Rusty Nail

1. Scotch Whisky

 友人なんて、必要ない。全く以て、必要ない。

 こんなことを言うと、「どんだけ陰キャなんだ」と突っ込まれそうだ。

 でもその突っ込みには、首肯で答えるしかない。

 自分の時間をかき乱し、適度に遊びに付き合わなければならず、常に利害関係を平等に保っていないといけないような関係性の人間を必要とする理由が、私にはさっぱり分からなかった。


 数少ないメリットと言えば、体育でペアになったり、遠足でグループになったりする時に惨めな思いをしなくて良い、ということだけである。

 ちなみにお弁当を1人で食べることに関しては、全く問題ない。むしろ1人の方が気分によって自由に食べる場所を変えられるし、メンバーが揃うまで蓋を開けるのを待っている必要もない。気分に反して購買に連れて行かれて、大して欲しくもないパンを買う羽目に陥ることもない。

 授業間の移動だって、なんとなくクラスの集団に紛れて歩いて行けば、問題なく目的地にたどり着くのだ。制服を着ているかどうかに関わらず、私は擬態が得意だ。


 しかしグループ分けとなると話は別である。全て名簿順にすれば良いものを。私のようにあぶれる人間が出てくると教師も頭を抱えるのだから、それなら名簿順にしてしまえば良い。「あいつと一緒だと無理なんだけど〜」とほざく輩がいるならば、堂々と仲間外れにすれば良い。私のことは、いつ省いてくれたって構わない。私は省いた生徒のことを責め立て、泣くつもりなど微塵もない。教師を責める気力もない。むしろ、「みんなで仲良く」なんて、大の大人でもできないことをこちらに押し付けられる方がごめんである。

 ただ教育現場としては、そうした幻想も現実にできるように躍起になるしかないらしい。自分で気の合う仲間を見つけ、彼らと仲良く青春を過ごすことが私達生徒には求められている。そしてそんな“普通”のことができない私のような生徒は、教師によって指導されなければならないと信じられている。


 そんなわけで私は今、放課後の教室に取り残されている、というわけだ。教師の仕事が終わるまで待っていないといけないらしい。ここで逃げ出して新たな問題を作り出すほど、私はバカじゃない。だから、錆びた鉄と色あせた木でできた椅子にただ1人座り、私は教師を待ち続けている。


「何してるの」


 ハシビロコウの如く、微動だにせずに教師を待ち続けていると、明らかに彼のものではない声がした。右斜め前の入り口を見ると、クラスメイトが立っていた。


「担任を待ってる」

「そんなハシビロコウみたいに待ってなくても」

「ハシビロコウ分かるの」

「分かるよ。ずーーーーっと動かない鳥」

「……何しに来たの」

「宿題をね、机の中に忘れたの」


 これだけ会話の往復が続くのは久々だった。ハシビロコウを知っているとは思っていなかった。

 彼女は自分の机を探って宿題を取り出すと、また話しかけてきた。


「先生と、何話すの?」

「さぁ? 多分、6月になっても1人だからじゃないの」

「そういうことか」


 妙に納得されたのがムカついたので彼女を少し睨むと、「あ、ごめん、悪気はなくて」と謝り、続けた。


「私も同じだよ」

「え?」


 それはおかしい。彼女はクラスで最も華やかなグループに属しているのだから。

 私の表情の変化を悟ったのか、彼女は付け足すように言った。


「私、あのグループとは友達じゃないから。ペアを作る時困らないように、偶数のグループになるために都合の良い女として使われてるだけ。だから実質1人」

「それなら、なんで抜けないの」

「わざわざ抜ける理由もないから、かな。大体、あの子達と仲良く過ごそうなんて思ってない。適度にそれなりの高校生っぽい思い出が作れればそれで良くて。あとは、宿題見せてくれることもあるし、ある程度ウィンウィンだからいいかなって」

「一緒にいても楽しくない連中と、偽の思い出作って楽しいの?」

「あ、そ、それは……」


 別に彼女を案じたわけではない、と思う。

 ただ、偽の思い出を作って満足するくらいなら、本当に1人になった方がマシだと思ったのだ。

 高校生のうちから自分に嘘をつくのは、きっと結構苦しい。


「苦しくないの」

「そ、そりゃ、苦しい……」

「じゃあ抜けちゃえば」

「そ、そんなすぐには」


 それにしても、教師が一向にやってこない。もしかして忘れたんだろうか。自分から言い出したくせに。


 元々孤独な私が、今後も孤独を貫いていくことはそんなにリスキーではない。教師に呼ばれたって、孤独であることを何か言われたって、私は何とも思わない。

 でも今の彼女が突然、自ら孤独になるのは、結構リスクが高いだろう。きっとグループの性質的に、後々いじめられる。教師にも、「何かあったか」なんてデリカシーのない質問をされる。

 困りそうな人間を放置しておくほど、私は冷酷な人間ではない。孤独と冷たさは同義ではないのだ。


 私はメモに自分の携帯番号を書き殴り、彼女の鞄に滑り込ませた。「じゃあ自分で決めれば」と言い残し、教室を出る。


 1時間も待ちぼうけにさせた教師には、明日トゲの5本程度でも刺しておくとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る