駅に潜むもの~最終章~

マサユキ・K

風神雷神

改札をまたぐとかび臭いニオイが鼻を突いた。

湿ったトンネルに入った時のあの感覚だ。


俺……佐伯貴志さえき たかしは保険調査員として今日初めてここを訪れた。

この駅で二か月の間に七人の自殺者が出ている。

最初の被害者は主婦だった。

その後男性会社員、男子高校生、OL、老婦人、女子中学生と続き、直近では若い男性駅員が犠牲となった。

目撃情報を含めた警察の所見では全て自殺となっている。

このうち三人が俺の会社の顧客だった。

落書きのつらなった壁沿いに階段を下りホームに立つ。

人影はほとんど無い。

平日の昼間という事もあるが、ネット情報の影響もあるのだろう。


あの駅では人が死ぬ


そんな風評がたっているからだ。

俺はほこり舞うホームを線路側まで進んだ。

くすんだ漆黒しっこくの路面を眺めているうちに、なぜか意識が朦朧もうろうとしてきた。

一切の音が遮断され視界に濃いもやがかかる。

足元が震え、体が風に吹かれたように揺れ出した。

あとひと揺れで落下する直前で誰かが腕を掴んだ。

か細いが強靭な力が俺を引き戻す。

まだ混濁こんだくする頭を振りながら振り向いた。


「危なかったですね」


ようやく意識の戻った耳にハイトーンの声が響いた。

目前に小学生くらいの少年が立っていた。

色白で端正な顔立ち。

肩にかかった黒髪が中性的な雰囲気をかもし出している。

ただその出立いでたちには目を見張った。

純白の白衣びゃくいに真紅の緋袴ひばかま

肩掛けにした小さなポーチを除けば、どう見ても巫女装束みこしょうぞくにしか見えなかった。


「す、すいません。ありがとう……」


やっとの事で声を絞り出す。

何故こんな所に巫女さんが……と思ったがとりあえず頭を下げた。


「【けがれ】に当てられたのですね」


背後からまたハイトーンの声が聞こえたので、俺は慌てて振り向いた。

そこには全く同じ様相の少年……いや、長髪と体の線から恐らくは少女だろう……が立っていた。


「君たちは!?」


目を丸くする俺の顔を見て二人の巫女は頬を緩めた。


「あなたの目がおかしい訳ではありません。私たち双子なんです」


少年の方が言葉をつないだ。

なるほど、二卵性双生児か。

だが俺が言いかけたのはその事では無かった。


おっしゃりたい事は分かります。私たちが何者かをお聞きになりたいんでしょ」


今度は少女が少年の横に並びながら言った。


「この場にいる理由はあなたと同じです。ここで起こった事の真相を調べています」


真相? 調べる? 巫女さんが?

なぜ俺が調査していると分かった。


「あなたの挙動と雰囲気を見れば察しがつきます」


俺の心中を見透かしたように少女が呟く。

大きな瞳が黒曜石こくようせきのように輝いている。

そんなに不審な様相をしていたのかと俺は慌てて服装に目をやった。

それを見て少女がくすりと笑う。


「凄いんだな、君たちは」


俺の飾り気の無い称賛に二人の巫女は同時に微笑ほほえんだ。


「だが君らは一体何者だ。見たところ、その……どこかの巫女さんのようだけど。誰かに頼まれたのかい」


俺の質問に、二人の表情が一気に強張こわばる。

図星のようだ。

俺だってだてに何年もこの仕事はしていない。


「申し訳ありませんがお答え出来ません」


真顔に戻った少女が冷たく言い放つ。

だが俺はすでにピンときていた。

被害者たちの身元情報は頭に入っている。

その中の老婦人は某宗教団体の教祖夫人だった。

恐らくその筋からのツテで派遣されて来たのだろう。

それならこの出立ちの説明もつく。


「そうか。人に名前を聞く時はまず自分からが礼儀だな。俺は佐伯貴志。保険会社の調査員をやってる。お察しの通り一連の自殺の件を調べてるところだ」


俺は人懐っこい笑みを浮かべ自己紹介した。

双子は顔を見合わせ何か思案している風だったが、やがて少女の方が口を開いた。


「私は竜宮寺風りゅうぐうじ ふう、こっちは弟の竜宮寺雷りゅうぐうじ らいと言います。訳あって経緯は明かせませんが、あなたと同様今回の件を調べています」


小学生とは思えぬ大人びた口調で少女が答えた。


竜宮寺? どこかで聞いた事があるような……


記憶を手繰たぐるが思い出せない。


それにしてもこんな子どもが事件調査とは……


何か特別な理由でもあるのか。


「なるほど。ところでさっき【穢れ】とか言ってたがありゃ何だい」


俺はそれ以上の追求はせず話題を変えた。


二人はまた顔を見合わせた。

どこまで話して良いか精査しているようだ。


「神道では不浄ふじょうな念の事を指します」


意を決したように少女が口を開く。


「憎悪、嫉妬、堕落、姦淫かんいん……人の持つ負の感情が清浄な心を凌駕りょうがした時、邪悪な念へと転化する……それが【穢れ】です」


朗々とした声がまるで呪文のように耳に響く。


「どうもこの場所には【穢れ】が吹きまっているようです。それもかなりの数が……」


少女は眉間に皺を寄せ構内を一瞥いちべつした。


「じゃあ俺はその毒気に当たってしまったという訳か」

俺の質問に風はコクリと頷いた。


「霊的感受性の強い人は大半が心身に変調をきたします。体調が悪くなったり、幻視や幻聴にさらされたり……あなたもこれが初めてでは無いんでしょう?」


その一言に俺は一瞬凍りついた。

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