奥義開眼

ひとの無い事を確認し部屋から飛び出した俺の目に、信じらない光景が映った。

構内には台風のような暴風が荒れ狂っていた。

耳をつんざく轟音があたり一面に鳴り響く。

巻き上げられたベンチや灰皿が、壁に激突し粉々に砕けていた。

渦の中心にはあの幼女が立っていた。

両手を広げ嬉しそうに笑っている。


『私と遊んでぇぇぇぇぇっ!!!』


動物のような咆哮ほうこうが突風と共に渦巻く。

離れた位置の俺でさえ壁を背にしていなければ飛ばされそうだった。


双子に目を向けると、祝詞のりとらしき呪文を唱えながら必死で耐えていた。


「かけまくも かしこき いざなぎのおほかみ……」


祝詞の効力でなんとか凌いではいるが、体を支えるだけで精一杯なのは一目瞭然だった。


「これではらちがあかない。雷、竜眼玉りょうがんぎょくを使うわよ」


そう言い放つと、風は白衣びゃくい掛襟かけえりから何かを取り出した。

その手には、鮮やかな瑠璃色るりいろ勾玉まがたまが握られていた。


「佐伯さん!」


飛ばされぬよう踏ん張りながら風が叫ぶ。


「何だっ!」


乗務員室の壁に捕まりながら俺も叫び返す。


「今から私たちは竜宮寺神道の奥義を使います。二人の全ての霊力をこの勾玉まがたまに移し、あの化物にあてがいます。うまくいけばあいつの力を相殺出来る筈です。でも、もし失敗したら……」


風はそこで言葉を切ると、眉をひそめた。


「もし失敗したら、私たちに構わずあなたは逃げて下さい。必ず生き延びてこの事を人々に知らせて下さい。……お願いします!」


そこまで言うと、風は薄っすらと笑みを浮かべた。

その顔を見て俺の全身から血の気が引いた。


この子らは……まさか!?


死ぬ気か、と叫ぶがその声はもはや届いていなかった。

双子の巫女は向かい合い、祝詞を唱え始めたからだ。


「ひふみよ いむなや ここのたり……」


一糸乱れぬその唱和は、朗々と構内に木霊こだました。

勾玉まがたまを包み込む四つの手の間から淡い光が漏れ始める。


「ふるべ ゆらゆらと ふるべ……」


唱える程に、この子らの生命力が勾玉まがたまに吸い込まれていくのが分かった。


それは力強く……

そして、この上なくとうといものだった。

俺は胸の詰まる思いで凝視するしかなかった。


「姉さん、僕が護符ごふで奴の動きを止めるから、その間に竜眼玉をあてがって!」


祝詞を唱え終えた雷が風に向かって叫んだ。

その言葉に風が大きく頷く。


「分かった!頼んだわよ」


雷は掛襟から小さなふだを取り出すと、胸元に構え幼女の方に向き直った。


「はらいたまひ! きよめたまへ!」


祝詞を唱えながら幼女の背後に回り込もうと歩を進める。

護符から放たれる霊気が、辛うじて突風の勢いを緩和していた。

幼女の視線が雷に注がれているのを確認し、今度は風がゆっくりと前進を始める。

俺は和太鼓のように鳴り響く鼓動に気が遠くなりそうだった。


『きいィィィッ!』


幼女は奇声を発し、片手を雷の方に振り上げた。

すると構内で大きく渦巻いていた暴風が、小さな竜巻に姿を変えた。

砕けた構内の備品類が、渦となって雷の頭上に降りかかった。

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