卒業宣言(3)
体験入部の期間が終わり、オーケストラ部に一年生が正式入部した。我らがフルートパートにも、可愛い二人の一年生が入ってくれた。
一人は、この間私が一緒に楽器体験を見た、フルート経験者の
菜奈は、先輩相手にも物怖じしない、根っから明るい子のようで、入部の挨拶でいきなり『菜奈って呼んでください!』と元気いっぱいに言い放って、それで真雪なんかは速攻で『菜奈』って呼び始めていた。
後輩、恐るべし。
私が去年、数ヶ月かかって成し遂げたことを、一日目で軽く飛び越えてくる。というか真雪、こんなにフレンドリーなキャラクターだったっけ? と、私の中では疑問符が舞い続けている。
「美冬先輩、おはようございます! うわあああー今日も可愛いですね! そのリボン、新しいやつですか?」
朝からそういうテンションで話しかけてくれる菜奈は正直、とても可愛い。だけど、そんな菜奈を『菜奈はほんと可愛いねえ』なんてニヤニヤして見ている真雪の態度は、どうも気に入らない。
「これ、駅前のお店で買ったやつだよ。良かったら今度一緒に見に行く?」
「行きましょう! 今日の放課後とか、どうですか? サシ練の後に」
そんなものすごくノリの良い彼女が、私の新しいサシ練のパートナーなのだった。
放課後、私と菜奈は三回目のサシ練習のために、二年A組の教室で待ち合わせた。いつも授業を受けている自分の教室なので、なんとなく気を使わなくていいから気楽だけど、ちょっと変な感じもする。
「お待たせしましたー!」
「あ、菜奈、お疲れ様」
菜奈が少し遅れて、小走りでやってくる。
「ちょっと掃除当番、気合入れすぎちゃいました」
「そうだったんだ。菜奈って意外と真面目なんだね」
「意外、なんて失礼な……。私も掃除くらいしますよー」
先輩相手でも遠慮なくツッコミを入れたりして、菜奈は表情豊かで本当に可愛いと思う。
確かに、真雪が可愛がるのも頷ける。
「じゃあ、そろそろ練習初めよっか」
「はい! よろしくお願いします!」
元気よく菜奈が返事をして、サシ練習が始まった。
サシ練習をするにあたり、事前に真雪と少しだけ打ち合わせをした。基本的には、去年私が真雪に教わったようにすれば良いのだけど。菜奈は私と違って、クラシック音楽自体も初心者だから、その辺りの基本的な知識も補足してあげてね、とのことだった。
楽器体験の時は真雪が菜奈に教えたのだけど、なんと菜奈は一発で綺麗に音が出たらしい。
私とは大違い。やっぱりセンスってあるよなあ、と思ったりもするけれど、センスがない分を努力で補ってきた私には、教えられることもあると思う。
まず初めに、頭部菅だけで音を出す。鏡を顔の前に置いて、唇の形を真似してもらいながら、音階の練習をしていく。カチカチと鳴る三角形のメトロノームは、真雪のとお揃いで、去年購入したもの。
菜奈の唇とか、顔の筋肉に力が入っていないかとか、色々チェックしながら練習を進めていく。
……あ。この間真雪が言ってた、唇の形って、そういうことか。
本当に全然、他意はなかったんだな、と気づいて、私は恥ずかしくなる。私は何を一人で意識してしまっていたんだろう。馬鹿みたいだ。
顔が熱くなるのを感じながら、菜奈との練習を続ける。雑念を追い払わないと。
誤魔化すように自分もフルートを構えて、菜奈と一緒にロングトーンをした。菜奈は目をキラキラさせながら一生懸命吹いていて、何だか申し訳ない気持ちになった。
サシ練習を終えて、朝の約束通り、菜奈と駅前に行くことにする。
「美冬先輩とデート、嬉しいなー」
練習中の真面目な雰囲気が解けると、菜奈は大喜びで私の腕を引っ張って行く。ちょっと距離が近い子だなーと思ったけど、こういうふうにじゃれつかれるのも悪くないなと思う。
まるで娘ができたかのようだ。……なんて、彼氏もいたことないんだけど。
駅までの道中も、菜奈とはずっと話が弾んでいた。菜奈は積極的に質問をしてくるタイプなので、ついついクラシックの
なんにせよ、自分の好きなものに興味を持ってくれる存在というのは、愛しく感じるものだ。
「ところで、先輩」
「ん? なに?」
「真雪先輩と美冬先輩って、ほんと仲良いですよね」
「え、まあ、うん。フルート、二人きりだったしね」
他の人からはそう見えるのか。こないだの優里の時もそうだったけど、人から言われると、やっぱり照れてしまう。
「私もそういう『親友』できるといいなあ」
羨ましそうにそう言う彼女を見て、私はちょっとだけ幸せを感じた。
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