ローズクオーツ(6)

 先輩が卒業してからも、私はフルートの練習に手を抜くことはなかった。

 その頃にはもう、フルートという楽器や、クラシック音楽にどハマりしていて、たとえ部活にフルートが自分一人しかいないとしても、十分楽しくやれたのだ。


 図書館のクラシックCDコーナーはついに全部制覇した。それどころか、マニアックな曲のCDを入れてくれるよう、リクエストまでしていた。

 クラシックの世界は広くて、どれだけたくさんの曲を聴いても、ちっとも飽きないのだった。


 それに、私には祐希先輩がいる。たとえ学校にいなくても、私達はきっと通じ合っている。

 先輩は高校生になって、なかなか会えなくなったけど、それでも時々は会ったり、メールで連絡を取ったりしていた。


 だけど、それでも返事はくれなかった。


 私は、ひたすら待ち続けた。もう半分、意地になっていた。それでも、先輩が『待ってて』という限り、私は待ち続けた。




 二年後、私の卒業式の日、祐希先輩が、在校生達のオーケストラの席に紛れて座っていた。

 フルートパートの二年生が急に体調を崩してしまったので、急遽、顧問の先生が、OGである彼女に声をかけたというわけだった。


 式が終わって、ホームルームでクラスメイトとの最後の挨拶も終了し、校庭でそれぞれが記念撮影をしている頃、彼女は私の前に現れた。


「真雪、卒業おめでとう。髪、伸びたね」

「ありがとうございます。祐希先輩。いらしてたんですね」


 少し緊張しながら返事をした私の後ろから、今度は男の人の声がする。


「真雪ちゃん久しぶり、卒業おめでとう」

「松岡先輩……ありがとうございます」

「蒼ちゃん、どこ行ってたの? 真雪と写真撮るから、早く来てって言ったのに」


 なぜか私は、祐希先輩と松岡先輩に挟まれて、写真を撮ることになった。

 松岡先輩は今は大学生で、相田先生のところで、音楽に関する何かの研究をしているそうだ。


 この日は、たまたま母校の音楽教師と約束があって、その帰りについでにお祝いに来てくれたというわけだった。

 大学生になった松岡先輩は、大人の男の人という感じで、ますます遠い存在に感じられた。

 高校生になった祐希先輩は、松岡先輩と一緒に、今度は同じ市の市民オーケストラで活動しているとのことだった。


 その後は、卒業式に来られなかった私の母に代わって、松岡先輩と祐希先輩が、卒業祝いの食事に連れて行ってくれた。



 先輩達は、とても優しかった。けれど、同時にとても残酷だった。

 本人達は気づいていないのだろう。私の心の内なんて知るよしもないのだから。


 私の心の中は荒れに荒れた。

 先輩方が何も言ってくれないことが、悔しくてならなかった。


 二人の右手の薬指には、お揃いの銀色の指輪が、はめてあったのだ。


 罰が当たったと、思った。

 松岡先輩と祐希先輩を応援しているふりをして、最後の最後で裏切った私を、神様は許さなかったのだ。


 祐希先輩のことを好きだと言いながら、私は彼女が失恋することばかり、望んでいた。

 こんな自分に、ハッピーエンドが訪れるとでも、思っていたのだろうか。

 なんて、おこがましい。


 私は、フルートケースに付けてある、小さな石を握りしめていた。

 祐希先輩にもらった、ローズクオーツのキーホルダー。その桜のようなピンク色がすごく恨めしい。



 翌日、私は一人で、卒業したばかりの母校の校庭に行った。

 手には、ピンク色のローズクオーツ。恋愛運アップのお守りだ。

 私はそれを、土に埋める。満開の桜の木の下に。深く深く掘って、土で蓋をして、踏み固める。


 もう二度と、出てこないように。


 桜の下に埋まっているのは、私の恋心の死骸だ。手についた土を払いながら、上を見る。薄ピンクの花びらは、あの石よりも、ほんの少しだけ優しい色だ。


 校舎のどこかから、耳慣れたフルートの音が聴こえる。どこかのオーケストラ団体が、練習をしているのだ。誰の音なのか、見なくても、すぐにわかった。


 初めはソロで、次にまた一つ音が重なり、二重奏になる。フルートとオーボエのデュエット。


 涙が出るほど悔しいけれど、私はその音をとても愛しいと、そう思った。

 

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