第175話 論争

 全く本筋とは関係のない、とてもひどい話です。


×××


 直史と瑞希は無事に法科大学院の編入を済ませた。

 法律サークルの中の真剣に法曹を目指している者からは、他にもこのルートに乗っている者がいる。

 そういった者たちと話すことの方が、直史は多くなっている。

「佐藤、お前プロ行けよ~。そして俺を代理人として雇ってくれ」

「もし行っても瑞希に頼むに決まってるだろうが」

 そんな会話が出来てしまうのは、本気でもうプロに行く気はないから。

 冬休みに入ると、東京にいる間は少しは野球部に顔を出す。

 

 基本的には野球部とは距離を置いている直史であるが、別に仲が悪いわけではない。

 野球論を語るために野球部の寮に行くこともあれば、そのまま酒盛りになることもある。

 大学生は成人と未成年が混じっているため、そのあたりは気を付けないといけない。

 基本的に酒には強い直史は、そのあたりの判断力は優れている。

「やっぱり女は胸だ! もちろん顔があってこそだが!」

 樋口が珍しく酔っぱらって、持論を展開している。

 野球論はどこへいった?


 樋口の愛人一号は、Fカップ美人であるらしい。

 まあ美人であることは写真を見れば分かることだが、胸の大きさまでは分からない。

「女は尻だろうが!」

 近藤が力説し、西郷がそれに頷く。

 ちょっとしたサバトのような雰囲気が漂っている。

 いや、もっと低俗で卑近なものであろうか。


 尻か胸か。

 顔は前提として、どちらに女の魅力はあるのか。

「そもそも――」

 酔って少し笑みを浮かべながら、直史は言う。

「両方があってこそ、女ではないのか?」

 大前提をひっくり返しやがった。ひどい。


 直史はさらに議論を混沌に叩き込む。

「だいたい胸は、大きければいいのか?」

 それを言ったら戦争だろうが。

「むしろ小ぶりで、乳首が小さいほうが俺は好きだ」

「そりゃお前の彼女がそうだからだろうが」

「違う! 俺は元々、巨乳の女は苦手なんだ! なんで胸がでかいことが、女性としての魅力につながるんだ!? 尻が大きいのは分かる! 瑞希も安産体型だしな。だが胸など飾りです! エロい人にはそれが分からんのですよ!」

 酔うと陽気になる直史であるが、今日はかなり悪酔いをしている。


 だが酒に強い直史がこうも酔っぱらっているということは、周囲はさらに悲惨なわけである。

「胸の小さい女が好きって正気か? お前ロリコンじゃねえのかよ」

 グラウンドでは阿吽の呼吸の樋口が、ここでは巨乳派の先兵として直史に挑む。

「ロリコンだと? 瑞希は確かに胸は小さいが、身長は平均でお尻は丸く、腰は細くて抱き心地がいいんだぞ!」

 むしろロリ顔っぽいのは、直史の妹のツインズであろう。

 ただしあの二人は明らかに巨乳である。

 樋口の愛人はさらなる巨乳だが。




 現在の日本人女性、20代の平均はCカップであるという。

 どこが調べてのか信憑性は、あえてここでは問題としない。

 瑞希はAカップであるが、そこそこBカップに近い。

 そして樋口の彼女はFカップである。


 ただ胸の大きさの実際値というのは、単なるカップ数だけで判断するべきではない。

 それならば太っている女性の方が、カップサイズは大きくなりやすい。

 問題なのは、アンダーバストとカップサイズの組み合わせである。

 直史は両手でわきわきと、空中に女性の体形をなぞる。


 瑞希は全体的に華奢な体格をしている。

 子供の頃には体が弱く、その時に成長する体格の基礎が形成されなかったのか。

 ただ身長自体は成人女性の平均はある。

 首から肩、二の腕や腰まで、ほっそりとしていて抱きしめたら折れてしまいそうに思える。

 だが腰の下、臀部はそこそこみっちりとしていて、足はまた細くなっていき、足首のあたりでしっかりと細くなっている。


 体の華奢な線が、成人した今も少女っぽさを演出している。

 その体形は出会った頃、高校生の頃とまるで変わらない。

 お姉さん系の女性が苦手な直史としては、ありがたいものである。

 彼は否定しているが、瑞希のそういった線の細さが、あまり女性的でないので好きなのである。

 直史は本来、女性嫌いというか、女性の色気が苦手であるので。




 延々と高説をぶった直史に対して、樋口の反撃が始まる。

 だが実は樋口も、巨乳派ではあるがスレンダー体形の方が好きなのだ。

 全体的に細いのに、メリハリのきいたボディ。

 日本人にはあまりない体形で、身長もすらりと高いのが樋口の恋人だ。

 だが自分と関係を持った時、既に処女ではなかったということが、彼にとってはコンプレックスとなり、直史以上の独占欲に縛られている。

 本当に救いようのない男たちである。


 樋口はそもそも初恋が彼女だったので、基本的に年上の女性ばかりが好みである。

 キャーキャーうるさい子供には興味がないのである。

 そういう意味では実は、瑞希の性格などは樋口にとって好感を持てるもので、おっぱいさえ大きければかなり理想に近いのだ。

 瑞希のおっぱいが大きければ、日本代表は真っ二つに割れていたかもしれない。

 そう思うと、瑞希をちっぱいに創造した神は、まさにグッジョブである。


 樋口の本命は、明らかに女の色気を持っている。

 髪は長く腰近くまであり、わずかに香水をかけて、体臭と混ぜている。

 細いように見える体は、胸が大きいのでそう見えるだけで、骨格はそこそこしっかりとしている。

 だがやはり胸は大きく、手足はすらりと長く、大人の色気を醸し出している。


 己の恋人を滔々とたたえ、そして樋口は力説する。

「そもそも胸がでかくないと〇〇〇〇してもらえねえだろうが!」

「馬鹿か!? そんなもんは自分で〇〇〇を○○にこすりつければいいんだよ!」

 行為が具体的になってきて、色々なピー音が飛び交っているが、男子大学生だから仕方がない。

 妄想が主成分を占める男子中学生や男子高校生に比べると、現実の体験が重なるので生々しい。


 そして周囲を巻き込む。

 武史がデートで出かけていたのは、彼にとっては幸いであったろう。

「星の彼女も、けっこうスレンダーなタイプだよな?」

「え、あ、どうかな」

 その反応から、星いじりが始まる。

「まだやってないのか」

「なんでだ? そこそこ可愛いよな」

「瑠璃ちゃんはすごく可愛いよ!」

 いじられながらも、そこはしっかりと主張する星である。


 ちなみに星がまだ手を出せてない瑠璃は、かなりの筋肉質である。

 ふにゃりとした女性らしい柔らかさではないが、抱きしめたら弾力があって、これはこれで! となるタイプである。

 星がそれを知るのは、もう少し先のことだろうか。

「お前らも付き合ってるようなもんなんだから、手を出してもいいと思うけどなあ」

 余裕の西の彼女は、その瑠璃の友人であったりする。

「西の彼女って、あのでかい子だよな」

「でかいって言うな。瞳がでかいのは身長と胸だけだ」

 いや、態度もけっこうでかいのだが。


 大学生ぐらいで肉体関係を持つというのは、早いのか遅いのか。

 実は政府調べでは、けっこう早いという調査がなされている。

 特に男性の童貞喪失年齢は上がっていて、生涯童貞の割合も高くなっている。

「ホッシー、DTGで死んでもいいのか? いや、それよりも明日にでも事故があって、離れ離れになる危険だってあるんだぞ? NTRが流行の現在、水泳やってる女の子なんて、コーチに食われるのが今どきの流行だぞ」

 どこの流行だというのだ、馬鹿め。


 だが酔っぱらっている星は、ふらふらと立ち上がった。

 理性が途切れて、不安定な状態になっているのは間違いない。

「分かった。今度のデート、俺の方からキスしてみせる!」

 まだその段階だったのか、と呆れる一同である。

 いや、キス自体も向こうからしてくれているのか?

 誰が見ても草食系の星であるから、女の子の方から動かないといけないのかもしれない。

「付き合い始めは俺と同じぐらいだったのに、どうしてこう進展具合が違うのか」

「おお、じゃあ西はエロエロなのかよ」

「エロエロだじょ!」

 こちらも完全に酔っぱらっている西が、恋人の抱き心地などを口にすると、刺激に弱い童貞どもは目を爛々と輝かせてその内容を聞いている。


 樋口はこれに対し、また外道っぽいことを口にする。

「でもあんだけ体形が近いと、体位とか限られてくるだろ」

「でけーから抱き心地がいいんだけどな」

「ある程度体格差がないと、けっこう出来る体位も限られてくるしな」

「別に体位は問題じゃないだろ」

 あまりにも生々しく下衆い話であるが、聞いている方は面白い。

「うちはけっこう色々やってるけどな。少し乱暴にされるのが好きらしいし」

 樋口は徹底的なサドである。

 だからこそバッターの精神を翻弄するような、外道リードが出来るのであろうが。

「ナオのところもそうじゃないか? ああいう真面目そうなタイプは、ベッドの中じゃエロエロだって、昔から相場が決まってるんだ」

 そんな相場は崩壊してしまえ。


 酔っても記憶は飛ばない直史だが、悪酔いするということはある。

 人間の自制心と言うのは、限界があるのである。

「瑞希はエムっていうか、俺がエスだからな。体重軽いと色々動かしやすくていいぞ」

 羞恥プレイが好きな直史は、同時にスタンダードな快楽追及もしている。

「○○〇でガンガン○○のもいいし、あと対面になって相手にも○○てもらうのもいいよな。後ろからだと○○を○○やすいし、でもやっぱり○○〇が一番好きらしいのは確かだ」

 ワキワキと指を動かす直史は、キャラが崩壊しつつある。


 ただ、これらの会話を聞いていて、野郎どもははっきりと悟る。

 セックスのテクニックには、体力が必要であると。

「ガンガン○○のって、実際はあんまり気持ちよくないらしいよな?」

「らしいな。うちもある程度○○たあと、〇でぐりぐり○○続けてる方が、よくイってるし」

 そして二人はテクニシャンである。


 樋口の場合は、純粋に経験人数が多い。

 またそのプレイ内容も、アブノーマルなものがそこそこある。

 特にただのセフレ相手には、快楽追及のために色々と試したらしい。


 一方の直史は、一棒一穴主義である。

 それだけに一人の相手との、愛ある上に気持ちのいいセックスを、しっかりと確かめていく。

「あの、先生方、よろしいでしょうか」

 おそるおそる手を上げる下級生がいるが、誰が先生やねん。

「処女との初体験というのに、何かアドバイスなどがあれば」

 首を傾げる黄金バッテリーである。


「俺は処女は一人だけだから、あんまり参考にならないかもな。まあ一回目はほぼ失敗すると思った方がいい。今の俺ならどうにか出来るけど」

 直史としてはそう述べるのだが、鬼畜メガネは違う。

「処女よりは下手な彼氏持ちの女を開発する方が面白いけどな。まあ俺も処女を一回目で貫通させるのは難しいと思うぞ。今なら出来るけど」

 ひどい話になってきたが、男子寮というのはこういうものである。




 やがて話題は、アブノーマルなプレイの方にまで移っていく。

「俺は跡が残らないようなプレイはかなりやってるかな。でも縛りは無理だ。つーかあれ、特殊技能だ。相手の協力がないと絶対に出来ないし」

「俺はそこまでのことはしてないかな。でも手をベッドに縛り付けてソフトSMぐらいはやったことある」

 口の軽くなった直史は、喋らせてはいけない。

 聞き耳を立てていながら、そう決意する淳である。

「樋口はどれだけやったことあるんだよ」

「つってもそんな無茶はしたことないぞ。縛りは一度やったきりだし。でも手足をベッドのフレームに固定するのはやったな。ギャグボールで言葉も出せないようにして」

 ただ体を痛めつけるのはやったことはない。

「そんで○○〇セックスもしたし○○もしたし、○○使って○○プレイとか」

 よくそんなことまで許容してもらえたものである。

 樋口もあまり酔わせすぎてはいけない。

 二人とも強固な精神力を持つはずだが、明らかに空気にも悪酔いしている。


 一番気持ちよかったのはいつか。

「初めて相手をイかせるのに成功した時かなあ」

 樋口の案外平凡な答えに、直史の場合はシチュエーションが重要らしい。

 いや、禁欲期間と行ってしまった方が分かりやすいか。

「俺は最後の夏の甲子園が終わったら、朝から夕方まで丸一日やったことあるな。でも大学入ってからは親がいないから、長期で禁欲期間が続いた後は、丸三日ぐらいセックスと飯と寝るのぐらいしかしてなかったことある」

 性欲強すぎ問題である。


 だいたい自分が気持ちよくなるよりは、相手を気持ちよくさせまくった時の方が、充実感は高いらしい。

 エロエロでドSであるが、そのあたりは二人とも紳士である。

 ただ聞いていた淳は、かなり後悔している。

 直史の義弟である淳は、当然ながら瑞希ともよく顔を合わせるわけだ。

 その時にこの話を思いだしてしまったら。


 アルコールが入っていないので、忘れることも出来ない。

 かといって直史の悪ノリを、放置するのもまずいと思う。

 野郎ばかりの酒盛りというのは、だいたいエロいことの話にしかならない。

 この大学野球において、傑出した野球知能を誇る二人でさえ、空気に酔えばこうなるのだ。

(俺も早く彼女ほしいな……)

 きわめて健全な考えの、淳であった。

 明日美に対する気持ちは、いまだに持っている。

 だが以前に比べると、同じ東京にいるというのに、なかなか出会う機会が作れない。

 やはり相手が芸能人であるというのが、一番大きな理由であるだろう。

 実のところ顔がいい淳は、かなり女性にはモテている。

 だが初体験はちゃんと好きな人と迎えたいと考える、童貞19年目の淳である。

 サバトの夜はまだまだ続く。

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