空と海との間には(1)

 やっぱり、こんなんじゃダメだと思う。だから私は、真雪からちゃんと卒業しようと、自立しようと、心に決めたのだった。

 同じフルートパートの相棒としては、いつまでも真雪に頼ってばかりじゃなくて、真雪にも頼られるような、対等なパートナーになりたかった。


 そのためには、もうちょっと真雪のことを知らないといけない。

 まだまだ、真雪のことで、知らないことはたくさんあるのだから。



 六月に入ると、本番が近くなったこともあって、全体合奏の回数がより増えた。

 それに加えて、中間テストが目前に迫ってきていた。勉強時間も確保しつつ、私達は練習をこなさなければならなかった。


「真雪、今日、空いてる?」


 放課後の練習終わりに、真雪に声をかける。


「ああ、空いてるよ。どうしたの?」

「よかったら、一緒にテスト勉強しない? またあのクラシックカフェとかで」

「いいね、行こう。あー、BGM、どうしようかな」

「真雪ってば、そっちの心配してるの? もう」


 勉強そっちのけで、持っていくCDの心配なんかしているあたり、やっぱり、さすが真雪だなぁ、と思う。


「でも、結局クラシック持ってくと、音楽の方聞いちゃうんだよね」

「ああ、わかる、それ」


 私達は結構、似たもの同士なのかもしれない。

 いつものように歩いて、クラシックカフェに向かった。


 今日はお店の奥側の席に座った。壁際だから、なんとなく落ち着くし、勉強道具を広げやすかった。


「さて、何からやろうかな」

「真雪って、何が苦手なんだっけ」

「全部かな」

「それは……ちょっと困ったな」

「私、美冬と違って、頭悪いからなー」


 真雪は、成績はあまり良くないみたいだけど、それって単に授業を聞いていないせいなんじゃないかと思う。

 少なくとも、普段の話してる感じからして、真雪は私よりも頭が良いように思うんだけどな。


「じゃあ、とりあえず、数学の復習からやろうか。数学って、遅れると取り返しつかなくなりそうだし」

「はーい」


 数学IIの教科書を鞄から取り出し、テスト範囲である三角関数のページを開く。


「加法定理……ってなんだっけ」

「真雪、ほんとに授業聞いてないんだね」


 呆れながらも、解説してあげる。人に勉強を教えるのは元々得意だけど、相手が真雪の場合は、より楽しい。

 真雪はちょっと説明すればすぐ理解するのだ。それなのになぜ、学校の授業を聞かないのかは謎である。


 だけど、私なんかでも役に立てることがある、というのは、やっぱりちょっとだけ、嬉しい。

 真雪の成績は上がって欲しいけど、できればこのまま、ずっと一緒に勉強できたらな、なんて思ってしまう。


 数学の次に英語、そして化学のレポート課題の話なんかをちょっとしたところで、私達の勉強タイムは一旦休憩になった。

 後はいつもの、おしゃべりタイムだ。


 BGMにバッハのフルートソナタを流してもらいながら、私達はごほうびのケーキを食べた。

 今日はチーズケーキと、和栗のモンブラン。


「美冬の、ちょっとちょうだい」

「どうぞ」


 チーズケーキをお皿ごと渡そうとしたら、思い切り口を開けられたので、一口食べさせてあげた。こういうところ、子供っぽいというか、なんというか。

 ついでに私にも同じようにして、モンブランを一口くれた。口の中に幸せがいっぱいになる。だから、まあ、いいか、と思う。


 こういう風に、恋人みたいにイチャイチャしてるかと思えば、肝心なことは黙っていたりして。私達の関係は、やっぱり少し複雑だ。


 ……ああ、また『恋人』なんてワードを使ってしまった。


 なるべく考えないようにしていたのに、やっぱり思考がそちらへ吸い寄せられていく。『親友』と『恋人』の違いなんて、考えても仕方がないのに。


 相手にその気がないのなら尚更だった。


「美冬ってさ」

「うん」

「小説とかって、普段読む?」

「子供のときは読んでたけど、最近あんまり読んでないなあ。真雪は?」

「私は、そこまで読む方ではないけど、たまに」

「そっか。どんな本読んでるの?」

「なんだろ。最近読んだのは『ノルウェイの森』とかかな」

「真雪、恋愛小説読むんだ」

「たまに、ね」


 真雪は、ちょっとだけ照れた顔をする。恋愛小説を読んでいるというのは意外だった。


「なんとなく、悲恋ぽい話にばっかり惹かれちゃうんだよね」

「そうなんだ。私、悲恋とか、すぐ泣いちゃいそう」

「確かに、美冬、すぐ泣きそう」


 真雪は笑う。

 なんだか、こういう、なんでもない会話が楽しい。


「恋愛ものといえば、今度、映画とか、一緒にどうかな」


 せっかくなので、誘いをかけてみる。


「ああ、確か恋愛ものの映画、公開されたとこだね」

「テスト終わった日に、行こうよ。どうせ部活ないし」

「いいね。よし、テストがんばるぞ」


 真雪は、すぐ乗ってくれた。なんにせよ、テスト明けのごほうびを設定することで、モチベーションを保てるのはいいことだ。


 やる気を出したところで、その日は解散になったのだった。

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