第一章 異世界の洗礼

第1話 招かれて異世界

「んっ、ここは、どこだ?」


 気づけば俺は体育館のような内観の巨大な建物の中に倒れていた。


『みんにゃー、お目覚めかにゃ』


 ウグイの声……じゃない。誰だ!? 

 あたりを見回すが先ほどまで一緒に居たはずの幼馴染の姿はなく、声を発したと思しき人物の姿も見えない。

 代わりに床には俺と同じように倒れる人々が何人も、いや、見渡す限り何百もの人がいた。

 なんだここは? 俺と同じように周囲の人間はきょろきょろと周りを見回している。


『さあ、みんにゃ。起きるのにゃー。そんなところで眠っていたら風邪ひいちゃうにゃー』


 そんな中、声が再び頭の中に飛び込んでくる。

 頭に声が直接響くようなその奇妙な感覚に俺は違和感を抱く。


 いったい何が起こっている?

 ウグイはどこに消えた?

 一体ここはどこなんだ?


 俺は混乱する頭をあげ、ふらつきながら立ち上がる。




「おい、なんだよこれ」


「ここどこー」


「何これ、ドッキリなの?」


 場がざわめきだす。

 口々に疑問符を吐き出す周囲の人々。


『みんにゃ、頭上に注目にゃー』


 天井から降ってくる存在感。

 見上げた先にあったのは物理法則を無視し、重力に逆らい中空に浮かぶ巨大な白い物体。


「な、何あれ」


 俺の隣に居た女は短く悲鳴をあげるとしりもちを付いた。

 かく言う俺も恐怖から身動きできずにいる。


『全員起きたみたいだにゃー。では改めて、ようこそ異世界へ! みゃーはこの世界の創造主。幸運の女神、メネカにゃー』


 白い物体が動く。

 向きを変え、下を向いたそれはありえない生き物の姿をしている。


 陶器のような白い肌、瞳孔の細められた鋭い目、頭の上から生えた先の尖った耳。

 右手は硬質な金色に輝く板を抱え、左手は顔の高さまで上がっており、その丸まった両手の先からは鋭利な爪が覗く。

 大きな顔が浮かべる能面のような無表情からは生気をまるで感じられない。


 生き物を模しているが生命ではありえない姿。

 女神を自称するその存在。

 それはまるで……


「なんで招き猫が宙に浮かんでいるんだ?」


『誰が招き猫だにゃー!』


 誰かがあげた声。

 それに反応し頭上で甲高い声をあげるのは、信楽焼の招き猫にそっくりな珍妙な生物であった。


『みゃーは幸運の女神メネカにゃー。招き猫とかあんなかわいくない置物と一緒にするんじゃないにゃー。あと、信楽焼とか言った奴、信楽焼で有名なのは猫じゃなく狸の置物なのにゃー!』


 いや、俺は何も言っていないぞ!? まさか、こいつ人の思考を読めるのか?


『ああ、もう。一度にみんにゃで質問をするんじゃないにゃ。みゃーは誰かって質問はさっきも言ったにゃが、幸運の女神、メネカにゃー。ここはみんにゃが居た世界とは違う世界で、まだ生まれたてなのにゃー。みんにゃを喚んだのは、これからみゃーが作ったこの異世界で生活して、モンスターと戦って、レベルをあげて、スキルを鍛えて、そしてラスボスである魔王を倒してもらうためにゃー』


 女神、異世界、モンスターにレベルに、魔王。

 ゲームやラノベ世界でしか聞かないような単語が招き猫の口から乱れ飛ぶ。


 つまりこれは、あれか?

 世にいう異世界転生というものに俺は巻き込まれたのか?


『そうにゃー。ここに集まってもらった1000人のみんにゃは異世界に喚ばれた転生者なのにゃー。にゃんで選ばれたのが私たちなのか、にゃー? にゃーは日本生まれの神様にゃから、日本人の健康的な10~30代の人間の中からランダムで選んだのにゃー』


「うおおおおおおおおお、異世界転生キタァーーーーーーーーーーー!!!!!」


 うわ。誰だよ今の空気読めないやつ。

 なんでこの状況で喜んでいるんだよ。

 ……いや、まあ。俺もちょっとだけ異世界転生と聞いてテンションが上がっているけどさ。


 だって、あれだろ?

 異世界転生と言えば無敵のチートを手に入れて異形相手に俺TUEEEEEEE!

 村や、国や、果ては世界の危機を救って、英雄に。

 助けた奴隷少女からは慕われ、姫からは求婚され、女騎士からは「くっ、殺せ」とか言われたりするんだろ!?

 ……いや、最後のは違うけどさ。


 でもでも、やっぱり男なら英雄にはあこがれるよなっ!


『にゃにこいつら、いきにゃり異世界に連れてこられて喜んでいるとか気持ち悪いにゃー』


 いやいや、てめえがかってにつれてきたんだろ!?

 何気持ち悪がってるんだよ!?


 俺の脳内突っ込みを他所に招き猫は説明を続ける。


『まあ、役割さえ果たしてくれるのにゃらそれでいいのにゃー。気分がにゃえたから、サクサク説明いくのにゃー』


『みんにゃには今から10分後、この空間から異世界へ行ってもらうのにゃー』


『すでにみんにゃには『女神の加護』が与えてあるのにゃ。その効果でみんにゃはステータスが上昇し、職業や、スキルの効果で特定の技能が向上した状態にあるのにゃ。異世界で敵性生物エネミーを倒せばポイントがもらえ、さらにレベルやスキルを強くできるのにゃー』


『にゃにゃ? 私たちが異世界に送られる目的はにゃにか、って? 今からみんにゃが行く異世界『クレードル』は、にゃーが初めて創った世界なのにゃー。これからどんどん発展していってもらいたいのにゃけど、にゃにせ初めてのことにゃから難易度調整ができていないのにゃー。にゃから、転生者のみんにゃには元の世界での知識や経験を活かして現地の人間と共に異世界で自由に戦って、システムのモニターになってもらいたいのにゃー』


『にゃにゃにゃ!? 俺たちを試金石にする気か、って? まあ、否定はしにゃいけど、みんにゃはこの世界の大事なお客様にゃー。悪いようにはしにゃいにゃよ。ちゃんと『女神の加護』を授けて安全に成長できるにゃし、もし魔族の頂点である魔王を倒すことが出来たにゃら、豪華にゃ特典も出すのにゃー』


『にゃんと魔王を攻略した暁には、ステータスやスキルなんかは取得したものを全部そっくりそのまま維持した状態で元の世界に帰れるのにゃー! 圧倒的な身体能力を発揮してスポーツ選手になるも良し、特別なスキルを用いてお金を稼ぐも良し、みんにゃは勝ち組確定にゃー』


 招き猫は俺たちの思考を勝手に読んでは疑問に順番に答えていく。

 『女神の加護』とやらの詳細は分からないが、俺たちの体は強化され、スキルも与えられる。

 力を与えられた俺たちが、異世界に行ってゲームのように敵を倒し、魔王を倒し、世界を救う。

 そしてクリアした暁には異世界で鍛えたステータスやスキルをそのまま元の世界に持ち帰れる。

 うん。最高じゃないか、異世界転生。


 あまりの好条件に、だから俺は油断していたのだ。

 招き猫からの次の言葉を聞いた瞬間俺の体は凍り付く。


『もしも異世界で死んじゃったらどうなるか、って? そんなのそのまま死ぬに決まっているのにゃー』


 今までで一番軽い声で招き猫は答える。


『異世界にも復活の魔法にゃんてにゃいのにゃー。転生者も人間にゃ。エネミーの攻撃で致命傷を受ければ死ぬし、飲まず食わずでいても、毒にあたっても、重い荷物につぶされても、時にはちょっとした段差に躓いても死んでしまうのが人間にゃー。みゃーの名前の無い先輩も言ってたのにゃー。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏なのにゃー』


 招き猫の言葉に、会場には静寂が走る。


『にゃー。質問はもう終わりかにゃ? それにゃー、異世界への転送まであと5分にゃー。『ステータス』や『メニュー』はキーワードを口にすれば開けるのにゃ。みんにゃにはすでに職業とその職業適性に合ったユニークスキルを付与しているのにゃー。それにゃあ、頑張ってくれにゃ。にゃーは空の上から応援してるのにゃー』


 突然のセリフに俺が頭上を見上げた時にはすでに招き猫の姿は消えていた。


 はあ!? なんだよそれは。

 見上げた宙には招き猫に代わり『5:00』と表示された黒色のボードが浮かんでいた。

 数字は時間を表しているようで、1秒ごとに表示が減っていく。

 カウントダウンは始まっている。


 瞬間、場に騒音がはじける。


「はあ? 死ぬってなんだよ! ふざけんな」


「ちょっと、何この扉。開かないんですけど」


「ステータス! おお、本当に出たぞ」


「みんな慌てすぎだってえの。こんなのただのドッキリだろ……なあ、そぉだよなあ」


「皆さん、落ち着いて。まずは情報を整理しましょう」


「死ぬなんて嫌よ! 私はお家に帰るんだから! ここから出してよー!」


「あの猫、どこ行った! ふざけやがって。出てこい!」


 叫びながら行動を起こすもの、近くの者と集まり話し合う者、周囲を見回し固まっている者。

 行動は様々だが、その表情は一様に余裕がない。




 準備時間が5分だと!? ふざけやがって。いくらなんでも短すぎるだろ。

 

 転送された瞬間、モンスターと鉢合わせ一方的に蹂躙される。

 そんな最悪のビジョンが俺の脳裏に浮かぶ。

 時間が無い。最低でも戦闘から離脱できるだけの準備を整えなければ。


「ステータス」


 俺の声に反応し目の前にアクリルのような半透明の板が出現する。



~~~~~


人族 LV1 名前 オオカミ ロンリ

職業 狩人

ステータス

HP:100/100

MP:100/100

SP:100/100


身体:100

頭脳:100

魔法:0


スキル:

「集中LV10」


保有ポイント:50


~~~~~



 やけにすっきりしているな。

 ステータス画面と言えばもっと、スキルとかスキルとか、あとスキルとかでごちゃごちゃしているイメージだが、記載されているスキルは『集中』のみ。

 ステータス項目も攻撃、防御、魔法、魔防、敏捷、幸運などもう少し細かく分類されているのが普通だと思うが『身体』『頭脳』『魔法』の三項目のみ。

 さらに言えば、表示されている数値もほとんどが100で統一されており、魔法に至っては0だ。

 これはなんだ? 俺は魔法が使えないということか?

 異世界転生して魔法が使えないとか、それ舞台が異世界である意味無いだろう。

 いくらなんでも手抜きが過ぎないか!?


 俺は続けて「メニュー」と口にする。




~~~~~

メニュー

 ステータス

 スキル

 ショップ

 メール

 ???


~~~~~




 表示されたのは『???』を除き四項目。

 『ステータス』『スキル』『ショップ』に『メール』か。


「メール」


 メールの項目には新着を告げる印が付いていた。

 俺はメール画面を呼び出す。

 するとそこには一件の新着メールがあった。




~~~~~


件名:転生特典

送信者:God Bless You


これから異世界で頑張るみんにゃに、にゃーからプレゼントにゃー。

オオカミ ロンリ君には『人を射殺すような鋭い目つき』の特徴から、

職業『狩人』をプレゼントにゃー。


さらに、職業にベストマッチなユニークスキル『集中』もプレゼントするのにゃー。


にゃーはみんにゃの活躍を祈っているのにゃ


幸運の女神 メネカ 


~~~~~ 




 うん。見なきゃよかった。

 なんだよこのふざけた文章。

 眼つきが悪いって、もう知ってるよ!



「スキル」


 気を取り直して次に表示したのはスキル画面。

 一番上には俺の所持ポイント、その下に俺が所持しているスキル、最下段に今のポイントで取得可能なスキルの一覧が表示される。


 試しに俺の唯一所持している『集中』のスキルを選択してみる。




~~~~~


スキル『集中』


オオカミロンリのユニークスキル。

指定した物体を視界内の狙った場所に引き付ける。

生物は対象にとれない。


LV10はスキルの最大レベル。効果は最大にまで高められている。


~~~~~

 



 俺の唯一所持しているスキル。

 スキルレベルはマックスの10らしい。

 異世界で生きる上で俺の生命線になるであろうスキル。


 しかし、説明文を読んでも効果が分かりづらいな。

 メールには狩人にベストマッチと書かれていたがどういう意味だ?

 対象は物体ならなんでもいいのだろうか。


 俺は学生服のポケットに手を突っ込むと、入っていたコンビニのレシートを取り出した。

 それを丸めて団子状にすると床に落とす。


「集中!」


 対象をレシート、場所を俺の右手に指定。


「おお!」


 スキルを発動させるとレシートは俺の手のひら目掛けゆっくりと浮き上がる。

 俺が驚いていると、レシートはそのままゆっくりと浮遊を続け、たっぷり5秒ほどかけて俺の手のひらに収まった。 


 ……えっ、これだけ?

 俺はスキルの使用感に首を傾げる。


 レシートが浮き上がった時は驚いたが、実際に起こったことは床に置いたものを5秒かけて手元に引き寄せただけ。

 いわゆるサイコキネシスみたいな効果だが、出力が弱すぎるだろ!

 これでどう使えっていうんだ?

 最大レベルのスキルがこれって、レベル詐欺も大概にしろ。


 やばい、やばい、やばい。これはやばい。

 どうせチートスキルをもらえるのだから何とかなるだろうと思っていたが、こんなスキルだけもって異世界に放り込まれたら絶対に死ぬ。

 他の奴のスキルもこの程度なのか?

 俺は慌ててスキル一覧に視線を戻す。


 『集中』と相性のいいスキルを、なんて考えていたがそんな悠長なこと言ってられるか。

 残り時間は3分を切った。時間が無い。


 スキルは二種類。

 誰でも取れる一般スキルと、職業ごとに用意された職業スキルだ。

 俺の場合は職業が狩人だからスキル画面には一般スキルと、狩人専用の職業スキルが表示されている。


 一般スキルは『鑑定』『索敵』など異世界転生物のテンプレート的なスキルや、『剣の才能』『槍の才能』など戦闘補助スキル、あとは『魔力知覚』『火の魔法の才能』など魔法関連のスキルだ。

 このシステムでは魔法もスキルの一部として扱われるらしい。


 職業スキルも同様に一般、戦闘、魔法に分かれており『遠射』や『毒矢』など特徴的なスキルが並んでいる。


 両方のリストを見るが『強奪』や『取得経験値増加』などチートじみたスキルは見当たらない。

 そんなスキルは存在しないか、取得ポイントが足りないかは分からないが、ちょっと残念だ。


 気になるのは『索敵』など一部のスキルが一般、職業の両方のリストに載っている点だ。

 見ると一般スキルで『索敵』をとるのに掛かるポイントが30なのに対し、職業スキルの方は10と取得ポイントが三分の一になっている。

 両方のリストに載る他のスキルも軒並み職業スキルに載っている方が一般スキルに載っているスキルより取得ポイントが低い。

 同じ名前で効果が違うということは考えづらい。

 単純に職業スキルの方が取得ポイントが割り引かれているのだろう。


 時間があれば一般スキルと職業スキルにある同じスキルの二重取りなどができないかなど検証をしたいところだが後回しだ。

 『鑑定』など一般スキルにも魅力的なスキルがあるがポイントの少ない最序盤で取得するべきは職業スキルの方だろう。


 狩人のスキルリストを展開する。

 武器スキルは『弓の才能』『短剣の才能』の二種類のみ。

 その他戦闘に使えるスキルとしては『命中』『遠射』などの遠距離攻撃の制度を上げるスキルや、『火矢』『毒矢』など矢に特殊な効果を付与するスキルなどがある。

 補助スキルには『遠見』『マーキング』など視覚を強化するスキルや、『索敵』『察知』など周囲の警戒を得意とするスキルが並ぶ。


 ……って、これ弓矢が無きゃ使えないスキルばっかりじゃねえか!

 おそらく狩人は弓矢をメインに戦う後衛職なのだろう。

 

「ショップ!」


 叫んでショップ画面を呼び出す。

 画面には『武器』『アイテム』『ガチャ』の表示が並ぶ。

 うん。ガチャはめっちゃ気になるよな。だが、今は武器だ。


 武器の項目。そこから弓を探す。

 表示されるのは二種類。

 『木の弓』が10ポイント、『堅木の弓』が25ポイント。

 矢は別売りで『木の矢』が10本で1ポイント、『堅木の矢』が1本1ポイント。

 俺は迷わず『木の弓』と『木の矢』を10本交換。


 すると、俺の目の前に光の玉が出現し、1メートルぐらいの木製の弓と、矢筒に姿を変える。

 俺は地面に落下する前に慌てて手を伸ばす。

 ずっしりとくる感覚。思ったよりも重いぞ。こんなの俺が扱えるのか?

 いや、そこはスキルに期待だ。


 残るポイントは39。

 『弓の才能』15ポイント、『索敵』10ポイント。

 交換できたのはそこまでだった。


「うおお!?」


 俺の体を見覚えのあるまばゆい光が包む。

 あたりからも人々を包むように光の柱が上る。

 

 俺は木製の弓矢を握りしめ、光が視界を覆いつくすのに身を任せる。

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