2. Hot Coffee
僕の人生は、どんな言葉で表せるのだろうか。
複雑な家庭? うーん、どうだろう。
両親がいて、衣食住で困ったことはなく。暴力を振るわれたことだってないし、家族と死別しているとかいう事情もない。
でも僕は自分の人生を、可哀想だと思っている。
だからきっと、僕の感情はただのエゴなんだ。
僕がきっと、必要以上のものを求め過ぎているだけなんだ。
——そう思って長らく生きてきたけれど、どこか苦しい。
爽やかな酸味なんかないまま、ただ苦い後味だけがずーっと残るような感覚。
クラスメイトを見ると、透明な壁というか、何か違う世界のようなものを感じざるを得なかった。僕以外のクラスメイトは、みんなその世界で普通に暮らしていて、そのことに何の疑問も持っていない。でも僕は明らかにその世界の住人ではなくて、そこに行きたいと強く願っている。だけど決して、そこに行くことはできない。
そんな感覚を、毎日毎日抱いていた。家に帰ればそれは、きっと無い物ねだりの延長線で、隣の芝生があまりに青々と見えてしまっているだけなんだと思い直すのだけれど、学校に行けばたちまち、その考えは撤回される。毎日毎日、その繰り返し。
その違和感の正体に気付くのには、少し時間がかかった。
ある日、友達の家に遊びに行った時、家族写真を見つけた。お父さんもお母さんも友達もその妹も、みんな弾けるような笑顔だった。幸せを体現するような笑顔。その隣に、生まれて間もない友達を抱くお母さんの写真があった。
その時、雷に打たれたような衝撃を受けたんだ。
——その写真の中のお母さんは、本当に心から嬉しそうな笑顔をしていた。
それこそが違和感の正体だった。
僕は家に帰って、アルバムを引っ張り出した。一人っ子の僕の子育ては、何もかもが初めてで、新鮮で、写真はきっといっぱいあると思っていたけれど、友達の所の半分もなかった。
ページをパラパラとめくっていく。僕と母親が2人で立っている写真。ベビーベッドで寝る僕を母親が覗き込む写真。生まれたばかりの僕を母親が抱く写真。
僕はページをめくる度に、徐々に血の気が引いていくのを感じていた。
どれもそう。怖いくらいに、どれもそう。
——それらの写真の中の母親は、本当に心から苦しそうな顔をしていた。
抱き締めると言いつつも、妙に開いた距離。母親のどこか引きつった笑顔。恐る恐る覗き込むような姿勢。
あぁ、そうか。
僕の母親は、僕の誕生を心から喜んでいたわけじゃなかったんだ。
なんでなのかは分からない。
でも父親によれば、元々そういう特性を持った人らしい。
母親は、昔からそうだったと言う。コミュニケーションを避け、興味のあることだけ没頭して、他はさっぱり。だけど、そんな彼女に理解のあった父親への愛情は爆発して、それで勢いのままに結婚して僕が生まれたけれど、僕のことを“異物”のように捉えていたことは、否めないと。父親は申し訳なさそうに、そう言った。僕が怖い、そう言って泣いた夜もあったらしい。
今も母親は、どこか僕を避けている。必要最小限の会話。逃げるように仕事に出ていく母親。僕が寝る頃に帰ってきて、置き手紙でのやりとりが多い日々。
僕のクラスメイト達は、「情愛に溢れた母親がいて当たり前」という世界にいたんだ。だから僕には、彼らがとてつもなく遠く見えて、同時に、その世界にどうしても行きたいと思っていたんだ。
自分が可哀想。
そんな被害妄想じみた感覚は、きっとエゴなんかじゃない。
至極真っ当に、ただあるべきものを求める、普通の感覚なんだ。
僕はそう信じた。というか、そう信じないと、自分がどこからともなく壊れていくような気がした。
僕はあてもなく街を
僕の求めている世界が、この家には絶対に存在しないことを知ったから。
でもこの地球上のどこかには、僕も入れるような所があるんじゃないだろうか。
そう思って、地図もないまま外に出た。
きっとそんな場所が見つかると信じて。
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