとも本当に上がっていない? だとしたらこのまま魔法は一生使えないということか?


 てっきり魔法の数値はレベルアップで上がると思っていたのだが。

 まあ、現状は魔法のスキルもとっていない。

 使わないのだから上がってもしかないのだが、何か悔しいな。


 ああ、そうか。

 もしかして魔法スキルをとらないと上がらないとかいう仕様じゃないか?

 だとしたら早めにとらないといけないな。

 うう。取りたいスキルがどんどん増えていく。


 スキルの取得と言えば、保有ポイントが20になっている。

 ゴブリンを倒して得られるポイントは1ポイント。

 川を発見する前のポイントは13、それから2体のゴブリンを倒したからポイントは15のはずだ。

 残る5ポイントは何だ? 考えられるのはレベルアップによるボーナスか。

 ポイントを取得できるのはモンスターを倒したときだけかと思ったが、もしかしたらいろいろと他にも手段があるのかもしれない。

 

 しかし、20ポイントあればいろいろ有用なスキルが交換できたはずだ。

 今一番欲しい『鑑定』のスキルは30ポイント。

 まだ届かないが、他にも使えるスキルはある。

 

 俺はスキル画面を表示する。

 20ポイントでは一般スキルだとほとんど取得できるものは無いが、職業スキルであれば取得ポイントが軽減されているためある程度使えるスキルがあるみたいだ。

 先ほどまで表示されていなかったスキルもいくつか表示されている。


~~~~~


『毒矢』 20ポイント


矢先に毒を付与できる。


遠射とおしゃ』 20ポイント


矢の飛距離を延長する。


遠見とおみ』 15ポイント


本来の視力と関係なく視認できる距離を延長する。


『マーキング』 20ポイント

指定した対象に印を付ける。

印は一定時間持続し、その間印の付いた対象の位置を常に把握できる。


~~~~~



 うーん。どれも戦闘にかかわるスキルで俺の戦闘力を強化してくれるものばかりだ。


 『毒矢』のスキルがあれば矢の攻撃力が上がるだろうし、『遠射』があればより遠距離から安全にモンスターを攻撃できる。


 『遠見』のスキルは『遠射』とセットなのだろう。遠くを見れるということは戦闘以外にも応用できそうだ。


 『マーキング』もなかなかに便利なスキルだ。

 俺の集中は発動に対象を視認している必要がある。

 マーキングがあれば相手が素早く動くモンスターでも見失うことがなくなるだろう。


 これらを全部とることができれば索敵で見つけた敵を『遠見』で発見。

 『マーキング』をして十分距離をとった後、『毒矢』を乗せた『遠射』で攻撃。

 相手がこちらにたどり着く前に矢と毒のダメージで倒す、という凶悪な戦法がとれそうだ。


 しかし実際に保持しているポイントは20ポイントのみ。

 考えれば20ポイント全て使ってしまってはいざというときに身動きがとれなくなる。

 出し惜しみは良くないが、もう少しポイントが溜まってから使うべきか。


 俺はポイント獲得のめどが立ったことで生じた贅沢な悩みに、しばらく頭を悩ませるのだった。

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