第38話 閑話 スカウトたちの宴

 甲子園期間中、各球団のスカウトは、ほとんどがこの球場に集う。

 そして自分のピックアップしていた選手たちの、最後の答え合わせを行う。

 まあどんな球団も、ほしい選手というのはある程度競合するものだ。

 昨今は即戦力を欲して、大学や社会人のドラフト指名を多くする球団もいたり、育成でどっさりと取っていく球団もいる。


 育成ドラフトなどというのは、金のない球団にとっては青田買いも甚だしい。

 本来なら社会人なり大学なりで成長し、支配下登録の選手として指名すべき逸材が、まだ未成熟な状態から金満球団に奪われてしまう。

 球団が育成選手を所持できる期間は三年。

 それ以降に他の球団が、その育成選手を獲得することはまずない。

 まだしも球団に本当の育成環境があればいいのだが、現状三軍扱いで飼い殺しになっているという場合さえある。


 実力をつけるには練習ばかりをしていてもいけない。

 試合によって自分の現状を把握し、そこからまた練習でパフォーマンスを高めていかなければいけないからだ。

 練習ばかりで上手くなる者などそうはおらず、そんな環境で三年の育成契約というのは、あまりにも無責任ではないだろうか。

 大学はともかく、社会人野球の舞台が少なくなったというのは原因の一つである。

 社会人野球に比べるとクラブチームは、練習における選手の負担が大きい。

 あとは独立リーグだが、こちらもまた選手が野球に専念出来るという環境ではない。

 だがリーグ戦で行える試合数は、それなりに多い。


 近年の補強のトレンドはFAやトレードではなく、ドラフトである。

 もちろん外国人選手も重要ではあるが、やはりドラフトにかかった選手をどう育てるかが問題なのだ。

 球団によっては育成の上手いと下手があるが、実のところは球団と言うよりは、コーチ陣に問題がある場合も多い。

 監督が変わって人事が一新されると、ころっと成績が良化する選手がいる。




 プロのコーチというのは、なぜか指導の技術ではなく、選手時代の実績で選ばれる。

 さらに言えば監督は、名選手でないと監督になれない。

 選手と指揮官では求められる能力が違うはずなのだが、日本のプロ野球というのは、その球団の顔であるのだ。

 まあ天才揃いの選手たちを従わせるためには、それなりの実績の重みが必要ということである。

 それにコーチやそのアシスタントには、ちゃんとトレーニングの知識を得た専門スタッフがいる。

 コーチ陣は変わっても、これらのスタッフは変わらない。球団の職員なので。


 この夏の甲子園も、スカウトたちは球場に集まって、試合に熱中する。

 そして夜になれば他の球団の者でも意外と仲良く、居酒屋で試合の感想などを述べたりするのだ。

 どの選手に注目したか、あるいは注目したがここで口に出さないことで、駆け引きが始まっている。

「大阪光陰、勝ちあがってはいるけど、真田は評価落としたかな」

「そうか? センバツの故障に春は全休だけど、夏の予選も甲子園も完投はしてるから、ほぼ治ってるってことでいいだろ」

「せやけど木下監督は選手生命だけはしっかりと考える人やからな。試合に負けても選手は壊さないって人やし」

 そう思っていても、クロスプレイなどで選手は壊れるものである。


 昔に比べると今のピッチャーは脆いなどと言われるが、それは昔は壊れても、そのまま放置で話題にならなかっただけである。

 あとはMLBに行った日本のピッチャーがほぼ例外なく壊れるとも言われるが、その理由についても話し合いがあったりする。

「とにかくアマの段階で素材を壊されたらどうにもなんねえんだよな」

 甲子園の力投700球とかいう記事を見て、それが美談のように思われる風潮に、スカウトたちは反吐が出る。

 あとは自分の球団のコーチが、下手にフォームをいじって選手をスランプに落とすのも、率直に言って言語道断である。


「つか悪いのは大学と育成だ! 200万とか300万で囲って、将来の1000万級を遊ばせるんじゃねえよ!」

「うちの球団はそれで実績を上げてるが? 文句を言われる筋合いはない」

「何百人取って、その中から何人一軍まで上がってんだ!? 三年契約なんて高卒ならまだしも、大卒だともう取り返しがつかねえぞ!」

「言うても山田みたいな例もあるからなあ」

「それまでに何人、育成が一軍にも上がれずクビになっていったかってことだ!」


 プロ野球選手の寿命は短い。また成長のために取れる時間も短い。

 スカウトの目から見たら、この選手はまだ高卒では無理だが、大学や社会人を経れば劇的に成長するかもしれない選手というのはいるのだ。

 だがそれを育成枠で獲得して、たいしたチャンスもやらずに飼い殺しにする球団はある。どことは言わないが。

「あと大学! 選手を潰すんじゃねえ!」

「大学と違ってわいらは、ドラフトまでは公には接触出来へんからなあ」


 事前交渉は協約違反である。だが大学は早ければ二年の夏の終わりから、選手に話を持っていく。

 入学金、学費無料、寮費無料など、タダで大卒の肩書きが取れる。

 まあそこまで圧倒的な条件を得られるのは、特待生の中でも本当にごく一部ではあるが。

「そういえば佐藤の次男、また大学進学やて?」

 この言葉で、場が沸騰する。

「大学はクソ! 土日のどっちかで投げさせて、さらに月曜まで投げさせるとか、アホとしか言いようがない!」

「つか早稲谷は兄貴だけで我慢しとけ! 次男ぐらいプロに寄越せ!」


 大学によってはプロ待ち、つまり球団の条件次第で入学辞退OKというのもあったりする。

 ただ野球強豪校などがそれをすると、次の選手がその大学で取ってもらえることが難しくなる。

 高校としては選手一人だけでなく、学校経営全体として、生徒たちを進学させていきたい。

 だから大学が受け入れを決めた後で選手がそれを翻すというのは、基本的に気分が悪くなるだけでなく、チーム編成においても色々と問題があるのだ。

 まあプロ球団が強行指名してそこから口説き落とすという手法が、昔は今よりもはるかに露骨にあったりはした。

 だが調査書とプロ志望届などのドラフト改革によって、かなりドラフト自体は透明になってきたとは言っていいだろう。


 大学がそれだけの好条件を用意するのは、代償として選手に明確に、プロ入り拒否を求めることもある。

 親がそんな話などを持って来られれば、今の世の中大学には行かせておきたいと思っても無理はない。

「長男の方はまだ分かるんだが、次男の方は正直どうなんだ?」

「長男はそもそもプロに全く興味がないし、次男の方はさらにひどいな」

 一番事情に詳しい人間に、視線が集まる。

「野球自体にあまり興味がない」

「それであのレベルまで上がるのはおかしいやろ」

「白富東は野球バカじゃない人間でも、ちゃんと育てることが出来てるってことだ」

 少し場の落ち着きが戻る。


 才能だけでプロまでくる選手はいる。才能だけで通用する選手はいる。

 だが才能だけで通用し続ける選手はいない。

 分析され、解析され、どこかで必ずつまづくことがある。

 その時にそのまま沈んでいくか、それとも新しい何かをつかんで浮き上がれるかが、いわゆるプロ意識や、自分への自信であるのだろう。

 野球が好きということにより、野球の世界にしがみつけるかが、選手の将来を決める。


 大学を経由してプロに来る人間が、最近は増えているような気がする。

 プロではまだ通用しないと判断されるならともかく、即戦力と評価されていたり、プロで育てようという選手も大学に行く。

 まあ日本人全体の大学への進学率も上がっているので、それはそれで単に進路選択が比例しているだけとも言えるのだが。

 それに大学で潰される選手もいれば、大学で急成長する選手もいる。

 育成で獲得してろくに育成出来ない球団もあるので、これはスカウトの身内びいきが入っているだろう。




 そうやって大学や自球団の育成下手で、才能ある選手が潰れてしまう。

 フロントの中の編成部、特にスカウトマンにとっては、勘弁してくれといったものだ。

「あれはどう思う? マイナーリーグ構想」

「ああ、またアメリカのパクリ言うか、でも独立リーグとの提携はいいかもしれん」

「けど選手の所属がどうなるかが問題でしょう」


 プロ野球界のどの球団も間違いなく求めているのは、野球の経済効果の拡大である。

 そして次いで自球団の収入の高まり。あとは才能ある選手たちをしっかりと、スタートして売り出していかなければいけない。

 野球というスポーツは、ピッチャーとバッターで、その勝負がはっきりと分かる。

 だからその緊迫の一瞬が見所のチームであるのだ。


 ゲームとしてはずっと動き続けるスポーツの方が、見ていて面白いというところはある。

 パス二つで一気にゴール前に入るサッカーや、得点を奪い合うバスケなどの、世界的な競技人口が高いのはそのあたりも理由となっているのだろう。

 ただ盛り上がりを何度も作って、一人の打者のホームランで沸き立つ野球も、もちろん見ていて面白いスポーツではあるのだ。

 弱点を言うなら時間制限制ではないので、試合にどれぐらいの時間がかかるか分からないということか。


 ここ最近の噂にあるのが、マイナーリーグ構想である。

 現在日本のプロ野球は、もちろんNPBが圧倒的な立場で頂点にあるのだが、各地に独立リーグが誕生している。

 その独立リーグからプロ野球選手も出ており、逆にスター選手がその晩年に、最後の一花を咲かせたりもする。

 NPB球団のない四国などは、その四国内で独立リーグが存在する。

 また同じくNPB球団のない北信越や、沖縄などにもリーグが出来ている。

 これとのNPBとの提携の話だ。


 地元で野球をやることで、野球をもっと身近なものに感じさせる。

 サッカーが野球に比べて日本では稼げないスポーツなのに、これだけ各地にプロのチームがあるということを、もっと切実に考えるべきなのだ。

 もっともサッカーの入れ替え制などを導入することは、野球にとっては経営のノウハウが全く違うので、実際には不可能だろう。

 だが本場アメリカでもメジャーとマイナーがあるように、プロであっても様々な環境があってもいいのだ。

 日本の独立リーグの選手の生活などは、アメリカのマイナーとも似たようなものであるとも聞く。


「俺が聞いてたのはちょっと違うなあ」


 その言葉に、周囲の視線が向かう。

「ちょっと違うって、何が?」

「うん、メジャーマイナー構想とかじゃなくて、三つ目のリーグの構想」

「三つ目……」

 それはぼんやりとした声だった。


 現在の日本のリーグはセとパの二つである。かつてはオープン戦と日本シリーズのみで戦う二つのリーグであったが、球界再編の動きを受けて、交流戦が発生している。

 そこに、NPBとは違う三つ目のリーグを立ち上げるというのか。

「現実的じゃないだろ」

 すぐさま否定の言葉が生まれる。


 日本のプロ球団を支えるオーナー企業がどれだけのものか。

 広島などはちょっと事情が違うが、あそこもオーナー一家がいるという状況は同じである。

「いや、ごく一部に限れば現実的だ。市民球団は、確かに欲しい場所はあるよな」

 愛媛県の野球熱というのは、いまだに凄まじいものがある。

 徳島県も高校野球では特殊な事情があり、四国はチーム数の割りに、色々と高校野球に歴史を残すチームが多い。


 四国には確かに独立リーグがある。だがこれを成長させていくのか。

「あとは新潟も独立リーグがあるし、立派な球場もあるだろう」

「新潟かあ。水島先生は喜ぶかもしれないけど、少し市場規模が小さいんじゃないかな」

「いや、新潟は上杉の出身だぞ」

 神奈川に所属する、日本最強のピッチャー上杉。

 その郷土愛はよく知られており、もしも新潟に球団があるのなら、FA資格を取ったら移籍する可能性はある。

「独立リーグ再編か? でも独立リーグは、地域にあるからこそどうにか運営出来てる面もあるぞ。選手に高年俸は払えないだろう」

「それはそうだな。ただ球団を持ちたいオーナーとかはいるんだよな。それこそ広島なんかそのタイプだし」


 そこでふと、誰かが言う。

「独立リーグは各地でやって、そのリーグごとの優勝チームがどこかに集まって、独立リーグ最強を決めるとか?」

「ああ、それはいいな」

「まあ注目度は高くなるかな。それでもレベルの差は圧倒的にあると思うけど」

「16球団構想はどうなったんだ?」

「あれも色々話されたりはするけど、なかなか現実的な動きにはならないよな」

「放送権がもっと高くなって、視聴者が増えれば、そちらからの収入で観客収入を埋められる気はするけどな」




 そうやって脱線を繰り返しながら、また話は元の甲子園に戻っていく。

「大阪光陰は真田と後藤が上位、毛利が下位で、あとは明石もあるかな?」

「白富東は佐藤次男が大学行くなら、中村はほしいだろ」

「白富東は鬼塚が案外下位指名で残ってるんじゃないか?」

「あれはまあ、よくも監督があれを許したもんだと思うけど、あそこまで自分を曲げないのは、精神力はプロ向きじゃないか?」

「ただ同じチームに上位互換の選手がいるからなあ」


 この夏も、春までは無名だった選手が、甲子園で150kmを投げて一躍ドラフト候補になることはある。

 だがやはり、ピッチャーで問題なく一位指名されそうなのは水野である。

「大学は行かないんだよな?」

「プロ志望だとは言ってるけど、在京集団とも言ってるからな」

 真田は怪我、武史が進学となれば、やはり水野にフォーカスが当たる。

 球速では前二者に負けているが、コントロールにコンビネーションと、今の段階でもかなり完成度は高いピッチャーだ。

「ただ完成されすぎの気もするんだよな」

 こうやって周囲を牽制していく。


 本当の隠し球や、目をつけた選手は絶対に言わない。

 また甲子園は今年のドラフトだけでなく、来年のドラフトにも関連してくる。

 来年はまだ下位指名レベルであっても、今年からの伸びがどれだけかによっては、プロでさらに伸びるかもしれないのだ。


 今はまさに、白光時代とも言える、二大強豪校がしのぎを削っている。

 ただ隙を突けば、他のチームにだって漁夫の利を得ることは出来るだろう。

 たとえば今年のセンバツも、大阪光陰が白富東と準決勝で当たって真田が投げれば、大阪光陰が勝っても決勝で投げられず、他のチームが勝つということはあっただろう。

 二年前の春日山の優勝も、準決勝で直史が投げられなくなったという状況は存在する。


 ともあれ甲子園が終われば、大学の秋のリーグ戦が始まる。

 スカウトたちは選手を絞り、球団の編成でプレゼンを行わなければいけない。

 いい選手を見つけてくるのがスカウトの仕事であるが、その選手をちゃんと指名させなければ、自分の仕事が認められることにならない。

 まあ最近ではそういう選手を、育成で指名したりしているわけだが。

 やはり支配下登録の選手にしなければ、なかなか目が届かない。


 甲子園は様々な大人の思惑も乗せて、今年も決勝へと続いていく。


×××


 作中では予選という言葉を使ってますが、正式には地方大会や県大会などと呼び、予選というのは正しくないそうです。

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