デザートより甘い(1)

 真雪の昔の恋愛話を聞いてから、ほんの少しだけ、彼女との距離が縮まったような気がする。

 勝手な想像だけど、真雪も少しは私に心を許し始めたのかもしれない。


 私の方も、少しだけ変わってきたことがある。

 ほんの少しだけ、本当に少しだけだけど、なんだか恋愛というものに興味を持ち始めてしまった。


 多分これは、真雪のせいで間違いない。

 あんなカミングアウトをされてしまったから、つい気になってしまう。


 女の人を好きになるって、どんな感じなんだろう。

 何を想い、何を感じて、どんな風に思い悩んだのだろう。

 真雪のことをもっと知りたいと思ってしまう。

 


 合宿の最終日は、パート別アンサンブルの発表会があった。

 朝の九時から、一時間ばかり全体合奏の練習をした後、十時頃からお昼までの間、和やかにお互いの演奏を聴く時間がある。

 これまでの、練習ばかりのきつい毎日から、わずかに精神が解放されるひとときだ。

 もちろん、自分の演奏もあるから、それぞれ気の抜けない瞬間はあるわけだけれど。


 フルートパートは練習通り、真雪と私、それとピアノ伴奏の拓巳くんの三人で、ドビュッシーの『月の光』を演奏した。

 真雪との集中サシ練習のおかげで、私はなんとか音程を改善できて、本番は今までで一番いい演奏ができたと思う。多分。


 拓巳くんも、自分のパートのアンサンブルもあるのに、ピアノ伴奏を引き受けてくれて、本当にすごいなと思う。

 コントラバスパートは、チェロパートと合同アンサンブルで、大迫力だった。

 拓巳くんはここでもアンサンブルをリードしていて、他のメンバーとアイコンタクトを取りながら、リズムを合わせている様子が、やっぱりセンスがあるな、という感じだった。

 やっぱり経験者ってすごいな。


 ヴァイオリンパートも、駿くんのリードで、愛たっぷりの映画音楽を披露していた。

 なんとなくだけど、優里は駿くんのことを好きな気がする。

 目線とか、雰囲気で、わかってしまう。

 そしてそれは、なんだかすごく微笑ましい。


 優里と恋バナをしたことはまだないけれど、もしかしたら、恋バナというのも意外と楽しいかもしれない。

 最近は、そう思ってしまっている。

 それもこれも、全部、真雪のせい。



 合宿の帰りのバスは、なんとなく真雪の隣に座った。

 同じパートで、練習中は隣にいるからか、こんな風に、練習室以外の場所で隣同士になるのは、なんだか新鮮だった。


 いつもと違うシチュエーションだからだろうか。

 こんな時、真雪とどんな話をすればいいのか、わからなくなる。


 お互いを名前で呼び始めて、まだ数日。

 少しは距離が縮まったとはいえ、まだ少しだけぎこちなさは残る。

 この間の話がいくら気になるとはいっても、まさか皆のいるバスの中でそれを話すわけにもいかなかった。


「美冬、ごめん」

「ん、どうしたの?」

「……眠い」

「あ、そっか。真雪、行きのバスも寝てたもんね」

「乗り物ダメなんだ、揺れてるとすぐ眠くなる」

「寝ちゃいなよ。着いたら起こすよ」

「ごめん、ありがと」


 言うや否や、真雪はバスの座席を軽く倒して、眠ってしまった。

 気まずい沈黙を恐れなくていい反面、やっぱりちょっとだけ寂しい気もする。

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