第116話 閑話 こいつら呼ばなくてよかったの?

 三月。大学野球においては新しいメンバーを加えて、新たなチーム作りを行っている。

 その中で大量の練習試合を組んでいるわけであるが、エースと正捕手がいないのに、早稲谷は強い。

 ごわすごわすと西郷がホームランを打ち、武史が160kmを突破して投げてくると、だいたいのチームには勝ててしまう。

 問題となるのはピッチャーの枚数であるが、ここに新しく甲子園の準優勝投手が入ってきている。

 左のアンダースローなどという突然変異は、強打のチームであっても統計的に、およそ三点以内には抑えてくれる。


 他にも新三年の村上や、同じく星も、それなりに登板することがある。

 そう、意外と言ってはなんだが、短いイニングを投げさせると、星はきっちりとアウトを取ってくれるのだ。

「西郷と佐藤次男も連れて行ってほしかったな……」

 相手のチームの監督が、思わず洩らした一言である。


 西郷のホームラン連発は、八つ当たりに近い。

 直史の実力には全く文句はないし、樋口がそれとセットになるのも、仕方がないと言えば仕方がないからだ。

 ただかつてのワールドカップのノリを知っているだけに、自分が仲間はずれにされたようで寂しいのだ。

 いやあんた、新しいキャプテンなんだし、新入生が入ってきているときに、それはさすがにまずいでしょ、と普通に考えるのが武史である。


 西郷は三年の秋のリーグ終了の時点で、通算20本のホームランを打っている。

 直史ならず武史も、困った時には西郷がホームランで一点取ってくれるというパターンは、なんだか高校時代を思い出して安心するのだ。

「そういや西郷さん、どこの球団行きたいの?」

 武史は野球部的に見て、極めて馴れ馴れしい言葉遣いであるが、こいつの脳は元々野球脳ではないので仕方がない。

「神奈川以外ならどこでもよか」

 ここにもまた、上杉と戦いたい戦士がいる。


 武史としてはセイバーとの密約により、大京レックス以外なら社会人ということは決めてある。

 ただ武史は、大介と当たっても逃げることに全く躊躇を覚えない。

 現在の日本野球界において、最高球速が上杉の次を記録しているこいつであるが、上には上がいるとはっきり分かっている。

 西郷と当たっても、場合によるが基本的には敬遠をするだろう。

 意外とこういう、極めてピッチャー魂に欠けた人間の方が、プロでは安定した成績を残すのかもしれない。




 おそらくは大学野球史上最高のバッテリーである二人が、今はいない。

 西郷はそれが不満で、武史にバッピを頼んで、チェンジアップ混じりの球をごんごんホームランの当たりにしていくのだが。

 実戦形式でバッピをした場合、武史はボール球になる変化球で、空振りを奪うことが多い。

 これだけのストレートの球威を持ちながら、勝負にこだわらないところが、真のエースとは思われない理由だろう。

 だがそれでも、武史は甲子園で優勝した。

 女の声で本気になる、極めてマイペースな人間なのである。

 もっとも中学時代は、普通に勝負強いシューターとして、バスケ部のエースではあったのだが。


 武史は武史で、最近はいかに力を入れずに、球速を上げるかを考えている。

 あとはトラッキングの数値を見て、自分でもそれなりに分析をしたりする。

 兄がいないと意外と、自分でもちゃんと動くのだなと、西郷は意外な思いである。

 確かに武史は最強のお兄ちゃんっ子かもしれない、妹たちの暴虐から守ってくれたのは、兄だったので。


 ただ最近、武史と色々と話し合って考えているのは、同じ千葉からきた星である。

 星はある意味、すごい男である。

 SS世代が全盛期、つまり二年の秋から三年の夏までの最盛期に、共に同じ県にいながら、甲子園に出場したのだから。

 21世紀枠でも行けるかと言われていたのだが、実際はちゃんと実力で行った。

 そして今では、本来の志望であった内野ではなく、投手として起用されている。


 星のいいところは、何よりもまずそのメンタルである。

 勇気を持って、アンダースローから遅いストレートを真ん中に投げられる。

 するとそれがナチュラルにシュートしたり、思ったよりも沈まなかったりして、凡打になるのだ。

「なんかまた、変なピッチャー育ててますね」

 さりげなくグラウンドを訪れているのは、この時期には新人のフォローなどで忙しいはずの、大京レックスのスカウト大田鉄也である。

「この時期はキャンプに帯同したりして、忙しいんじゃないのかね?」

「いや、もう本格的にキャンプにも慣れたでしょうしね。吉村とか豊田とかに、案件は預けてきましたし」

「君は本当になんというか、微妙なところからいい選手を見つけてくるのが上手いな。それで、やはり西郷かね?」

「西郷は複数球団競合でしょう? 俺はそれより、慶応の竹中が欲しいんですけどね」

 その言葉に、辺見は少し驚いた。

「彼は親の会社を継ぐんじゃなかったかね?」

「まあそうなんですけど、少し脈がありそうになってきたんで」

「……どういうところからそんな情報を知ったのかは知らんが、またタンパリングとかにならんようにな」

「まあ元ピッチャーとしては、やはりキャッチャーをどうにかしないと、Aクラスは安定して望めないでしょうしね」

「丸川では不満かね?」

「辺見さんも知ってるでしょうに」


 大京レックスのキャッチャーは、これもいい加減にベテランの丸川なのだが、鉄也は今の彼は、あまり評価していない。

 プロに入ってきて数年は、確かに優れた捕手だったと思うのだが、そこで安住して伸びていかなかった。

 それは別に構わないのだが、下手に蓋をしてしまって、新しいキャッチャーが台頭するのを防いでしまっている。

 鉄也がフロントであればFAなりトレードなりで、もっといいキャッチャーを確保する方向に動くのだが、とりあえず丸川でいいじゃないかという風潮が強い。


 竹中か、それだなければ樋口なら、一気に丸川を追い落として、レックスの正捕手の座をつかめそうな気がする。

 このところピッチャーが揃ってきて、野手もFAで確保したりして、かなり戦力的に爆発の前兆を見せているのがレックスなのだ。

 しかしやはり、キャッチャーが良くないと、チームは安定して強くならない。

 だがフロントの意向も現場の意向も、今は打てるショートである。

 そんなもんがそうそういるかと言いたくなるが、今年はいるのだ。

 白富東の水上悟は、チームの意向で練習試合などは厳選して行っているため、高校通算のホームラン記録は、たとえば実城のように傑出してはいない。

 だが一年の夏から甲子園に出場していたということもあり、三年の夏を前に甲子園では通算八本。

 現時点でも歴代でも五位の記録を残していて、おそらく出場できたら、歴代三位タイぐらいにまでは増やすのではと言われている。


 大介のいなくなった、白富東の穴に、ポンとはまった強打者。

 おおよその球団は、打てるショートを欲しがっている。

 ただその点、鉄也は上手くやった。

 ピッチャーとして、大阪光陰の緒方を指名させたのだ。ショートへのコンバートを前提とした上で。

 関西は彼の担当外であったので、同僚の説得には時間がかかったが。

 元々真田がエースであった頃は、ショートで三番を打っていたのだ。

 それだけの素材を、単に最終学年がピッチャーだったからと、ピッチャーとしてだけを見れば、確かに物足りないものであったろう。


 もちろん緒方は優れた選手である。大阪光陰が白富東を破って、久しぶりの優勝を果たした立役者だ。

 ただその後の国体での不調などもあり、ドラフト前には評価を落としていた。

 なのでそこそこの順位で指名出来て、鉄也としては大満足だったのだ。

 ただこの数年当たりを引いていた鉄也が無理を通したせいで、スカウト部としては少しこじれてしまったが。

 戦力がそろってきている。

 この調子ならばおそらく、三年後にはAクラスを安定して狙えるチームになるだろう。

 キャッチャーについてだけは、問題が残るが。




 本日も元気に練習試合である。

 早稲谷はそのブランドに加えて、OBたちのつながりから、本当に様々なチームとの練習試合を組むことが出来る。

 そう、たとえば今日のような、プロ球団の二軍などと。


 東京巨神タイタンズ。

 ライガースと並ぶ東西の名門であり、かつては球界の盟主などと称されていた。

 自称も他称もあり、ほぼ全国にファンがいて、とりあえずタイタンズとの試合であれば、当時は不人気だったパのオープン戦なども観客が入った。

 同じセ・リーグでさえ、その人気にあやかっていたものだ。

 パ・リーグの試合よりもタイタンズの二軍の試合の方が観客が入る。

 そんな嘘のような本当の時代もあった。


 今でもファンの多い球団ではあるが、かつてほどの一極集中はなくなっている。

 その二軍を相手に、さすがに下手なピッチャーは出せないと、武史が投げるわけである。

 マスクを被るのは小柳川ではなく、四年の芹沢だ。

 最近めっきり影が薄くなり、悪さもしようがなくなった芹沢であるが、武史とのバッテリーの相性は意外といい。

 と言うかそもそも武史が、あまり自分では深く考えずに投げていくからでもある。


 追い込むまではナックルカーブとムービング主体で、追い込んだらチェンジアップを入れるか、そのまま一気にストレートで押す。

 こんな単純なリードではあるが、三回まではヒット一本と、既にドラフトで選別されたプロの二軍を相手に無双している。

 芹沢としても自分のリードに、ほとんど頷いて投げてくる武史には要求しやすい。


 単純な配球であるが、ボールの力がバッターを抑え込んでいる。

 いくら甲子園優勝投手であろうと、そんなのは毎年入ってくるのがプロの世界。

 そもそもプロの上位のピッチャーを見れば、甲子園優勝投手なんて別に多くはない。

 チームの力がなければ、甲子園では優勝できないのだ。


 怪物は怪物だと認めた上で、どう攻略していくか。

 一巡したので、ここからがプロの適応力の見せ所である。




(とか思ってるんだろうな)

 辺見は諦めの境地に入っていながら、芹沢に少しだけ注意を与える。

 そろそろ本物のストレートが来ると。


 球数はここまで41球。

 奪三振ショーの始まりだ。


 ストレートが強烈に浮き上がり、ミットの中の親指を抉った。

 痛みの呻きを洩らすこともなく、わずかに間を置いて芹沢は返球する。

(こいつのことか)

 一つ下の小柳川だけではなく、樋口でさえ最初は、これを捕るのに苦労していた。

 球威がありすぎて、キャッチャーのレベルが相当に高くないと活かせない。

 だが芹沢はしっかりと、このストレートを投げさせていく。


 ここまでの球速と球威があると、ストレートのコントロールとチェンジアップだけで、いくらでも三振や内野フライが取れるようになってくる。

 なんという手抜きのリードだとも思うが、球威があれば格下のバッターに、高度なコンビネーションなどいらない。

 二軍とは言え層の厚い、タイタンズのメンバーなのだが。

 目が慣れてきたと思ったら、それを上回るボールになってきた。

 尋常の球速ではなく、さらに伸びが凄まじいので、だいたいが振り遅れが空振りか、ボールの下を振って空振り。

 幸い当たったとしても、ピッチャーフライ程度までにしか飛ばない。


 タイタンズの二軍グラウンドで行われているこの試合、当然ながらトラッキングの機器は設置してあり、ボールのデータを取っている。

 スピードがこの時期に164kmを出したりしているのはとんでもないが、それよりも回転数だ。

 おおよそプロのボールの平均が2200回転だと言われているが、武史の場合は序盤から2500回転以上。

 肩が温まってからであると、2700回転から時折、2800回転にまで到達する。


 二年後の秋、この素材がドラフトに出てくるのか。

 間違いなく複数球団の競合になるぞ。

 そしてピッチャーもバッターも、自分の球団に来た時と、他の球団に行った時のことを考える。


 二軍の選手というのは、調整のために落ちてきているのを除けば、一軍を目指している。

 あとは一軍に完全に定着しきれず、二軍と一軍を行き来していたり。

 ピッチャーにとっては、自分のポジションを争う相手。

 バッターにとっては、自分が上に上がった時には、チームを勝たせてくれる仲間になる。

 もっともピッチャーでも、上の選手で個性がはっきりとしていれば、そんなことは考えない。

 あとはどうしても優勝をしたいベテランなども、強い味方は大歓迎なのである。


 大学の選手とプロの二軍。

 それはもちろん平均的には、プロの二軍の方が上である。

 なぜならプロは、大学の選手からもさらに選抜された人間だからだ。

 ただもちろんあえてプロになど行かなかった、変な人間もいるのだ。

 単純に高卒ですぐに働きたくないとか、東京に出てみたかったとか、彼女が東京にいるからとか、色々な理由がくっついていたりする。


 そして試合は終わった。

 スコアは4-0で、西郷の二本のソロホームランが大きかった。

 そして武史のピッチングも、二軍とは言えプロを相手に二安打無失点。

 四死球0の132球完封である。

 なお三進は17個も奪っていた。

 口から魂が抜けていきそうだったのは、辺見だけではなくタイタンズの二軍監督もであったろう。

 この時期は確かに一軍であれば、まだ体が仕上がりきっていない。

 だが二軍の選手は全力で、ひたすら技術と身体能力の向上に努めているのだ。

 それがこうもあっさりと完封されていては、何をやってきたのやらという話である。




 試合後、選手本人への接触は無理であるが、監督である辺見との接触は問題ない。

 大学卒業後はどう考えているのかと、まあ当たり前の質問である。

 そもそも高校時代にも、高校卒業後はどうするのかと、スカウト詣でがあったものだ。

 あの時ははっきりきっぱりプロには行かないと言って、志望届も出さなかった。


 辺見としてはそのままのことを言うしかない。

「レックス一本に絞ったみたいですよ。それがダメならもう、働く先も決めてますし」

 全くもって、監督にいい思いをさせてくれない兄弟である。

 おおよそ野球選手というのは、監督が起用の権限を持っているため、なかなか逆らえないものなのだ。

 だが普段から完全に、別に試合になんか出なくていいやと思わせつつ、他のピッチャーがかすむパフォーマンスを見せられては、野球人としての血が騒いでしまうのだ。


 なんでレックス、という顔の二軍監督。

 そりゃタイタンズは層が厚すぎて、チャンスも掴みにくいだろうがよ、と辺見もちょっとタイタンズには微妙な恨みに似たものがある。

 ダボハゼのごとくFAやトレードをしていては、他の球団にも嫌われる。

 それにここのところ、ドラフトで指名した選手がかなり外れているというのもある。

 そもそも去年は台頭してきた本多や井口などは、もっと早くからチャンスを掴めたのではないか。


 タイタンズには高校時代の先輩である岩崎が行っている。

 武史は色々と話を聞くが、どう考えても自分とタイタンズでは合わない気がするのはわかった。

 あと在京球団以外は論外である。

 彼はたとえプロ入りしても、一年目からしっかり恋人との時間は作るつもりなのだ。


 性格的に考えても、上手く使える監督やコーチがいないと、無駄になるだけだろう。

 そのあたりもちゃんと、選手のことを考えて判断して、辺見はやはりタイタンズはないなと思う。

 しかしスカウトはそんなことで諦めるはずもない。

 二軍の首脳陣はあくまでも現場の指揮官であり、球団の選手編成はフロントと、せいぜい監督までの仕事なのである。


 別にプロ野球選手なんかにならなくても、セイバーさんの紹介なら間違いないだろう。

 そう考えている武史は、案外人生チョロく生きそうな気もして、辺見はやはり遠い目をするのであった。


×××


 ※ 4.5の開始時期は近況ノートをお読みください。

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