第40話 もう一つの準決勝

 準々決勝で敗北したチームの選手が、甲子園の土を持ち帰る。

 実はあれは優勝チームもちゃんと、土を持って帰る時間を作ってもらえるのだ。

 直史の場合は自分はいらなかったが、誰かがほしがるかと思って少し持って帰った。

 別に月面の石でもあるまいし、それほどの希少価値のあるものではない。


 去年の今頃は、あそこで野球をしていたのだと思うと、なんだか不思議な気分になる直史である。

 たった一年前のことなのに、もう10年ぐらいは前のことのような。

 あるいは逆に、せいぜい三ヶ月ほど前のような。


 この二週間ほどの関西旅行も、あっという間に過ぎていった気がする。

「次に時間が取れたら、どこに行きたい?」

 セイバーたちとは食事をして別れ、二人はまた京都に戻っていた。

 奈良もそれなりに堪能したし、関西の学生野球以外のアマチュアも、色々と見たものである。

「沖縄は行ったし、他に観光地なら、北海道とか?」

「夏の北海道はいいな」

 今年は自動車免許の合宿を入れているが、来年はその免許を使って、レンタカーでドライブとしゃれ込もうではないか。


 だがとりあえず今は、甲子園である。

 準々決勝から一日を空けて、準決勝が始まる。

 完全に他人事として見れるだけに、直史としては大阪光陰と明倫館は、楽しみな試合ではある。

 個人的には明倫館を応援している。

 なにしろ大阪光陰は、直史に土をつけた、甲子園では唯一のチームなので。

 その後にどれだけの記録を達成しようと、あの最初のセンバツで負けた悔しさが消えるわけはない。


「どっちが勝つと思う?」

 瑞希の率直な問いに、直史もすぐに判断した答えを返す。

「チーム力では大阪光陰が上なんだけど、真田がどれぐらい投げてくるか」

 今日も先発は緒方である。


 真田は確かに完治しているのだろう。だがそれとは全く別の問題として、夏の甲子園は体力の問題がある。

 出来れば緒方には少しでもイニングを引っ張ってほしいはずだ。

 緒方もいい選手だ。コントロールがいいし、球種もそれなりにあるし、ピッチングのコンビネーションが上手い。

 もちろん捕手の木村も優れているのであるが、直史としては真田のような自分にしか投げられないボールを投げるピッチャーは嫌いなのである。

 公言すれば「お前が言うな」と全員が反論してくるのだろうが。




 明倫館の選手は、打率と出塁率は高いが、OPSはそこまで突出した選手はあまりいない。

 ランナーを溜めて、主砲が帰す。あるいは連打で得点する。

 それに加えてスクイズなどの手堅い野球もやってくるのだが、強攻と堅実を混ぜ合わせてくるから強い。


 堅実なだけでも、強引なだけでもいけない。

 選択肢の幅が広いほうが、チームとしては強くなる。

 そういう点では白富東の場合、ジンはやや堅実よりで、シーナが強引よりだった。

 ただ高校野球の場合、チームとして全ての選択肢を広げるのは、二年と四ヶ月では足りないので、どちらかに絞るというのは間違っていないと思う。

 もっともそのせいで本来は合わない野球のチームを選択してしまい、才能を浪費する選手がいるのも気の毒である。


 アメリカの場合は高校の時点で、セレクションでチームに入団できるかどうかが決まったりもする。

 それでちゃんと素質的に通用する選手だけに、技術的な指導をかなりレベルの高いコーチが行っている。

 楽しむだけなら楽しむだけのチームに入ればいいと、かなりアメリカは二極化しているのだという。

 白富東のように、部員数が増えすぎたチームは、監督への負担が大きくなりすぎて、目が届かない場合が多い。

(今年はレベルが高くて人数は少し減ったらしいけど)

 研究班が存在するのが、どうにか白富東を成り立たせているのか。

 しかしコーチスタッフの契約期限が切れれば、教員による監督というのは白富東レベルでは不可能に思える。

(北村さんも、大丈夫なのかな)

 実際に早稲谷の野球部も、監督以外にちゃんとスタッフがいるのだ。

 私立が強いのは、そういったスタッフが揃えられることによる。




 試合の流れはやや明倫館に有利である。

 先制点を取り、追加点を取り、しかし一点を返された。

 継投をして相手の狙いをかわし、ピンチの時も雰囲気を変えるために一息入れている。

 それでも毎回のように、ヒットを打ってくる切れ目のない打線が、大阪光陰の強さである。


 あと明倫館は、大阪光陰に比べると、選手の錬度は高いのであるが、スケールが違う。

 少し甘く入った球が後藤によってスタンドに運ばれ、一人の力で一点が入る。

 これで同点。一人の力で点が取れるのは、やはり大きい。


 だが明倫館は崩れないし、継投をしていってもピッチャーの集中力が途切れない。

 ベンチにいる間に、監督の大庭がケアしていっているのだろう。

 明倫館はシニアの段階から選手と監督の交流があるので、そういった相互の信頼感があるのだろう。

 大阪光陰が全国からスカウトで選手を集めているのとは、やはり違う。


 フィジカルの才能では群を抜いているはずの大阪光陰。

 それでも毎年優勝が出来るわけでもないし、なんなら府大会で消えることもある。

 対する白富東は県内はおろか、スポーツ推薦すらなく集まってきたのが、今の二年生までである。

 つまり神宮から国体までの、全ての大会で全国優勝をしたチームは、何もアドバンテージなしで制覇したわけだ。助っ人外国人枠はあったが。


 直史は色々と考える。最強のチームとは何か。

 史上最強のワンマンチームと言われた、上杉勝也時代の春日山は、その上杉が卒業した次の年に優勝した。

 大阪のチームには昔から、最強と呼ばれたチームは多い。

 あとは神奈川を制する者は全国を制すなどという言葉もあった。


 白富東も、あの直史が最後の年は最強だったろう。

 そしておそらく、今の二年生たちの影響を色濃く残す、三年後まではかなり強いと考えられる。

 だがその後は微妙だ。

 白富東はセイバーの影響もあるが、工夫して練習をしていたのだ、

 それが単なる野球強豪の選手の集め方をしても、しばらくは設備やトレーニング方法の伝承で上手くいくだろうが、時代の新しい動きに対応出来るとは思わない。

「どうしたの?」

 隣の瑞希に心配されるが、直史としてはこれはどうしようもないことだ。

「いや、卒業した後も、普通に甲子園があることがなんだか感慨深くて」

「私も。もうあの記録を取ることはないんだなと思うと、少し寂しい」

 誰もが郷愁を誘われる。そこが甲子園という場所なのかもしれない。




 試合は同点のまましばらく進んだが、やがて大阪光陰が逆転した。

 今度はランナーを置いた状態で、後藤が敬遠された後に、代打で真田が出てきて打ったものである。

 クリーンナップより期待されているエースというのは凄いことだが、ここからピッチャーも真田に交代する。

 スコアは3-2で、ここから真田がどういうピッチングを見せるか。


 明倫館はリリーフでマウンドに登った真田に対して、バントなどをして揺さぶってくる。

 残り三イニングであるが、真っ向から真田を打ち崩そうなどとは考えない。

「三イニングで一点差か」

 直史もであるが真田も、甲子園での防御率は1を切っている。

 数字をそのまま当てはめるなら、これで勝負は決まったようなものであるが。


 明倫館もしぶとい。

 代わった直後の真田にバント、その後はバントからのバスターと、まずはランナーを出す。

 なんだかんだ言って明倫館も、この数年の大阪光陰に黒星を与えた、数少ないチームの一つだ。

 あの時はバッテリーの相性でいまいちであったが、それでも真田と対戦して勝ったメンバーは残っている。


 直史はベンチの様子を見る。

 大阪光陰木下監督は、笑顔を浮かべながら選手を迎えて、送り出したりする。

 一方の大庭監督は、前面には出てきているのだが、難しい顔で首を傾げている。

 ただ、それで明倫館の選手が萎縮するということはなさそうだ。




 明倫館の特徴、シニアと連動して、選手を長いスパンで育てる。

 たとえばサッカーのユースシステムなどと比べると、その長所が分かるだろう。

 なかなか長いスパンで、その選手の適所を見抜くというのは、日本の野球では難しい。

 球が速ければまずピッチャーをやらせる。その球の球質などは考えず。

 まあほとんど甲子園に出てくるような選手は、ピッチャー経験なり四番経験があるものだが。


 スポーツとは異なるが、現在は中学受験などで、中高一貫を考える学校も少なくない。

 プロの球団も学童野球などに教えるイベントがあったりするが、それも高校でいったん断絶する。

 まあこれをやってしまうと、資本の巨大な人気球団が圧倒的に有利になる上に、それでもドラフトで戦力均衡を狙うなら、今まで球団がかけてきた金はいったいなんだったんだということになるのでもあるが。

「そろそろどちらが勝つか見えてきましたか?」

 セイバーは問いかけるが、直史としては試合前から、大阪光陰有利というのは分かっている。

 終盤でリードして真田が投げてきた時点で、流れとしては大阪光陰が勝つ流れだ。


 後に白光時代と呼ばれる、この白富東と大阪光陰の甲子園で繰り返される対決。

 直史たちが二年のセンバツに出た時から、三年のセンバツを除いては、五大会中に四回の対戦があった。

 はっきり言ってこれはなんでも偏りすぎだろうと思うのだが、ここで大阪光陰が勝つと、三大会連続で決勝のカードが同じとなる。

 確率的にありえるのだろうか。

 シードもなく、そしてどちらかが途中で負けたら成立しないというこの対戦。

 なおこれまでの決勝で対戦した二試合は、両方とも白富東が勝っている。

 と言うよりは最初に負けて以来、ずっと後は白富東が勝っている。


 いくらなんでも野球の神様は、この二つのチームに肩入れしすぎではなかろうか。

「そもそも確率的に、三大会連続で決勝が同じカードになるなんて、ありえるんですかね?」

 三大会連続で対決ならまだありえるのだが、決勝まで勝ち残るというのが、確率的に低すぎる。

 甲子園はセンバツも夏も、一回戦から優勝候補が激突してもおかしくないのだ。


 かつての春日山と帝都一、大阪光陰と神奈川湘南のように、いきなりクライマックスという展開も甲子園にはある。

「確率で計算出来るものではないと思いますが、確かに偶然決勝まで当たらないというのは、普通はないですね」

 三年の時のセンバツも、大阪光陰が勝っていれば決勝で当たるはずであった。

 戦力が違うのだから、そもそも確率で計算するのも変な話ではあるのだが。

「そろそろ白光戦って呼ばれる気がする」

「大阪では光白戦って呼ばれるんですね」

 そんな早慶戦と慶早戦みたいな話ではなくて。

「ちなみに関西の大学リーグでは、立生館と同士社が立同戦とか同立戦とか呼ばれているそうですよ」

 セイバーの豆知識はとことんどうでもいい。


 だが、試合は決まったようである。

 最後までランナーを出して三塁まで進めた明倫館であったが、真田が気合で三振を奪って試合終了。

 大阪光陰はこれで、三大会連続決勝進出。

 ちなみにベスト4以上進出となると、八大会連続という化け物のような数字になる。


 だがここまでは二大会連続で、決勝で敗退している。

 地元の応援する観客としても、そろそろ大阪光陰の勝つところが見たいだろう。

 大阪光陰は大阪のチームであるが、実質的には日本中から選手を集めているチームなのだが。


 今年もまた色々な選手が、チームが出てきた。

 その頂点に立つのは一つ。そして18人のベンチ入りメンバー。

 長かった夏が終わりを迎えるような気もする、甲子園決勝、前々日の準決勝であった。

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