Campari Soda
1. Campari
物心がつく頃には、もう隣にいることが当たり前になっていた。
幼稚園に行く時のバスの座席も、近所のお祭りで小さなお神輿に乗せてもらう時も、公園で遊ぶ時も隣にいた。
小学校に入っても大きくは変わらなくて、給食で机をくっつける時も、図工室で席につく時も隣にいた。
中学生になったって高校生になったって、クラスは違っても、隣にいることが多かった。一方が喜んでいる時は共に喜び、一方が悲しんでいる時は他方が一生懸命慰めた。
そもそも、家が隣である。誕生日だって“隣”。それぞれ、同じ月の5日と6日生まれだった。だから誕生日パーティーは合同で、毎年交互に互いの家を行き来してやるのが常だった。
あまりにずっと一緒にいるもんだから、「他にお友達はいないの?」と親に心配されたくらいだ。さすがに友達はいたけれど、この幼馴染以上に仲良くなったことは未だにない。
だから、優に15年を超える仲になっていて、何でも言い合えるようになって、好みも嫌いなものも起きる時間も寝る時間も毎日のルーティーンもほとんど全部把握してしまうくらいなら、一度くらいは仕方ないんだと思う。
——恋心が芽生えたって、仕方ないんだと思う。
常に隣にいる間柄だけれど、性格まで似ているわけじゃなかった。むしろ正反対だった。
私はずっと泣き虫で、男の子から何かちょっかいを出される度にすぐ泣いていた。私が泣いたことにびっくりしてちょっかいをやめる子もいたけれど、泣いたことを面白がってさらにちょっかいを仕掛けてくる子もいた。
するといつの間にか幼馴染が隣に来て、こう言うのだ。
「ねえ、いやがってる。わかんない?」って。
いつもは聞かない、幾分ドスの効いた声で威嚇してくれた。男の子達は、その声を聞くと「ごめんなさいごめんなさい、かんべんしてください!」と騒いで、瞬く間に解散した。そしてその後は決まって、「もう、しょうがないなぁ」と私の頭を優しく撫でてくれたのだった。
中学生になっても、私の性格はあまり変わらなかった。私は、誰かから見ると刺激したくなる人間なのかもしれない。そしてその刺激が好ましいものでなかったとしても、私は強い口調で拒むことができない人間だった。人の気持ちを察することができる人ならば、そもそもこうやって刺激をしてこないはずだ。でも私にはそれが分からなくて、ちょっと引きつった笑みを見せていれば、いつか相手も察してくれるんじゃないか、と淡い、バカみたいな期待をしていた。そして毎回毎回その期待は見事に裏切られて、私は1人泣く羽目になったのだった。
「少しくらい、自分で言えるようになりなって」
「うん……ごめん……」
困ったような幼馴染の顔を見て、私はもっと縮こまりたい気持ちになった。でもさすがは私の扱いを熟知していて、
「もう、しょうがないなあ。こっちからちゃんと、言ってやるから」
と、頭を優しく撫でてくれるのだった。「大丈夫だからな」と言って。
そして翌日には必ず、
「おい。散々いじって泣かせてんじゃねえぞ」
と、またドスの効いた声で威嚇してくれた。小学生の時よりもさらに成熟度が増した、アルトの声で。
その度に私はお礼を言って、お礼を言う度に私は優しく抱き締められるのだった。
そんなことをもう何年も繰り返されていたら、そりゃあ一度くらい、恋心というのは芽生えてきてしまう。
いつも私を守ってくれて、扱い方を熟知していて。私の弱虫加減に辟易しながらも、最後には「もう、しょうがないなあ」って言ってくれて。
もう私よりも背が高くて、爽やかな短髪で。優しく抱き締めてくれる時に額に当たる前髪と、わずかに当たる唇の柔らかな感覚と、そっと頭に置かれる私よりも大きな手が、暗くなっていた私の気持ちを毎回、ゆっくりと明るくしてくれるのだった。
この人が隣にいてくれるなら大丈夫。
その思いはいつの日か、
これからもずっと、この人に隣にいて欲しい。
そんな想いに変わっていた。
ただ、世の若い女の子を釘付けにするような、爽やかな桃色の純愛物語は、そんなに実在しない。
現実はもっと苦い。そして、もう少し血みたいに赤い気がする。
ルビーみたいなイミテーションの石がトップについたボールペンを、ペン立てから取り出した。いつの日かの誕生日パーティで、幼馴染がくれたもの。
この恋が、これくらい綺麗に輝くものなら良かったのに。
幼馴染からもう一歩だけ、進んだ関係になりたくて、私は紙にボールペンを走らせた。
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Campari(カンパリ)
リキュールの一種。苦味があるが、口当たりは良い。ルビーみたいな赤色をしている。
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