第100話 閑話 じょしかい!

 神崎恵美理はお嬢様である。

 そして間違いのない正統派の美人である。

 家は都内23区内にあり、しかも豪邸。

 ただ父は海外での生活が多く、あまり帰ってくることがない。

 かといって家族仲が悪いわけではなく、子供の頃は恵美理も日本以外で暮らしている期間が長かった。

 その頃が彼女の、ピアニストとしての最盛期だ。

 現在はその最盛期の技術を取り戻すための、練習期間である。

 それでも大概の音楽科の生徒よりは上手いのだが、イリヤはもっと上手かったので。


 中学以来は長期休暇以外、ずっと日本で暮らしている恵美理であるが、高校を卒業して実家に戻ってくると、ホームステイのような感じで明日美が下宿することになった。

 当初明日美に関しては、芸能事務所の方でセキュリティのしっかりしたマンションなどを用意する予定だったのだが、それには両親が反対した。

 ツインズと一緒に暮らすか、恵美理の家にお世話になるか、どちらかを選べと言われたのだ。

 そしてツインズは割と長期に家を空けることも多いため、恵美理の家で世話になっている。


 基本的には洋館の恵美理の実家であるが、一室は日本的な和室もある。

 そこが明日美に用意された部屋となり、彼女の拠点となっているのであるが、実際のところは恵美理と一緒に夜中まで話していると、恵美理の部屋で朝を迎えることも珍しくない。

 百合ではなく、純粋に友情である。

 百合ではなく、純粋に友情である。


 そんな明日美の部屋に集まって、女子会が行われる。

 参加者は恵美理と明日美は当然ながら、佐藤家のデンジャラス・ツインズ。

 恵美理と明日美の関係者からは、聖ミカエルで同窓であった水沢瑠璃と鷹野瞳。

 そしてツインズの関係からはイリヤと……ケイトリー・コートナーが来ていたりする。


 どんだけヤベーやつらが一つのお宅にそろっているのかという話だが、おそらく一番ヤベーのがイリヤなのだが……明日美がいると、イリヤの危険さが緩和される。

 直史や武史の佐藤兄弟がいるところでは、イリヤはそこそこおとなしくなるように、明日美の存在もイリヤのストッパーになるらしい。

 もっとも……イリヤと恵美理がピアノとバイオリンを弾き、ツインズが歌いながら踊り、明日美が単体で踊るという、異次元空間みたいなものは発生してしまったが。

 恵美理の母に、屋敷の管理をしてくれている女性と、ごく少数の観客者は、とんでもなく豪勢なものを無料で見せられたのであった。




 イリヤはやはり、もう全盛期の演奏は出来ない。

 歌うことも、走ることも、ほとんど出来ない。

 天才からそれを奪うということが、どれだけ残酷なことか。

 恵美理は悲しくなったが、それでもまだ作曲の才能を持っているのがイリヤなのだ。

 作詞は日本語に関しては、少し微妙である。


 とんでもない空間を作り出した女子たちは、お風呂から上がると明日美の部屋に集まる。

 さすがに八人もいると狭いのだが、今日はここで全員が眠る。

 先ほどまでの異次元空間は、まだ音と踊りの世界の幻想を、彼女たちの体内に残している。

「せやけどほんま、金払わんとええもん見れたわ~」

 瑠璃の言葉に、どちらかというと寡黙な瞳も同意の頷きをする。

「スミはともかく、恵美理も音楽で食っていくのか?」

「分からないわ。私はただもう一度、音を鳴らすことをしたくなっただけだし」

 単に技術的なものならば、さすがに成長した今の方が、手の大きさという単純な理由から、上手く弾けるようにはなっている。

 だが恵美理が目指すのは、そういったものではない。


 明日美は芸能人であるが、その本質的なものが何かは、イリヤや社長でも分からない。

 存在感だけで俳優になれるなら、明日美はすぐに女優だろう。

 と言うか、彼女を使って短い映画を作りたいという話は、事務所の方に来ているのだ。

 相手がかなりのマイナーメジャーの監督で、拘束期間が分からないため、まだ返事は出来ていないが。


 強いて言うなら、ダンサーとしての能力は高い。

 ツインズよりも柔らかく踊り、高く跳ね、空中で静止し、表現する。

 明日美のためにピアノ伴奏をすることは、恵美理にとっても幸せなことだ。

 ぶっちゃけこの二人だと顔面偏差値が高いために、それだけでユニットになる。

 いっそのことS-twinsのバックダンサーとして踊ってもらおうかという話もあるのだが、明日美の存在感が今度は邪魔になる。

 演奏や歌よりも目だってしまうダンサーはいらないだろう。


 輝かしい未来が待っているであろう、才能に溢れた者たち。

 瑠璃や瞳などは、そんな生き様が美しいとは思うが、あくまでも客席から見るだけだ。

 自分がそんなステージに立とうとは思わない。




 布団を敷いて就寝タイムともなれば、当然ながら女子トークが開始される。

 そして女子トークならば、当然ながら恋バナとなるわけだ。


 だが、現在のこの八人の中で、彼氏持ちは恵美理しかいない。

 ツインズは大介に対する献身的な愛情を抱いているが、まだそれじゃ成就していない。

「けど指輪は買ってもらったんだ」

「薬指サイズなんだよね~」

 そして自慢すべく、持ってきた指輪を取り出してはめてみたりする。


 羨ましいと言うべきか。

 白石大介の名前は今、日本では総理大臣よりも有名である。

 と言うか野球が盛んな外国においては、一番有名な日本人かもしれない。

 新聞記事を賑わすその頻度は、あの上杉も越えている。

「で、どちらが選ばれるん?」

 瑠璃の問いに、声を揃えるツインズである。

「どっちも」

 首を傾げる瑠璃に対して、ツインズは簡潔に説明する。

「二人で大介君の奥さんになるの」

「大介君、稼いでるからね」

 さすがにそれは無茶なのではないか。

 まあ内縁の妻ということなのなら問題はないし、本人たちはそれでいいなら、あまり強く言うことでもないが。


 ここに誤爆気味の援護が追加される。

「三人で暮らしてる家族は、私も知ってるわよ」

 イリヤである。

「元々男同士のバイセクシャルカップルだったんだけど、同じ女性を好きになってしまってね。結婚式は三箇所で挙げたそうだけど」

「それもなかなか凄いな」

 なるほど、同性愛のカップルの間に、異性が加わるとそんなこともあるのか。

 ケイティはあの人たちのことかな、と普通に思い出している。


 無茶苦茶すぎる関係のようであるが、この三人の生活は上手く行っているのだとか。

 男二人が外で稼いで、女が育児をする。

 この三人の間には六人の子供が生まれているが、父親がどちらかは調べていないのだという。

 愛した人の子供だから、自分の子供として愛することも問題ないということか。

 割り切り方が凄すぎる。


 そんな変則カップルもいるのか、と思う女性陣であるが、男二人に愛されるというのは、その、なんだかベッドでは大変そうである。

 ツインズはそれに比べると、同じ男性を双子で共有するということだから、なんとか理解出来なくもないというか。

「ちょっと疑問なんだが……」

 背が高いため威圧的に思われることの多い瞳が、珍しく言いよどんだ。

「その、あれの、夜の生活はどうなるんだ?」

 イリヤとケイティ以外は赤面する。

「三人ですればいいだけでしょ?」

 イリヤの言葉に、さすがのツインズも首を傾げるのだが。

「一応三人でしたことはあるけど……あ、相手は女の子だからノーカンね」

 今度は他の皆がドン引きである。だがイリヤとケイティは、自分ではそういう経験はないものの、爛れたパーティーの話はいくらでも耳に入る。


 だいたい20世紀のアメリカの芸能人などは、乱交パーティーを性の解放などとして励んでいたやつらさえいる。

 エイズの存在によって、一時期そういうものは減ったが。

 現在ではエイズは治療は出来ないまでも、発症はほぼ抑えることが出来るようになった。

「え~と、ちなみにこの中で、経験あるのって誰なん? 嫌やったら言わんでもいいけど」

「私は男性相手にはないわね」

「私も」

「「あたしたちも」」

 芸能人どもは、貞操観念が緩すぎる。

 いや、異性のパートナーとはしっかりとした関係性を持ちたいのか。


 ただイリヤに言わせると、ここでもすごい人間がいるらしい。

「女性とするのは奥さんとだけで、浮気は男相手にしかしないって人もいたわね」

 ああ、あの人だな、と思い至るケイティである。

 どんだけ爛れているのだ、アメリカ芸能界。

 いや、解放されているといえばそうなのかもしれないが。

 ツインズが二人で実際の重婚をしようというのも、大概は大概である。


 恋愛や性行為は、同性同士でも出来るが、当然ながら繁殖は異性同士でないと出来ない。

 こういうことを、ジェンダーフリーと言うのだろうか。(もちろん間違いである。だが完全な間違いでもない。

「そういえば男性同士のカップルで、子供だけ女性に産んでもらった人もいたわね」

「ああ、あの息子もバイになっちゃったって人」

 いちいちケイティには思い当たる人が多い。

 しかしアメリカ、どれだけ自由なんだ。




 さて、飛びぬけすぎている話はともかく。

「で、恵美理はどこまで進んでるんや?」

 こういったことを遠慮なく尋ねるのは、瑠璃が多いらしい。

「どこまでって……クリスマスは誘われてるから、キスぐらいはすると思うけど……」

「はあ? まだそんなんやったんか?」

「そういう瑠璃はどうなんだ」

「あ~、うちはまだ恋愛未満や。ホッシーはええやつやけど、いちいちこっちから行かんと、ヘタレやねん。マウンドの上ではしっかりしてるのに」

 どうやら星は草食系男子らしい。


 イリヤとケイティはそもそも恋愛観が違うし、ツインズや恵美理は順調に進んでいる。亀のように遅い歩みだが。

 すると残るは明日美と瞳であるが。

「明日美さんはあれから、上杉さんと会う機会はあったの?」

「ないよ~。でも、今度お仕事で会うかも」

 上杉を思う時、明日美はそれまでに一度も見せたことのないような表情をする。

 わずかに数度会っただけなのに、明日美にそんな顔をさせる、上杉が憎くなる明日女会のメンバーである。

 しかしお互いの生活が交錯することも少ないため、なかなか進展しそうにもない。


 ならば、と瞳に視線が向けられる。

「一応、四回デートして、二回目でキスはした」

 おお~、とこれまでにない盛り上がりを見せる女子会。

「そろそろ、そういう機会はあるかもしれないけど、場所がどうなるか……」

 西は寮暮らしなので、なかなかそういった場所にはなりづらい。

 対して瞳は一人暮らしで、最近はそういった時のために、部屋の中は綺麗にしている。


「高校時代は女の子にモテてた瞳ちゃんがそうなるのって、何か不思議」

 老若男女問わずにモテまくっていた明日美が、そんな発言をする。


 中学高校と、明日美は永遠に少女のままでいるような存在だと思っていた。

 可愛く、優しく、柔らかく、強い。

 永遠に無垢であるような、儚い存在。

 だが大人に近付いてきても、明日美は明日美だ。

 経験が増えて、大人びた考えを持つようになっても、芯のところは変わらない。


「イリヤは誰かとくっつかないの?」

 明日美の問いに、イリヤはゆっくり首を振る。

「私は特定の誰かと家庭を築く気はないから。でも子供はほしいのよね」

「アメリカには精子バンクとかなかったか?」

 瞳が意外な知識を持っている。

「やっぱり知り合いの方がいいのよね。直史か武史にお願いしたいんだけど、ああ、そんな怖い顔をしないで」

 恵美理は美人なだけに、怒ると顔も怖くなる。


 結婚はしなくてもいいし、特定のパートナーもいらない。

 ただ子供は欲しいというのは、ケイティも同じである。

「ケイティは熱烈なファンがいるから、その中で条件のいい人間を選ぶの?」

 ツインズはナチュラルにクズな発言をする。

「そういうわけでも……。けれど子供のためには、父親の優れた資質を選びたいし」

 ほとんど男を種馬としか思っていないような、これまたナチュラルにクズな発言である。




 恋バナの中に、将来の地図が作られつつある。

 ただ楽しかった高校生時代。それは受験勉強は少ししんどかったが。

 大学生になると、将来の責任というものが、なんとなく身近になってくる。


 瑠璃の場合は、相手を自分で早く決めないと、両親がどういう縁談を持って来るか。

 この中でも、親がお金持ちという点では、瑠璃が一番一般的なのだ。

 金持ち同士の家庭というのは、基本的に一族を繁栄させることを考える。

 そのためには選ぶのは、そこいらの馬の骨ではまずい。


 学歴や家系など、面倒なことはいくらでもある。

 実はその点、星は条件を満たしているのだ。

 本人は名門私大の出身で、父親と母親は学者、そして祖父は土地の資産家なのである。

 金持ちなのは祖父であって、父はその三男なので、一族の繁栄を考える上では、それなりに美味しい話となる。

 瑠璃はそういうものに決別したくて東京に来たのだが、今でも学費は親に出してもらっている。

 全く、何も自立できていない。


 自立しているといえば、この中では芸能人組だろう。

 自分で稼いだ金で、好きなことをしている。

 特にイリヤなどは作曲作詞の著作権で、毎年莫大な収入がある。

 完全に既に自立しているという点では、直史以上のものである。

 妹たちに先を越されて、実は直史は少しショックを受けていたりする。

 ただ本気で自立するつもりであれば、高卒後にプロに進めばよかったのだ。

 ツインズの芸能活動なども、泡沫の仕事になるかもしれない。

 もっとも二人はそのために、東大に入って勉強をしているのだが。


 高校時代は、男の人の話をするなんて思ってもいなかった。

 明日美はアイドルの女の子の大ファンだったし、そんな明日美は聖ミカエルの皆のアイドルだった。

 だがそんな明日美が、現実の男性として意識したのが、上杉勝也だとは。

 あの人はあの人で、かなりぶっ飛んだ人間である。


 夜は長い。

 女子会のおしゃべりは、まだしばらく続きそうである。

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