Affinity
1. Scotch Whisky
仕事と育児の両立というのは、想像以上に難しい。
家を出る時間より何時間も早く起きて、まずは手をよく洗い、コップ1杯の水を飲み、テレビをつけて、娘の麦が起きてぐずらないうちに掃除を手早く済ませる。そして冷蔵庫から作り置きのタッパーをいくつか取り出して、麦と夫と自分のためのお弁当を詰めていく。各自のお弁当の配分は、1:3:2。私は麦の2倍、夫は私の1.5倍。男性でも満足できるように、夫のお弁当には唐揚げを多めに詰め込んでいく。麦のは野菜も満遍なく楽しく食べられるように、ミニトマトとうずらの卵を、ハート型のピックに交互に刺していく。私は色合いさえどうにかなっていれば大丈夫。
そうこうしているうちにテレビが7時30分を告げ、夫が起きてくるので、お弁当に入りきらなかった食材を適当に大皿に並べてダイニングテーブルに出しておく。夫と私の朝は、ビュッフェ形式だ。新婚当初はホテルさながらの朝食作りに精を出していたけれど、今はそんなこと言ってられない。寝ぼけ眼でパン派の夫に、「私のもトーストしといて」と頼んで、全員分のお弁当を仕上げる。水筒にお茶を入れるのも忘れずに。
そうしたら、次は寝起きの機嫌が非常に悪い麦を起こさなければならない。これが朝の仕事の中では最も大変なことだ。「う〜やだぁままぁねむいぃぃ」とごねる姿は愛らしいっちゃ愛らしいのだが、時間に追われた平日の朝にやられるのは非常に困る。ごねるのは休日だけにしてくれ……! という心の叫びを毎朝噛み殺して、「今日のお弁当は唐揚げだよ〜!」などとうまい具合に機嫌を良くさせ、素早く布団を引き剥がす。単純な麦ちゃんは「からあげ!」とにっこりして、私がシーツを直している間に1人でトイレに行き、踏み台を出して顔を洗い、出しておいた洋服に順番に着替え、私の元に戻ってくる。鳥の巣になった髪の毛を
毛先が良い具合に外にハネていて、ツインテールにしてあげようとするが、今日はツインテールが彼女の地雷らしかった。娘の地雷は毎日意外すぎる所に隠れていて、踏まない日はない。私は年がら年中負傷する羽目になる。麦は一気にぐずる。
「うわぁぁぁんきょうはそんなきぶんじゃないいいいい」
「だって、いい感じにハネてて可愛いんだもん。いいじゃないツインテールで」
「やぁぁぁぁだぁぁぁぁっっ!」
「じゃあ、何がいいの?」
「うー…………」
「ごめん麦、ツインテールが嫌ならどうしたいか教えて? ママも準備しないといけないし」
親バカではないが、麦は良い子だ。人の状況は言われれば理解してくれる優しい女の子である。
「1つ!」
「ひとつ……」
「ねねちゃんのいつもの!」
なるほど。
仲良しのねねちゃんのポニーテールを真似したい気分らしい。
「了解です」と言って、私は麦の髪を手早くポニーテールにした。確かに外ハネの髪型は、ポニーテールにしてもなかなか可愛い。麦の好きな星のついたゴムで飾り付けをして、「できたよ」と言うと、麦はにっこりとして、「パパ〜!」とダイニングへ向かっていった。大好きなパパに可愛い髪型を褒めちぎってもらえて、さらにご満悦である。
夫は朝刊を読みながらの朝食を終えて、ゴミ出しの準備をしていた。育児を“手伝う”とは一言も言わず、授乳以外のタスクを率先してやってきてくれた夫を、私は密かに誇りに思っている。
麦のために小さなコップに麦茶を入れて、ロールパンとスクランブルエッグとコンソメスープを出し、私も夫がトーストしてくれた、もう熱が逃げてパリパリしただけの食パンと、大皿に残った私の好物を急いで食べる。
ゴミをまとめ終わった夫に食器洗いを任せている間に、麦はお弁当と水筒を保育園の鞄に入れ、私は着替えてメイクを済ませ、やっと家を出られるのだ。
3人で「いってきまーす」と言おうとしたら、麦がファインプレーを見せた。
「ママ、パパ、マスク!」
帰宅しても大忙し。
今週中の仕事をマッハスピードであらかた終わらせて、残りを後輩に引き継いで退勤。今日は夫が麦を連れて帰る当番なので、私はスーパーへ。最寄り駅に着くまで電車の中でスマホとにらめっこし、チラシを隅々まで見てお買い得商品を把握。脳の空いたスペースで、買った商品をどんな献立にするか、いくつかの組み合わせを考える。さらに空いたスペースで、残りの食費を計算。
これだけ脳が動いていても、習慣というのは体に染み付いている。わずかな人の乗り降りで現在地を把握し、間違いなく最寄り駅で電車を降りる。そして入り口でアルコールスプレーをして、シミュレーション通りにスーパーで買い物。……たまに売り切れとか、チラシに載っていなかったタイムセールが始まるとか、狙っていた商品を前にしてママ友に会ってしまって、ソーシャルディスタンス保って立ち話とか、色々なアクシデントはあるけれど。
そして夕食を作り、遅れて帰宅した2人の洋服に消毒スプレーをかけて、洗濯できるものは洗濯機に突っ込んで回し、先に2人をお風呂に行かせ、その後夕食をとる。
いつものルーティンに、消毒という作業が加わるようになって、もう1年が経つ。
麦を手塩にかけて育てたい。立派に育てたい。たくさん愛したい。
でもこの異常な世界で、親子間のスキンシップですら気をつけなければならないこの世界で、麦を育てていくのは、結構難しい。
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Scotch Whisky(スコッチウイスキー)
糖化から熟成まで、全てスコットランドで製造されたウイスキーのこと。大麦麦芽を原料としたモルトウイスキーと、トウモロコシと大麦麦芽を配合したグレーンウイスキーに大別される。
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