第240話 招待状

 ※ 久しぶりの主人公の登場です。やや時系列は遡ります。


×××


 またか、と直史は思わないでもない。

 最初は去年の北村であり、それは別に問題もなかった。

 土日ではあったが大学のリーグ戦のシーズンではなかったので。

 ただ今年は、同じような時期にぽんぽんと立て続けにある。


 鬼塚、樋口、星。

 それぞれ同じ学校で、共に野球をやったメンバーである。樋口と星は、争った間柄でもあるが。

 全員がプロ野球選手であり、このオフに結婚するのだという。その招待状が来ていた。

「樋口は聞いてたけど、鬼塚と星もか」

 プロ野球選手は結婚の早い人間が多いと言われるが、鬼塚は進学していたらまだ大学四年生で、ちょうど卒業という年である。

 星の場合、まさかあの奥手の星がこんなに早いとは思わなかったというか、瑠璃の方はまだ大学生のはずであるが。

「おめでたって、ちょっとイメージが違う……」

 瑞希の言葉通り、出来ちゃったらしい。日程が急なのもそういうことである。

 おそらく避妊に失敗したのだろうな、と思っても言わない二人である。

 ただ瑠璃の家はかなりの上流階級なので、よく結婚を許してもらえたなとも思うが、それを正面突破するのが既成事実か。

 この二人も既に、夫婦に近いような状態で暮らしてはいるが。


 樋口の場合は完全に予定していて、そもそも卒業の前にプロ入りが決まるあたりから、話は聞いていた。

 だからそれは良かったのだが、鬼塚もかなり早いほうである。

 こちらは相手の女性が五つも年上なので、樋口と似たような理由で、さっさと結婚するらしい。

 球団職員であったから、夫の職業にも理解があるであろう。

 一軍に定着してそれなりの年俸にはなっているはずなので、タイミングは悪くないのだろう。

「私たちには関係ないけど、レックスの吉村さんも結婚だって」

 ゴシップに近いものであるが、自然と瑞希はそういった話を見つけてくる。


 晩婚化が叫ばれて久しいが、直史の周りはそういった話が多い。

 高卒でプロ入りした鬼塚などは、社会人を四年したわけだから、確かに結婚のタイミングとしてはいいのだろう。

 ヤンキーは結婚も子供も早いと言われるから、不思議ではない。

 ただ頭の中身は高度な野球脳を持っている鬼塚は、いつまで金髪を通すのだろう。

 野球選手の中には、髪を染めている選手はそれなりにいるが、鬼塚ほどの金髪はそうはいない。


 結婚。結婚である。

 直史と瑞希にとっても、それは当然ある未来という認識をしている。

 働き出して一年ほどしたら結婚かな、と話し合ってはいるが、今結婚したらどうなるのか。

 収入は瑞希の方はあるが、直史の場合は大学時代にためた無返済の奨学金を、二人の生活費の折半として出している。

 瑞希としては印税に関しては、直史の手もかなり入っているため、二人の共同の財産という意識が強いのだが。


 結婚まではいいのだが、その後の妊娠と出産が、二人の間ではテーマとなる。

 直史は普通に子供がほしいし、瑞希もほしいのであるが、生来瑞希はあまり体が丈夫ではない。

 強制的に運動をさせられて、かなりたくましくなったとは思うが、かかりつけの医者には、子供がほしくなったときは相談するようにと言われている。

 男の子と女の子一人ずつぐらいがいいなと思っていても、一度目の出産で瑞希がどれだけ消耗するか。

 それを考えると一人っ子になる可能性もある。気が早い話だが。


「そういえば武史君とかサキちゃんとかはどうなの?」

「タケは……何も考えてないんじゃないかな。双子は……何を考えていてもおかしくない」

 おそらくまた武史は、女性側からアプローチしないとだらだら何も決めないのではないか。

 そしてツインズの方は、どうにでもするだろう。

 直史は大介の甲斐性は信用している。あれはなんだかんだ言って、どうにかする男なのだ。

 義弟としてとても頼もしい。

「恵美理ちゃんは私たちが考えないと……」

 彼女が瑞希の義妹になるというのは、なんだか不思議な感じがする。恵美里は高校時代からOLのような大人っぽさがあったので。

 ただ直史も、彼女に実弟の手綱を握ってほしいとは思っている。




 プロ野球選手というのはその仕事のシーズンの関係上、どうしても結婚のシーズンもオフになる傾向がある。

 最近はプロ野球選手でも婚姻届を出すだけという選手もいるのだが、三人は律儀に結婚式も披露宴もするらしい。

 樋口などはそういった面倒を嫌いそうだが、面倒だからこそちゃんとしておかなければ、と言っていた。

 なお、直史も親戚との付き合い上、ちゃんと立派な結婚式をしないといけないとは思っている。

 純粋に瑞希の白無垢かウエディングドレスは見たいと思う。

(ほっそりした体だから、ドレスの方が似合うんだろうけどなあ)

 いっそのこと地元と東京で二回やってやるかとも思うのだが、さすがにそれは手間過ぎるし、金もかかる。

 田舎であっても最近は、洋式の結婚式が多いのだ。


 順番的には樋口が12月に、鬼塚は一月の半ばに、星は一月の下旬に行うのだという。

 場所は全員が東京である。鬼塚と星は分かるが、樋口の場合は親は新潟と宮城にいて、親戚や関係者が東京に多いというパターンだ。

 他にどういうメンバーが集まるのか分からないが、おそらく上杉兄弟は来るのだろう。

 婚約者になったので明日美も来るだろうか。大学時代にはそれなりに、樋口とも面識がある。

 考えてみれば星とはお互いの結婚式に出席しあうことになるのか。

 チームの人間を呼ぶのなら、吉村あたりは確実に来ていそうだ。

 ちなみに武史も招待されている。12月ならまだ合同自主トレの前なので、問題なく来れるのだ。まあ問題を起こしてでも、鬼塚の結婚式にも来そうだが。


 鬼塚の場合は高校時代のチームメイトが多く集まるだろう。

 ジンたちも東京であるし、この時期なら大介もまだ千葉か東京にいるだろう。

 今では敵同士となったが、プロスポーツの選手というのは基本的に、敵であれば味方であれ仲間ではあるのだ。

 互いに競い合って戦うスポーツは、相手がいないと試合にならないのだから。


 白富東時代の選手の中で、来れないのはトニーぐらいだろうか。

 あちらの大学でも改めて野球をしているらしいが、他のスポーツにも手を伸ばしていると聞く。

 だがあれだけのフィジカルを持ちながらも、当人はホワイトカラーの職業を望んでいるらしいが。

 アメリカのプロスポーツの選手は、確かに日本よりもよほど巨大な年俸を得る。

 だが引退後の破産率は、日本よりも多いのではないか。

 単純に稼ぐものが多いなら、破産する数は多くなる。

 ただ選手がそのままコーチなどに転身するのは、日本よりも少ないと聞く。つまり受け皿が少ないのだ。


 そしてあとは星か。

 星の場合は高校時代と大学時代の友人に、球団の人間ということになる。

 これにもまた瑞希は呼ばれている。鬼塚もそうだが、瑞希は執筆のためにかなり顔をつないでいるからだ。

 大卒ピッチャーとはいえ一年目で、一軍の試合にそこそこ出たのは意外だった。

 ひょっとしたら正捕手の座をつかんだ樋口が推薦したのかもしれない。

 八試合を投げて一勝三敗結果であったが、ロングリリーフでイニング数を稼いだ試合が印象的であった。

 直史は精神力の強い選手を多く知っているが、星のようにフィジカルに恵まれていないのに、心の強さがある人間は他にいないと思う。




 今年はそれでいいとして、来年以降もこの季節は、結婚が多そうである。

 ただ直史の場合は、大学時代はあまりチームメイトとの関係を深くしていなかったので、招待する人間は少なくなるか。

 それとも客寄せパンダとして、大量に招待される可能性もある。


 来年ならば武史はプロ入りして、一年目のシーズンを終えた頃だ。

 なかなかデートしてもお互いの時間を合わせるのが大変だと愚痴っていたから、いっそのこと結婚すればいいのではとも思う。

 ただ田舎の場合は長男が結婚していないと、次男や三男が結婚しにくいという雰囲気はある。

 

 その点ではツインズについては、大介が以前に、結婚式は出来ないかもしれない、と言っていた。

 トッププロと芸能人の結婚なのだから、本当なら一番大々的なものになるだろう。

 だが大介とツインズの関係性を考えると、素直にそのまま結婚式をするのは問題がある。

 そもそもどちらがウエディングドレスを着て、大介と並ぶのか。

 いくらなんでも両手に花の状態を、リアルの絵面で見せるのは無理がある。


 思考に没頭している間に、何やら瑞希が指折り数えているのに気がついた。

「何を計算しているんだ?」

「え、ええと、私たちの結婚式をするなら、どういうタイミングがいいのかなって」

 少し顔が赤らんでいるあたり、ずっと一緒にいても可愛いな、と思う直史である。

 この話題については、前にも話していたことでるのだが。


 直史としては親戚連中はともかく、知人友人を招くのには、やはり東京か東京よりの千葉が便利かな、と思わないでもない。

 瑞希の方は親戚は埼玉や東京が多いらしい。

 彼女の交友関係はかなり直史ともかぶるが、それに加えて取材を通して人脈が増えているのだ。

 著作が映像化した関係上、誘おうと思えば芸能人も来るかもしれない。

 もっとも瑞希はあまりそこまで親しくはしておらず、普通に直史の妹たちはリアル芸能人である。


 ここで二人が迷うのは、イリヤの存在である。

 いや、招待状を送ることは当然なのだが、何か一曲演奏でも、などという無茶振りをするかどうかだ。

 ピアノを弾いてくれるだけならまだマシだが、それにツインズが絡んでしまうと、またとんでもないことが起こる可能性がある。

 ただでさえ彼女がプロデュースしているバンドなどは、合法ドラッグなどと称されるのだ。

 高校時代の惨状を、二人は忘れていない。




 そんなネタを持って、直史はマッスルソウルズのグラウンドを訪れる。

 プロ入りの決まった能登と山中は、それまでの期間をここで練習して過ごしている。

 自分が育ったこの環境に、少しでも恩返しがしたいと。

 社長の中富は、二人のおかげで認知度が上がって、会員が増えたと普通に喜んでいる。


 直史としてもこの一年は、生活に密着した野球ということで、新しい視点が開かれたと思う。

 誠二も移籍するわけで、チームの主戦力は一気に減る。

 だが、いなくなればまた育てればいいのだ。

 中富の信念が、このチームには息づいている。


 神宮大会も終わった冬の始まりの中、直史は入念なアップをしてから、肩も作る。

 そしてキャッチャーは馬場にしてもらい、バッターボックスの中から、山中だけではなく誠二と能登にも、自分のボールを見てもらう。

 入念にアップしても、この季節はかなり故障が怖い。

 それでも直史は、八分の力でかなりのボールを投げるという、省エネが身についている。


 肩だけでなく肘の故障も怖いが、直史は最悪、壊れてもじっくり治せばいいとさえ思っている。

 ストレートに変化球と、三人に思う存分に投げていく。

 山中に対しては、レックスに行くだけに、特に集中して教えている。

 とりあえず直史の変化球が打てれば、一年目から一軍で打てるだろう。

 その直史の変化球は、本気になられたらなかなか打てないのだが。


 弟である武史と、山中が同じチームの同期になるというのは、少し不思議な感じがする。

 山中は年齢的に言っても、ここで二年ほどやってモノになる兆候がなければ、すぐに切られてもおかしくない。

 ただその時は、うちに戻ってくればいいのだと、中富は言っている。

 元プロがいるトレーニングセンターというのは、それだけでも知名度が高くなる。

 出来れば数年は頑張って、実績を作ってほしいものであるが。


「まあ樋口に頼れば、けっこうどうにかしてくれるとは思いますよ」

 ただ樋口はおそらく、戦力にならない人間に対しては、かなりシビアな見方をするだろう。

 直史はそれに比べると、野球が上手くなりたいという人間には、才能がなくてもちゃんと教えることに抵抗がない。

 これは純粋に、それで食べていくかどうかを、覚悟しているだけだと思う。




 プロ野球選手の結婚事情などを持ちネタに会話をする直史は、アマチュアながらやはり別格と感じる周囲の者たちである。

 こいつが高卒で、あるいは大卒ででも、プロに行ってたらどうなったのか。

 実績としては直史と比較されやすい上杉は、プロ入りからいきなり新人王と沢村賞を取り、MVPなどのほとんどの栄誉に浴した。

 このまま36歳ぐらいまで投げれば、絶対に更新不可能と言われていた、NPBの勝利記録に並ぶ可能性が高い。

 昨今のトレーニングや栄養学により、肉体を鍛える手段は発達している。

 上杉はそれでなくても、勝率や防御率が、完全に異次元の域にあるのだが。


 直史がプロに行ったとしたら、おそらくその選手寿命は上杉よりも長かったのではないだろうか。

 上杉はパワーピッチャーであるが、直史は技巧派だ。

 もちろんいいストレートやとんでもない変化球も投げるが、コンビネーションで球数少なく、試合に勝つことを理想としている。

 怪我に対しても強い。正確には、怪我をしないように予防している。

 直史は、こんな寒い日に投げること自体が問題だと思っていたが、存分にアップをしてから投げる直史は、やはり故障に対する意識が強い。


 直史はまだアマチュアの側にいる。

 来年から武史がプロとして過ごし、おそらくは再来年には淳もプロに行く。

 そうやってどんどんと、知っていた人間がプロに行くのだ。

 あるいはジンのように、アマチュアでも野球に関わり続ける。


 直史もアマチュアで、野球を楽しんではいる。

 だが来年の司法試験に合格すれば、そこから司法修習が始まる。

 そして働き始めて、子供でも生まれたならば、もう野球をやる暇もほとんどなくなるだろう。

 星のところに子供が生まれて、男の子だったら野球を教えるのかな、と直史は考えた。

 それが自分のところであれば、どうなるだろうかも。


 ピアノ、水泳、バレエと、成長してからも役に立つお稽古事というのはある。

 その中にキャッチボールを入れるべきであろうか。

 遠い未来か、近い未来か分からないが、あってほしい幸福な未来を、直史は想像する。

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