悪鬼降臨

確かに俺には心当たりがあった。

幼少の頃から人には視えないものがえ、聴こえない声が聴こえたりした。

学校ではおかしな事を言う奴だと敬遠され、友達も出来なかった。

仲間外れがエスカレートしひどいじめにもあった。


事態をうれえた親はあちこちの医者に相談したが結局異常は見つからなかった。

挙句あげくは神頼みしか残らず、おはらいや祈祷きとうまで行う始末だ。


途方に暮れる親を見て、俺は正直に話すのを止める事にした。

大人になってからも回数こそ減ったが体験は続いている。

職業柄事故現場などに赴くと、たまに声のようなものが聴こえたりする。

物哀しいその声に俺は何をするでも無く、ただ聴き流すしか無かった。

そんな俺の秘密をこの子らは一瞬で見抜いたのだ。

やはりただの子どもではないと俺は警戒心を強めた。


「それで……何か分かったのかい」


俺は少女……風の問いには答えず、話題を事件の方にすり替えた。


「まだ何とも言えませんが……」


風もそれ以上の追及はせず言葉をにごした。


「一連の自殺がここにたむろする【穢れ】と関係しているのは確かです」


俺は思わず喉を唸らせた。


「それはつまり、今回の件には……その……何か霊的な原因があるということかい」


信じられないといった口調の俺の顔を風は真正面から見据えた。


「そうです。


その言葉に俺はまた反論出来ずにいた。


散々調べたが、どの被害者にも自殺者特有の精神障害は見られなかった。

加えて家庭、職場などの周辺環境にも問題は見つかっていない。

つまり被害者たちには自ら命を絶たねばならぬ理由が無いという事だ。

ならばなぜ自殺などしたのか。

ここまで来ると、俺の考えは別の方向に飛躍した。



俺が霊的特異体質であるように、そこには何かしら人知を超えた要因が介在しているのではないか。


この子の言う通り、俺の中にはそんな疑念も芽生えていたのだ。


「霊が……人を殺す」

「少なからずある事です」


無意識につぶやいた俺の言葉に風が反応する。


「人の邪念が生み出す【穢れ】は言うなれば負のエネルギーです。エネルギーである以上、他者に対し心理的・物理的な作用を及ぼす事は十分考えられます」


淡々と語るその言葉に俺はなおも口を出せずにいた。

もしこの少女の言う通りだとすれば、死んだ連中はたまたまここに……

この駅に居合わせたというだけで、命を失った事になる。

先程の俺のように【穢れ】とやらの毒気に当たったのかもしれない。

あるいはもっと直接的な力にさらされたのかもしれない。

そうなると、もはや自殺ではなくなる。


一種の事故だ。


「ただ何者かの霊による仕業とも少し違うように思います。ここにはあまりにも【穢れ】が多すぎる。私たちの見立てではむしろ……」

「姉さんっ、来たよ!!」


風の言葉をさえぎり、突然わきに控えていた雷が叫んだ。


まるでそれが合図であったかのように周囲の空気が一変した。

体感温度が急激に低下し、あたりは完全なる静寂に包まれた。

今しがたまで鳴っていた構内音楽、人の雑踏、空調やエスカレーターの電子音がぱたりと途絶える。

慌てて見回すと、数名いた乗客の姿も

今ホームにいるのは俺たち三人だけだった。


「な、なんだこれはっ!一体何が起こったんだ!」

「【不浄結界ふじょうけっかい】のようです」


呆然と声を荒げる俺に、風が感情を抑えた声で言った。


「【穢れ】が空中に拡散した際に出来る亜空間のようなものです。外界から遮断されてしまいました。どうやら見立て通りだったようです」


見立て? 竜宮寺? 


……そうか!


唐突に俺の中の記憶が蘇った。



そこの怪しげな老人に俺の特異体質を


「これはこの子の持って生まれた宿命」


そんな言葉を掛けられた覚えがある。


なるほどか……


俺はやっと双子が派遣されて来た理由を理解した。

双子の依頼主は、この件には【祟り】や【呪い】といった超自然的な要素がからんでいると判断したのだ。

この子らの役目はそれをはらい、しずめること。

こんな状況下でも冷静さを失わぬその態度が何よりのあかしだ。



?』



突然背後から声がした。

全く予想だにしない出来事に俺は飛び上がった。

双子も反射的に振り向く。


そこにはしなやかな黒髪に笑顔を浮かべたが立っていた。


胸元に抱えたを差し出し、あどけなく小首をかしげている。

だが愛らしいその仕草にも俺の全身は総毛立った。

両眼が燃えるような深紅色しんこうしょくを帯びていたからだ。


「どうやらのようです」


まるでこの時を待っていたかのように風がささやく。

その顔には大粒の汗と共に微かに笑みが浮かんでいた。

恐らくこれが彼女の言いかけた「見立て」の答えに違いない。

この場所で吹き溜まる【穢れ】を見た時からすでに予測していたのだろう。


「下がって下さい」


そう言って双子は俺の前に移動した。

幼女の周りには、何かしら不定形のひるのようものがうごめいていた。

それは酷く醜怪しゅうかいで、おぞましい臭気を発散していた。

大した霊感も無い俺でさえ、これだけ圧迫感を感じるのだ。

本職の双子には相当きつい筈だ。

横に視線を向けると、それを裏付けるように二人共顔面蒼白だった。


こいつは……化物だ!


幼女の姿はしているが、紛れも無く人外の魔物だと確信した。


「あいつは一体何なんだ!?」


俺はたまらず、声にして双子に問いただした。


「あれが……です」


風がまたたきもせずに答える。


答え……じゃあ、こいつが皆を自殺に追い込んだというのか!


俺の中に耐え難いほどの緊張感が走る。

どうやってと尋ねかけたが、二人が目を閉じ集中し始めたため慌てて呑み込む。


「と、とにかく人を……避難させないと!」


俺は興奮で呂律ろれつの回らぬ口調で呟いた。

見える範囲に人影は無いが、乗務員室にはもしかしたら取り残されているかもしれない。

確認だけはしなければ……


「佐伯さん、待って!」


走りかけた俺を目を開いた風が呼び止めた。

平常心を取り戻したのか、顔色が元に戻っている。


「せっかちですね。それじゃ命がいくつあっても足りませんよ」


そう言って向き直ると、俺の左胸に手を当て何事か呟き始めた。


「あめち おう おう おう」


黒曜石の瞳が一段と輝きを増す。

次の瞬間、体内に何か熱いものが流れ込んできた。


「一応応急策を施しました。余程の事が無い限り【穢れ】に毒される事は無いでしょう」

「何だ。何かのまじないか?」

「古神道の降魔法こうまほう一二三ひふみ祓詞はらえことば】の一手いってです。私たちは【心音しんおんまじない】と呼んでいます」


真剣な眼差しの中に、俺への気遣いが読み取れた。


「ではお願いします」


子どもに気遣きづかってもらうのも情け無い限りだが、確かに全身の硬直感は緩和されている。

俺は胸を押さえて頷くと、ホームの端にある乗務員室に走った。

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