第80話 当たり前のように
暑い。
東京に出てきて二度目の夏であるが、やはり千葉よりも暑い。
特に都心はヒートアイランド現象なのか、千葉よりも確実に暑いとは思う。
あとは湿度の問題だろうか。
まだ六月であり、これからさらに暑くなっていくというその日、全日本大学野球選手権大会は始まる。
全国からリーグの代表が集まっている関係上、神宮とドームを使って行われるこの大会は、かなり短期間に集中して試合が開催される。
そう考えると甲子園一球場で二週間も、さらに抽選などを考えると三週間ほどもかけて行われる夏の選手権は、どれだけ非常識なものかも分かる。
甲子園は日本の伝統である。風物詩である。
そして全ての野球ファンにとって、魂の故郷である。
だからこそ関西人でもないのに、甲子園を本拠地とするライガースのファンは日本中にいる。
それに比べれば大学野球など、関心を持っているのはごくわずかだ。
しかし去年と、そして今年も、注目度は段違いである。
スーパースター一人の誕生で、その舞台自体の格が上がることがある。
以前には大学野球は、プロ野球よりも人気があったのだ。大学野球のスターがプロに進んだため、プロ野球が人気を逆転したという過去もある。
ならば甲子園を湧かせたスターが、二人も大学野球に進めばどうなるか。
さらに今年は、女子選手による東大の大躍進などという話題もあった。
ニワカな大学野球ファンも増えたが、その東大を結局は完封したのが、そのスーパースターであった。
今年の全日本、大本命と言われているのは早稲谷である。
東京六大学という、ブランド的価値で言えば最高のリーグの優勝者であるからとも言えるが、それ以上に投手陣が豪華すぎる。
四年の細田は大学で急成長した、ドラフト上位候補と見られるピッチャー。
だがそれよりも、佐藤兄弟がいるのだ。
兄弟揃って、甲子園でノーヒットノーランを達成。
他には上杉兄弟の一例しかない、奇妙な記録ではある。
直史も武史も、大学入学以来の防御率は一に満たない。
特に直史は自責点が0であるのだから、防御率的には無敵の男である。
他にも有力なピッチャーはいて、数も質もしっかりと揃っている。
また打線も強力だ。
リーグ戦の通算成績を抜きそうな勢いでホームランを打っている西郷。
上位打線は確実に打っているし、本来守備での貢献度を重視されるキャッチャーの樋口も、六番としては充分すぎるほどの得点力がある。
あとは細田はともかく直史も武史も、ヒットは打てるピッチャーだ。
武史の場合は高校通算で20本ほどは打っていたはずだ。
それでもロースコアで試合を片付ける覚悟はしておいた方がいい。
確実に一点入れれば、それで封じてしまうパーフェクトマンがうちのチームにはいる。
もっとも直史が投げると得点力が低くなる現象は確かにあるので、下手に意識しすぎるものよくない。
緊張からのエラーで点を取られては、さすがに八つ当たりもしたくなるだろう。
前年決勝の雪辱を果たすため、早稲谷はようやく意思の統一がしっかりした。
エースとして直史を使って、基本的には完投させる。
「佐藤、正直なところ、何連投までなら完封が出来る?」
本当に正直だなと辺見に問われつつ、ちゃんと直史は考える。
はっきり言って、相手次第である。
だがおおよその目算はついている。
「六大レベルの相手なら、10連投しても平気ですよ」
引きつった顔の辺見や、他のベンチ入りメンバーである。
まあその中で樋口や武史は「それぐらいするだろうな」と平然としているが。
大学野球の全国大会は、短い日程に集中して行われる。
もし連投するなら、シードがあるので連続四日間だ。
四日間連続の完投。
球数と、あとはどれだけ本気で投げるかにもよるが、150球以内であれば、確かに五連投までは軽いと思う。
実戦ではさすがに試したことはないので、そこは保証出来ないが。
直史はヒットが数本出るぐらいなら、100球以内で八割の力で完封が出来る。
少なくとも春のリーグ戦は、東大以外はそんな感じで相手をしていた。
ただ同じピッチャーであったがゆえに、辺見にはそれが理解出来ない。
世間の風潮は、ピッチャーには無理をさせてはいけないというものなのだ。
一日100球以内までに抑えたピッチングならば、四連戦ぐらいは軽い。
「ダブルヘッダーはさすがに厳しいですけど、一日一試合ならどうにでもなりますよ」
周囲がドン引きする発言であるが、ワールドカップでは似たようなことをやっている。
直史としても一年が終わり大学野球のレベルが分かってくると、おおよそ自分の出来ることも分かってくる。
少なくとも六大のリーグ戦では、毎週土日を連投しても問題はない。
ヒットを数本打たれるぐらいの、多少の精度の低下はあるだろう。
だがエラーでも絡んでこない限りは、連投して完封は出来る。
全日本と言っても、事前にある程度のデータはあるのだ。
今年テレビで放送されまくって早稲谷としては、不本意ながら相手に与えているデータも多い。
だが相手にとって問題なのは、バッターの情報であろう。
リーグ戦で全力を出さずに完封出来る直史は、相手にとってもどうやって打ったらいいのか分からない。
打てるものなら一番多くのデータを持っている他の五大学が、リーグ戦で打っているだろう。
大学入学以来、五回のノーヒットノーランを達成し、そのうちの四回が完全試合。
リーグ戦では109イニングを投げて、いまだに自責点は0という怪物。
一試合の平均奪三振は13.7であり、最高は24個。
変化球で空振り三振が取れる。
球速はそこまで傑出してはいないが、勝負どころで150kmを出してくるし、そのストレートでは必ず空振りか内野フライで終わらせる。
味方であるから「すごい」で済むが、これが敵なら「どうしよう」となる。
そして得られる結論は「どうしようもない」というものだ。
「全日本は佐藤をメインで回していくぞ」
辺見もついに決心がついた。
「全日本も、秋のリーグ戦も、神宮大会も、全部勝っていくぞ」
すごいピッチャーが一人いればどうにかなる。
高校野球以上に、それは大学野球でこそ通用するものなのかもしれない。
運がいいのか悪いのか、去年は全ての試合が神宮に割り当てられた早稲谷だが、今年は東京ドームを使った試合がある。
二球場を使って行われる大会は、多いチームで五試合が行われる。
早稲谷の場合は二試合で済むのだ。
対戦相手で厳しそうなのは、おそらく準決勝と決勝。
今年はトーナメントの山の向こうで、首都大学リーグと東都大学リーグの代表が潰しあってくれるのがありがたい。
一回戦がシードであった早稲谷の、初戦の相手は仏光大学。
京滋大学野球連盟、つまり京都と滋賀の大学ので形成されるリーグの代表である。
強いのか弱いのかと言われたら、年によって違うとしか答えられない。
ただ毎年一定のレベルを保つ六大や東都に比べると、弱い年が多いチームと言える。
今年はリーグの代表だけに弱いはずはないが、それでもレベルには差があると思われる。
ここはまず勝てるだろうと判断された結果、先発は武史が命じられる。
楽そうな相手だからと二番手以降のピッチャーを出したら、それが160kmを投げるサウスポーだった場合、相手チームはどうすればいいのか。
諦めるしかない。
それでもバント攻撃などをしてきたが、内野安打が二つの完封で簡単に片付けた。
奪三振は18個。
おそらく三年後のドラフトでは、一番の注目になるであろう。
準々決勝の相手は、去年も当たった東北環境大学。
先発の細田は、いよいよその肉体のスペックをフルに発揮しだした。
まだ球速のMAXは150に届かないが、そのカーブは強力だ。
頭の上から落ちてくるような縦のカーブに、斜めに入るカーブも恐ろしい。
なんて軌道だ、と対戦するバッターの中でも、特に左打者は腰が引けて打てない。
スカウトの目も集まっていた中、見事に四安打の完封勝利であった。
今年の早稲谷は、ピッチャーの駒がそろいすぎていて怖い。
エースを温存しながら、二人のサブが完封をしている。
準決勝にエースを出したとして、ならば決勝はどうするのか。
もちろんこの二人であっても、決勝で充分に勝てそうな気もする。
準決勝は畿内大学。関西学生野球連盟の代表であり、かなり歴史のあるリーグの一つである。
このリーグには六大学と同じような特徴が一つある。
それはぶっちぎりで弱い国立大の、京都大学が含まれているということだ。
ちなみに高校野球で有名な立生館の大学も、このリーグに所属している。
おおよそ強いのは畿内大で、それに立生館が続いている。
今年の畿内大の特徴は、打線が強力であるということだろう。
この大会もここまで、三試合全てで二桁安打を達成し、打力偏重ということもなく、相手を一失点までに抑えている。
この打力に優れたチームを万全の状態で抑えるために、辺見はここまで我慢して直史を使ってこなかった。
珍しく選手起用が上手くいったと言えよう。
今年の全日本では東都、首都、関西の三つのリーグの代表を、特に注意してデータを取っていた。
そして分析もするのだが、ここに樋口のバイアスがかかる。
試合が行われるのは神宮のため、早稲谷はそれだけで有利とも言える。
早稲谷に限らず、首都圏のチームは全て有利とも言えそうだが。
大学野球レベルでの、本当の強打のチーム。
なんだかんだ言って、直史がこれまでに対戦してきた中でも、最強クラスの打線のチームと言えよう。
「まあ実際のところ、帝大と変わらないぐらいの打線だと思うけどな」
お前なら大丈夫だろ、とでも言いたげな樋口の声である。
本日はキャッチャーを伏見が担当したので、汗もかいていない樋口である。
念のためリリーフ予定があった直史も、結局細田が完封したため、完全にノースローである。
二人とも対戦相手のデータを見ても、特に態度が変わることもない。
レベルが高いと言われていた大学野球。
だがその中で直史のピッチングは、相変わらず群を抜いている。
これがアマチュアにいるということが、そもそも何かおかしいのである。
それでもいまだに、どうして高卒後にプロに進まなかったのかと聞いてくる者はいる。
そんなにプロが凄いのか、プロ野球に進むのが正しいのか。
野球バカではない直史は、野球でしか物事を判断出来ない人間を軽蔑する。
大介の一年目の成績や、高校時代に対戦したバッター、そして投げあったピッチャーを見るに、通用するだろうなとは思っている。
自分は純粋に、そこまでの価値をプロ野球に見出せなかっただけなのだ。
遠征したチームがプロの二軍と戦っていい勝負をしているように、それほど直史はプロのレベルが高いとも思えない。
あとは純粋に、体育会系のノリが嫌いである。
他の誰がどう言おうと、直史が完封を続けている限り、少なくとも大学野球において、プロ即戦力と呼ばれるような逸材も、全く脅威に感じないのは確かだ。
現在のパで若手のナンバーワンと言われ、首位打者を争っている織田。
それが高校時代は、直史には全く歯が立たなかったのだ。
今年新人ながら活躍している後藤や、同じチームではあったがアレクの調子を見ても、プロ野球などは別にそれほどレベルは高くない。
将来の不安が必ず残るプロ野球選手になるメリットなど、直史には全く思い浮かばないのである。
そんなことを言っていると、プロ野球選手をリスペクトしている人間には、カチンと引っかかるらしい。
だが別に直史はそんなことはどうでもいい。
プロを舐めるなと言っている者もいるが、別に舐めているわけではなく、どうでもいいだけなのだ。
そんな直史が投げた、準決勝。
畿内大には蘇芳というプロからガチガチに注目されているスラッガーがいたのだが、直史と樋口のバッテリーにとっては関係ない。
プロ注目のバッターが三人いようが、別にそれが大介より上なはずはない。
大介の半分でも力があれば別だが、直史は仮想敵として大介を想定しているため、他のバッターには脅威を感じない。
なんなんだこいつは、とまたも思わせる圧巻の投球内容。
プロのスカウトがどうしても、こいつをほしいと思ってしまう。
八回終了の時点で、14奪三振の完全試合ペース。
噂のスラッガーは、三打席連続三振に倒れている。
呼吸をするのと同じような簡単さで、パーフェクトゲームを達成してしまう。
実のところリードする樋口は、それなりに大変なのだが。
こちらの打線は五点を奪い、さてあちらの最後の攻撃である。
完全試合は阻止しろと、代打の切り札を下位打線に送ってくる、
頑張るなあと直史は思うが、直史のボールの軌道に慣れている、下位打線の方がまだマシではないのだろうか。
硬くなっている相手打者に対して、甘い球を沈めてみる、
ボールの上を叩いた球は、サードゴロでファーストアウト。
二人目は変化球を散らした後に、ストレートを空振り。
あとはこの一人である。
これは仕事のようなものだ。
だからしっかりと成果を出し、評価されないといけない。
平日の昼間であるが、野球というスポーツに関連した者は、おおよそ神宮を満員に埋めている。
最後の代打がボールを打ち上げて、呆気なくキャッチャーフライで終わる。
打者27人98球によるパーフェクトゲーム達成。
もはや早稲田の守備陣も、直史なら完全試合をやってくるだろうという予想がついているので、変に固くなることもない。
樋口がフライをキャッチした瞬間には、大量のシャッターの音が鳴っていたが。
軽く握手をするバッテリーに、集まってくる選手たち。
これで二年連続の、全日本決勝進出である。
その相手はこれから本日の第二試合で決まるはずであるが。
監督に対するインタビューや、直史に対するインタビュー。
最近の直史は、一つの技を極めた。
それは「全部キャッチャーのリードに従って投げただけなんで」という丸投げである。
樋口としては試合中にしっかりとリードをして、試合後までそんな話を振られるのはたまったものではない。
事実であるので否定することも出来ないが。
大学ナンバーワンキャッチャー。
別に嬉しくもなんともない評価を、樋口はされていくのである。
×××
人気投票もかねて群雄伝の次のお話を誰メインにするか決めようと思います。
ここでもいいですし他の第四部でもいいですが、好きな順番にキャラを三人挙げてください。基本は男キャラですが、女キャラでもいいです。
三点、二点、一点の順番で点数化して、今後の外伝を書く参考にしたいと思います。なお、作者が完全に忘れていて、未来を考えていないキャラもいると思います。
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