2. Drambuie
彼女は、鞄に紛れ込んだ小さな紙切れにすぐ気づいたようだった。その日のうちに私のスマホがヴヴヴと震え、あの子は鞄をきちんと整理する子なんだな、とふと思う。
「もしもし」
『もしもし。……メモくれて、ありがとう』
「用件は?」
『ほんと、ドライだなぁ』
「私は友達いらないから」
『なのに、メモくれたんだ』
「……あのグループから外れて1人になるの、大変でしょ」
リズミカルだったやりとりが途絶える。
「どうした?」
『私と、親友にならない?』
「え?」
『友達は、いらないんでしょ。なら親友になろうよ』
「親友なんて、そんな友達より面倒なの……」
『そんなことないよ。ずっと仮面被って、とりあえず喧嘩は回避しなきゃ、みたいに神経すり減らすただの薄っぺらい友達より、全然楽だよ』
「……親友の定義は?」
『言いたいこと言い合って、1人になりたい時間を尊重して、利害関係とかいちいち考えずに、喧嘩も建設的なものなら恐れない関係……かな』
確かに、自分の時間をかき乱し、適度に遊びに付き合わなければならず、常に利害関係を平等に保っていないといけないような関係性の人間とは異なる定義である。
それなら、乗っかってみるか。
『どう? 私と親友になるの』
「……いいよ。親友、なろっか」
『やった! ありがとう!』
思わず当てていた耳を遠ざけるくらいに大きな声がした。
友達すらいないのに、親友なんて作っていいんだろうか。
そんな不安は、なぜか彼女と話している時には生まれてこなかった。
彼女の行動は凄まじく早く、翌日、約束をすっぽかした教師に私がトゲを刺し終わった頃にはもう、グループを抜けていた。授業の移動も昼食も、グループに彼女の姿がなかったのだ。
彼女は逃げるようにして1人の空間を確保していた。少しキレ気味のグループメンバーが「居場所知らない?」と聞いて回ってきた時も、私は「知らない」としらばっくれた。
私が話しかけるなオーラを放っていたのが効果的だったらしく、彼女と私が時折一緒に過ごすようになっても、元のグループのメンツは何も言ってこなかった。そして彼女といる時間が増えたことで、教師にすっぽかされた面談も、うやむやになった。
体育のペアや、遠足のバスの座席など、必要な時は必ず一緒に。
互いが一緒に過ごしたい時には2人でお弁当を食べたり、購買に行ったり。
片方が乗り気じゃない時には、無理強いをしない。
2ヶ月に1回くらい、気が向いたら休日を一緒に過ごして。
喧嘩をする時には感情論ではなく、主張と理由を明確に。相手を無責任に非難する発言は禁止。
そんなルールを2人で決めて、徹底的に居心地の良い空間を作った。
いわゆる“普通”の青春ではないかもしれないけれど。かなり地味で、事務的な関係に見えるかもしれないけれど。
だけど1つ確かに言えるのは、これが仮面を被った関係ではない、ということだ。
省き省かれる恐怖に怯え、作り笑いを貼り付けて、自分に嘘をつく生き方に慣れてしまうより、自分の意思で関係を築ける生き方の方がよっぽど満足度が高くて、豊かである。
その証拠に、時折2人で放課後に飲んだジュースはとても甘かった。雑味なんて一切なくて、純粋な甘さだけが、ともすればどうしようもないくらいの甘さだけが、私達を包んでいった。
人によるかもしれないが、いつも一緒でベタベタの関係よりも、私達にはこっちの方が合っていたらしい。
16歳で自分たちなりのルールを決めて親友になるという選択肢は、間違っていなかったようだ。
気づけば私達は高校を卒業し、大学を卒業し、社会人になっていた。そして彼女は、運命の人を見つけた。
「結婚式、スピーチお願いしてもいい?」
「私でいいの?」
「親友以外に誰に頼めって言うのよ」
「そう言われれば、そうだね」
下戸の私達は、ぶどうジュースで祝杯をあげる。やっぱり2人で飲むジュースは、どうしようもなく甘い。
ノンアルでもいいじゃないか。これが私達のやり方なんだから。
おいしーい! とはしゃぐ可愛らしい彼女は、急に真顔になる。
「ねえ。いつでも、親友でいようね」
「何、改まって」
「なんか、急に言いたくなっちゃって」
「ノンアルのくせに酔ってるよ」
「またまたぁ! ひどい!」
友人なんて、必要ない。全く以て、必要ない。
だけど、彼女を見てつくづく思う。
親友は、必要だ。絶対に。
あの日、親友になろうと言ってくれて、ありがとう。
「このジュース、美味しいね」
「ちょ! 話そらさないでってば!」
「ごめんって。……ずっと、親友でいよう」
これからもずっと、どうしようもなく甘いジュースを飲んで。
老いぼれになるまでずっと、親友でいよう。
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Drambuie(ドランブイ)
ゲール語の「飲む(dram)」と「満足な(buildheach)」を掛け合わせた言葉。とにかく甘いリキュールの一種。
Rusty Nail(ラスティ・ネイル)
「いつでも親友でいよう」
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