第59話 閑話 帰郷
大介が帰ってきた。
そして最寄り駅ではファンが集まって迎えたり、そのままパレードになったり、千葉県の知事から呼ばれたり、まあ他にも色々なことがあった。
骨休めのために帰ってきたのに、ロクに気の休まる暇もなく、これなら寮にいた方がよかったかもとさえ思えるぐらいである。
実家の方にはマスコミが群がったため、母の再婚先に避難する。
ここもまた迷惑になってしまったため、結局は他を頼ることになった。
セイバーの保有する物件である。
セキュリティ完備のこのマンションの空き室を、大介は利用することにした。
そもそも大介が戻ってきたのは、彼女に依頼があったからだ。
クリスマス前には家族でバカンスに行くと言っていたので、この時期に会ってもらたのだが、おそらく特別待遇なのだろうなとは大介も思う。
同じマンションの最上階、完全にランクの違うセイバーの家に、大介は招待される。
完全にマンション内の密室ということで、大介にとっては都合がいい。
セイバーのプライベートな空間に入るのは初めての大介であるが、意外と所帯染みていた。
おそらく赤ん坊の影響であろう。
「ほ~、これ、早乙女さんの子供のなんですよね? なんかセイバーさんに似てません?」
「遺伝子は私ですから」
首を傾げる大介である。
「私たちは子供がほしかったんですけど、どちらが産むのかが問題となりました。費用対効果を考えると、私が動けたほうが、色々と便利でしたので」
もっとも、とセイバーは続けた。
「エコーがいない間は、やはり私の仕事の効率も落ちましたが」
なるほど、確かにセイバーは色々とやっていたらしい。大介のこと以外にも。
金髪碧眼で明らかにセイバーに似ているし、父親についても全く話されないので分かっていなかったが、そういうことらしい。
ちなみに日本人と欧米白人のハーフであると、金髪碧眼になる可能性はきわめて低い。
「父親は誰なのか気になりますね」
「私も知りません。条件だけ絞って、依頼しただけですから」
おいおい。
「でも女の子で良かったです。男の子だと育て方が分からなかったかもしれません」
「はあ。でも子供が欲しいって、ちょっと意外でした」
「人間は社会的な生き物ですから、可能であれば子供を作る方が自然だと思います。あと一人は作る予定ですね。今度はエコーの遺伝子で」
「……はあ」
なんだか怖い話になってきそうだったので、本題に入る大介である。
大介が千葉に戻ってきたというか関東にやってきたのは、もちろん里帰りというのもあったのだが、もっとちゃんとした用事もある。
金の話である。
プロに入って大介には、一気にスポーツメーカーの営業などが群がってきた。
それはオールスターのあたりになると、さらに過激なものとなっていった。
このプロ初年度の大介は、無料での器具提供などは受けているが、スポンサー契約はしていない。
なぜなら一年目は野球に集中したかったからである。
ただ本当に集中するなら、最初にもう決めておいた方がよかったかもしれない。売込みへの対応で、ある程度のリソースを取られることになってしまった。
それとスポンサー契約以外にも、大介には対応しなければいけない問題が待っていた。
マスコミなどへの対応である。
もちろん球団の広報部がある程度はやってくれるのだが、オフにおいてはその手も回らない。
言えばやってくれるのかもしれないが、ここで大介は稼ぐことが出来る。
そのためには事務所に所属するのがいいのだが、だいたい大手の事務所を選ぶにも、選び方と契約の仕方など、考えることは色々とあるのだ。
そしてそういったことに関しては、やはり在京球団の方が強い。
またセイバーのパートナーである早乙女の姉は、芸能事務所のマネージャーであり、国内のイリヤの活動や、ツインズを担当している。
その辺りも全てひっくるめて、セイバーから話を通してもらうのだ。
もちろん球団広報との折衝も、事務所に回すことになる。
「それでまあ早速ですが、紅白の審査員は受けても良かったんですね?」
「上杉さんもやってましたからね」
「あの双子も出ますし、ついでにケイティもやってきてますけど」
「織田さんが死ぬほど喜んでいそうですね」
「彼も同じ事務所だから、ドームのライブはプラチナチケットを手配しましたよ」
あとは12月中に一本はCMの撮影を入れているらしい。
これは大介も事前に聞いていたことだ。
保険会社のCMで、同時に大介にも、保険には入っておけということだ。
確かに大介の場合、事故などで体が動かなくなれば、一気に仕事も何もかも失うことになるのだが。
めんどくさいことが多いが、これが社会に出るということなのだろう。
本当に野球だけを……たまには勉強もしていたが、野球に集中できた高校時代は恵まれていたのだ。
「あと頼まれていた件ですが、可能ではありますが現実的ではありませんでした。そもそも危険ですらあります」
「まあ、そりゃそうでしょうね」
「形に囚われる必要はないと思いますよ。あの二人もそれは望んでいないでしょうし」
「分かってはいるんですけど」
「男の子の意地ですか」
「男の子って、もう来年には二十歳なんですよねえ」
セイバーは監督であり、そして監督と言うよりは経営者であったが、下手な教育者よりも学べることは多い。
なぜなら彼女は、教師などよりもよほど過酷な世界に生きているからだ。
「それと頼んでいた、走れるアベレージヒッターは?」
「いますけど、ライガースの方が望んでいないようですね」
「高いんですか?」
「高いというのもありますが、やはり外国人はクリーンナップかピッチャーで使いたいようですし」
「毛利なら二年もすれば対応出来そうな気がするんだけどなあ」
今年のドラフトは、大介としては好敵手である真田がチームメイトになるので、そこはちょっと微妙なのだ。
確かに真田は素晴らしいピッチャーで、しかも左であるのだが、即戦力で一年間を投げきるのは難しいのではないか。
「やはり島野監督の契約も二年伸びましたから、来年は優勝ではなく、育成をメインに考えるのではないでしょうか」
そのあたりはフロントと監督の話し合いであるのだが、契約更改の席の雑談で、ある程度は大介も聞いている。
とにかくクローザーと正捕手が抜けてしまったことが大きすぎる。
センターの広範囲を守れる先頭打者というのは、守備か打撃のどちらかならともかく、両方を守れる選手は珍しい。
アレクを獲得できていたらとは考えるが、彼はメジャー志向である。
ただ25歳まではこちらでプレイすると決めているので、それまでは充分に戦力になると思ったのだが。
いや、夏場には調子を崩すので、ライガースでは難しいか。
あとはトレードかFAか外国人を、どれだけ取れるかである。
ライガースはそれなりにFAも取る球団だが、今年は結局手を出さなかった。求めているタイプの選手が出なかったということもあるが。
しかしそろそろ、金剛寺の後の四番なども目をつけないといけないであろうに。
トレードにしても今のライガースには、成長を待っている選手が多いので、なかなか放出して即戦力を取るのも難しいだろう。
「セイバーさん、ライガースのフロントに関わったらどうです?」
「関わるとしたら大京か神奈川になるでしょうね」
既に手は伸ばしつつあるらしい。
とりあえずやることはやった後、大介は用意された部屋に戻る。
パソコンぐらいはあるが、あまり調べることもない。
色々と時間を潰そうにも、ここには家具などはあっても、大介に必要なものはないのだ。
だがセイバーに紹介されたスポーツセンターなどで、真面目にトレーニングなどをしていると、報せが届いた。
直史が帰郷したのである。
「ナオ~、野球しようぜ~」
そう言って直史の家に押しかけた大介である。
佐藤家は年末ということもあって、大掃除やおせち料理作りで忙しいらしい。
そんな中、直史たちは実両親のいる仙台に戻った淳を除いて、それなりに忙しく動いていた。
「お前、ちょっと手伝っていけ」
「いいけどそれから野球な」
「人数集まるのか?」
集まるはずがない。
さすがにこの年末、大介番の記者も、動きがないので本社に戻っている。
なので大介は、直史を誘って白富東のグラウンドにやってきていた。
マウンドには直史。既にツインズのどちらかを相手に、肩は暖めてある。
そして審判は、一家団欒をしていた秦野を、奥さんと珠美ごと連れ出した。
ツインズのもう一方と武史が外野を適当に守り、瑞希がノートを片手に見守る。
吐く息が白い。
だが大介は素振りをして全身から湯気を出しているし、直史も充分に温まっている。
ピッチャーとバッター、そしてキャッチャーがいて、外野が二人。
これでも成立してしまうのが、ピッチャーとバッターの対決である。
「プレイ」
秦野の声に合わせて、直史が足を上げた。
ベルトの高さのストレートが、内角を外した腹のぎりぎりに突き刺さった。
ボール球ではあるが、手が出なかった。
「お前、かなり速くなってないか!?」
「充分アイドリングしたからな。150kmは出てると思うぞ」
「150程度じゃないだろ……」
大介は少なくともそう感じる。
直史のボールは、確かに球速ではその程度なのだろう。
だがスピンの仕方によって、そして握り方によって、かなり伸びなどが違う。
それに落ちる変化球。
カーブはきゅるきゅると、スプリットはカクンと、スルーはぎゅるんと落ちる。
プロに行ってから、おおよそ一流と言われるピッチャーの大半とは対戦したが、明らかに直史の方が上だ。
正直に言ってしまえば、柳本や山田よりも。
上杉とは全くタイプが違うため、そこだけは比べようがないが。
高校時代は普通にキャッチャーを出来ていたツインズが、捕りきれなくて弾くことがある。
これを捕っている樋口は、やはりキャッチャーとしても……。
(樋口、プロに来ねえかな)
正直、直史がプロに来ても、完全に活かせるキャッチャーはほとんどいないだろう。
中学時代に、キャッチャーの能力不足で満足が出来なかったのと、同じような事態になりかねない。
ただ、それでもプロのキャッチャーは違う。
おそらくすぐには無理でも、少しの時間があれば対応出来る。
「お前さ~、特例とかでWBCに選ばれたりしたら、来たりしないか~?」
どうせ直史は拒否だと思ったが、少し考えた後に頷いた。
「WBCなら行ってもいいな。けれど樋口レベルのキャッチャーがいないと、宝の持ち腐れだぞ」
「え、WBCなら行ってもいいのか?」
「優勝したら紫綬褒章もらえるだろ」
即座に出てくるということは、調べたことがあるのか。
直史はなんだかんだ言いながら、保守的な人間であるので、権威などは大切にする。
正確には紫綬褒章は、WBCの場合はチームに対して送られたものであるのだが。
確かに直史は高校時代から、知事などにより白富東へ知事賞などが送られた時も、それなりに喜んでいた。
俗物なのである。
直史は基本的に、財産や権力や社会的な地位などを重視する。
代々長く続いてきた土地の長男として、そういう価値観が染み付いているらしい。
じゃあプロに来て国民栄誉賞でも狙えよと、ワールドカップの時に言ったことがあるが、あれは政権の都合で色々と重みが違うので、あまり食指が動かないらしい。
その気になれば取れるとは思っているらしい。
二人は楽しく、一対一の対決を楽しんだ。
かなり直史が優位の勝負であったが、それでもホームラン性の打球を一本は打った大介であった。
そして大介は、ツインズの球も打ったりする。
どうやら気付かないうちに、変化球への対応力は上がっていたようで、以前にはそれなりに打てないこともあった二人の球を、ほぼジャストミートして外野の正面に運ぶことが出来ている。
なお武史に投げさせた場合、体を仕上げていないということもあるだろうが、150km台後半のストレートやムービング系でも、あっさりとネットまで飛ばせる。
(やっぱプロになんて行かなくて良かったわ)
大介以上のバッターはいないのだろうが、その大介に全く通用していないのだ。
野球規則はどうしたのだ、という話になるかもしれないが、武史は既に引退していて、処分のされようがない。
バレなければいいのである。
(やっぱこいつもプロで通用するレベルだよなあ)
そう思いながらも簡単に打ち返してしまう。
武史のボールに足りていないのは、技術や球速ではない。
コンビネーションだ。
これがキャッチャーがプロのキャッチャーであれば、リードでかなり大介を抑えることが出来るだろう。
直史だけでなく武史も、それだけのものを持っている。
そんなことをやっているうちに、悟までがやってきた。
どうやら珠美に呼ばれてのことであるらしいが、明日であれば東京の父の実家に戻っていただけに、タイミングとしてはギリギリである。
もちろん悟と大介が接触するのは禁止されている。
だが大介が悟のバッティングを見て、後から秦野と話をしようと、それが問題になるかは微妙である。
直史の球を悟が打つのは、秦野としてもありがたいことであった。
現在の白富東の中で、バッティングに一番優れた選手は悟である。
それが高いレベルのピッチャーと対戦したとき、一試合に一本でいいから、決定的なヒットかホームランを打てると、試合の展開が変わる。
とは言っても大介の場合、あまり人に教えることは得意でないのだが。
これにはむしろ、直史の方が教えられた。
悟の持つスイングなどを考えると、変化球への対応が制限されていると感じたからだ。
大学生から高校生への指導は、プロと違って全く禁じられていない。
白富東のグラウンドで、誰も見物する者などおらず。
豪勢な野球遊びは、日が暮れるまで続いた。
×××
主人公が主人公してないな。
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