3話

 私は家に帰り、今日の面談者のことを考えた。彼は何を思って死ぬのだろうか。明日の面談で彼は何を話すのだろうか。自分は何を彼にするのだろうか。私は別に自殺防止の窓口をやっているわけではないし、彼が死にたいと思えば、「お好きにどうぞ」だ。ただ、彼は私が見てきたどんな自殺願望者よりも達観した視線をしていた。

 夜、楓から連絡があった。今日のお昼にあったこと。彼女が最近推しているアイドルグループの話。どれをとっても非本質的だし、しなくたって生きていける。でも、私たちはこれに生かされているところもある。自分が誰かに必要とされている。誰かが自分の存在を認識してくれて、自分のことが必要だと思ってくれている。そんな一つ一つがとても大事に思えてくる。今日相談してきた彼は、どうなんだろうか。翔吾はどうだったんだろうか。

 深夜、問い合わせメールがきた。一人の人と面談している中で二人目のメールが来ることは初めてだった。もちろんその可能性はゼロではなかったけれど、少なくとも私はそんな経験をしてはいなかった。私は携帯でメールを開く。でも、そのメールは「彼」が渡してきたメールと同じように普通とは異なっていた。そのメールには、「今の相手の最期を見届けてほしい」と書かれていた。まるで、このメールの差出人が私の面談者の知人であるかのようだった。そしてもう一つ不可解なことがあった。送られてきたメールアドレスは、翔吾が使っていたものだった。怖くなって、携帯を投げてしまった。少し画面にヒビが入る。でもそんなことよりもなぜあのエールアドレスなのかわからなかった。あのメールアドレスは誰も使ってないはず。どうして。誰かのいたずら?それにしても意味がない。どうして翔吾のメールアドレスで、面談者の死を見届けてほしいと連絡が来るのか。そして「彼」は一体何者なのか。私はわからなくなって、怖くなって、寝ることはできなかった。


 次の日、私は「彼」と話をした。彼は昨日よりシャキッとしており、自分の死について、そしてそれまでにやり遂げたいことについて話してくれた。彼は小説を書きたいと言った。自分が生きた証を残したいと。私は彼がどうしてここまですっきりした顔で自分の死について語れるのかわからなかった。私は、自分の想い彼に告げる。翔吾が死んでいったとき自分がどのように思っていたのか。もちろん自分の弟の話は出さずに。そうして、話を続けていく中で、彼は三日後までに小説を書くから毛取って欲しいと言う旨を私にお願いをしてきた。正直な話、私は何かをもらうことは断っているのだが、「あなたが僕を殺してくれないなら、それぐらいのお願いはいいかなと」と言われれば、何も言い返せなくなり、その小説を受け取ることを約束した。昨日のメールには彼の最期を見届けてほしいとも書いてあった。それぐらいをするのは別に問題がないだろう。私は、三日後同じ場所で会うことを約束して店を出た。

 三日後彼は死ぬ。そして、私は、その後、どうするのだろうか。彼からもらった小説を読むだろうか。わからない。ただ、私の頭の中で少しずつではあるけれど、翔吾と彼に何かしらの繋がりを見出しているところはあった。もしかしたら、彼の書く小説の中に翔吾の秘密があるのかもしれない。私はそんな思いを持っていた。

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