Night Cap
1. Brandy
クラスが固定されている高校までに比べて、大学の人間関係は
自分で自由に帰属を選択できる一方で、自分で選択した場所でしか関係を広げることができない。
元々、友達を作るのが苦手だった。友達ができないわけじゃない。話しかけられれば思ったより普通に話せて、女子同士の
そう、話しかけてもらえるなら、良いのだ。それと、みんなが同じ制服に身を包み、外見での差別化がそこまで酷くなされていないなら、こちらも楽なのだ。
気が重いのは、クラスが流動的なことと、私服登校になること。人見知りの私に、春学期の間だけで友達ができる可能性なんて全く分からなかった。私服だって今までそんなに気にしたことがなくて、ましてやメイクなんて初心者も初心者すぎて、あたふたするばかりだった。きょうだいは弟だけで、こういう時には全く使い物にならなかった。
しかし、そんな私の不安は杞憂に終わった。
大学の人達が采配したのか、それとも単に運が良かったのか、私と同じ必修クラスになった人達は、みんな優しくて。一見目が覚めるような金髪とか、スッピンを想像できないようなアイライン、こちらが緊張してしまうオフショルダー、耳が可哀想に思えてくる穴の巨大なピアスなどかなり衝撃的な人も確かにいたけれど、彼らも皆、同じように不安を抱えた新入生だった。
男子も含めて6人くらいのグループが何となくできて、お昼を食べたり、カラオケに行ったり。顔見知りになる人数は少なくなったけれど、人間関係そのものは充実していた。
でもそんな充足感を得られたのは、最初の1ヶ月だけで。
桜が散り、緑が青々としてくる頃には、放課後の予定が合わなくなっていった。
「え、サークル入ってないの?」
「うん……特にこれやりたい、みたいなのないし……」
「それは損してるって! 人脈広げるためにも入っとくとお得だよ!」
「人脈、必要かな……」
「必修だけは、もったいないよ。せっかくこんなに学生がいる大学入ったんだから。あとあとバイトのコネとか、就活の情報とか、講義の過去問とか、単に飲み仲間とか恋愛とか、そういういろーーーんなことのために、重要なの」
「そうなんだ……」
能動性が皆無なのは、本当に自分の悪い癖だ。受験みたいに人生がかかった局面でもないかぎり、わずかな能動性を発揮することができずにいた。
そのツケが、ゴールデンウィーク明けの“サークル難民”である。
新歓旅行もコンパもとうに終わり、早い所は申し込みを締め切っているサークルもあるようだった。私の高校時代の友達は全員違う大学に進学したが、システムはどこも同じなのだろうか。
「同じだよ! ほぼ全国共通」
そうなんですね……。私は自分の無知を、嫌というほど思い知った。
受動態でいることに慣れすぎて、というか受動態でいても生きてこられた自分が恵まれすぎていたことを今更悟って、そんな自分を恨みまくる。
自己選択、自己責任、自己決定。それが大学生以降の社会の掟だ。私はもう、それに従わなければならない年齢に達してしまったのだ。
私は貴重な友達に尋ねた。
「今からでも入れそうな、人数多めのサークル、どこにあるかな……」
「じゃあ、私と同じ所入ろうよ!」
「え、そんなチアダンスなんて、私には!」
「チアは締め切っちゃったよ。私が言ってるのは、もう1つのこと」
「……掛け持ちしてるの?!」
私以上にびっくりして、ちょっと待ってよ、それくらいは知っとこうよ! と呆れながら話す彼女。
どうやら、サークルの掛け持ちは“兼サー”というらしい。チアは女子だけなので、男子の知り合いも増やすために兼サーを決めたのだとか。
「今晩、早速コンパあるから。そこにドタ参しよ、一緒に」
「ドタ参……」
土壇場で参加! 当日参加ってこと! と彼女は笑い、「先輩にLINEしておくね」と言って、チアのサークルの練習のために去っていった。
正直、本当に入りたいのかどうかは分からなかった。国際交流と言いつつ、日本人が9割を占めるサークル。まぁ、そちらの方が私は落ち着くけれど。
琥珀色の店内で、「とにかく焼いて揚げればいいんでしょ」とでもいうように茶色い食べ物ばかりが並べられ、先輩は日本酒を「命の水」と崇めて浴びていた。
私はずっとチアの友達にひっついていた。もう新歓コンパではないので、先輩が本性を表して飲み始めるらしい。留学生もほとんどが飲めるので、どうしても荒れるようだ。でも1年生の女子には優しいようだった。右も左も分からないまま、私は何とか先輩に挨拶を済ませて、その場で入会金を払った。
先輩の口から吐き出されたお酒の匂いは、帰宅してベッドに入るまでずっと、鼻孔の辺りに残っていた。
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Brandy(ブランデー)
ノルウェー語で「焼いたワイン」を意味する言葉が元になっている、果実酒を蒸留したものの総称。多くは樽のせいで琥珀色をしている。フランス語では「命の水」と呼ばれている。
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