第118話 閑話? 開幕の彼女
WBC。略さず言えばワールド・ベースボール・クラシック。
クラシックって新しいのになんでやねんと言われるかもしれないが、本当になんでだろう。
おそらくはこれから伝統にしていくという意味ぐらいで、深くは考えていなかったのではないだろうか。
アメリカのMLBはなんと言っても、自国の優勝決定戦をワールドシリーズと言ってしまうぐらい、野球は自国が中心と思っているのだから。
別にそれほど間違ってもいないが。
国際大会として見た場合、明らかにサッカーのワールドカップには劣る。
野球人口が世界的に見ればサッカーより少ないというのもあるが、何よりWBCの権威を否定しているのは、MLB自体ではなかろうか。
サッカーのワールドカップや国際大会があれば、チームの主力であろうが召集に応じるという文化が、既に確立している。
だが野球の場合はMLBがが頂点にあり、既にピラミッドは成立してしまっている。
MLBから主力を抜くことに成功した国が、優勝に成功している。
だから今回、メジャーリーガーが一人も参加していない日本が優勝すれば、それは痛快で面白い実績となるのであるが。
アメリカは若手ではあるが、数人のメジャーリーガーと、多くの3Aクラスの選手でチームを作っているのだ。
NPBの実力はどの程度のものなのか、とはアメリカでも議論されるところである。
おおよそ出ている結論は、MLBと3Aの中間というものだ。
正確に言えば玉石混淆であるが、それは日本の球団の二軍も似たようなことが言える。
いや、どの段階だってそうだろう。高校生の中に一人だけプロが混じっていた、とか言われる選手だっているのだし。
「俺より小さいやついねえ……」
「前にも言ってたな、それ」
第一ラウンドとなるリーグ戦は、アメリカの二ヶ所、そして台湾に日本と、三カ国の四球場で開催される。
やっぱりキューバはアメリカに行けよと思わないでもないのだが、あちらはあちらで南北アメリカ大陸だけで固めたくはないらしい。
日本にて行われる開会式は、そのまま開幕戦につながっている。
対戦カードは地元日本と野球強豪のキューバ。
観客も多く、視聴率も稼げるカードである。
そして日本はプロ球団から若手を中心に選考していると知って、MLBのスカウトも大勢が見に来ている。
MLBの人間が日本人選手に求めるのは、多くの場合が即戦力である。
NPBとMLBがドラフトなどで協定をかわし、基本的にMLBが高卒や大卒の選手を、直後にドラフトで指名することは出来ないのが現在の状況だ。
他の国の選手の場合は、素質を見込んだら契約する。アメリカ領やアメリカの大学、あとはカナダやプエルトリコなどの選手は、ドラフトの対象だ。
日本人選手は、その日本人が日本の高校や大学にいる場合は、指名できないのが現在のルールである。
MLBとしては日本人選手をそのまま獲得出来ないというデメリットはあるが、これによってNPBで選手がどれだけ働けるかを見定める機会となり、結果的にはハズレ契約が少なくなるというメリットもある。
一定の期間が終われば海外FA権が発生し、選手を一方的に取られるNPB側が、両者にメリットがあるとしているのがポスティングだ。
ポスティングは球団が承諾しないと不可能であるのだが、下手に選手の意思を拒否しても、海外FA権が発生したら何も得ることなく選手を手放さなければいけないため、おおよろ六年目あたりの選手とは複数年契約を結ぶか、選手が望めばポスティングにかける場合が多い。
日本で既に実績を残している選手を獲得出来るということで、MLBはかなり乗り気であり。
一時期はこのポスティングの獲得に、金額の上限がなかったため、とんでもない金額が一人の選手に動くことがあった。
現在は毎年調整がかかるかかからないか微妙な動きをしながら、ポスティングは日本人選手のMLB移籍の主な手段となっている。
ライガースの柳本も、これを利用して移籍したのである。
MLBのスカウトたちは、その制度上、当然ながら日本人選手には即戦力を求める。
特にピッチャーは成功の実績が多いため、注目の的だ。
ただ野手でも成功した選手はいるため、他国の注目のピッチャーを、どう打っていくかにも関心を抱いている。
「シライシか。やっぱり小さいな」
「まあ彼は既に実績は残したようなものだろう。ワールドカップのアレは、もう二度と見れないとは思うが」
大介はある意味、アメリカでの評価の方がある意味大きい。
高いのではなく、大きいのだ。とにかく高校二年生の時に参加したワールドカップが、MLBのみならず、参加した国全てにおいて熱狂させた。
場外ホームランはまだしも、予告ホームラン。
野球史上に残る、唯一の確実な例。
大会の二位の選手に、トリプルスコアの差をつけて、ホームラン王になった。
そしてその中ではショートとDHの、二つのポジションでベストナインに選ばれた怪物である。
去年の四割の時も、あのシライシがやった、ということでかなり注目されたのだ。
高卒ルーキーが一年目から、アメリカではそれほど意識はされていないが、三冠王を達成した。
そして二年連続の三冠王。
NPBのバッターはMLBのピッチャーの速球を打ちあぐねることが多いが、大介は170kmをホームランにしている。
高校生の時既に、99マイルをホームランにしているのだ。
日本のハイスクールは金属性バットを使っていたと言うが、最終学年では木製バットを使いながら、全国大会のコーシエンで、一試合一本以上のペースでホームランを量産した。
11球団が一位指名したのは史上最多であり、そしてチームを一年目で優勝に導いた。
規格外の怪物というモノは、確かに存在する。
標準よりもかなり長めのバットを使って、ホームランを量産する。
そのスイングスピードは、映像を見るだけでもはっきりと分かる。
スイングの始動は明らかに遅く、ぎりぎりまで球を見極めている。
だがそこからが圧倒される。超スローでもそのバットのしなりが感じられるようだ。
フライではなくライナーで飛ばす。
白石の打席ではボールが飛ぶ範囲の人間は、打球で怪我をする可能性があるという。
本当にそうなのかは、実際に目で見なければ信じられない。
開幕戦のチケットは、コネを使わなければ手に入らなかった。
もっともそのコネは、様々な方向に伸びていた。
別に恋人が試合に出るわけでもないのに、ハラハラと事態を見守っているのは、日本女子高校野球において、最高の捕手とも言われた神崎恵美理。
「そんなに心配することないと思うよ。別に試合に出るわけじゃないんだし」
武史の言葉にも、恵美理は首を振る。
「そうじゃないの。心配なんかしていないの。けれどドキドキするの」
爛々と輝く目をして、恵美理はグラウンドを見つめている。
ドキドキ。
武史としてはいまだに、こうやって触れあいそうな場所に並んでいるだけで、緊張するのだが。
付き合い始めてもう一年だというのに、二人はお互いに慣れていない。
もっとも今日の恵美理は、武史のことなどまるで意識していないようだ。
少なくとも今は確実にそうだ。寂しいやつめ。
開会式は無事に終了し、そして開幕戦が行われる。
この日は開会式もあるということで、試合は一試合だけ。
そしてカードは日本対キューバである。
現在世界ランキング一位の日本。
このランキングはU-12からこのWBC、そしてプレミアなどの総合的な成績によって決められる。
アマチュアにおいてはどの部門でも、日本は一二を争う。
WBCでもベスト4には確実に残り、優勝回数でもトップ。
これだけ日本に負けていて、本場の野球大国であるアメリカは悔しくないのかと。
悔しくないのだろう。あちらはショービジネスを重要視している。
今さら世界的にメジャースポーツであるサッカーに注力しようと、既にFIFAががっちりと利権を抑えている。
このWBCの試合にしても、アメリカ国籍でアメリカ出身のアメリカ人は、トップのメジャーリーガーは出してこない。
まあMLBは最近、選手の寿命が伸びてきて、つまり比較的若手の活躍が少なく、優れた若手のスターはなかなか出てこないとも言われる。
既に高額の年俸を得ている選手たちにとって、WBCというのはさほどの名誉とは感じられないのだ。
ただし露出の必要な若手にとっては、アピールのチャンスである。
ここでもちろんここで活躍したら、MLBに昇格した時に、既に人気が出るかもしれないという打算もある。
しかし全力でプレイして結果を残したいと考えている者にとっては、絶好の機会なのだ。
それとキューバ代表は、国策でもってメジャーリーガーを召集している。
一時期キューバとMLBの関係は非常に悪く、キューバ人がどんどん亡命してMLBに入るなどということもあった。
現在ではそういった関係は改善されているが、キューバは選手が、ナショナルチームに入るということに抵抗がない。
そもそもアメリカのメジャーリーガーが出場しないのは、自分のキャリアにさほどプラスがないどころか、アメリカはそこそこ負けるためにマイナスになると考えているからだ。
それに球団のオーナーも良い顔はしない。高額年俸の選手が、シーズンやプレイオフと全く関係ないところで怪我をすれば、球団としては丸損なのである。
今回は日本も、メジャーリーガーを召集しなかった。
年齢が高めになっている選手がおおいというのも理由の一つだが、メジャーなんぞに頼らなくても優勝出来るという自信がある。
最強のピッチャーと最強のバッターが、日本にはいる。
日本も高年齢の選手は割合を少なくしてきたので、完全なフルメンバーではない。
柳本のようにMLB移籍のために、召集に応じている余裕がなかった選手もいる。
あと単なる球速だけなら、日本で二番目のピッチャーは学生なので出場してもいない。
条件的には、さほど変わらないだろう。
そもそもアメリカはマイナーまでも含めたら、選手の数が多すぎる。
その玉石混淆の条件から選手を絞って連れてくるのだから、ある程度の実力はあるはずだ。
ただやはり、パワーだけなら確実に優るアメリカが負けるのには、他にも理由がある。
色々と考えていた武史であるが、日本チームが守備に散って、マウンドに上杉が登る。
しかし始球式があるのだ。
お偉いさんが出るのではなく、画面栄えを狙ったのが、選ばれたのは東大の救世主、女子野球選手ナンバーワンの権藤明日美。
「美景さん! 写真を!」
「もちろん」
武史と恵美理は二人きりではなく、明日美との共通の友人、主に中高で一緒だった女の子たちが来ている。
プロ用のカメラで、望遠で明日身をカシャカシャと撮るのは谷山美景。
140kmのストレートをキャッチャーに投げて、歓声が上がる。
華があるなあ、と武史は思う。
恵美理と付き合っていて明日美と会うこともあるが、とにかく彼女に言えるのは、カリスマめいた人望の高さだ。
同級生の中では性格が悪いとか、とっつきにくいとか言われていた少女たちとも、仲良く遊べるような存在だったのだという。
そして同級生だけではなく、年上も年下も、生徒だけではなく教師たちですら、明日美のことは大好きであった。
もしも彼女が男であったら、とんでもない男の敵で女の敵になっていたのではないかとも思う。
本日はツインズもいるのだが、設立されたチアに所属しているため、もっと前の席に近いところで待機している。
上杉が投げて、大介が打つ。
日本国民の野球ファンが待ち望んでいた、本物のオールスターだ。
ベテランの選手が少なめなのは残念であるが、売り出し中の選手をそろえてきたということでもある。
(真田のやつは選ばれなかったんだよな)
武史にとっては全国制覇への最大の難関であった真田は、去年新人王を取り、この舞台に呼ばれてもおかしくないほどの成績を残した。
だがさすがに二年目ということで、まだ呼ばれなかったのだ。
次にWBCが行われるのは四年後。
順調に行っていたら、武史は大学を卒業してプロ二年目。
やはり代表に選ばれるような状況ではないだろう。
四年後。
大学を卒業して、三年目を迎える直前。
自分がどうなっているのかは、まだ全く分からない。
(だけどせめて関係性は深めておきたい!)
誰との、と問えばもちろん恵美理とのものであるが。
そういえば、と恵美理は尋ねる。
「イリヤは応援に来てないのね」
「そういえばそうか」
高校を卒業して以来、一応何度かイリヤとは会った。
ただ彼女がもう仕事をしているので、ツインズと一緒にいるところに出会っただけだ。
「まあ、あいつのことだから、本当に試合を見に行くとしたらアメリカじゃないか?」
それはもちろんだが、それだけではない。
「あとはVIPルームで観戦とか」
大正解である。
イリヤにとっては何か、よく分からないが相性がいいと感じる武史。
それとは別に自分のイマジネーションの源泉となる直史。
佐藤兄妹は彼女にとって、どれも特別な存在だ。
この大会に武史も参加していれば、と彼女はひそかに思ったりしている。
試合が始まる。
日本の旗が振られる国際大会。
少なくとも武史の参加したワールドカップよりは、激しい盛り上がりを見せている。
世界20カ国であるが、予選を加えれば28カ国が参加しているこの大会。
直史は色々とケチを付けていたが、それでも世界最大の野球の大会ではあるだろう。
甲子園で投げるのは、まさに地元の声援を聞くようで嬉しかった。
大学で投げるのも、同窓の人間や応援団、あとは恵美理も見に来てくれるので、投げてて充実はしている。
ただ、そういった大舞台を、全て先に経験するのが兄である直史なのだ。
兄には敵わない。武史の偽らざる心情である。
だがそれでも、一つぐらいは先に制するものがあってもいいのではないか。
たとえそれが、兄は不要だと捨てたものだとしても。
「俺も投げたいなあ」
さすがにもうロースターが完全に出揃っているので、怪我人などが出ても追加で召集されることはない。
決勝トーナメントに進めば、武史もさすがに現地への応援は行けない。
だがツインズは行くことを決めているそうだ。
二人がいくのならば、おそらくイリヤも行くのであろう。
リーグ戦での敗退など全くあえりえないと思われる中、ついに試合が開始される。
「プレイボール!」
世界共通の合図と共に。
×××
4.5 投下開始しました。
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