2. Soda
結局、何度も何度も書き直して、ようやく納得の行く出来になった1枚を封筒に入れ、学校に向かった。その日の放課後、屋上で渡すつもりだった。そのことはもうメールしていて、了承を得ていた。
「どうしたの? 話って。改まっちゃって」
「うん、あのね……」
私は手紙を差し出した。
「読んで、くれませんか」
冷静に考えれば、ラブレターは直接渡さなくても良かっただろう。目の前で封を切られて読まれるのは、なかなか言葉にしづらい羞恥があった。
「これ……」
「もう一歩、進んだ関係に、なりたい……」
「こういう、こと?」
腕を軽く引っ張られて、私の体は幼馴染の腕の中にすっぽり収まった。ついでに顎もくいっと持ち上げられて、顔が一気に近づいた。私の心拍数は早くも限界を迎えそうになっていた。
「う、うん……」
もう少し進んで、とは、言い出せなかった。でもきっと、相手は分かっている。
そして私は、待っていた。「もう、しょうがないなあ」と言ってくれるのを。
「ごめん。それは、無理だ」
「え……」
彼女は困ったように言った。
「実は私……昨日、彼氏できたんだ」
男勝りでモデルのような容姿をしていて、ベリーショートがよく似合う美人の幼馴染は、そう言った。
まだ身長が同じくらいで、一緒にお人形遊びをしていた時には友情しか芽生えていなかったはずなのに。
教室で私を守るようになり、身長を超され、部活のためにベリーショートにしてからは、友情としての暖かな気持ちに加えて、胸が締め付けられるような気持ちが生まれるようになっていた。「カッコいい、キュンとする」という表現が一番しっくり来た。
サイダーのような、甘くてシュワシュワとした感じで。一緒にいるだけで胸が高鳴って。
どこかで期待していた。彼女もまた、私といると胸が高鳴るんじゃないかって。背が低くて、セミロングの髪で、結構高い声を持つ私を、「可愛い」と思ってくれてるんじゃないかって。
でも彼女も女の子だった。普通の、私と同じような、恋する女の子だった。
いつも隣にいたはずなのに、今彼女に抱き締められているはずなのに、とてつもなく遠い場所に彼女がいるような気がした。私の知らない所で、彼女が、彼氏を。
彼女はゆっくりと私から体を離した。
「部活の先輩でね。練習にも結構付き合ってくれて。何回かデートして、昨日告白されたの」
そう言う彼女の口元は、わずかに口角が上がっていた。頬も心なしか紅潮していて、「あ、これは喜びを共有して欲しい時の顔だ」とすぐに分かる。すぐに分かってしまう。
今はそれが、とてつもなく苦しい。
だって、甘いはずだったサイダーから、糖分が全て奪われてしまったのだから。
ついでに言えば、炭酸もどこかに消えた。
今私の心を満たしているのは、何の変哲もない、蛇口をひねれば出てくる、ただの真水だった。
「そっか……」
ダメだ、大好きな幼馴染に、好きな人ができて、結ばれたんだから。私が喜ばなくてどうするの?
今まで彼女は私を守ってくれていた。今度は彼女が、彼氏に守られたっていいじゃない。
ううん、良くない。
一瞬でも、「これからもずっと、この人に隣にいて欲しい」と思ってしまったのだから。良くないのだ。
でも強引に彼女を奪うほど、私は強くない。そんなのは私自身が一番知っていた。
「だから、ごめん。今の私には、この関係が限界」
「し、将来的に、もっと進んだ関係に……」
彼女はゆっくりと首を横に振った。
「私は幼馴染を恋愛対象としては見られない」
「そんな……」
彼女はいつもの癖で私の頭に手を伸ばそうとして、すんでの所で引っ込めた。
「私が、こういう思わせぶりな行動取ってたから、いけなかったんだよね。もうやめる」
「思わせぶりって……」
「ねえ。もう少し、ドライな関係になろう、私たち」
考えられない。そんなの、そんな、君の手がもう私に触れないなんて、そんなの、絶対に考えられない。考えたくない。
思わず涙が出てきたけれど、彼女はもう、私を抱き締めることはなかった。あの前髪も、唇も、手も、もう私のものじゃなくなってしまった。「もう、しょうがないなあ」なんて台詞も、遠いどこかへ連れ去られてしまった。
「嫌いとかいうわけじゃない。唯一無二の幼馴染。すごく大事な関係。でもそれは、恋愛関係にはなり得ないの。ごめん、分かって」
じゃあね、と私を残して屋上を去って行く彼女を、私は呆然と見つめることしかできなかった。
心を満たしていた真水は、今度はみるみるとその水量を減らしていった。
ああ、枯渇していく。
どんどんどんどん、あっという間に、渇いていく。干上がっていく。
海水でも泥水でも血でも、何でも良い。
瞬く間に渇き切っていく私を、どうか、どうか、満たして欲しい。
どこにも行き場のない叫びは、赤い夕闇の空へ静かに消えていった。
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Campari Soda(カンパリ・ソーダ)
「ドライな関係」
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