七章 大学二年 大学の熱い夏

第79話 閑話 ごうこん!

 早慶戦が終わった次の次の週、月曜日から全日本大学野球選手権大会が始まる。

 去年は東亜大に決勝で負けた大会だが、選手起用にミスがなければ勝っていたとは言われることだ。

 主に野球部の中で。


 早稲谷のチーム全体が、絶対的なエースを中心に動くようになってきている。

 それは監督の辺見でも止められない、圧倒的な個の力によるものだ。

 直史は大学に入学して以来、自責点が0である。

 つまり先発完投させれば、その試合に負けることはない。


 即戦力でプロに行くようなピッチャーは、高卒の時点で消えている。

 そして大学に入ってから伸びたピッチャーもいるだろうが、バッターの平均的な力も上がっている。

 よほどのピッチャーであっても、早稲谷の打線を完封するのは現実的ではない。

 継投でどうにか防ごうと思っても、プロから大きな注目を集めている西郷をはじめ、打線はかなり強力なのだ。


 そもそも直史と同じ世代が、二年生ながらベンチにたくさん入っている。

 付属から上がってきた近藤たちに加えて、特待生で入ってきた四人。

 そして直史と樋口で、10人がベンチ入りメンバーを占めている。

 この中では樋口が細田以外のピッチャーが投げる時はマスクを被り、二年生の中では近藤がリーダーシップを取っている。

 だがあくまでも中心は、直史だ。

 直史が投げている間に、点を取る。

 この単純すぎる考えで、それで試合に勝ててしまうのだ。


 佐藤世代とも言ってしまえばいいこの年代は、今は内野に戻っているが甲子園でも投げたピッチャーである近藤と、サウスポーの村上がいる。

 そして内野の守備も外野の守備も、おおよそは埋めることが出来る。

 さらに言えば一つ下には武史がいるので、強力なピッチャーが揃っているのだ。


 グラウンドの外で、効率重視で直史の行っているトレーニングに付き合って、村上は一気に成長した。

 サウスポーで150kmが出れば、それはもう間違いなくドラフト候補である。

 武史もまた、直史は誘ってグラウンドの外でトレーニングをさせる場合が多い。

 なぜなら集団行動を重視する大学野球に慣らしては、むしろ武史の才能はスポイルされると思ったからである。


 正直なところ直史は、武史に関しては心配している。

 本来ならもういい加減に自分で判断が出来る年齢ではあるのだが、どこか甘ったれたところはある。

 しかしセイバーならば、武史をちゃんと利用しつつ、管理もしてくれると思っている。

 彼女が言うのならば、プロの道に進むのがいいのだろう。




 さて、そんな全日本前に、あるイベントがあった。

 早稲谷野球部の二年と、明日美や恵美理を中心とした、聖ミカエル出身のお嬢様との合コンである。

 実際のところは合コンというほどではなく、顔見知りで集まりたいのと、彼女募集の男どもを厳選して連れて来たわけだ。

 ……やはり合コンではなかろうか。


 早稲谷からの出席者は、とりあえず責任者として直史がいる。もちろん貞操観念の強い彼は、恋人がいるのに他の女性に手を出したりはしない。

 そして恵美理がいるからには武史がいて、他に近藤たち四人に、星と西、あとは武史の教育係の小柳川を連れて来ている。

 樋口はいない。ヤれもしない女を、わざわざ楽しませる必然性が認められなかったからだ。

 あいつは倫理観は薄いが、一般的な女性に対しては、それほど鬼畜でも無責任でもない。


 女性陣は明日美と恵美理に、東大進学組の二人、そして数を合わせるために主に元野球部から。

「ちゅうかホッシーもこういうことに参加するんやな」

「いや、俺は、こういうの初めて」

 早速絡んでいるのは、都内の大学に進んだ水沢瑠璃。

 聖ミカエルの練習で、星との接触が多かった少女である。


「大学は何やってるんだ?」

「バレー部。元々そっちが本職だったし」

 西と話しているのは、やはり接触の多かった鷹野瞳。

 この二組はくっつくのではないかと、武史と恵美理は話していたものだ。もちろん直史も交友があったのは知っている。

 だが実は連絡先を交換しているくせに、あまり活かしていないのも直史は知っている。

 体育会系純情理論により、二人はなかなか関係性を深めることが出来ていない。




 かなり切実に彼女がほしい野球部の野郎共は、それなりに将来性は有望である。

 日本の大手企業には早稲田閥というものがあって、特に野球部出身のということで体育会系の系列が出来上がったりしている。

 あとは近藤と土方あたりは普通にプロからかなり注目されているし、沖田もショートが空けばスタメンになるだろう。

 世間一般ではプロ野球選手というと、いまだに「稼ぐ」というイメージが少なくない。

 それは確かに間違いでもないのだが、選手としての稼動年数を考えれば、生涯の平均賃金は明らかに変わってくる。


 年収2000万のプロというのはそれほど珍しくないが、40歳の働き盛りでまだ現役でいられる選手は少ない。

 それを考えれば引退した時には、ある程度の貯金を作っておきたいと考えるのも当然である。

 だが人間というのは手元に現金があれば使ってしまう生き物なので、引退したらそのまま生活に困るという選手も、いないではない。

 特に引退した最初の年は、前年までの収入を元に税金がかかってくるからだ。

 ただこれもおかしなことで、年俸が一気に伸びた年に、ちゃんとそのための税金を貯金しておけばいいだけなのだ。

 単純なことなのだが、これすら出来ない野球バカとはいるものである。


 なんだかんだ言いながら、早稲谷を卒業すれば、学閥でそれなりの大企業に就職することは難しくない。

 とは言っても人生というのは山あり谷ありなので、就職したらそこがゴールでもない。

 プロ野球選手になるのと、プロでトップになって稼ぐのとでは、全く意味が違う。

 近藤、土方、沖田はプロを志望しているが、山口はそうではない。

 また星なども、将来の目標ははっきりしている。

「俺は、教職取って高校野球の監督やりたいんだ」

 出来れば国立と一緒に、また甲子園を目指してみたい。

 ここにもまた、高校野球に魂を囚われて人間がいる。


 彼女がほしい野郎どもと、既にカップルになってる武史と恵美理を除くと、自然と直史と明日美が余ることになる。

 明日美は間違いなく可愛い女の子であるのだが、野球部員にとっては自分よりも野球の上手い女の子は、高嶺の花であるらしい。

 直史は適当に話しながら、今後の活動について聞いてみたりする。


 明日美はツインズと同じ、芸能事務所に所属している。

 基本的には女子野球選手として活動するつもりなのだが、CMなどの仕事がけっこう入ってくる。

 そのCMの中の短い演技を見て、ドラマ出演のオファーなども入っているそうな。

(女優か)

 直史も感じるが、明日美には華がある。

 ただそれはイリヤやセイバーのような、どこか禍々しささえ含めて、怪しい存在感ではない。

 明日美は太陽だ。

 向日葵畑の中で写真を撮影すれば映えるような、不思議なまでの存在感がある。


 他人に与える影響力は大きい。

 それもセイバーの金、イリヤの音楽、上杉や大介の野球といったものを必要とせず、ただ自分自身にカリスマがある。

 不思議な人間だとは思うが、全く不快ではない。

 彼女がこれからどう生きていくのかは、おそらくまだ誰も分かっていない。




「いや~ナオ、お前はいいやつだ!」

 心の友よとでも言いたげなニコニコ顔で、近藤は直史の肩を抱く。

 直史は普通に男にまとわりつかれるのが嫌いである。実際は女からもまとわりつかれるのが嫌いである。

 SNSなどの連絡先を交換した野郎共は、酒が入っている者も何人かいて、かなりのご機嫌である。


 直史は酒を飲んでも、基本的に思考が鈍らない。

 ただ実は、笑い上戸になる。

 ケタケタ笑っていると不気味だといわれて以来、基本的に外での酒量は制限している。

「じゃあ駅までしっかり送れよ」

「うん」

 兄の監視により、未成年である武史は一滴も酒が入っていない。

 直史は自分の周囲では、法律に反することは基本的に反対している。

 ただ近藤たちの誕生日など知らないので、未成年で酒を飲んでいるものはいるかもしれないが。


 誕生日を迎えて酒を飲んでいた星は、完全に潰れている。

 同じ寮に入っている西が、責任を持って帰宅させるらしいが。

 やや思考に危険なものが混じっている直史は、それでもやはり酔っているのだ。

 こういうところで酔い潰れた姿を見せていては、好感度が下がるであろうに。


 それを見て瑠璃はケタケタとっ笑っている。いつの間にか酒が入っていたらしい。

「ホッシー、こんなんあかんやん。下手したらお持ち帰りされてるで」

 仲は良くなっているらしいが、進展はまだまだ先であろう。

「兄ちゃんはどうすんの?」

「俺は今日は外泊するから」

 当たり前のように言う直史であるが、武史は素直にうらやましい。


 性欲に支配されている大学生である。

 自分がチキンであるがゆえに、恋人との仲を進展させることが出来なかった。

 おそらくこの先も何かお膳立てしてやらなければいけないのかとも思うが、直史に出来ることは実戦における心得をメモして渡すだけである。

 もっともその実戦がいつになるのかは、さっぱり分からないわけであるが。




 酔いを醒ますために歩いて20分。

 瑞希のマンションに帰ってきた直史である。

「ただいま」

「お帰りなさい。どうだったの?」

「あ~、さすがにいきなりカップル成立とはいかなかったけど、ちょっといい雰囲気になっているのはいた」

 部屋着で寛いでいた瑞希に、直史も所定の位置にバッグを置く。

「シャワー使っていい?」

「お風呂お湯入ってるよ」

「ありがとう」


 ほとんど夫婦の会話であるが、一年も週末に入り浸っていればこんなものである。

「一緒に入る?」

「え」

 瑞希の最近では珍しくなってきた驚いた顔に、次の瞬間には朱が入る。

「電気消していいなら」

「分かった。じゃあ先に入ってるから」

「うん」


 真昼間から盛っていたことだってあるのに、いまだに羞恥心が残っているというのが、いつも新鮮味を感じさせてくれていい。

 完全に体は馴れ合っているのだが、人前でバカップルになることは控えているし、ベッド以外ではまだ乱れる様子を見せたくはない。

 普段からだらしなくしていると、いざという時にイマイチ興奮が薄れるのだ。


 体を洗うと、わずかについていた酒の匂いなどが分かる。

 しっかりその匂いを拭ってから、湯船に入る。

「あ゛~」

 思わずそんな声を出してしまう。寮の部屋は快適なのだが、プライベートスペースがある程度共用なのが不満ではある。

 無料で使っているので、贅沢なことは言えないのだが。

 換気扇と、わずかにドアの方から洩れる光以外は、ほとんど何も見えない。

「お邪魔します」

 そんなことを言いながら瑞希は入ってきて、まずシャワーを浴びる。


 お風呂場の瑞希は眼鏡をかけていないせいで、色々なところが無防備になっているのに気付かない。

 体を洗って同じボディソープの匂いをさせながら、直史の上にのっかかって来る。

 それを背中から抱きしめる直史は、手の中に収まる小さなふくらみを、やわやわと揉み始める。

「少し酔ってるの?」

「そう見えるかな?」

 直史はこういう時も、甘えるのではなく支配的になる。

 奉仕する主人のように、瑞希を全力で快楽へ誘う。

 ただ今日は、ちょっと雰囲気が違う。


 自分の体を好きなようにあけわたしながらも、瑞希は問いかける。

「また原稿が出来たから、読んでくれる?」

「ああ、また出来たのか」

 瑞希は『白い軌跡』の商業出版以来、直史の大学野球生活についても、文章を求められている。

 元々日記代わりにそういったものは書いていたので、問題はない。

 そしてこの春の東大のリーグ戦も、世間では大きな話題になっていたため、内情を良く知るであろう瑞希に声がかかった。


 タイトルは決まっている。『春の嵐』だ。

 サブタイトルをどう付けるかが、今の問題である。

 それとは別に瑞希が書きたいのは、全日本から先の話である。

 日米野球は平日に行われるため、瑞希も全てを見れるとは限らない。

 開催地は日本でも、神宮ばかりを使って行われるわけではないのだ。


 宮崎、山口、愛媛、新潟ときて、最後が東京である。

 印税が入って実はリッチな瑞希であるが、大学を休んでまで見に行くかというと、それも違う気がする。

「提案。今日の一度目はお風呂場で行おうと思います」

「え、でも大丈夫? お酒入ってるんでしょ?」

「もうほとんど抜けてると思うんだけど」

 そう言いながら瑞希にちらを向かせて、下を絡ませるキスをする。

 スイッチが入った。

「じゃあ特別に」

「明かりつけたいんだけど」

「それはダメ」

 主導権を握りながらも、握り過ぎない快楽を求める直史は、やはり変質的な性向を持っていると言えよう。

 かくして恋人たちの夜は更けていく。

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