第65話 閑話 東大野球部女傑伝

 春は出会いと変化の季節。

 佐藤家のツインズは、地元では怒らせてはいけない存在と認識されていたが、芸能人としてよそ行きの顔をしていると、あまり警戒されないらしい。

 だが下手に手を出すと恐ろしいことになるのは、全く変わらない。

 彼女たちがなぜ恐れられるのかというと、まずお互い以外には、あまり大切なものがないからだ。

 家族でさえ、二人にとってはあまり守る対象ではない。そもそも守られるようなメンタルをしていない兄がいる。

 あの人は常識人の顔をしているが、おそらく本当の目的のためには、一切手段を選ばない人である。

 だいたい世間もそれを認識し始めている。


 ただ二人は、そんな兄でさえもが、自分たちのことを心配しているとは思っていない。

「え、あれってS-twinsじゃね?」

「ああ、カメラ集まってるのそれでか?」

「東大って推薦枠とかないよな?」

「いや、あいつら芸能人の中で一番知能指数が高いんだよ。バラエティで言ってた」

「つーか普通に年末にライブしてなかったっけ?」

 もはや目立たないことをやめた二人は、二人である限りプリキュア……ではないが最強なのである。

 さすがに大学生でプリキュアはないだろう。時々企画でコスプレ依頼などはあるが。


「普段は変装しておく必要があるかもね」

「東京なら目立たないと思ったんだけどね」

「東大だと目立つみたいだね」

 本当なら会話さえ必要ない二人は、入学式前から既に、有名人となっている。

 なお余談であるが東大の入学式は授業開始後に、創立記念日に武道館で行われる。 

 ツインズは既に四回ほど、ここでコンサートはしている。


 最高学府に入学するということで、珍しくも両親も千葉からやってきた。

 もっとも本音としては、この二人が自分たちの保護下から離れるのが不安でもあるからだろう。

「お願いだから騒ぎになることは……仕方ないし、事件に……なってもいいけど、犯罪だけは起こさないでね」

 母上からの信頼が全くないツインズである。

 なお一人あたりに二人までの保護者が参列できるので、祖父母もやってきていたりする。

 着物姿の祖母が、一番貫禄がある。


 地味なモブスーツが多い中、二人が桜色と椿色のスーツを着ていることも、目立つ原因になった。

 だが既に入学式前から目立っているので、あまり問題はない。

 合格した時にもテレビなどで話題になったものだが、歌って踊れて頭もいい芸能人で、しかも別に謙虚なわけではないということで、かなり叩かれることはある。

 叩かれても怖くないのがツインズであるが。




「アスミ~ン!」

 キャンパスに戻った二人は、レーダー探知で明日美を見つける。

 二人と違って、スーツに着られているような感じの明日美は、驚いたような顔をしていた。

 ちなみに聖ミカエルから東大に進学したのは、明日美だけではない。

 ぶっちゃけ聖ミカエルの全員と友達のようなものの明日美だったが、特に仲のいい友人というのはいるものだ。

 親友第一号の恵美理は、芸大の方に進学してしまったのだが。

「竜堂と谷山ちゃんもはろ~」

「ちょっと、なんで谷山はちゃん付けで、私は呼び捨てなのよ」

 睨み付けてくる眼鏡っ子は、やはりスーツに着られている。

 もう一人の大人しめの女の子は、そんなこともないのだが。


 なおこのショートカットの地味系美人は、全国模試で何度もツインズの上にいったことがある才媛である。

 特別に努力することもなく、普通の勉強で東大に入ってしまったという、ツインズとは頭脳レベルではかなり近い存在だ。

「竜堂は名前がかっこいいから、ちゃん付け似合わない」

「竜堂葵って、それだけでいいよね」

 そう言われると悪い気はしない眼鏡っ子であるが、彼女にはツインズのどちらがどちらか見分けがつかない。

 なお恵美理は見分けというか、聞き分けることが出来る。

 そして最近では明日美も、おおよそ見分けることが出来るようになっていた。


 芸能人二人と一緒の三人は、明日美は別格だがそれなりに整った容姿をしている。

 ここだけ頭脳だけでなく、顔面の偏差値も高くなっているのだ。

 ちなみにこのショートカットの谷山美景は、二年の時に野球部のマネージャーをし、最後に負傷した選手の代わりに外野に入って、サヨナラエラーをした少女である。

 もうそろそろ少女という年齢でもないか。

「それじゃあアスミン、野球部を征服しに行こうよ」

「ん~、でも私も、恵美理ちゃんがいないとダメダメピッチャーだから……」

 140kmが投げられるピッチャーは、おそらく東大にはいない。

「別に野球部に入らなくてもいいんだよ」

「そうそう。調子に乗ってる野球部男子のプライドをベキベキに折るのって面白そうじゃない?」

 やめてさしあげろ。ただでさえ東大野球部の方々は、リーグ戦ではベキベキに心を折られているのだから。

「それで負けても、どうせあいつらは野球の実力だけで入った脳筋だからとか言い訳するの」

「そういう可哀想な人たちを、一回ぐらいは勝たせてあげたいと思わない?」

 明日美は思わない。

 と言うかツインズがあまりにひどすぎる。


 葵と美景は明日美を通じてぐらいしかツインズとは交流はないのだが、この性格の悪さはとても信じられない。

 バラエティに出すと大御所であっても完全に論破してしまうので、基本的には出演NGの二人である。

 あまりにも能力が高いがゆえに、他人に対する配慮を抜きにして、ここまでの人生をイージーモードで来てしまった。

 家族や、特に兄、そしてイリヤがいた高校時代は、かなり遠慮していたのだが。


 ただ二人が、明日美と遊びたいと思うのも本当なのだ。

 自分たちが全力で動き回って、それについてこれる人間など、女の子では明日美が初めてであった。

 一応これまでにオリエンテーションなどで、学内サークルには散々勧誘されている。

 明日美は単純に可愛いので、すごく勧誘は激しい。

 美人系の恵美理に比べると、確かに明日美も美人ではあるのだが、どこか幼さと愛嬌の方が前面に出てくるのだ。

「でも芸術系のサークルも面白そうだったしな~」

 煮え切らない明日美であるが、野球への熱は高校生でもう失ってしまったのか。

 今でも普通に、全日本には呼ばれるのだが。


 ツインズの誘いは不穏であるが、明日美としてもまた野球をしてみたくはある。

 それに大学では、別に男子に女子が混ざっても問題ないのだ。

 高校時代もそうだったのだが、聖ミカエルは女子高だったので。

 さすがに女子だけで、西東京から甲子園を目指そうとは思わなかった明日美である。




 なんだかんだ言いながら、ジャージ姿の三人が、次の日には野球部のグラウンドにあった。

 もう明後日には春のリーグ戦が始まるので、それなりに緊張感のある練習をしている。

 六大学の中では最弱とさんざん言われる東大であるが、実は案外しっかりしている。

 大学に入ってまで、そして六大学という負けて当たり前の環境でも野球をやる者は、それなりに覚悟しているのである。

「ピッチャーとバッターかな」

「そういうのは他のところに行くからね」

 そう言いながら見学席で、入るか入るまいか決めかねて眺める新入生の中に、それを案内している上級生がいる。

 そして当然ながら、美少女三人に気付くわけだ。

 なお谷山美景も、明日美観察が趣味のため、一緒に来ていたりする。

 すると仲間はずれにされるのが嫌な竜堂葵も、一緒に来ているわけである。この二人は純粋な見物だが。


 ジャージでやる気の三人に、にこにこ笑顔で近付いてくる上級生。

「マネージャー希望かな?」

「選手です」

 へ? という顔をする上級生に、ツインズは用意していた雑誌の特集ページを差し出す。

 去年の夏、国際交流戦でエースで四番の明日美の記事である。

 さりげなくツインズも出ていたのであるが。


 権藤明日美はたいがいの人間が認める、女子野球世界最高の選手である。

 そしてルックスがいいので、マスコミも取り上げたがったものである。

 学校の完全なシャットアウトによって、良識的な取材だけが許可されたわけだが。

「そして私たちは、佐藤家の長女と次女」

「誰が呼んだかS-twins」

 いや、事務所が付けた名前であるのだが。

 慌てて他の上級生や監督を呼びに行く、案内役の上級生であった。




 そしてこうなった。

 マウンドの上に立つのは、念のためにと練習用ユニフォームを持ってきた明日美。

 そしてキャッチャーはツインズのどちらかが務める。

 どちらであっても大差はない。


 戸惑うようであった明日美であるが、マウンドに立てば雰囲気が変わる。

 トルネードに近い、全身を柔らかく使ったフォームから、その快速球が放たれる。

 パシーンとミットを叩く音に、おお、と野球部員たちが驚く。

「137km出てるんですけど」

 なお東大のエースは、MAXが130kmちょっとであったりする。


 明日美のボールはゾーン内には入ってくるが、ある程度は散っている。

 ど真ん中を意識しながら投げても、自然と荒れ球になるのだ。

 だが本当のど真ん中にはならないように、調整して投げてきている。

 世界最高の女子選手であるが、ぶっちゃけたいがいの男子より速い。

 しかし六大学なら他のチームに行けば、140kmが出るピッチャーは普通にいる。


 ほぼ一定の速度で投げながらも、スピン軸の変化で微妙な動きをする。

「アスミン! スプリット!」

 頷いた明日美が投じたのは、速球との速度差の小さなスプリット。

 鋭く変化したそれを、ツインズは簡単にキャッチする。

 いくら明日美の変化球が凄くても、直史のスルーほどではない。

 ただ投げてる本人も、変化量がはっきり決められないのは怖いのだが。


「それで……君たちも入部するの?」

「まあ私たちは仕事もあるので、あまり練習には来れませんけどね。アスミンも事務所に所属するし」

 明日美の了解は得ていないが、ツインズならずマネージャーの律子なども、明日美のスター性には気付いていた。

 聖ミカエルの巨大な権力者の監視がなければ、もっと盛大に騒がれていただろう。


 他の野球部員たちは、即戦力級のピッチャーが入ったのはよいことなのだが、それが女子というのが。

 まあ帝都にも女子選手はいるし、そもそも東大にだって過去には女子選手はいたのだが。

 しかし過去の女子選手とは、確実に明日美はレベルが違う。

「ちょっとネット使って、打たせてもらおう」

 監督の提案にさっさと乗ってしまうあたり、やはり東大は野球部といっても、他の大学野球とはノリが違う。




 明日美の球は打たれない。

 打たれてもまともなヒット性の打球にはならない。

 ストレートが芯を外してしまう変化をすることもあるが、スプリットが凶悪なのだ。

 ツインズは恵美理のような、バッターの待っているボールやコースが分かるような、超常めいた技能は持っていない。

 しかしそれでも、頭を使って打たれにくいリードはすることが出来る。


 これは、いいのではないだろうか、

 明日美の球は結局、肩が暖まってからは、140kmを記録した。

 それにスプリット。この鋭い変化を打てない。

 さらにもう一つ武器が増えている。


 柔らかい体から投げられる、チェンジアップ。

 ストレートとの球速差が40kmもあるこの球は、速球を待っていては打てない。

 普通はストレートと同じ腕の振り、そして同じリリースポイントから投げられるチェンジアップだが、明日美の場合はむしろ、より速いストレートが来るような錯覚がある。

 一応は高校時代も野球をやっていた男共が、くるんくるんと三振する。

「よし、じゃあ今度はバッティングいってみよ~!」

 明日美はむしろ、バッティングの方がすごかったりする。正確にいえば、どっちもすごい。


 マウンドに登るのはツインズの片割れである。

 そしてこの初球に投じたストレートも、130kmを記録する。

 だが明日美は強く踏み込んで、そのボールをバックスクリーンへ持っていく。

 ツインズは変化球も使っていくが、明日美はそれにもちゃんと対応出来る。

 だがやはり、ホームランが多いかわりに三振も多い。

「じゃあ次は左ピッチャー対策いってみようか~」

 そして両利き用のグラブを、右にはめかえるツインズである。


 完全なるスイッチピッチャー。

 それはスイッチバッターよりも、よほど珍しい存在である。

 だが東大野球部とその見学者諸君は、世にも珍しいその存在を、眼前に見ることになる。


 これは、いけるのではないだろうか。

 延々と続く、リーグ戦における東大の連敗記録。

 そこから脱出するだけではなく、勝ち点を取って最下位脱出さえ。

 土日の連投であっても、ピッチャーが二人いる。

 実は三人いるのだが、それをまだ監督は知らない。

「あ、でもあたしたち、土日は仕事で休むこともありますから」

 そんなオチまでついてきた。


 しかし女子とは言え、世界最高のプレイヤー。

 さらには魔球を操る双子の悪魔。

 130km程度のボールはおろか、140km台後半のストレートでも、ホームランにしてしまう明日美のバッティング。

 この春のリーグに東大旋風が吹き荒れるかどうかは、神のみぞ知ることである。

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