第27話 Co
一度家に戻り、壁にかけてあった放射線防護服を羽織る。そしてラジオ局に向かった。
一日目に来たときのように、建物の周りをラジウムたちが飛び回っていた。俺がクロロホルムに頼んで離してもらったラジウムもその中にいるのだろうかと思いながら彼らを目で追う。
「その重装備は兄ちゃんだな?」
はっとして振り返ればセシウムが立っていた。そして右手をポケットから出し、こちらに手を振る。俺もそれに振り返した。
「さっきぶりだな。またラジウムでも見に来たのか?」
そう不思議そうに尋ねる彼に俺はためらいがちに口を開く。
「うん。……あのね、セシウム。君が前捕まえてきてくれたラジウムなんだけど、実は逃がしちゃって……」
「ああ、その話なら知ってるよ」とセシウムが笑った。
「え?」と俺は目を丸くする。どうしてセシウムがそのことを知っているのだろう。
不思議に思って彼の顔を見つめると、セシウムが口を開いた。
「黄リンから聞いたんだ。夜中に離しに行ったんだろ?」
一日目の夜、どうやら黄リンはこっそり起きていたようだ。子供っぽい彼だが、意外と抜け目ないものだ。
「うん。……ごめんね、せっかくセシウムが捕まえてくれたのに」
そう言って謝るとセシウムがあっけらかんと笑った。
「いいっていいって。兄ちゃん、これからはこの街を自由に歩き回れるから、いつでもラジオ局に来られるしな。……やっぱり、ラジウムは自由に飛んでるほうが綺麗だよな」
セシウムがそう言って俺の肩を抱き、ラジウムを見た。俺も頷き、彼と同じくラジウムたちを眺める。
「……おっと、悪いな。こんなふうに近づくとまたウランに怒られちまうな」
そう言って罰が悪そうに離れようとするセシウムの肩を引き寄せ、笑った。
「別にいいよ。こっちのほうが仲良しって感じがするし」
その言葉にセシウムが嬉しそうに笑った。
「それもそうだな。……そういやウランのやつ、本当にどこに行っちまったんだ?」
「ウラン、帰ってきてないの?」
驚いたように尋ねると、セシウムが頷いた。
「ああ。全く、どこに行ったんだか……」
鉱山に向かう途中で出会った黒ずくめの男を思い出す。
(あれは本当にウランだったのかな……)
もしそうだとしたら、ウランが帰ってこないことと何か関係があるのだろうか。
「まあ、あいつのことだからそんなには心配してないんだけどな。何かに巻き込まれてたとしても、頭いいし機転もきくやつだから、上手に切り抜けるだろ」
そう言って笑うセシウムの顔に、少しばかり心配の色が浮かんでいるのに気づいて、俺は彼を元気づけるように話しかけた。
「うん。きっと戻ってくるよ。それまで待っていよう」
そう言うと彼が俺を見て笑みを作った。
「そうだな。……ありがとう、兄ちゃん」
ラジオ局から家に戻る途中、突如後ろから腐臭が漂ってきたのに気づいてはっとした。
足を止めて振り返れば、目の前にホスゲンが立っていた。相変わらず淀んだ瞳で俺のことを見下ろしている彼女に、思わず身構える。
「……本当にこの街を破壊しに来た刺客ではないようだな」
ホスゲンに念を押すように言われ、俺は頷いてみせた。
「うん、本当だよ。簡単には信じてもらえないかもしれないけど」
そう言うとホスゲンが鼻を鳴らした。
「まあいい。青酸に免じて今回だけは見逃してやる。……だが、覚えていろ。貴様がこの街に害を及ぼす際には、すぐにでも貴様を殺しにいく。……覚悟していろよ」
彼女の言葉に俺はごくりとつばを飲み込んでから頷いた。それを見届けてからホスゲンが踵を返し、去っていった。
彼女の後ろ姿を見ながら
(ホスゲンともいつか仲良くなれるだろうか)と考える。
ホスゲンは確かに恐ろしい化学物質だけれど、彼女は彼女なりにこの街を守ろうとしているのだ。その心に偽りなどない。
(彼女が見逃してくれたからにも、この街のために尽力しないとな)
俺はそう心に決めて、再び家の方に向かって歩き始めた。
家に帰ると玄関の前に小さな小包が置いてあるのが見えた。不思議に思ってそれを拾い上げる。
リビングにいた硫酸たちに聞いてみたが、誰も心当たりはないようだった。硫酸に促され、小包を開けてみると中から綺麗に折り畳まれた真っ白な白衣が出てきた。
「あら、新品の白衣じゃない!でも、一体誰からかしら?」
硫酸が首をひねる。
「人間の隠れファンの化学物質がプレゼントしてくれたんじゃない?」と黄リンがからかうように言う。
「そ、そうなのかな……」
そんな化学物質がいるとは思えないが、一体誰からだろう。
硫化水素が不思議そうに白衣を見る。それからそれが包まれていた小包を見た。
「その白衣、着ても大丈夫でしょうか?何か変なものでも付着しているのではないかと思うと心配です」
そう言って硫化水素が白衣を羽織ろうとする俺を引き止める。
(確かに……)
青酸に認められたとはいえ、俺のことが嫌いな化学物質はまだいることだろう。あまり疑いたくはないが、間接的に俺を傷つけようとしている者だっているかもしれない。
着ようかどうか逡巡しているところに水銀が帰ってきた。そして輪の中心にいる俺を見て怪訝な顔をする。
「どうかしたのか?」
「あら水銀、おかえりなさい。実はね、誰かから人間さんに白衣のプレゼントが届いていたの」
硫酸の言葉を聞いて水銀が俺の手にある白衣を見る。それからちらりと窓の外を見た。
「……なるほどな」
何かに納得したように頷く彼を見て、俺は首をひねる。
「でも、危険なものが付着していないかどうか少し心配で。それで、今着ようかどうか迷っていたところなんです」
硫化水素の言葉に水銀は頷くと、こちらを振り返った。
「……その白衣なら安全だから、着てやってくれないか?その方がきっと贈り主も喜ぶだろうからな」
そう言いきった水銀の顔を不思議に思って見つめる。しかし彼はいつものように無表情なので、そこからは何も読み取れなかった。けれど、水銀が言うのならきっと大丈夫なのだろう。
「分かった。ありがたく着させてもらうよ」
贈り主にお礼を言えないのは残念だが、これを着ることが最大のお礼になるだろう。俺は元々着ていた白衣をたたむと、新品の白衣を羽織った。それはまるでずっと前から着ていたもののように俺の体にすっと馴染んだ。
「よく似合ってます!」と硫化水素が表情を明るくさせる。
「うん!人間、かっこいいよ!」
そう黄リンにも言われて俺は恥ずかしくなって頬を掻いた。
和気あいあいとする俺たちを見ながら水銀がゆっくりと口を開く。
「……カドミウムが先にシアンタウンの入り口のところに行っている。人間、もう準備はできたか?」
水銀の言葉に俺はきゅっと気を引き締めた。
「うん。もう大丈夫だよ」
それを見て頷く水銀に黄リンが話しかける。
「カドミウム、もう王都に行っちゃうの?」
そう残念そうに言う黄リンに水銀が頷く。
「ああ。でも、今回はすぐに帰ってくる」
そう言うと黄リンが少しホッとした顔をした。それを見てから水銀が硫酸の方に向き直った。
「人間を青酸の森の外まで送っていく。留守を頼んだ」
「分かったわ」と硫酸が頷いた。
「え!?人間、帰っちゃうの?」と黄リンがさらに残念そうな顔をする。
「ごめんね、黄リン」
そう謝るが黄リンは「やだやだ」と駄々をこねている。こう見るとまるで幼い子供みたいだ。
「黄リン、わがままを言わないの」と硫酸が困ったように言う。
「人間には人間なりにやらなければならないことがあるんだ。困らせるようなことを言うんじゃない」と水銀がぴしゃりと言う。
すねたように頬を膨らませている黄リンに俺は話しかけた。
「ごめんね。でも、やることが終わったらまた必ず戻ってくるから」
しゃがみこみ、水槽を優しく撫でると黄リンが仕方なさそうにため息をついた。
「……絶対だからね」
そう言って、水の中で右手を指切りをする形にする。それを見て微笑むと、俺も彼と同じ形を手で作った。
黄リンと指切りをし終えて立ち上がった俺を見て、水銀が口を開く。
「よし、それじゃあ行くぞ。もうやり残したことはないな?」
「うん。……行こう」
彼の目を見てはっきりと言うと水銀が頷いた。
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