第236話 閑話 君も誰かの一番星

※ 時系列はプロ編233話の方が一日だけ先になります。ネタバレはさほどありませんが、展開上あちらを先に読んでいただけると、ショックは少ないと思います。


×××


 打線の援護が、なぜか少ないピッチャーというのは存在する。

 性格が悪くてチームメイトに嫌われているとか、そういうバカな理由ではない。

 プロ野球選手というのは、全員が独立事業主。

 誰かのために自分の成績を悪くするなど、ありえないことだ。建前的には。


 ただスターズの上杉などは、明らかに援護が少ない。

 それがなぜかと言うと、上杉が投げればロースコアで勝てるから。

 下手をすれば一点を取ってしまったら、守備陣は全ての集中力をエラーしないように守備に向ける。

 実際に上杉であると、それで勝ってしまったりする。


 そして偶然ではあるが、援護がつかなかったピッチャー。

 レックスの星もそうである。


 プロ初先発が、上杉との投げ合い。

 もう負けが確定したかのような、バツゲームのような登板である。

 だがそこで七回まで一失点と、スターズは貧打とは言えよく抑えたものだ。 

 そこから二試合投げて、二試合ともクオリティスタート。

 なのに二試合とも敗戦投手になっているのである。


 ドラフト八位の投手でも、別に差別しているわけではない。

 単に星の投げるタイミングが、チームのリズムを崩しているのだ。




 星は間違いなく、軟投派の投手である。

 アンダースローから投げる球は、最速でも130kmに達しない。下手をしなくても120kmちょっとである。

 球種はそこそこ豊富で、カーブを二種類とスライダーにシンカーと、組み合わせやすい左右に曲がる変化球を持っている。

 ただ投球間隔がそれなりに長いし、球数も多くなる。

 そして打たせて取ることが多いので、野手はそちらに集中しなければいけない。


 本当ならある程度守備でボールが回ってくるのは、野手にとっても好ましいことなのだ。

 体がちゃんと動いて、試合のテンポも良くなる。

 星の投げる試合は、他のピッチャーが投げるのに比べて、20%以上は進行が遅い。

 それでも三点付近の防御率のピッチャーは、もっと勝ってもいいものだと思う。


 そして星の先発第四戦目は、ライガースとの三連戦、第二試合となった。

(なんでよりにもよって)

 樋口はそう思う。星は大介と高校時代、何度も対戦している。

 対戦回数が多くなれば多くなるほど、バッター有利になるのが野球の常識である。

 しかし高校時代に比べれば、星も確実にレベルアップしている。

 大学時代の四年間、樋口もかなりを星と共に過ごしていた。

 これだけ我慢強いピッチングが出来るピッチャーを、勝たせないわけにはいかないだろう。


 ライガースの先発は大原だ。あまり関係ないかもしれないが、この二人は千葉県で同学年であった。

 樋口は大原の印象を星に聞いてみるが、高校時代の大原は球速こそそれなりであったものの、かなり無名に近かった。

 白富東を相手にした試合で、そのフィジカルの可能性を感じさせなければ、せいぜい育成でしか取ってもらえなかっただろう。

 ただMLBのマイナー生活を耳にしている大原としては、そんな育成での待遇も、さほど文句は言わなかったかもしれない。

 あるいはそのままアメリカのセレクションに潜り込んだかもしれない。

 ただ結果的に二年間二軍で投げたのは、成功だったと言えるだろう。


 この二人の対決は、かなり対照的である。

 肉体的にはさほど優れたところもなく、進学校から名門大に進み、微妙な成績を残しながらもプロに入った星。

 そのフィジカルは誰もが認め、可能性は確かに感じながらも、さすがに上位候補としては挙げられなかった大原。

 同学年でありながら、プロでの実績は既に大原が大幅に上回る。

 だからといって星が、純粋にピッチャーとして、大原よりも劣るとは思えない。

 大卒は即戦力扱いが多いとは言え、一年目からこれで四度目の先発である。


 樋口としては、かなりリードのしがいのある試合になる。

 フィジカル頼みのパワーピッチャーと、粘り強さが武器の軟投派。

 キャッチャーとしては当然、コントロールのいい星の方がありがたい。

(ここで勝てば、星の評価も上がる)

 学友ではあるし、同じチームでバッテリーも組んだことのある仲。

 キャッチャーの力ならば、確実にこちらが上回っている。




 一回の表、レックスはいきなり大原から連打した。

 初球が大きく外れて、そこからゾーンに置きにきたのを打ったものである。

 スロースターター気味の大原は、序盤に点を取られることが多い。

 だがそのスタミナを活かして長いイニングを投げている間に、チームが逆転してくれるというのが、去年のパターンであった。


 大原は確かに先発型で、悪いピッチャーではない。

 だが本来なら去年のような、圧倒的な実績も残せるピッチャーではないと思うのだ。

 実のところ今年の大原が、去年ほどの実績を残していないのには、原因らしきものがある。

 それは、漢字一文字で説明出来る。

 女だ。


 プロ野球選手というのは基本的にモテる。

 モテ方にも種類があると思うが、タイタンズやライガースなどは、ファンが多い球団である。

 特にライガースの地元における人気は高く、二軍の選手でも商店街を散歩していたりすると、タダでコロッケを渡されて、色紙にサインをすることになったりする。

 これでイイ気になってしまい、向上心がなくなってしまう選手もいるのだ。


 大介の同期入団は、育成も含めて他に九人いた。

 山倉と大原は一軍の主戦力となっているが、他の七人のうち二人はトレードで移籍し、そして残りの五人のうち三人が戦力外通告を受けている。

 独立リーグに行ったという話も聞いたりするが、四年で30%がクビになったと考えると、かなりのブラック企業っぷりである。

 その代わり大介のように七億も稼いだり、大原にしても一億近くの年俸になっていたりするのだ。


 まだまだ五年目の大原は、今年で23歳なのである。

 女にうつつを抜かすよりは、野球に専念すべきではと考える大介は、嫁が二人もいるから言えることなのだ。

 キャバクラにでも連れて行ったら、女の子からちやほやされる。

 大原はそんな関係の中で、高級クラブの女性の一人に、かなり貢いでいると聞く。

 せめて身元のしっかりした女性陣との合コンにしろよと、その筋の誘いは全て断っている大介は思う。


 ライガースの若手は甘やかされる、とはよく言われることだ。

 だがそれはあくまで、ライガースの選手だから享受できるものであって、クビになったら全て意味がないのだ。

 大原もちょっと調子に乗っているのかもしれないが、まだプロでは二年活躍しただけである。

 今年も勝ち星はともかく、投球内容自体は去年から落としているわけではないので、あまり自覚できていないのかもしれない。


 23歳というのは、去年を維持する年齢ではなく、去年を上回ることを意識するべき年齢だ。

 そこで守りに入ってしまって、どうすると言うのか。

 だいたいプロ野球選手というのは、もっとクリーンでこちらの仕事に理解を持っている女性を相手にするべきである。

 何度か軽く注意したが、ロミ夫化しかけている大原は、そんな助言を聞くはずもない。


 五勝四敗はローテのピッチャーとしては立派なものである。

 だが前年にはかなり運も作用したとは言え、タイトルまで取ったピッチャーがそれでいいのか。

 敵ではあったが大原は高校時代からの顔見知り。あまり知らん振りをするのも薄情であろう。

 ただ大介にしても今は、それほど余裕があるわけではない。




 樋口は星では、大介には敵わないと理解している。

 だが大介であっても、ある程度のミスショットはあるのだ。

 この試合ではヒットを一本打たれたが、外野フライで抑えたのも二つ。

 本当に危険な場面では敬遠するつもりだ。


 一試合に一回までは、大介を敬遠しても仕方がない。

 そんな感じの思考をして、樋口は他のバッターを抑えることに集中する。

 特に今日は、金剛寺を抑えるのに集中した。


 単純な視力ではなく、深視力とでも言うべきものが衰えている。

 インハイをとにかく攻めることによって、それが明らかになる。

 星のアンダースローが、他のピッチャーに比べて独特の軌道を描いていることとも関係あるのだろう。

 だがそれでも星の遅いボールに、目がついていかないのは致命的ではないか。

(外のボールの方が、まだ分かりやすいのか。でもこの試合と次の試合、他の球団もすぐに気付くと思うけどな)

 

 元々金剛寺は今年から、コーチも兼任している。

 島野監督の政権が長かったので、新しくしようという話は前からあったのだ。

 そこに選手たちからも慕われる、レジェンド金剛寺をそのまま監督に。

 この一年はそのための練習と考えれば、分からないでもない。




 試合はほぼ拮抗していて、大原はともかく星も長いイニングを投げて、3-3のまま終盤へ。

 さすがにここだな、と樋口は判断する。

 ツーアウトランナー一塁と、ここで終わらせておきたい場面。

 そこで三番の樋口の打席である。


 この試合も樋口は、積極的に打ってきてはいない。

 フルカウントまで粘ることが二回、そして一度は四球での出塁。

 ここで打ったとしても、三打数の一安打。

 だが、ホームランを打てば?


 大原のパワーとスタミナに任せた投球を、バックで見守る大介。

 だがその打席、樋口の構えには嫌な予感がする。

(こっちに飛んできたら、俺が捕る)

 そう考えていた大介の、はるかに頭の上を、樋口の打球が通過した。

 振り向けばレフトスタンドに、長い滞空時間の後に落下。

 これでレックスは5-3と二点差をつけたのである。


 ライガースの打線の力からすれば、二点差はセーフティリードではない。

 だがここからレックスは継投をしていく。

 大介の四打席目は、素直に申告敬遠。

 ツーアウト二塁という状況からでは、それも当たり前である。

 そして金剛寺は、内角の球をまたも打ち損じ。

 他の部分の打線で一点は返したものの、最後の一点差が大きかった。


 5-4でレっクスの勝利。

 勝利投手は当然ながら粘り強く投げぬいた星。

 数字は残していたものの、四試合目の先発で、念願の初勝利であった。




 ライガースの打線陣は、ジャガースの止まらない打線と違って、主砲がぽんぽんといるタイプだ。

 その全てを封じるのは難しいし、一番危険な大介に足があるため、西郷などは外野フライでも一点が取れたりする。

 ただこのレックスとの三連戦は、二戦目と三戦目で、微妙に打線が機能しなかった。

 その理由の一つは、四番の金剛寺が、二試合連続で全打席凡退となったのだ。


 野球の成績には偏りというものがあるのだから、それぐらいなら別におかしくはない。

 ただし樋口が金剛寺を、内角攻めで攻略したことははっきりとした。

 そしてそれ以上に問題となることが、三連戦の三試合目では起こった。


 レックスのピッチャーは金原。この金原といい星といい、レックスは八位指名で使える選手を選ぶのに、魂を燃やしている気配さえある。

 樋口は大介相手でも、内角をガンガンと攻めてくる。

 単に強気なだけではなく、ちゃんと計算に基づいたリードだ。

 この試合でもインハイを要求したわけだが、金原のボールはゾーンから外れた。

 すっぽ抜けではなく、ちゃんと指にかかった上での失投。

 そのボールが、ダイスケの顔面近くに投げられたわけである。


 普段はデッドボールになるようなボールでも、上手く体を開いてヒットにしてしまう大介。

 だがここはさすがに、自分を守るのが精一杯であった。

 ボールはバットのグリップに当たり、判定自体はファール。

 だがそこから、大介が立ち上がれない。


 まず審判団の検証の末、判定が覆ってデッドボール。

 そして金原が危険球にて退場となった。

 ただ大介は右手を押さえて、立ち上がることが出来ない。

 ベンチに戻って治療ということになったが、これはもう無理なのは明らかであった。

 小指がぷっくりと、倍ぐらいの太さになっている。

 当然ながら大介はここで交代し、病院に直行である。

 残ったライガース選手団は、大介の無念を晴らそうという気合は入ったが、実際のところそんな精神論で、大介の穴は埋められない。


 こんなことはさすがに、計算してはいなかった。

 だが大介を退場させてしまっても、思考がクリアなままなのが樋口である。

 免罪体質なのかもしれない。あるいはサイコパスか。

 試合自体は4-2でレックスが勝利。

 しかしファンにとってはそれよりも、大介のことが心配であった。




 過去に肋骨を折ったことがある大介であるが、あの時は罅が入った程度で、二日目にはくっついていた。

 だが今回の骨折は、小指の亀裂骨折。

 縦にぱっくりと割れた骨は、全治二ヶ月の診断である。

 それはそれとして、完全にギブスをつけて、小指が動かせないようにされる。


 震動が骨折にも悪いため、骨に響く激しい運動も一週間ほどは禁止。

 だが血流をよくして代謝を上げるなら、それはOKという診断である。

 右手の小指は左打者の大介にとって、致命的な怪我だ。

 じゃあ右打席で打てばいいのかというと、それも無茶な話である。

 右手に震動がいくようなことは、まずは二週間は禁止。

 それからは治癒の過程を見て、段階的に練習を解禁していく。


 二ヶ月となると、もうシーズンは終盤になっている。

(まあ二週間ぐらいで治るかな?)

 大介は楽観していて、実際にこの骨折は、どんでもない早さで治ってしまう。

 ただ素振りすら出来なかった大介が感覚を取り戻すのには、そこそこの時間がかかるのである。


 この時点で大介は、ホームランと打点の数では、そこそこの差をつけてトップを走っていた。

 だがこの全治二ヶ月と診断された怪我のせいで、タイトルの獲得は難しくなってくる。

 ちなみにレックス選手団は、球場から帰るバスの周囲を過激なライガースファンに取り囲まれて、バスに蹴りを入れられたりなどした。

 これが三連戦の最終戦で、本当に良かったと安堵する選手たちであった。

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