第7話 革命
野球部がごたついているという話は、キャンパスの中にあっという間に広まった。
ただでさえ注目度の高い野球部が、今年はスタープレーヤーを獲得し、三年ぶりのリーグ戦優勝、またその後の全日本大学野球選手権までも狙っていることは、前から言われていた。
そしてそのスタープレーヤーを中心とした一年が、野球部の練習環境の改革を求め、それに抵抗する上級生という形で、問題は表面化している。
神宮球場を模した野球部のグラウンドで、試合は行われる。
一年が主体となって行っていた練習の理論を、体制側が取り入れるか。
実際のその練習によって身に付いた強さが旧来の野球部を倒せるかで、今後の野球部は変わる。
もっとも本当の内実を知っている者から見れば、一人の素行不良の選手のために、ここまで問題を大きくする必要があったのかという意識もある。
そしてその試合の直前、一年生チームはいささか年嵩の助っ人を迎えていた。
「なるほど……」
三里高校出身の星と西は、そうとしか言いようがない。
元東京六大学リーグ帝都大学の卒業生であり、現在は三里高校の監督を務める国立が、直史の伝手の先に見つけた助っ人であった。
秘密にされていた星と西はびっくりであるが、近藤たちは当惑する。
公立校を甲子園に導いた名監督で、まだ若いからそれほど体も鈍っていないとは思えるが、ここで出てくるのか。
まあ星と西の恩師とすれば、出向いてきても不思議ではないのだが。
ただ実力を知らない以上、近藤たちなどは不安ではある。
「帝都大学時代は二年の春からショートで三番、ドラフト上位指名と見られていたけど、膝を故障して指名されなかった人だぞ。ベストナインに二回入ってる」
事前に聞かされていた樋口としては、さすがに選手としてはブランクがあるのではと思わないでもない。
ただ国立は怪我からリハビリをして、最終学年ではファーストを守ることが多かった。
そこまでは知らなかった直史であるが、まあ助っ人としては充分すぎるメンバーである。
それに土方は国立の大学時代のプレイを見たことがあった。
近藤と沖田も東京出身であるが、神宮まで足を運ぶのは土方が多かったのである。
監督としてボールに触れることは多かったが、選手としてプレイするのにはブランクがある国立は、クリーンナップを打とうとは思わない。
話し合った結果、まず第一試合は以下のように打順とポジションが決まった。
1 (遊) 沖田
2 (二) 山口
3 (右) 土方
4 (三) 近藤
5 (捕) 樋口
6 (一) 国立
7 (中) 西
8 (左) 手塚
9 (投) 佐藤
現役高校球児はダメだと言われたが、現役高校野球監督はダメだと言われていない。
そして手塚は野球サークルの人間で、他の大学の野球部でもない。
ベンチにいる本庄は他の大学であるが、野球部には所属していない。
全日本代表に選ばれたのは、二年の時の直史と樋口、そして代表候補には三年の時に近藤と沖田が呼ばれていた。
経歴や実績を語るならば、直史より上の者はいない。強いて樋口がある程度比較出来るか。
甲子園で三度のノーヒットノーランを達成し、そのうちの二度は参考ながらパーフェクト。
地方大会はコールドがあるため参考記録が多いが、強豪との練習試合も含めて何度もパーフェクトやノーノーを達成している。
二年生の時にはU-18ワールドカップにて最優秀救援投手に選ばれ、三年の夏の甲子園には決勝を15回と再試合の9回で24イニング無失点で優勝。
マンガでもこんなのいねーぞと言いたくなるほどの超人っぷりなのである。
土曜日ということもあって観客の数は多いが、ニワカは直史を見に来た人間がほとんどだろう。
クソ真面目に法学部の授業に出ている法律サークルの人間が、どんな野球をしているのかと見に来ている者も多いのだが。
ただ問題はこのグラウンドは、観客席と言えるところがほとんどない。
バックネット裏から試合が見れるのはいいのだが、球場ならば内野席などがあるところも、あくまで練習用グラウンドなので他の施設が付随していたりする。
それにしてもマスコミの取材が多すぎる。
紅白戦でもない、あくまでも試合形式の練習であるのに、わざわざこんな人数が見に来るとは。
在京球団などは春のリーグ戦直前ということで、スカウトもばっちり見に来ている。
今年もドラフト有力候補を抱えているため、それが佐藤と樋口のバッテリーとどう対戦するかは見物である。
お客さんが選手の中にいる部外者を見ていたりするが、国立の名前を出したりしている。
大学ではなく三里のユニフォームなのだが、神宮のスターはいまだに有名らしい。
なお手塚は高校時代の練習ユニフォームだし、本庄は樋口の練習ユニを借りている。
先攻は一年生チームである。
まだグラウンドに慣れていないのと、部外者もいるということで、ビジター扱いだ。
そしてその一年生に投げるのが、四年生のエース梶原である。
今年のドラフト上位で指名されるであろうと期待される、早稲谷のエース。
本格的に開花したのは三年になってからだったが、そこからはリーグ戦で150km台をばんばんと計測し、元からコントロールは良かったため、完全に勝てるピッチャーとなっていた。
そんな梶原からしてみると、今はとにかく内輪もめをしている状況ではないと思うのだ。
来週からは春のリーグ戦が始まり、全日本大学野球選手権につながる。
日米野球など、プロにアピールできるチャンスを逃してはいけない。
実のところ、と梶原は寮内で囁かれている噂を耳にしている。
二年と三年の行状が問題で、辺見監督も重い腰を上げたのだとか。
梶原ならずとも四年生は、ふざけるなと言いたい。
今の二三年ははっきり言って、入学した当初は期待の新人などと言われていたが、いざ練習が始まると息切れするようなやつばかりであった。
いや自分たちもそうであったのだが、上級生になる前にはついていけるようになっていた。
そして今年の一年であるが、実のところ梶原は、直史に興味があった。
早稲谷のエースと言われている自分が、今の力のまま甲子園に戻れたとして、どういう成績を残せるだろうか。
少なくとも大阪光陰レベルのチーム相手に、無失点で抑えることは不可能だと思う。
変に強がるでもなく、プロの道へ進むため、梶原は直史から学ぶところを学びたいと思っていたのだ。
スルー。
他にも多くの人間が挑戦したと言われているが、あの球を確実に投げられるのは、佐藤直史だけと言われている。
ストレートの球速が最高でも146kmしか出ていないピッチャーが、甲子園で勝ち続けたのはあの球があるからだろう。
綺麗なライフル回転をかけるだけのジャイロボールと言われているが、実戦では上手く使っているピッチャーはいない。
さっさと終わらせてあの球の秘密を聞こう。
そう考える梶原はキャッチャーのサインに頷き、先頭の沖田へと四隅を意識したストレートを投げる。
いきなり当ててきた。ただフェアグラウンドには飛ばない。
そういえば、と梶原は思い直す。
付属から上がってきた二三年と違い、今年の一年はちゃんと、甲子園を体験してきたやつらだ。
慎重すぎるのも考えものだが、甘く見るのも論外である。
カットして粘ったが、10球も投げさせずに最後は三振。
だが続く山口に情報を伝達し、一塁側の待機ゾーンに戻る。
「ストレートがいいけど、チェンジアップが問題かな」
タイミングを外させるのではなく、空振りが取れるチェンジアップだ。
全ての球種を投げさせたわけではないが、カットボールとストレートでコンビネーションの八割を占める。
二番の山口も、ストレートとカットボールは振っていく。
ただストレートはともかくカットボールは、下手に当てるとファールにはならずに内野ゴロとして処理されてしまう。
狙うならストレート。
そして実際に狙っていったが、差し込まれてセカンドゴロとなった。
三番の土方も、球筋を見ていくことに集中する。
球数を増やすことは意味がある。来週から始まるリーグ戦を考えると、ここで無理に球数を投げることに意味がないからだ。
100球を超えたあたりで違うピッチャーに交代するだろう。
ダブルヘッダーで投げることを考えると、上級生チームは四枚は投手を使ってくる。
一年生チームはとりあえず一試合目は直史が完投し、二試合目は近藤や星やロースコアゲームにしようと考えている。
直史が二試合完封しても、それは直史が凄いだけであって、練習スタイルを変更するべきだとまでは言えない。
その点でも現役の指導者である国立を連れて来たのは意味がある。
国立は完全に公立で、白富東ほどの特殊性がないチームを、就任一年目で甲子園に連れて行った。
その後も県内では有力校として知られて、練習法などにもバージョンアップが見られる。
結局のところ一回の表、一年生チームは三者凡退である。
そして、ミスターパーフェクトのピッチングが始まる。
この試合においてもし敗北するとしたら、それは実戦から遠ざかっていたからであろう。
大学の上級生チームは春休みにも、オープン戦として他大学や社会人チームとの練習試合を行っている。
直史が最後に試合で投げたのは、去年の送別試合が最後、と言われている。
一応手塚のサークルとは対戦してみたが、レベルが違いすぎる。
樋口としても直史のメカニックについては、何も心配していない。
だがフィールディングや実戦での駆け引きや直感が、どこまで維持されているものか。
投球練習をしてみると、いつも通りにスムーズな体重移動が見て取れる。
あとはバッターボックスに打者を迎えたときにどうなるか。
上級生チームの先頭は、三年の清河。
試合に勝つためにももちろんだが、こいつを完全に抑えておくのは、本来の目的のためにも重要である。
いくら他の要素で役に立つ人間であっても、野球部内では野球の上手いやつが敬われる。
そういうカーストを破壊しようとしている直史たちにとっては皮肉だが。
スルー三連発でしとめるというのはナシである。
普通のピッチャーが使えるコンビネーションで打ち取ってこそ意味があるのだ。
初球はアウトローへのぎりぎりゾーンから外れたストレート。
宣告はボールであるが、これがアメリカなら充分にストライクである。
(スピードはそれほどでもないが、伸びるな)
別に実力がないわけでもない清河は、はっきりと見てきた。
佐藤直史は確かに化け物なのかもしれないが、魔球以外の要素を一つ一つ考えれば、対処出来ない相手ではない。
そしてその魔球も、連投させることで慣れれば打てるだろう。
大学野球の特徴は、高校野球に比べて平均のレベルが高いこと。下位打線の打者であっても、なんらかの対応は出来る。
(とか思ってるのかな)
樋口は対戦する上級生に関して、選手としてのデータだけでなく、性格などの部分などもデータとして持っている。
清河という選手の最大の欠点は、人を侮ることだと北村は伝えていた。
二球目もストレート。打てると判断した清河は振りにいく。
バットに当たったボールは、平凡なピッチャーフライに終わった。
(最初の球と軌道が違ったか?)
高めの球だったので、見極めを間違ったのかもしれない。
二番と三番も、内野ゴロと内野フライに倒れた。
直史は球速はそれほどないが、奪三振は多いピッチャーである。
だが今日はここまで、ストレートしか投げていない。
念のために持ってきたスカウトやスコアラーがスピードガンを取り出して計測するが、せいぜい142kmまでしか出ていない。
手元で曲げているとしても、ほとんど見ている者からは分からない程度だ。
そして清河以外の二人は、140km台の後半は出ていると報告した。
この点、清河が下手に選手としても優れているため、分析が違うものになる。
「外から見ると140km台の半ばぐらいに見えるが、清河にはそれより遅く見えて、他二人は速く見えたということか」
一応ちゃんと采配を振るう辺見は、この三者の認識の違いに戸惑う。
もっともそれよりは、ストレートだけであっさり凡退してしまった方が問題なのだが。
直史のピッチングを見た時、辺見は伸びのあるいいストレートだと思った。
他の変化球も合わせて、とんでもない精度だとも思った。
二人が打ち投げて内野フライというのは、ホップ成分であるバックスピンがたくさんかかっているということだろう。
「スピードガン、どんなもんだ?」
「142kmですね」
「すると清河の言ってることの方が正しいわけか」
ただ傍から見ていても、ボールの軌道が伸びているような気はする。
辺見はこの連戦が、どういう結果になってもある程度は野球の変革の必要性は感じている。
負けたら問答無用で体制の根本から変えるだろうし、勝ったとしてもそこに目に見える結果があれば、改革の理由にはなる。
一年生が圧倒的に負けたら、それはもう口だけだと判断するしかない。
目に見える効果がないなら、伝統ある野球部をそうそう変える必要などない、と思うのが、理不尽にもされて理不尽にもしたOBである。
最近リーグ戦で優勝出来ていないのは、そのあたりに原因があるかもしれないのにだ。
東大の野球部にでも負ければ、それこそ根本的な改革が必要になるのかもしれないが。
二回の表も、四番の近藤は凡退した。
そして五番の樋口である。
二年生の時、甲子園の決勝で逆転サヨナラホームランを打ったのは記憶に残るパフォーマンスである。
その時の対戦相手のチームではあるが、打ったピッチャー自身ではない直史と組むというのが、なかなか人生の面白いところである。
だがワールドカップにおいてこのバッテリーは、12イニングを投げてパーフェクトに抑えた。
次の年のアジア選手権では、直史は体調不良で参加しなかったが、樋口は正捕手として活躍した。
おそらく高校野球では最高のバッテリーではあったのだろう。
そんな樋口はキャッチャーとしての評価も高いが、バッティングも非凡である。
配球を読んだ上で打つので、データが揃っていたらかなりの難投手でも簡単にヒットを打ってしまう。
この時も梶原のストレートに的を絞って、簡単に合わせた。
ライト前に落ちたクリーンヒットで、まずは一年生チームがチャンスを作った。
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