Grand Slam

1. Swedish Punch

「ねえ、この水色のビー玉は?」

「うーん、合格」

「じゃあ、この光当てると文字読めるペンは?」

「うん、合格」

「合格ばっかじゃん! もう缶がいっぱいだよ」


 お歳暮で家に送られて来たお菓子の空き缶に、僕達は次々と“珍しいもの”と“大切なもの”を入れていた。綺麗な色のビー玉、インクにラメが入ったペン、今の僕達の写真。

 僕はもうちょっと吟味するべきだと思ったけれど、彼女は割と何でもかんでも合格にして、次々と缶に突っ込むよう僕に指示を出した。小学6年生なら、もう少しませていて、何となく異性であることを意識し合っている方が自然なのかもしれない。でも僕達は、誕生日と生まれた病院からして同じだったので、異性というよりはソウルメイトに近い気がしていた。男勝りで背の高い彼女と臆病で背の低い僕は、周囲からも凸凹でこぼこコンビの愛称を賜っていた。

 もうすぐ僕達の小学校ではタイムカプセルを埋める計画が実施される予定だったのだが、それに参加できるのは僕達の1個下の世代からだった。僕達はギリギリ参加できなくなってしまったのだ。

 だから、僕達もここに通っていたという証をちゃんと残しておくために、2人でタイムカプセルを埋めよう、と彼女に言われ、ここに至っている。正直最初は乗り気ではなかったが、一緒に物を選んで缶に入れていくうちに、僕達の将来に思いを馳せて、わくわくしていた。

 無論、自分達だけのタイムカプセルを埋めることは、学校で許可されていることではない。だから彼女は言った。


「ねえ。これは、私達だけの内緒ごとだからね。10年後に2人でまた開けるまで、誰にも言っちゃダメだからね? 分かった?」

「うん、分かった」


 どこまでも従順な僕は、彼女の言うことに「うんうん」と言い続けた。幼馴染とはいえ、女の子と2人でタイムカプセルを埋めたなんて、絶対誰にも言わないから。

 彼女は“内緒ごと”という言葉が好きだった。この言葉を使った直後には、必ず人差し指を自分の口の前で立てて見せるのだった。そして僕にも、同じ動作をするように言った。僕にだって女の子と同じ振る舞いをすることに恥じらいがあるというのに、彼女はそれを分かってくれなくて、僕が彼女の真似をするまで貝のようにその場から動かず、僕を大いに困らせた。

 指切りじゃダメらしい。2人で「シーっ」とするのが、僕達なりの約束の仕方。


「よし。じゃあ、最後に手紙入れよ! 10年後の自分宛ての手紙」

「うん」



 元々は彼女も僕も同じくらいの背格好で、3歳くらいの時から、一緒にいる時は常に手を繋ぐ間柄だった。仲は良いけれど、喧嘩だってする。おもちゃの取り合い(というか、彼女が僕のおもちゃを使いたがっただけ)で何度喧嘩したことか。僕は母親から「女の子に絶対手を出しちゃダメ。ぶったり蹴ったりしたら絶対ダメ」と口酸っぱく言われていたから、「やめて! 返して!」ということしかできなかった。でも彼女の泣き声が僕の文句を見事にかき消して、僕ばかりが被害者になった。それはとても悔しかったのだろう、今でもよく覚えている。

 だけど彼女も罪悪感を抱いていたのかどうか、それは知らないが、僕が助けられた部分も多かった。

 小学校の3年生から6年生まではずっと同じクラスになって、ちょうどその頃から彼女に身長を抜かれ始めた。竹の子のようにニョキニョキと大きくなっていく彼女と僕の身長差は、いつしか15cmほどにまで開いていた。140cmの僕と、155cmの彼女。学年の男子で1番チビだった僕はすばしっこいだけで、体育でみんなの力になれる場面はあまりなかった。身体の発達がゆっくりだったのだ。足が短くてサッカーボールが届かないし、バスケットではディフェンスの連中に囲まれて視界を阻まれた。だから僕はクラスの男子から、「使えないやつ」とレッテルを貼られて、いじられたり、外遊びに入れてもらえなかったりした。そんな時彼女は、「ちょっとあんたら待ちなさいよ。仲間外れにするなんて幼稚すぎる。これだから男はバカで困る」と、僕が恐れていた男子集団に平然と言ってのけたのだ。一部の男子より既に大きくて運動神経も良かった彼女は、半ば強引に「ドッジボールと鬼ごっこ、ドロケイの時は絶対に僕を仲間外れにしない」という協定を取り付けた。この協定を破った者には、黒板消しの粉を被る刑がもれなく執行された。かなり高圧的なやり方ではあったけれど、僕を守ってくれたことに変わりはなかった。

 そんな彼女は、一部の男子からは「ウザいやつ」、また一部の男子からは「イケメンなやつ」との認識を抱かれていて、後者の中には彼女に好意らしきものを寄せる輩がいた。彼らは時折、彼女に「一緒に帰らないか」と誘ったり、彼女の苦手な給食メニューを「先生にバレないように食べてやろうか」と持ちかけたりした。そんな時、僕はちょっと嫌な気持ちになった。なんか、綺麗なキャンバスに余計な絵の具が入り込んで絵をダメにしちゃうような、濁っていくような感覚。僕はまだ、その感覚に名前をつけられるほど大人ではなかった。


 この気持ちを何と言うのか。

 10年後の自分なら答えを教えてくれそうな気がして、僕はその疑問を手紙に書いておいた。

 彼女は何を書いたんだろう。10年後、彼女はどんな人になっているのだろう。


「ねえ、手紙、何て書いたの?」

「そんなの、今ネタバレしたらダメだよ。10年後まで待たなきゃ」

「ケチ。……もう1回言うけど、これは私達だけの内緒ごとだからね! 10年後まで、ずっと」

「分かってるよ、もう」


 僕は彼女の手紙も預かって、缶の中身の一番上にそっと置いた。

 一通り詰め込み終わって、蓋をして。僕達は、自分達にしてはかなり深めに掘った穴にそっと缶を入れ、土を被せていった。




**********

Swedish Punch(スウェディッシュ・パンチ)

アラック(水割りすると白濁する蒸留酒)、蒸留酒、砂糖、水、香料から作られる甘くて濃厚なリキュール。

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