第143話 閑話 僕たちの失敗
たっぷりと海で遊んだ(未来の)佐藤兄妹たちであったが、日帰りではなく一泊である。
ホテルは三部屋取ってあり、当然ながら直史は瑞希と、そしてツインズは二人で、すると武史と恵美理という部屋分けになるわけなのだが。
遊んでいる間はよかったのだが、夕食辺りから明らかに武史と恵美理の挙動がおかしくなる。
部屋はカップルと双子で取ってあると言っておいたのだが。
普通に分かったと言っていたので気にもしなかったが、まさかまだ「まだ」であったのか。
頭痛がする直史である。兄にそういったことを把握されている弟というのも、相当に情けないものである。
恵美理のような美人や穏やかそうな妹は、はっきり言って直史は大歓迎なのである。
外人さんの血が入ってるのか、などと親戚連中は言ったものだが、直史は断固武史の見方である。
長男であり、お兄ちゃんなのだから。
それにしても弟の下半身事情までどうにかしてやるというのは、さすがにもうやりすぎだと思う。
ホテルの大浴場にて、直史は確認する。
やはり「まだ」であった。
春からこちら、やたらとマスコミの目があったため、そういったところに連れ込むのが不可能であったらしい。
そこは確かに同情する。恵美理は実家で家族がいるし、使用人までいるという。武史は寮で、女の子を連れ込むことは出来ない。
確かに、場所はなかった。
高校時代は直史も、瑞希の両親がいないのをいいことに、あちらの家で逢瀬を重ねたものである。
(まあこの海の夜で失敗したら、今度は山……は神崎さんが大変そうか)
直史は凝り性というかかなりの変態なので、女の子の初体験が理想的に進むように、かつて綿密な計画を立てたのである。
事前にまず会った時から、相手をリラックスさせる。
それでいて今日はやるぞと分かりやすい信号を出し、ボディタッチは多めで徐々にリラックスしていかないといけない。
男はだいたい勘違いしているが、女性にとってセックスとは、その日の会った瞬間から準備段階なのである。
(昼の間はいい感じだったのに)
夜になって「その時」が近づくと緊張してくる。
だからお前はダメなのだ、と他人であれば見捨てるところだが、お兄ちゃんは弟を見捨てないのだ。
トイレに立った愚弟に対して、それを追いかけた直史は声をかける。
「お前、今日決めるつもりだろ」
「お、おう」
ヘタレは緊張しつつも、覚悟は決めているようであった。
「あとお前、肩にそっと触れたりとか、ゆっくり手を握ったりして、少し散歩にでも行ってこい。そんでちゃんとシャワーをお互いに浴びるんだぞ? 相手が浴びてる間に、ティッシュペーパーと避妊具の用意はしておくこと」
「兄ちゃん、いくらなんでもあけすけすぎるよ……」
「一番大事なのは、上手く行かなくても落ち込んで不貞寝するなよ? 手を握り合いながらとか、少し肩を触れ合わせた状態で眠るといいぞ」
「……」
さすがにお節介のしすぎの直史である。
だがその助言に従って、武史は恵美理を夜の散歩に誘ったようである。
いつの間にかツインズの姿も消えていたが。
おそらく後をつけたのだろう。
「え、まさか邪魔しに?」
「いや、フォローのためじゃないかな。このあたりの海岸も100%安全ってわけじゃないから、二人がついてるなら心配いらないと思うけど」
もっとも武史の体格を見て、下手にちょっかいをかけようとする者は少ないだろう。
食事を終え、ほんの少しだけ酒類を買って、部屋に戻る二人である。
「お酒飲んでいいの?」
「まあ二人きりだしな。エロエロな瑞希、俺は嫌いじゃないし」
「私はエロエロになんてなりません」
「けど記憶飛んでるだろ?」
「それでもそんなことにはならないと思うの。お父さんもお母さんも、お正月とかでは少し飲ませようとするし」
「それは酒量が少ないからなんだけどなあ」
「とにかく私は、エロエロなんかになりません」
まあそう言っても、実際は一定量を超えれば本当にエロエロになるのだが。
普段どおりも良いが、たまにはああいうのも悪くないな、と思う直史である。
「じゃあエロエロになったところ録画してようか?」
「……エロエロになっていないとしても、そんな映像は残すと危ないでしょ」
「じゃあ音だけは? かなり積極的になるんだけど」
「それならまあ、なんとか……」
そして前後不覚になるほど酔っ払った瑞希は、次の日に自分がどれだけの醜態を晒したか、音声で明かされることになる。
自分はかなり性的に満たされていたし、アブノーマルにやや近い性癖も持っていると自覚していたのだが、欲望を本当に解放するとああなるのか。
ずーんと重苦しくなる瑞希であった。
さあ朝食だ、と思ってホテルのビュッフェに顔を出した直史は、それこそ死にそうな顔をした武史と、それほどではないが困った様子の恵美理の姿を発見した。
ツインズは特に何も気にしていないのか、普通に食事をしているが。
(失敗したか)
まあ童貞と処女じゃ当たり前か、と精神的なマウントを取る直史である。
ただその割には、武史と恵美理の間に、温度差があるように思える。
首を傾げる直史に対して、ツインズがちょいちょいと手招きをする。
そういえばこの二人は昨日、武史たちのあとを尾行していたはずだが。
「何があった?」
小声で尋ねる直史である。
「海岸の散歩までは良かったんだけどね」
「他に外で盛ってるのを見て、二人ともその気になったらしいんだけどね」
部屋に戻った二人であるが、ツインズが大介と連絡を取っていたところ、恵美理が二人の部屋を訪れたらしい。
話を聞くに、やはり失敗したのだとか。
一説によると処女が喪失に至るまでには、三回の失敗が必要だとも言うらしい。
特に相手が童貞であれば、それはもう難しいことは確かである。
そして失敗してへこみ、武史を部屋に残してツインズの部屋に来た恵美理に、二人はある程度実践でやりかたを教えたらしい。
「お前ら、兄の彼女を寝取ったのか?」
さすがに引く直史であるが、ツインズはぱたぱたと手を振った。
「そこまではしてないよ。俗に言うBまで」
「マウストゥマウスのキスもしてないしね」
なるほど、なのでこの二人は、朝からホルモンが働いて、ツヤツヤしているわけか。
佐藤家の双子はレズビアンではない。バイセクシャルだ。
そして基本的に主導権を自分で握りたがるため、男性との関係は直史の知る限り大介しかない。
つまりどうやれば上手くいくか、恵美理の方に教えてやったということなのだろう。
沈みっぱなしの武史と、次の機会に燃える恵美理では、それは精神状態も違うというものだろう。
これはもう、AVを見ながらでも、これはファンタジー、これはリアルとでも、教えていかなければいけないのだろうか。
ただ人間のセックスへの適応力は、本当に個人差が大きいらしい。
ここまでこじれるならそれなりにモテていた高校時代に、経験豊富なギャルっぽい相手で済ませておけば良かったろうに。
ただ、童貞は時に、処女よりも乙女チックである。
自分が本当に好きになった人としかしたくないという童貞もいて、直史もそれは分かる。武史も女性に幻想を持っているタイプだ。
直史の場合はかなり好みのタイプでないと、そもそも性欲を全く感じないのであるが。
二人のために誘ったバカンスだが、おそらく武史は無駄になった気分なのだろう。
だが実際は失敗という名の経験を積んだのだ。
次からはそれを活かせばいいと思うのだが、失敗した翌日の童貞に、そんな前向きな思考が浮かぶはずもない。
探せばネットでも、処女相手のやり方ぐらいは転がってそうな情報なのだが。
武史は意外とそういうものを見ない。
ちなみにツインズは恵美理に、実地でどういうように求めれば、清純派である自分のイメージを崩さずに、童貞をリード出来るかということをきっちり教えた。
その後には二人で男役と女役に回って、目の前で実演したりもしたのだ。
姉妹であるし女同士であるので、浮気には当たらない。
なお二人にとって大介は、はっきり言って技術的には下手である。
だが想っている相手に求められるという点だけで、ちゃんと満足はするのだ。
さてそんな苦い思いをした弟とは別に、兄である直史は完全に満足していた。
飲酒によって完全にエロエロ状態の瑞希を久しぶりに堪能した上に、その時のやり取りを聞かせるという、羞恥プレイにも成功したからである。
基本的に直史は、精神的なサディストである。
ただ上手く優しく苛めるということに、しっかりと責任感を持っているサディストではある。
真なるサディストは、心地よく相手を苛めるという点で、実に奉仕的な存在になるのだ。
あるいは自己満足系のサディストと、奉仕系のサディストに分けるべきかもしれない。
もちろん直史は後者である。
風俗における女王様プレイが、実は奉仕であるのと同じだ。
金を払ってでも、理想的ないじめ方をされたいという人間は多いのだ。
直史の場合は逆に、セックスでは相手に主導権を取られること自体が、どうしても嫌だというトラウマがあるが。
瑞希はマゾの傾向がかなり強いが、直史の奉仕をとことん受けるという点では、奉仕される姫の属性がある。
わざわざ機会までしっかり用意したのに、武史は失敗した。
だがここで必要なのは、それをバカにすることでも、叱責することでもない。
トライアンドエラーを繰り返して、人は成長するものなのである。
東京に戻った直史は、自室を訪れる武史の相談に乗った。
「なるほど、裸にするところまでは成功したわけか」
そこまでいけば、もうあと一歩なのであるが。
「お前、深い方のキスはもう慣れたのか?」
「それはもうけっこうしてる」
性の相談を赤裸々に兄にする、情けない弟である。
ぶっちゃけ女性には個体差があるし、それは男性側でも同じである。
直史は自分と似た遺伝子を持つ武史が、おおよそ平均的なものだと仮定する。
瑞希との関係を最後まで発展させるには、それなりの苦労をした。
「え、マジでそんなに失敗するもんなの?」
「失敗というか、女性側はどうしても緊張するものだからな。とにかく回数を重ねることで、お互いが触れ合っていてもリラックス出来る状態にならないといけない」
「男側はむしろ、リラックスとは逆の状態になると思うんだけど」
「それは確かに。だが興奮状態をあまり見せ付けると、女性側は怯えるものだ」
自分の経験からしても、それは確かに言える直史である。
とにかく重要なのは、スキンシップなのだ。
相手の体が、男性を受け入れてもいいという状態になるには、精神的な安心感と、相手への信頼感、そして男性側を包んであげたいという意思を持ってもらうしかない。
「な、なるほどー」
「いや、こういうことは自分でも調べろよ。ぶっちゃけそこまでやらんといかんのか、とネットの知識で調べれば思うかもしれないが、慣れてきたらけっこう激しく出来るからな。たぶん神崎さんもMだし」
「え」
「いや、お嬢様育ちとか、抑圧されてる部分がある人間は、M気質が多いんだよ。優等生にマゾが多いとか、エリートにマゾが多いとか、真面目に研究している論文もあったりする」
「ええ~」
直史もこれを全部信じているわけではない。
ただセックスはコミュニケーションである。
女性には最初は負担がかかるというのは間違いないので、そこは男性が配慮してやるべきなのだ。
エロエロ魔王直史による、初心者向けセックス講座である。
しかし、夏の解放感の中でも、失敗したのか。
それならば次の機会は、おそらく冬になってしまうのではないか。
「夏の間にもう一回、上手く機会を作ってみろ。本当ならホテルでシャワー付きというのがいいんだろうけど、実家じゃあそうもいかないだろうからな。とにかく向こうの家で、良識的な範囲でいちゃいちゃしてこい」
そろそろご両親のどちらにも、ちゃんと挨拶しておくべきだろう。
ちなみに直史は瑞希の父に初めて会った時に、自分が生きてきた中で一番素晴らしい女性だと思うので、将来的には奥さんにしたいとまで言い切った。
高校生がそこまで言い切ったということで、瑞希の父はむしろ押されて、直史を認めることになったのである。
武史は、確かに肝心なところでしまらない。
だが平均的に見れば、圧倒的なスペックを誇る人間なのだ。
この平均値の高さを、相手に見せ付けるのが重要である。
そこまでのものか、と武史は戦慄する。
だがそこまでやってでも、直史は瑞希が欲しかったのである。
結局佐藤家の中で、もっともパートナーに惚れこんでいるのは、直史なのかもしれない。
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