空と海との間には(2)

 中間テストはまあまあの出来だった。手応えとしては、まあ、大体の教科で、クラスの平均点は超えるんじゃないかな、という位で、可もなく不可もなく。


 わりと頑張って勉強したつもりだったけど、いつもと同じだった。まあ、そんなものなのかもしれない。頑張っているのは、みんな同じだし。


「お待たせ。美冬、映画行こう」

「うん!」


 最終日の数学のテストは、途中退室して、廊下で真雪が終わるのを待っていた。テストの日はホームルームがないから、終わった人から帰れるのだ。


 私達は制服のまま、いつもの隣駅の繁華街へ向かう。

 時刻はまだ十二時前で、駅前にはあまり人がいなかった。早めのお昼をファストフード店で食べて、映画館へ向かう。


 いつもなら、ファストフード店で三時間はおしゃべりできるけど、今日は純粋に食事だけの利用だった。なんとなく勿体無い気もするけれど、私達は映画が楽しみで仕方なかった。


 映画館は駅前の有名ホテルの隣にあって、すごく大きいというわけではないけれど、私の地元のような田舎町にはない規模感だ。

 高校生になってからは、部活で忙しくて殆ど映画なんて見たことなかったから、この映画館に来るのは初めてだった。


「美冬、そこ、段差」

「え、あ、うわっ」


 映画館のある建物に入り、話しながらエスカレーターに乗ろうとしたら、何でもない段差でつまずいた。


「……大丈夫?」

「……うん、ごめん」


 バランスを崩した私は、後ろを歩いていた真雪に抱き止められていた。

 ぎゅっと、密着した身体から、いつものローズの香りと、柔らかな体温が伝わる。


 私の体重をまともに受けてしまったはずなのに、この安定感。どれだけ体幹が鍛えられているのだろう、さすが真雪だ。


 幸い、真雪の後ろにも誰もいなくて、将棋倒しのような事態にもならずに済んで、本当に良かった。

 全く、どうして私はいつもこんなにドジなんだろう。きっと運動神経がすごく悪いんだと思う。


「ちゃんと前見ないとダメでしょ」

「……はい」


 珍しく、真雪に怒られる。


「でも、怪我がなくて、良かった」


 抱き止めたままの姿勢で、そう言うものだから、私の耳には真雪の吐息がかかって、とてもくすぐったい。


 そのうえ、『良かった』と言いながらさりげなく、回した腕の力を強めて、ぎゅっと抱きしめてくるものだから。


 私は、胸の奥が、きゅうっとなってしまう。

 こんな風に、誰かに密着されることなんて、滅多にないし。


 ……『女の子同士』か。


 なぜか今、そんな言葉が頭に浮かぶ。きっと、真雪がいい匂いなせいだと思う。あとで、どこのシャンプー使ってるかとか、聞こう。

 そんなどうでもいいことを、思っていた。


 気を取り直してエスカレーターに乗り、映画館の受付でチケットを購入する。飲み物とか、定番のポップコーンとかも買って、指定席に着いた。


 さっきお昼ご飯を食べたはずなのに、ついつい間食したくなるから不思議だ。やっぱり、真雪といると、いつもよりもお腹の減りが早いような気がする。

 平日の昼間ということもあって、なんとなく人がまばらな館内で、私達はゆったり映画を楽しんだ。


 途中、暗い中でポップコーンを取ろうとする手が、真雪と重なったりして、『あ、これ恋愛漫画でよくあるやつだ』なんて馬鹿みたいなことを思ったりしていた。恋愛映画を見ながら。


 そういえば、こういうのも、デートなのかな。


 真雪と一緒にいるのは、最近では当たり前になりすぎて、去年とはまた違う感覚だけど。

 それでももし今一緒にいる相手が真雪じゃなくて、たとえば拓巳だったりしたら、優里や江利子あたりには、『デートだ』と言われてしまうと思う。


 性別の違いって、そんなに重要な問題なのだろうか。

 まだ誰かと付き合ったことのない私には今ひとつピンと来ない。

 そういうの、真雪は、どう思っているのかな。ちょっと、聞いてみたい気もする。

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