第2話 スキル検証

 光が収まった時、俺が居たのは日の差し込む明るい森の中だった。


 敵は!?

 俺はすぐに『索敵』のスキルを発動……あたりに生物の反応は無い。

 どうやら転移直後にモンスターに襲われるという最悪の展開は回避できたようだ。


 俺は周囲を見渡す。

 ここは俺の背丈の何倍もある木で覆われた森の中のようだ。

 それぞれの木々の間隔は2メートル以上はあり通行の邪魔にはならないが、その分地面にまで日が差し込み下草が茂っている。

 気を付けて歩かないと足を絡めとられ足元をすくわれそうだ。


 耳を澄ませるも聞こえるのは風で木々がそよぐ音ぐらい。

 どうやら直近の危険はない。俺はそう判断し一息つく。


 さっきは招き猫が十分に考える時間をよこさなかったせいで、用意がろくにできていないからな。

 一度ここは落ち着いて現状を考えるべきだろう。


 「ステータス」


~~~~~


人族 LV1 名前 オオカミ ロンリ

職業 狩人

ステータス

HP:100/100

MP:100/100

SP:97/100


身体:100

頭脳:100

魔法:0


スキル:

「集中LV10」「弓の才能LV1」「索敵LV1」


保有ポイント:14


~~~~~


 俺の口にしたキーワードに合わせ目の前にステータス画面が展開する。


 おお。ちゃんとスキルが増えている。

 代わりに保有ポイントが減っているが、俺が交換したので当然だ。


 地味にSPが減っている。

 SPの説明を見るとスタミナポイントと表示される。

 要するに体力のことだろう。

 減っているのは先ほど索敵を発動させたからだろうか。


 取得したスキルは『弓の才能』『索敵』の二つ。

 正直深く考えて取得できたわけではないが、間違った選択ではないはずだ。


 まず索敵で敵を発見。

 弓で遠距離から、先制攻撃で倒すという作戦だ。

 あれ? 作戦ってなんだっけ、ってぐらい内容が薄いがシンキングタイムが短いのが悪い。


 敵と戦うためにもまずはスキルの効果を試しておきたいよな。

 よし、弓の試し射ちだ。

 俺は腰のベルトに矢筒を付けるとそこから矢を一本取り出す。


 弓なんて触ったことも無いが弓も矢もしっくりと手に馴染んでいる感じだ。

 不思議な感覚に少しテンションが上がる。

 俺は体の動くのに任せて矢を番えると弓の弦を引絞る。


 弦を離すと矢が風切り音を立てて飛んでいく。

 おお。思ったよりも速い。

 標的としていた木の幹は外してしまったが、右に逸れた矢はその後ろの木へと刺さった。


 流石に一発で命中させるのは無理か。 

 弓の才能のスキル補正があるとはいえ所詮はレベル1のスキル効果だ。

 俺は弓の刺さった木に近づく。


 木の矢は木の枝の先を尖らせただけのような簡素な作りだ。

 矢の先端は木の幹にめり込んでいる。

 骨を穿つのは無理でもモンスターの肉になら刺さりダメージを与えられそうだ。


 だが、弓での攻撃だけでモンスターは倒せるか?

 モンスターがどんなものかは分からないが例えば猪のような生物を想定する。

 いったい何本の矢を射れば倒せる?


 矢が刺さるのは体の表面のみ。

 血は流れるだろうから時間を掛ければ倒せるかもしれない。 

 しかし、それも時間を掛けることができればの話だ。


 その間にモンスターが攻撃してきたら?

 俺の武器は遠距離専門の弓のみ。

 手負いであったとしても格闘戦で勝てる見込みは無い。


 それに俺がモンスターなら矢を射かけられた時点で逃げ出すだろう。

 矢は有限だ。手に入れるには現状ポイントで交換するしかない。

 モンスターに逃げられれば使った矢の分だけ赤字だ。


 モンスターを倒すにはそれこそ目などの急所を射る必要があるが、残念ながら弓の才能だけではそんな芸当できないだろう。

 弓の才能のスキルレベルを上げれば矢が的に吸い込まれるように的へ飛んでいくのかもしれないが、すぐにはスキルレベルは上がらないだろう

 ……いや、待てよ。


 俺は矢の刺さった木から離れると、再び弓を構える。

 弓の才能の効果で体が半自動的に弓の弦を引き絞る。

 矢を当てるのに弓の才能のスキルだけで足りないのなら、もう一つスキルを併用すればいい。

 弓を放つ、その直前。


「集中!」


 狙うは一点。

 対象に矢を、場所に目標とする木を指定。

 放った矢が『集中』のスキル効果でその一点へと引き寄せられる。


――バキッ


 小気味よく響く乾いた木の割れる音。

 俺の放った矢は寸分たがわず、すでに刺さっていた矢と同じ場所に突き刺さり、前の矢を真ん中から割っていた。


「よしっ!」


 俺は喜びから小さく拳を握ったのだった。




 最初、俺は『集中』のスキルをレシートを丸めた球に使った。

 球は静止した状態から浮き上がりゆっくりと俺の手の中に移動した。

 それを見て俺は集中を出力の弱いサイコキネシスのような物だと考えたが、集中の真価は動いている物を対象にしたときに発揮されるらしい。


 俺が射た矢は狙いを逸れていたはずだが、途中で軌道を変え狙った場所に突き刺さった。

 おそらく『集中』は単純に物体に力を加えるだけでなく、もともとその物体が持つ運動にも作用し力の向きを変えるのだろう。

 つまり速く動く物体程、集中の効果を大きく受けるわけだ。


 俺は射た矢へと近づく。

 矢は元から刺さっていた矢を割って刺さったにも関わらずさっきよりも深く突き刺さっていた。

 集中の『狙った場所に引きつける』という力分、矢の威力が上がっていたのだろう。


 集中は使えないスキルかと思ったが、遠距離攻撃手段と組み合わせることで威力と命中精度を上げることができるようだ。

 そういえば招き猫も、ユニークスキルはその人の適正と職業にあったものが与えられると言っていたか。

 俺の狩人という職業にあっているし、これならなんとかモンスターにも対抗できる、かもしれない。


 俺は手近に落ちていた石を拾い上げる。

 集中が攻撃に使えるとわかった以上、戦闘の前に効果を確認しておく必要がある。


 とはいえ、検証に消耗品である矢を使う必要もない。

 集中の効果検証は投げた石でもできるはずだ。


 俺は先ほどと同じ木の幹に狙いを定めると石を投げつける。

 石の投擲には弓の才能のスキル効果は働かない。

 石は俺の手をすっぽ抜けると狙いとは全く異なるあらぬ方向へと飛んでいった。


「……」


 これじゃあスキルの効果があったのか無かったのか全くわからない。

 まあ、今のは肩を温める為の練習だ。

 人間、最初から何事もうまくいくわけがないのだ。

 俺はもう一つ石を拾い上げると、今度はよく狙いを定め、軽めの力で投げる。


 石は目標に届く前にポトンと地面に落ちた。


「がああああ!」


 くそう。俺の運動オンチ!

 そういえば体育の授業でも球技だけは苦手だったんだ。

 なんで異世界にまで来て石を投げる練習をせねばならないんだよ!


「ふう」


 大きく深呼吸。

 ここは異世界だぞ。大きな声を出してモンスターに感づかれたらどうするんだ。

 俺は無理やり自分の気持ちを落ち着かせる。


 慌てて索敵のスキルを発動させる。

 ……周囲に生物の反応はないようだ。

 俺はホッと胸をなでおろす。


 というか、さっきから索敵に生物の反応がまったく引っかからない。

 ここは森の中だ。モンスター以外にも動物や虫がいるはずだ。

 元の世界とは生態系が全く異なるのだろうか。


 俺は索敵に意識を集中させる。

 もしかしたら索敵で探せるのはモンスターだけなのかもしれない。

 今までは感覚的にこの周囲にモンスターの反応が無いと分かったのだが、今度は試しに意識的に生き物の反応を探してみる。


「ぎゃああ!?」


 次の瞬間、無数の生物の反応を感じる。

 なんだこれは、気持ち悪。


 うごめく多数の生命の反応。

 これは、あれだ。意図せず石をめくったらその裏に大量の虫がうごめいていた時のような感じだ。

 あまりの情報過多に俺はめまいを感じる。


 慌てて索敵を閉じる。

 どうやら今までは無意識的にモンスター以外の反応をシャットアウトしていたらしい。

 生き物全ての反応を探していては虫などまで感知してしまい使い物にならない。

 やはり今まで通りに使うのが吉だろう。




 それから30分ほど、俺はスキル検証の為石を投げ続けた。

 ああ、くそ。腕が痛え。石を投げ続けた右腕がパンパンになってきた。

 しかし、その甲斐あって集中の効果がだいぶ分かってきた。


~~~~~


スキル『集中』


オオカミロンリのユニークスキル。

指定した物体を視界内の狙った場所に引き付ける。

生物は対象にとれない。


LV10はスキルの最大レベル。効果は最大にまで高められている。


~~~~~


 俺は集中のスキル効果を表示する。

 まずスキル効果の『指定した物体』の部分。

 これは結構自由が効くようだ。

 

 まず、同じ物体であれば複数を同時に対象にとることができる。

 石を対象に指定し、二つ投げると二つともに集中の効果が適応された。

 ただし対象にとる数が多いほど消費するSPが増大するようだ。


 対象は一度にいくらでもとれるようだが、そうするとSPの消費も一気に増える。

 一度砂を対象に集中を発動したら、一瞬でSPがゼロになりスキルが解除された。

 ちなみにSPはゼロになると体に疲労を感じるが、行動できないほどではなく、時間経過で徐々に回復していくようだ。


 0になったら死ぬとかいう設定だったら死んでたな。

 今後はもう少し慎重に動こう。


 SPは自然回復するが、スキルを連続で発動させると当然SPの回復量よりも消費量の方が大きくなる。

 SPが満タンの状態から連続で石を投げ、集中を発動させると14発目でスキルが発動しなくなった。

 その後、SPが再び満タンになるまでには5分程の時間を要した。


 対象に取る物体の質量が大きくても消費するSPは増大する。

 消費するSPはその対象を動かすのに必要な力にも比例するようだ。

 木で試してみたが葉を枝から千切り引き寄せることはできても、幹を引き倒すことはできなかった。

 

 また固体だけではなく液体も対象にできるようだ。

 石の連投で喉が渇いた俺はショップで『飲料水(2リットル)』を1ポイントで交換した。

 飲料水はペットボトルに入った状態で出現。試しに水を対象にするとペットボトルの口から宙へと浮かび上がらせることができた。


 固体、液体は対象にとれたが、一方気体は無理だった。

 周囲の気体を対象に集中を発動させたがSPの減少が見られず、どうやら不発に終わったようだ。

 スキル効果に『視界内』とあるため、眼で見えるかどうかが対象にとれる基準になるのかもしれない。


 スキル効果の『視界内の狙った場所』というのも対象にとるにはその場所がはっきりと見えている必要があるらしい。

 少し開けた場所で遠くの木を指定し集中を発動させたが上手くいかなかった。


 基準として例えるのなら視力検査で使われるランドルト環だ。

 丸が見えても開いた穴が見えないと意味がないみたいな感じ……うーん、例えが分かりづらいな。

 なにせ感覚的な問題だ。言語化するのは難しい。


 また動く物体も集中先に指定できた。

 投げ上げた石に向け別の石を集中させるともう一方の石も浮き上がった。

 ただし、集中先に指定した物体は常に視界内に入れておく必要があるようで、投げた方の石が落ちてきて俺の視界から外れたとたんスキルが解除された。


 うん。まだまだ検証の余地はあるが集中の使い方はだいぶ分かってきた。

 集中による命中精度の補正は高く、誤差3センチ程で3メートル程離れた的に石を当てることができた。

 これならばモンスターの急所を狙い戦うこともできるだろう。


 検証が一段落し、一息つくために索敵を発動させると索敵範囲内の端にモンスターの気配を感じる。

 タイミングが良いのか悪いのか。

 休憩をするつもりだったが予定変更だ。俺は足音を立てないように移動を開始する。





 木の陰から様子を伺う。

 視界に飛び込んできたのは緑色の体をした二足歩行の生物。

 もとの世界には居なかったその生物はゲームで言うところのゴブリンのような容姿をしていた。


「ゴブー」


 ……というか、『ゴブー』と鳴いているんだからゴブリンなのだろう。

 異世界で初めて会う生物がゴブリンとか、いかにもテンプレだ。

 俺は息を潜めるとゴブリンとの戦闘を予感し、気を引き締める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る