第103話 大学リーグのレベルの差
一回勝っただけでもベスト4というのは、全日本に比べると温いなと感じる直史である。
準決勝の相手は立生館大学。
関西学生野球連盟の所属大学であり、ここの同士社大学との試合は、早慶戦ならぬ同立戦、あるいは立同戦と呼ばれているのだとか。
直史にとってはどうでもいい話であるが、注目すべきは今年のドラフト一位指名で、神奈川に入ることになっている強打者西園である。
二年生までは高打率の巧打者であったそうだが、その頃から筋トレに励みだし、一気にスカウトの目に留まることとなった。
大学四年生の最後のリーグ戦では、20打数の11安打、ホームラン二本の12打点と、破格の数字を残している。
この大活躍のせいで、各球団のドラフト指名は、一気に順位の調整が行われたという。
「そういやうちの後輩が神奈川に入るそうだ。捕手で」
「……今の上杉さんのボール、俺でも捕れる自信ねーぞ」
樋口の上杉評価は、化け物が神になったとか、そういうレベルである。
なんだかんだ言って高校時代は、165kmまでしか投げていなかったのだ。
160kmを簡単にホームランにしてしまう大介が、互角以下の勝負しか出来ない。
173kmというギネス記録のストレートを投げるピッチャーなど、キャッチャーの経験がある直史でも、捕りたくはない。
「173って日本人男性の平均身長より高いよな」
「cmとkmを混在させるな」
そんな二人のどうでもいい会話から分かる通り、本日の試合の先発は細田と伏見のバッテリーである。
細田も広島から二位指名を受けた。
本人としてはあんまり生まれ故郷から離れたくなかったらしいが、広島自体は好きな球団である。
そんなドラフト二位の細田と、ドラフト一位の西園の対決。
細田は左打者相手には圧倒的に強いが、西園は右打者である。
それでも細田のカーブは、縦も横も打ちにくいのだが。
第一打席はカーブの残像を目に焼き付けさせて、最後はストレートを詰まらせて内野フライに抑えている。
二位で細田を取った広島と、一位で西園を取った神奈川は、どちらの選手に対しても、ハラハラと行方を見守っている。
神宮大会に出なければいけないのは分かるが、怪我をされたら大問題である。
神奈川としてはこの大会でも、既に一本打っている西園には、ある程度安心はしているのだが。
大学のリーグ戦は各地で行われているが、その頂点と言われるのは二つ。
東京六大学リーグか、東都大学リーグである。
ブランド的な価値は六大学であるが、実際の実力では入れ替え制のある東都の方が強いとも言われている。
実際のところプロを輩出している人数から言えば、やはりブランドの六大と、実力の東都は確かに多いのである。
だがこの神宮大会で戦っている限りでは、そこまでの力の差を感じない。
それでも早稲谷の方が打線の層は厚く、徐々に点を取っていくのだが。
細田の武器は、もちろんそのカーブとは言える。
だが本当の武器は、メンタルである。
打たれても負けても、次があるさの切り替えの早さ。
ある意味執着が薄いとも言えるのだが、無駄にぐじぐじ悩むことがないのは強い。
飄々とはしているが、同時になすべきこともしているのだ。
試合が進むにつれて、早稲谷の優勢は明らかになってくる。
だが細田も疲れてきた。
疲れてきても疲れてるなりのピッチングが出来るのが、細田の強みである。
三振は取れなくなってきても、どろんと落ちるカーブを使えば、凡打を打たせることが出来るのだ。
ただ辺見は村上に肩を作らせ始める。
決勝は武史を先発させて、試合展開次第では直史にリレーする。
最強無敵の兄弟リレーを、神宮で披露するのである。
ただ細田が疲れてはきても、得点差はある。
西園にはタイムリーを打たれたが、全般的には封じ込めたと言っていいだろう。
7-3にて、細田の完投勝利。
直史にも樋口にも出番のない、完全にチーム力での勝利である。
これで決勝進出。
この後に行われる準決勝第二試合で、対戦相手は決まる。
東北環境大学か、東洋名和大学。
まあどちらがきても、分析は完了している。
順当に考えれば、首都大学リーグの強豪東名大であろう。
その子分筋であるトーチバは、直史が散々に蹂躙してきた。
もっとも高校生になって初めて直史が負けたのも、トーチバであったのだが。
当たるたびに完封負けを食らわせていたあたり、直史は恨みを忘れないタイプである。もう少し手加減してさしあげろ。
ネット配信でこの試合も見られるわけだが、意外なことに東北環境大が勝ちそうである。
確かに東北環境大も仙台六大学リーグの強豪で、全日本には毎年のように出場してくるし、優勝経験さえある。
大学の数あるリーグの中でも、六大、東都、首都、関西、関西六大を主要五連盟と言うが、それ以外で全日本で優勝することはほとんどないのだ。
ただ去年の春には直史が全日本でパーフェクトリリーフで三イニングを封じている。
はっきり言うと、所属しているリーグのレベルが違う。
東北環境大はその小さな箱庭の中の王様だ。
だが実力自体は、充分に通用している。
プロへの輩出も多いため、東京のリーグに入れなかった無名の猛者たちが、ここに集まる傾向もあったりする。
実は関西との人脈があり、そこから選手を引っ張ってきたりもするのだとか。
情報を整理している間に、本当に東北環境大が勝ってしまった。
4-3と接戦ながら、クローザーがぴしりと九回を封じての勝利である。
「こっちが来たか……」
樋口などは頭をぼりぼりと掻いて、バッターの攻略について考え始める。
今年の東北環境大からは、二名がドラフト指名されている。
そして来年のドラフト指名間違いなしというのも、二人いる。
この四名が主戦力となるのであるが、一応バッターもピッチャーも、去年の全日本で攻略している。
ただクローザーのピッチャーに関しては、リードした展開なので出てこなかったが。
三番の北館と四番の志村。
両方去年は抑えているが、成長していることは間違いない。
志村は神戸にドラフト三位で指名されたバッターだが、どちらかというとこちらの方が長打よりもミートに優れている。
神戸は今年最下位だったので建て直しのため、あらゆる能力が高いレベルでまとまっていると言われている志村を指名したのだろう。
実際のところそういう選手は、どれも優れているではなく、どれもパッとしないで終わるものだが。
ピッチャーは先発の延沢とクローザーの木場。
木場は東北に四位指名された、リリーフ要員であろう。
一イニングだけなら凄いというタイプのピッチャーで、先発では全く役立たずというのは、ずっと言われていることだ。
まあピッチャーはともかく、問題はバッターであろう。
ホームランバッターの北館が三番にいるのは、三番打者最強論からか。
そして四番の志村は、守備でも貢献する俊足のセンターだ。
他にもそこそこ注意するべき選手はいるのだが……。
「ほとんど去年の全日本で封じたやつか」
「そうだが、成長してる選手も多いだろうからな」
樋口としては油断は出来ないが、危険と言えるほどの選手もいないと思う。
ただそれは直史が投げた場合の話で、決勝の先発は武史なのである。
スコアを見て試合の映像も確認する。
そしてバッターの攻略についてはさっさと分析を終えて、ピッチャーの方に移動する。
延沢は安定して150km前後のストレートに、カットボールとスライダーを各種投げ分けてくる。
少し球速の増したアレクといった感じだ。
ストレートの威力よりも、カットボールで内野ゴロを大量生産するタイプらしい。
この延沢が出来るだけ長いイニングを投げて、そしてリードした状況で木場につなぐというのが、東北環境大の必勝パターンだ。
木場は高校時代から、150kmオーバーを投げる快速投手として知られていたが、同時にスタミナが全くないことでも知られていた。
生来の体質らしく、マウンドで本気で投げたら30球ほどももたないらしいのだ。
これはプロでは無理だろうと思われたのだが、大学ではセットアッパーあるいはクローザーとして大活躍。
同じ使い方ならプロでも通用かもと、微妙な順位での指名である。
まあ東北は確かに、リリーフだけではなくピッチャー全般が手薄になってきているのだが。
最速155kmのストレートに、二種類のスプリット。
深く握るか浅く握るかなので、フォークとスプリットと区別してもいいのかもしれない。
「打たせるための落ちる球と、空振りを取るための落ちる球か」
直史もスプリットは使うが、頻度はそれほどではない。
スプリットと原理は同じのフォークも、あまり使わない。
鋭く落ちる球ならスルーか縦スラを使う方が多い。
まあ厄介なピッチャーではあるが、リードした展開で九回を迎えれば、何も出来ないのも確かだ。
それよりも重要なのは、先発で投げてくる延沢だろう。
カット系で打たせて取り、三振を奪う変化のスライダーも二種類投げられる。
「まあ攻略は簡単ですけどね」
樋口の言葉に、周囲の視線が向く。
「何を驚いてるんですか。うちと違って今日、138球も投げて、次で三連戦、しかもこの五日で四戦なんですよ」
延沢の球速は、確実に今日の後半は落ちていた。
つまり、明日も待球策。
スピードが落ちるか、コントロールが利かなくなってきたところを、滅多打ちで葬り去る。
樋口の思考は容赦がない。
元々こんなに薄い選手層で、勝ちあがってきただけで立派なのである。
それに薄いと言っても、高校レベルなら甲子園で投げるぐらいのピッチャーは他にもいる。
高校からプロへ進み、さらにその先もプロへ進むか社会人となることを考えるのが、ピッチャーである。
甘く見てはいけないのだが、それでもある程度の分析さえ済んでしまえば、打てる相手だ。
するとあとは打巡である。
気をつけるのは万が一にも、リードされた状態で九回にもつれこむこと。
木場は絶対に打てないとまでは言わないが、かなり打つことは難しいピッチャーなのは間違いない。
延沢と武史の投げ合い、そして延沢から着実に点を取ることが、勝利のための条件となる。
すると打順も変えていく。
今のままでも別にいいのだが、やはりここはいやらしく粘っていけるバッターを先に出して、下位打線にむしろ長打を打てるバッターを配置する。
そしたらこんな感じである。
1 (二) 山口 (二年)
2 (捕) 樋口 (二年)
3 (遊) 清河 (四年)
4 (一) 西郷 (三年)
5 (三) 北村 (四年)
6 (中) 土方 (二年)
7 (右) 近藤 (二年)
8 (左) 安積 (四年)
9 (投) 佐藤 (一年)
嫌らしいバッティングをするのが好きだったり、得意だったりする三人が初回に並ぶ。
そこから長打の打てる打者を並べて、よく分からない打順にしてある。
下手にいじって普段とは違う感覚にするのは、危険ではないかとも思うのだ。
だが、この打順で負ける予想がつかない。
相手が気の毒になるが、それでも勝利を目指す辺見であった。
一方、東北環境大も、似たようなことは考えている。
佐藤直史が中二日で、投げてくる可能性。
少なくとも甲子園では、15回パーフェクトの翌日に九回を完封している。
あれは、視聴者としてただ見ている分には、感動するだけであった。
人間にもこんなことが出来るのだという奇跡を、リアルタイムで見た喜び。
だがその奇跡を成し遂げた男が、奇跡を毎試合起こして相手チームを封じ込め、実際の対戦相手として投げてくるのだ。
大学野球のリーグは、平均して甲子園の出場チームより高い。
六大の中でも東大以外は、高校生に混じれば間違いなくベスト4ぐらいまでは進んでいくだろう。
そんなチームを相手に、半分以上の試合でパーフェクトを達成していく。
はっきり言って偉業とか怪物とか、そんなレベルの形容では足りない。
新世界の神とでも言ってしまうべきか、あるいはもう神話になってくれと言うか。
来年のWBCの、プロ代表と対戦する大学選抜には必ず選ばれるであろうから、そこで日本のプロまで含めた全体との比較が行われるであろう。
大学野球でもリーグ戦は土日が連戦であるので、ピッチャー一人では勝ち抜くのはかなり難しい。
だがあそこは左で160kmを投げる弟までいるのだ。
左の160などと言うと絶望的なはずなのだが、連発する完全試合記録に比べれば、球が速いだけとまだ分かりやすい。
完封は当たり前のようにしているが、ノーノーまでは難しい。
そんなピッチャーが先発してきたら、全力で叩く。
そして先制点を取ったら逃げ切る。これしかない。
もし先発で来たら?
その時は、体力が回復していないことを祈るしかない。
ピッチャーの力ならこちらだって負けない。
全日本に続いての神宮で、東北環境大は覇権を目指す。
平日にもかかわらず、満員の応援団となった神宮球場。
午前中に行われた高校の部では、帝都一が優勝を果たしていた。
なお準優勝は明倫館であった。
母校が出場していない寂しさなど全く覚えず、直史は相手のベンチを見ている。
視線で殺すような感じである。
あちらは確かに、見られているのを感じているので間違いではない。
本日の先発である武史は、しっかり応援が来ているのでやる気である。
「女の応援が来たぐらいで、あれだけ張り切るんだからなあ」
お前はリーグ戦毎日、彼女が応援に来ているだろうが。
ツッコミたいのを我慢するチームメイトたちである。
大学リーグではない神宮大会なので、東大組も応援に来ている。
なんだもツインズたちによると、イリヤまで来ているらしい。
久しぶりにイリヤブーストが見られるのであろうか。
今の武史はかなり安定して、一試合に数本のヒットを打たれる程度で、おおよそは完封してしまうし、運が良ければノーノーもしてしまう。
球速は高校時代を上回ることはないが、そもそもプロまで含めても、武史より速いのは上杉ぐらいである。
最近の武史の調子からいって、完投は可能だと思う。
だが万一の時には、直史がリリーフする。
ちなみに立ち上がりいきなり崩れた時のために、一回は村上がブルペンでキャッチボールなどをする。
万一の準備はフラグであるはずだが、武史は良くも悪くもフラグクラッシャーである。
一回の表、いきなり158kmを出して、三者連続三振のスタート。
コントロールは調子が悪い時でもそんなに外れないが、それよりはボールの伸びがきてるかで、調子は判断するべきである。
樋口による判定は90点といったところだ。
すごいやつだと直史は思う。実は自慢の弟である。
本人の前では誉めないし、ポカミスの多さはどうにかしないといけないだろうが。
まずは一回の裏、早稲谷のねちっこい攻めが始まる。
×××
群雄伝、投下してます。
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