第153話 揺らぎ

※ 続の148話と関連しています。こちらが時系列的には少し先です


×××


 準決勝の二試合が終わる。

 一試合目は母校の試合であり、上手く采配が当たった試合であった。

 3-1と、先取点は奪われたものの、そこから上手く点数を重ねていった。

 最後には意外なホームランもあったが、あれがなくても勝てたとは思う。


 そして第二試合である。

 宮城県代表仙台育成と、南北海道代表蝦夷農産。

 蝦夷農産が勝てば、初の決勝進出。

 対して仙台育成は春夏通じて何度かの進出はしているが、優勝したことは一度もない。


「兄ちゃん、どちらが勝つかね?」

 またも近くの席になってしまったおっちゃんに尋ねられ、直史は即答する。

「ハイスコアゲームなら五分五分、ロースコアなら仙台育成」

 つまり仙台育成の勝つ可能性の方が高いと思うわけだ。


 仙台育成はエースを温存しながらも、序盤から有利に試合を進めていた。

 控えの奮闘により、序盤の蝦夷農産は不振。

 そして逆に攻撃面では、打撃の蝦夷農産を打ち込んでいく。

 ただそれも限界があり、ピンチについに、仙台育成はエース黒川を投入。

「ハイスコアゲームでも仙台育成が勝ってるなら、やっぱり決勝は仙台育成?」

 瑞希がそんなことを聞いてくるが、直史にとってはそんな単純な問題ではないのである。

「蝦夷農産はとにかく、打線がつながった時の爆発力があるからなあ。10点差あっても最後まで怖い」

 直史に怖いと言われたと知れば、さぞ蝦夷農産の方々も喜ぶだろう。

 だが自分なら負けるとは、かけらも思わない直史である。


 そして直史の言葉の通り、蝦夷農産は終盤一気に七点を取り、大逆転勝利した。

 これで決勝は、五年連続の白富東と、初めて決勝まで残った蝦夷農産との戦いである。

 考えてみれば白富東は夏に限れば、初出場から五年連続で決勝まで進んでいることになる。

 もちろんこれは、長い甲子園の歴史の中でも初めてのことだ。

 純粋に夏の三連覇なら、他にいるのだが。


 


 今日も飴ちゃんをもらった直史は、白富東の宿舎にやってきていた。

 蝦夷農産のピッチャーは全員右利きで、さほど難しい変化球も持っていないし、球速も直史ほどではない。

 つまり直史なら、いくらでもマネが出来るということだ。

 あの打線の破壊力は脅威であるが、それにしても丁寧に投げていけば、そこまでの大量失点につながることはないだろう。


 基礎的なピッチングを適切に行って、最小失点で切り抜ける。

 そして相手のピッチャーにしても、それほど脅威ではない。

 ただ継投をしてくるところは、注意しなければいけないだろう。


 直史を招き入れると、秦野は説明をした。

 やはり想像していた通り、仮想蝦夷農産のピッチャーを頼むらしい。

 そのつもりであったし、可能でもある。


 三人のピッチャーの説明を受けるが、他にはいないのか。

 一応一年生のピッチャーもベンチ入りしているが、甲子園では投げていない。

 地方大会では投げているが、スコアしか残っていない。

 そのスコアにしてもフォアボールから二回で七失点と、とても誉められたものではないのだ。

 だがおそらく、秋以降は主力としたいのだろう。

「スコアだけでも、よく手に入りましたね」

「そこは蛇の道は蛇というわけで」

 秦野は大人の悪い笑みを浮かべた。

 実際にはコネと伝手を使ったのだろうが。


 この三人をコピーするため、スコアも参考にする。

 すると単純なボールだけではなく、選手の人格まで想像できてしまう。

「農業高校か……」

 ついでに学校の資料まで見てしまうと、色々と想像が出来てしまう。

 北海道という試される大地の民とは、一応二度目の対戦ではある。

 だが各種情報を見ていくと、どんどんとその練習内容や設備は、強度こそ強くなるものの単純化していっているようだ。


 


 決勝前日、投手陣は軽めのピッチングだけで抑えておく。

 直史は可能な限り、蝦夷農産のピッチャーたちを再現してみた。

 おかげで白富東の打線は、仮想敵を上手くイメージ出来ている。


 そして直史は、唯一それなりに投げ込みをしている、耕作のピッチングを見ていた。

 スライダーが課題の耕作は、この期に及んでもそれが使えるレベルにはない。

 蝦夷農産との試合では、おそらく出番はないだろう。もっとも誰が投げても同じというような、雑な乱打戦になったら別だろうが。


 直史はその投球を見ていたのだが、やはりサウスポーは羨ましい。

 直史のような右利きが、無理にでもサウスポーを目指すならば、逆に右を幼い頃から封じなければいけなかっただろう。

 だがそんなことをしている余裕はない。

 さすがの直史も、生まれつき完全に両利きのツインズのようには、好き勝手なピッチングは出来ないのだ。


 コントロールは相変わらず定まらない耕作を見ていて、直史は考える。

 どうにかしてこのスライダーを制御できたら、少なくとも県内レベルではベスト4までは進めるだろう。

 今年の三年生はスポ薦一年目の粒揃いだが、二年目と三年目はそれほどではない。

 三年生としては、武史やアレクがいた代、つまり甲子園で優勝できそうなレベルのところに入ってきたわけだ。

 対して二年生から下は、甲子園での優勝までは難しいと思われる世代だ。

 実際に去年は決勝まではきたものの、あと一歩が足りなかった。


 今年の秋は、関東大会まで勝ち抜くのも難しいだろう。

 ユーキは確かに全国レベルでも屈指のピッチャーだろうが、野球的な耐久力はそれほど持っていない。

 そこそこのピッチャーを上手く起用し、耕作などの使い減りしないピッチャーをどこまで引っ張れるかが課題となる。




 直史はじっと耕作を見ていたすえに、一つ思いついた。

「この握りで試してみてくれ」

「これで、ですか? でも球をしっかり握っていないのに」

 人差し指をわずかに浮かせる。

 スライダーを投げるならば、縫い目にはしっかりと指をかけなければいけない。

 だが直史のこの握りでは、その縫い目でかける回転が、不充分だと思うのだが。


 それでも試しに投げたところ、変化量は減ったが、ほとんど真横にスライドするようなスライダーになった。

 スライダーはストレートに比べると、スライド変化をつけるために、回転のホップ成分を減らしている。

 画像を見たら分かるとおり、スライダーは沈むのだ。それ以上に横に動いているだけで。

 だが耕作のスライダーは、あまり沈まずスライド変化した。


 おお、と耕作が驚く前に、直史が声をかける。

「何球か投げて、馴染ませてみるんだ」

 沈まないスライダーを、耕作は投げた。

 不思議な軌道ではあるが、これは新しい球種なのではないか。

「これ、いったいどういう理屈なんですか?」

 投げてる耕作自身も、いまいち分からない。

 ただ直史も難しい顔をするしかない。


 このスライダーは、試合では決め球にならない。

 確かに面白い変化ではあるが、沈むから打ちにくい球を、沈まないようにしてしまってどうするのか。

 ただし、バッターを混乱させるのには役に立つかもしれない。

 あくまでも見せ球として考えるべきだ。


 そして直史は、マウンドを譲ってもらう。

 サイドスローにとっては沈まないスライダーになった。

 ならばスリークォーターからはどういうボールになるのか。


 投げた球を、塩谷はチェンジアップかと思った。

 腕の振りに比べてスピードが出ておらず、途中で落ちるだろうと。

 だがボールはむしろ、加速したようにさえ見えた。

 ミットの上部で弾いて、ボールが転がってしまう。


 遅い球だったのに伸びた。そして沈まなかった。

 このボールはなんなのか。

 初速と終速の差があまりなく、ホップ成分がかかっている。

 首を傾げる塩谷に対し、それをすぐ横で見ていた耕作も、今のボールがなんなのか分からない。




 分類するならば、やはりチェンジアップであろう。

 だがそれはタイミングを外すという点での話だ。

 球速はおそらく140km前後であり、直史のストレートに比べれば、あまり球速差がない。

 ただ、遅いボールというのはやはり、沈みやすいものなのだ。 

 バックスピンを強烈にかけたボールということが言えよう。

 力は球を押し出すことにではなく、球にスピンをかけることに使ってしまった。

 だから中途半端な球速なのに、やたらと伸びるためになったということか。


 これを見ていた秦野や国立は、呆れるような顔をしていた。

 また新しい魔球を作ってしまったのか。

 もちろん直史としては、これも単に、一つの変化球でしかない。

 スピンレートが高いのに、球速は遅いストレート。

 球速から軌道を予測したバッターにとっては、必ず空振りするか、振り遅れるかするものである。


「お前、それどうやってるんだ? とりあえす投げてみろ」

 キャッチャーを交代した秦野が、わくわくした顔で促す。

 国立もしっかりとバットを持ってバッターボックスに入る。

「バッターがいた方が、実戦で使えるか分かりやすいだろうね」

 結局間近でこの変な球を見たいということか。


 効率的な体の使い方から投げられるストレート。

 だがそれは国立の目には、やたらとスピン量の多いストレートに見えた。

 そして秦野も一球目は弾いてしまう。


 何球か続けて投げたが、二人は割りと早めに結論を出した。

「コンビネーションの中で投げるなら面白いけど、これだけだと意味がないな」

 国立も、そして投げている直史も同意する。

 だがこれはむしろ、大学のリーグ戦のような、同じ相手と何度も戦うリーグ戦なら、使いようはあるのではないか。

 いや、もちろん一発勝負のトーナメントでも、上手く投げれば使えるのだろうが。




 基本的にはフォーシームの握りであるのだが、わずかに人差し指を浮かせる。

 そして最後に弾く瞬間、この人差し指がボールを引っ掛けるのだ。

 それでバックスピンが上手くかかったら、沈まないのに遅いストレートが完成する。


 こういったタイプのボールは、実は既に投げている者はたくさんいる。

 だが直史のように、ストレートと混ぜて使えるというのが、完全に希少なのである。

 おそらく正確に計測すれば、フォーシームストレートの回転数よりも、こちらの回転数の方が少ないのだろう。

 だが球速が落ちている割には、回転数は落ちていない。

 これもまたストレートの一つの形だ。


 ピッチングは奥が深いな、と直史は思う。

 追求すれば追求するほど、まだまだ自分には出来ていないことが出来るようになる。

「お前、それ以上化け物になってどうするんだ?」

 秦野などはそう言うのだが、直史の場合はこれは趣味としか言えない。


 相手もいないのに、これ以上強くなってどうするのか。

 そう、まさに「私は強くなりすぎてしまった」という状態なのである。

 六大学だけでなく、他の大学野球リーグや、社会人の有力選手。

 また今はまだ高校野球にいるバッターの中で、直史を打てる人間がいるのか。

 それはまあ、出会い頭の一発というのは、いつかどこかであるのだろうが。


 バッターのリズムを崩させないため、このボールの検証は国立がバッターボックスに立って行った。

 やはりストレートとチェンジアップを組み合わせただけでも、かなり強力になる。

 普通のピッチャーが一番多く投げるストレート。

 その威力があるというのは、やはりピッチャーとしての強みだろう。




 明日に甲子園の決勝を控えた日、貸し出されたグラウンドにて、そのボールは生まれた。

 普通に白富東についていたマスコミは、普通のストレートがどうしてそこまで空振りが取れるのか、分かっていなかった。

 見る者が見れば、また化け物が形態変化を起こしている、とでも評したかもしれいないが。


 変身を残しているのは、宇宙人だけではない。

 技術の研鑽は、いくらやっても満足することはない。

 技巧派のピッチャーとしては、単純にその打席だけの勝負ではなく、試合の状況も考えた上で、バッターと勝負しなければいけない。

 大介などはもう随分と、そういったことに長けていっているような気がする。


 プロの世界に行けば、個人の成績とチームの勝利、どちらを求めるかが大切になる。

 監督などの首脳陣と、フロントの運営陣は、基本的にチームの勝利、そして優勝を優先する。

 だが選手はチームがどうなろうと関係なく、自分の成績にこだわるべきだと直史は思う。

 彼にとってパーフェクトもノーノーもマダックスも、全てはチームが勝つために必要なこと。

 単純に自分の我を通したいわけではないのだ。


 明日はいよいよ、夏の頂点を決める決勝戦。

 その前日にまた、えらいものを見せられたと感じる秦野たちであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る